第六部 第八章 第二十話 天狼教


 邪教の呪縛から解放されたプリティス教・元神官達は、唐突にライへの賛美を始めた。


 ライにはコレがかなりキツかった……。何がキツいかと問われればとにかく恥ずかしいのだ。


「あ、あの~……」

「何ですかな、救世主様?」

「うっ……ま、まず話をしましょうか。確認したいこと、知りたいこと、色々とあるので……」

「御心のままに」

「くっ……」


 やっていることは救世主と言われても遜色は無いものの、元々偉ぶったりが苦手な男・ライ……。只のお人好しからすれば眼前の光景は恥ずかしさしか感じない。

 それは、かつてない程の精神ダメージ……。



 赤面するライにアムルテリアが笑いを堪える中、大地に座した元神官達との確認が始まる。


「え、え~っと……単刀直入に聞きます。皆さんはプリティス教の記憶は?」


 神官達の中で最も偉いであろう司祭長の法衣を纏う男……その男を代表と見立てライは話を始める。


「記憶は朧気ながらあります」

「辛くはありませんか?」

「辛くない……と言えば嘘になります。ですが、これもまた我々への試煉。元々我々はトゥルクの外……ルクレシオン教の使徒なのです」

「ルクレシオン教……タンルーラの方々でしたか」


 小国タンルーラの宗派ルクレシオン教……。元はエクレトルの『神聖教』にディルナーチの『自然崇拝』が組合わさったものである。

 由来は良く判らないが、派生したのは五百年程前という。


「我々は各地を巡り神の存在を感じるという修行をしておりました。その中で深い森のあるトォン……そこを経由してトゥルク国へとやって来たのです。ですが……」


 トゥルクの中でもプリティス教側の街に寄ったことが不運の始まりだったと司祭服の男は口にする。


「それからは心を奪われた……というより、大きな力に引き込まれた。望まぬにも拘わらずプリティス教なる邪教の下僕に………」

「そうでしたか……大変な目に遭いましたね」


 恐らくプリティス教はデミオスの存在特性【誘導】により信徒を増やしたのだろう。中には本当に邪教に惹かれた者も居たのだろうが、大半は意に反して信徒となったと見るべきだ。

 そんな者達の多大な犠牲を考えるとライはただ歯噛みするばかりである。


「我々も三百程居たのですが随分と減ってしまいました……」

「………。今はプリティス教とは無縁……間違いないですね?」

「はい。そして今や、我々はルクレシオン教とも違う」

「………?」

「我々は奇跡を目にしたのです!救世主のお力を!」

「グハァッ!」


 ライの精神は数度のクリティカルダメージを受けている。というか、元神官達の曇りなき視線もライの精神をガリガリと削り続けていた……。


(な、成る程……メトラ師匠の天猫教もこんな精神ダメージを……)


 しかし、忘れてはいけない。メトラペトラは当初、案外ノリノリだったこと……。



「救世主様?」

「は、話を続けましょう。プリティス教じゃないことは分かりましたが、あなた達は力を宿しています。理解していますか?」

「無論です。この清らかな力は邪な力の転化……これこそが救世主の出現の証」

「グフッ!……ど、とういうことですか?」

「ルクレシオン教には救世主の出現を示唆する預言があるのです。そして、救世主が現れた際は従えと……」

「…………タンルーラにはかえ」

「帰りません」


 若干食い気味に否定されたライ……。元神官達の視線はキラッキラで痛々しい。

 祀り上げられるのは真っ平御免……しかし、ライはこんな状況すらも利用する。


「と、取り敢えず俺が救世主かは今ではなく後に判断して下さい。それより……あなた達にはお願いがあります」

「何なりと!」


 元司祭長はライからの言葉を嬉しそうに待っている。


「お、おぉぅ………じ、実はですね?」


 トゥルクの復興を手伝って貰いたいのだと告げれば、一同は納得した様に頷いた。


「流石は救世主様……。操られていた不甲斐ない我々に贖罪の機会まで……」

「……。ま、まぁ、手伝って貰えるならこの際そういうことでも良いですよ。それでですね?皆さんには今、どの程度の力があるか知りたいので少し確認します」

「御随意に……」


 ライがチャクラの目を開けば元神官達は感嘆の声を上げる。チクチクと精神ダメージが蓄積される中で、ライは元神官達の力に驚きを受ける。


(一人一人はそうでもないんだけど……何だ、コレ?)


 全員飛翔可能。能力は上位魔術師級……しかし、あまり戦闘特化ではない。


 だが……全員に《結束》という能力が備わっている。これが、元神官達の特殊な力であることは間違いない。



 《結束》は、同じ宗派の者が集まる程力を増す能力らしい。恐らく、魔獣から浄化され聖獣となった『埋め込まれた肉片』が集まる程本来の力を取り戻すのだろう。

 それは、元神官達が全員で力を合わせれば上位魔獣とすら渡り合えるというトンデモない力だった……。


 これは迂闊に解散させるのは勿体無い……。ライは大いに悩んだ。



 そこでライの真骨頂──『丸投げ』炸裂!


「え、え~……じ、実は私は救世主様の使いでして……」

「な、何と!では、救世主様は……?」

「此方の御犬様です」


 この瞬間アムルテリアは“ えっ?マジで? ”と言わんばかりに勢い良くライを二度見したが、ライは視線を合わせない。


「お、おぉ!真なる救世主、御犬様!」

「天狼様、と御呼びください」

「天狼様、万歳!救世主、万歳!」

「新たな宗派は天狼教!さぁ、皆で守り立てよ!」


 ワナワナと震えるアムルテリア……そう、彼はメトラペトラの忠告を一つ失念していたのだ……。


『アヤツは周囲を巻き込むトラブル大魔王でもある……精々気を付けるんじゃな』


 気付いた時には既に遅し……アムルテリアはその理不尽に遠吠えし、天狼教の使徒達は大歓声を上げた。


 後に天猫教と対を為す宗派、天狼教……ワンニャン宗派誕生の瞬間である!やったね、胸熱ぅ!




 その後、呆然と固まるアムルテリアを放置し話を纏める『投げっぱ勇者』……。


 天狼教の使徒の拠点はトゥルクと定め復興に尽力を命じた。更に、商人組合と繋ぎを取り、各地の情勢の把握を忘れぬよう厳命。

 年に一度天狼様の為にチーズとミルクを捧げ祭りを開くことも申し付けた。


 そんな天狼教の為に《物質変換》で法衣を作り直し、神具を幾つか与える。拠点は再生した煉山……名を天狼山と改め、新たな宗派【天狼教】が始動した。



 そこでようやくプリティス教平民達の鉱石化を解きつつ《浄化の炎》《迷宮回廊》で確認。結果、ほぼ全員正気に戻ったのでそのまま王都へ転移を果たす。

 一部、精神を苛まれていた者はライの手により記憶を削り天狼教へと預けた。悪いようにはならないだろう。



 一連の流れで行った手間は後に大きな力となり還ってくるのはまた余談である。


 トゥルク王都に戻ったライ、アムルテリア。そして新たに加わった天狼教司祭。

 司祭の名はグルービア……因みにケモ耳の装着等は既に禁止済み。アクト村の様な悲劇は回避されるだろう。


「ライ………」

「おぉ……。そ、そんな恨みがましい目で……悪かったよ、アムル。でも、一介の勇者より大聖霊様が祀られてる方が自然だろ?」

「しかし……」

「年に一度……チーズとミルク……飲み放題……食べ放題……」


 アムルテリアは御澄まししているが尻尾は正直だった……。


「頼むよぉ!お願いだよぉ!」

「ハァ……。これも支えることになるのならば、仕方無いのか?」

「流っ石はアムル!話が解る!よっ!このモッフモフ!」

「…………」


 満更でも無いアムルを撫で回しライ達は再びトゥルク王城・玉座の間に向かった。


 そして【天狼教】誕生に至る経緯をマレクタルとミルコに説明。幻覚の雷と閃光、そして風が吹き乱れる中、マレクタルは容認の姿勢を見せた。


「キミのやることだ。今更疑う意味もない……。しかし……いや、何でもない」

「い、言いたいことは何となく判りますけど、これも必要なことと諦めて下さい」

「そうする」

「それより、民を迎えるには建物が少ないんですが……どうします?」

「…………。どうすると言われても……」

「じゃあ、天狼様は街の西側を……俺は東側を」

「………?」


 街の外で二手に分かれたライとアムルテリア。大地に揺れが起こるとほぼ同時、建物が発生。ちょっとした騒ぎが起きる。


 戻ったライとアムルテリアは互いの創造した建物に意見を出し合っていた。


「……どこまでも驚かされてばかりだが……何を?」

「家の増築です。予定では全員入れる余裕はある筈ですよ。それから、各地に散る為の馬や荷台は商人組合に依頼してありますから……」

「………。ハッハッハッハ!」

「えぇ~っ?な、何で笑ってるんですか?」


 マレクタルは笑うしかなかった。


(成る程……ティクシーの言う通りか)


 ライの肩をバシバシと叩くマレクタルは、少し笑いすぎて涙目になっている。

 それはある種の達観──次々に驚かされながらも全てが良い結果に導かれている。ティクシーが言ったように、それは『幸運』に触れるに等しい。


 だからこそマレクタルは、ライの気遣いに呆れつつも感謝して笑うのだ。


「さってと……。これで後は……大丈夫ですね。そろそろ俺も帰るかな」

「出来れば感謝の宴を用意してやりたいのだが……」

「それは『復興したら……』でお願いします。心配事が無い時の方が楽しいでしょ?」

「わかった。……また会えるか?」

「当然です。というか近々会える筈ですよ?」


 勇者会議──ルーヴェストの提案していたペトランズ大陸の勇者を集めた会合。それもまた今後の脅威対策には必要なことだ。

 その前に星鎌ティクシーへの報酬もある。直ぐに再会となるだろう。


「まぁ、そんなのが無くても気軽に遊びに来て下さい。俺の住まいはシウト国王都近くの森です。ティクさんが居れば直ぐでしょ?」

「そうだな……そうさせて貰う」


 マレクタルにとっては大きな繋がりとなる勇者ライとの出会い。この友情を大切にしたいとマレクタルは心から思う。


「後は皆さん次第。トゥルクが早く安定することを祈ってます。じゃあ……行こうか、アムル!」


 笑顔で手を振るライはアムルテリアと共に転移の光の中へと消えた。

 たった一日で復興の道筋を付けた勇者は、何の見返りも無くあっさりと去っていったのだ。



 その後、程なくして……トゥルクには異空間よりの民が加わり新たな国としての再生が始まる。

 トゥルクの偉大なる王ブロガンがその生涯を賭けた願いは、遂に果たされたのだ。


(爺ちゃん……見ていてくれ)


 新たなトゥルク国──冬が近付くその大地には、ブロガンの好きだった花が季節遅れに咲いていた……。

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