第六部 第八章 第十九話 新たなる民を
「ミルコさん……トゥルクの民ってどのくらい残ってますか?」
トゥルク国──新しい王城の中、ライは今後についての確認を始めた。
トゥルクの民はプリティス教との戦いの歴史でかなりの数を減らした。小国とはいえ国力の低下は免れないだろう。
『国外に逃げ仰せている者を戻しても万には満たないだろう……。残りは……』
「プリティス教に取り込まれていた者達……ですか。それがもし、正気に戻った場合は……?」
『それでも元よりかなり減少してしまった。邪教との戦いが長過ぎたのだ……』
邪教と戦う環境は子を育てるに相応しいものとは言えない。少子化が進んだのも人口減少に拍車を掛けた原因だった……。
「俺の見立てですけど、プリティス教徒全てが正気に戻っても二万弱……合わせて二万五千くらいです。そこで提案なんですが、新しい民を受け入れる気はありますか?」
『ん?新しい民………
「移民に偏見とかは無いんですね?」
『元々トゥルクの民は、圧政から逃れた民を父が受け入れたことから始まっている。偏見などは無い』
「……となると、あとはあちらさん次第かな」
ライの言葉に首を傾げるミルコ……その背後には暗雲が渦巻くような幻覚が見える。
自分でそうなるよう魔導具を作製しておきなから、ミルコの特殊効果が鬱陶しいとライが感じたのは内緒である……。
「南の地で侵略を受け滅びた国があります。今は異空間に住んでいますが、長い目で見て良いことじゃないと思うんですよ。だから、トゥルクで受け入れて貰えないかと……」
『どれ程の数が居るのだ?』
「二万人くらいと聞いてます」
ミルコの仮面の瞳が閃光を放つ……。ライはこの時、仮面の改修を決意した……。
「……。ま、まぁ、確認が先ですね。それで……マレクタルさんには同行して説明をして欲しいんですが」
「構わないが……」
「良し。じゃあ、クロマリ、シロマリ……異空間へ送ってくれ」
『心得たでおじゃる!』
『行くである!』
ゆらりと空間が揺れ転移……眼前には聖刻兎の創り出した異空間の街が広がっている。
「………これは……本当に異空間なのか?」
「ハハ……見た目じゃ判からないですよね。空もあるし……でも、確かに此処は異空間ですよ」
「……………」
驚き通しのマレクタル。しかし、自らの顔を叩き気合いを入れ直す。
一同は街を抜け中央の塔へ……。そこは異空間内の管理を担う役所にあたる場所。
ライの再びの来訪に、精霊人達は一斉に群がった。
「あ!勇者さん!どうやって来たの?」
「え、え~っと……俺は神獣様と契約したんですよ」
「嘘っ!凄い!」
「聞かせて、聞かせて~!」
興味津々の精霊人達……。考えてみれば聖刻兎達と出会ってそのまま外に脱出していたのだ。
どうやら異空間の長は詳細の説明をしていないらしい……。
「そ、その前にですね……長とお話しが……」
『お話しですか』
奥の部屋から姿を現したのは異空間の長、聖獣・一角馬──ルーシノン。
「良かった。今回は直ぐに話が出来そうだ」
『勇者様……それでお話しとは?』
「この空間に住まう民についての提案です。詳しくは彼から聞いて下さい……マレクタルさん、お願いします」
マレクタルからの提案は異空間内の人間を新たな国に迎い入れるというもの。
復興からの始まりなので楽な生活という訳には行かないが、自然に恵まれた国土を共に築いて貰える民を求めているのだと伝えた。
『……それは……私が決めることは出来ません。しかし、人間達にとっては素晴らしい話だと思います』
確かに異空間内は安全な場所。しかし……暮らす中ではどうしても物資が足りず、外で手に入れねばならない場面が何度もあったのだという。
更に人口増加が進めば、そういった手間はどうしても負担になってくるのだ。
そして一番肝心なこと……。
異空間内で死んだ場合、その魂が星に還ることが出来ない。死後、魂は異空間を彷徨い輪廻から外れてしまうことになると聖刻兎達は言っていた。
それでも……人は安全な暮らしを求める可能性もある。だからルーシノンには即答は出来ない。
『わかりました。その提案を皆にお伝えしましょう。少し時間を頂きたいのですが……』
「そうですね……確かに考える時間は必要でしょう」
『私は強制は出来ません。あとは民の判断に任せることに致します』
「では、結論が出たらシロマリとクロマリ……神獣に呼び掛けて下さい」
環境を急激に変えるのは難しい。これは精霊人や聖獣ルーシノンにも関わる話である。無理強いは出来ない。
しかし、こうして誘致だけでもしておけば選択肢は増える。それは異空間で暮らす者にとっても、トゥルクにとっても悪いことではないだろう。
そしてライはある種の確信がある。
人はどれ程安全でも本当の世界を望む。自分達の国を手に入れられるならば、恐らくは………。
異空間での話を終えたライ達は、再びトゥルク王城へと帰還。聖刻兎達を一度帰還させ、ライとアムルテリアは最後の役割の為に転移で姿を消した。
「………私は頼るばかりで申し訳無いな」
同じ勇者としてあまりに差がある。王子としても頼りきりとなっている自分が歯痒いマレクタル……。
しかし、星鎌ティクシーはそれを諭すように告げた。
『あれを基準とするのは間違いだ、マレクタル。あれはあまりに特殊……間違いなく要柱だろう』
「要柱……?何だ、それは?」
『さて……大聖霊を束ねる柱か、人を繋ぎ支える柱か、またはこのロウド世界の全てを一身に背負う存在か……』
神を数える時は『柱』と呼ぶのだとティクシーは語る。それは要柱が神に至る存在の可能性をも含めた考察……。
「………ライが神様に?確かに力は凄いが、人が神になれるのか?」
『………。いや、今の話は忘れよ。少し飛躍した』
【神衣】の力は確かに神格に至るもの。しかし、過去に例がない訳ではない。だが、やがて神に至ったその者らでさえも『要柱』と言われた例はない。
やはり要柱は大聖霊を束ねる者……ティクシーはそう考え直した。
『アレは超常の力を持つ者が
「…………」
『納得出来ぬか?ならば敢えて言うが、ロウドの盾の勇者達は戦う以外に何かを示して見せたか?』
「それは……確かに……」
三大勇者の内、二人は戦いにより被害は防いだが復興に関しては手を出さなかった。
無論、その意思が無かった訳ではない。その必要が無かっただけである。
神聖国エクレトルですら食料の支援に行動を留め帰国の途に就いた。
通常、復興を支援すると言っても炊き出しとテントを張る程度が限界。それ以外は国家間としての先行投資に近いのだ。
結局、国を復興するのは資金繰りの支援や流通確保の方が助力としては確実なのである。
その点の口添えが出来るマーナやルーヴェストは当然帰還することが支援となる。肉体労働は他者に頼るのではなくトゥルクの民の責務でもあるのだ。
しかし、『お節介勇者』は満足などしない。最大の被害者であるトゥルクの民こそ休息すべきと過分なまでに配慮し、それを行えるだけの力があった……。だから皆は邪魔をせぬよう去り、各々の行動に移る……それだけの話なのだ。
『人としての行動で見るならば【ロウドの盾】が正しい。ライのやっていることは所詮、自己満足……無論、当人も自覚して行っている。当然、見返りを求めはしないだろう』
「………しかし、それでは」
『恩義に感じるのは仕方あるまいが、アレと自分を比べるな。それでも納得出来ぬならば強くなることだ。お前が強くなり多くを守れば、アレも幾分楽になるだろう。それが恩返しと知れ』
「………わかったよ、ティクシー」
勇者としての役割ならば守ることが優先。その為には力が必要なのだ。
今は頼れる相棒、ティクシーもいる。
『星鎌の勇者・マレクタル』は、
マレクタルの葛藤の裏で、ライとアムルテリアはトゥルクでの最後の役割を果たそうとしていた。
プリティス教徒の解放───。
簡単な様で手間が掛かる作業であり、同時にライとアムルテリアのみが可能な行為でもある。
「一応、神官達も転移させてきた訳だけど……」
「戻るかは微妙か……正気に戻しても罪の意識に苛まれる恐れもある。その時は記憶を消すつもりか?」
「………」
「まぁ良い。私はお前を支えるだけだ」
「……ありがとう、アムル」
先ずは神官達……。魔獣の細胞を使った何等かの邪法を受けている可能性もあるので、最初に《浄化の炎》を試す。
すると……。
「あ、あれ?何か光ってない?」
白く輝く浄化の炎を受けた神官、約百名程……その全員の身体が光り輝いている。
ライは以前、その光景を見たことがあった……。
それは神羅国の王子、カゲノリを浄化した際に起こった光景に似ているのだ。
カゲノリは魔獣の細胞により半獣半人化していた。しかし、プリティス神官達は人の身のまま……但し、感じる力はカゲノリの半分程……。
とはいえ、驚きの事態であることには間違いない。
既に《迷宮回廊》は解除している。後は反応を待つばかりだった。
(………嫌な気配はしない。けど……どうなんの、コレ?)
横に並んで見守るアムルテリアをチラリと見れば、少し眼差しが生温い……。
これもまた前例が無い事態……すんなり物事が運ばないとはこういうことかと、ライは改めて自覚し半笑になる。
そうしてプリティス神官……だった者達は、少しづつ人らしき反応を見せ始めた。
「………あ、あの~?」
とうとう我慢できずに声を掛けたライ。それに気付いた神官達は一斉に跪く。
「嗚呼!我等が救世主!」
「き、救世主?」
神官達はプリティス教の法衣を着たままなので、かなり怪しげに見える。
「あ、あのですね?俺は救世主ではなくて……」
「貴方の名は?」
「え?え~……ラ、ライです」
「ライ、万歳!救世主、万歳!」
「ライ、万歳!」
「救世主、万歳!」
巻き起こる唱和……ライの制止も聞かず元神官達は延々と声を上げ続けている。
そんな光景にライはしばし白眼だったという……。
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