幕間⑭ 各地再訪・その一
トゥルクにて行われた邪教討伐……その裏で、ライが警戒していた様々な脅威は存在したままだった。
現在のロウド世界に於いて明確な危機と言える存在は、魔王アムドの勢力──。しかし、それ以外にも潜在的な危機が複数存在している。
トシューラの女王パイスベル崩御──その報せは未だ各国に届いていない。後継となったトシューラ王女……いや、女王ルルクシアの今後の行動は大陸レベルでの危機に繋がる可能性がある。
同様に、実質アステ国を掌握している王子クラウド。復讐に狂ったクラウドも今後ペトランズ大陸を大きく乱す恐れがあった。
更に、動向が掴めなくなった脅威存在・魔術師ベリド……。
ライの身体を一時的に乗っ取った勇者バベル……その神衣を受け瀕死だったベリド。回復は容易ではないだろうが易々と死ぬ輩でもないだろう。
同じく動向が掴めぬ危機として魔獣アバドンの脅威も忘れてはいけない。
既に多くの犠牲を生んだ魔獣は、完全に倒された訳ではないのだ。備えは必要だった。
加えて、現行魔王たる存在……。未だ正体が掴めぬ脅威存在は、魔物の活性化だけでなく操っている様子もある。
アステ国の城砦都市壊滅が最も大きな被害になる反面、他の地では大規模被害が出ていない。それは、勇者や騎士の活躍のみが理由ではないと思われる。
そして最後にもう一つ──闘神の眷族。
邪教を利用し永き刻を掛けて闘神の復活を狙ったデミオス──あの様な存在が他にも潜んでいる恐れもある。
ある意味ではそれが最大の危機となる可能性も否めない。
それらの脅威に比べれば幾分危険度は下がるものの、やはり魔獣は各地に存在し時折被害を与えている。
ロウド世界は、未だ平和な世界とは程遠かった……。
そんな中を奔走していたライの分身達。各地で脅威に対応できる様、様々な準備をしていた。
しかし、異空間に閉じ込められたことにより分身体は消滅。突然のことだったので自立思考型に切り替える間もなかった。
この為、ライはトゥルクでの復興前に再度分身体を展開。各地に飛ばし現場を確認する必要性が生まれることになる。
「ライ!突然消えたから心配していたが……何かあったのか?」
アロウン国・王都セーア。
魔獣から受けた被害は既に復興を終えたアロウン国。王都と呼ぶには些か質素な街の一画には、勇者シーン・ハンシーが創り上げた組織『青の旅団』の敷地がある。
その中の訓練場にて団員に手解きをしていたシーン・ハンシーは、飛来したライに気付き手を止める。
「いやぁ……悪い悪い。異空間に飲まれちゃってさ~?でも、たまにあるだろ?異空間遭難……略して『イクソウ』ってヤツ?」
「……え?い、異空間?」
そんなのねぇよ!語呂悪ぃよ!……と心の中で叫ぶシーン・ハンシーさん。
毎度のことながら思考の埒外が飛び出してくるライの言葉で、眉間に手を当てている。
トォン国で魔王アムドの健在を理解した際、ライは分身の一体をアロウン国に送っていた。
それは今後ライの力だけでは対処出来ない事態も起こると見越して知己の者を鍛える為……。シーン・ハンシーもその一人だった。
アロウン国の場合は『青の旅団』の戦闘部門の強化も併せて行っていたのだが……邪教討伐の折ライの分身が消えた為に警戒をしていたらしい。
「……で、訓練てどこまでやったっけ?」
「………。大丈夫なのか?」
ライは他の者が不安になることを滅多に口にしない。それは付き合いの短いシーン・ハンシーでも気付いている。
同時にそれは己の力量不足をも意味している。シーン・ハンシーにはそれが歯痒かった。
そんな様子に気付いたライは、シーン・ハンシーの肩を叩き謝罪する。
「悪い。色々あったから後で説明する」
「………わかった」
「ところで……どこまでやったっけ?」
「今は覇王纏衣を重ねる訓練と高速詠唱の研鑽中だ。お前が優先しろと言ってた《雷蛇弓》と《癒しの羽衣》は何とか使えるようになった」
「……。案外成長早いよな、シーンは」
「師匠が良いからだろう?アロウンには師と呼べる者が居なかったからな……」
シウト国の傘下に入り戦力を育まなかったアロウン国では、達人が存在しないのは仕方無きことではある。
しかし、そうなるとアロウンの守りを一手に担っていた姫セオーナの負担は相当なものだったとも言える。
「お陰でセオーナ姫の力にもなれる。感謝してるよ」
「そうだな……しっかり支えてやれよ?…………一生な?」
「なっ!おまっ!ばっ!な、何言って……!」
「照れんな、照れんな!隠したって俺には全て分かってるって………何たって俺は『恋愛マスター』だぜ?」
『恋愛マスター』……と名乗るこの『エセ恋愛マスター』は、事ある毎にそう誇張する。騙されてはいけない。
しかし、それ知らぬ者には詐称の効果は絶大だった……。
「………わ、分からないんだ」
「うん?」
「俺は前にマーナに惚れていた……と思っていた」
「嘘ぉぉ━━━━━っ!?」
叫ぶ勇者さん。突然妹の名が出たことに驚きを隠せない……。
「……そ、そんなに驚くことか?」
「いや……命知らずだな、と思って」
「…………」
知り合った経緯は聞いていたが、まさか惚れていたとは……しかし、惚れる要素があったのか?とライは迷う迷う。
「……しかし、あの気持ちは浮かれていただけだったらしい。マーナに感じた気持ちとセオーナ姫に感じた気持ちはまるで違うんだ」
「へぇ……どんな風に?」
「マーナの時は“ 良いなぁ ”という感じだが、セオーナ姫に関しては“ 絶対に守る ”って意志が湧いてくる」
「………どっちの気持ちが強い?」
「セオーナ姫への方が……」
ニカッ!と笑ったライはシーン・ハンシーの肩を叩く。
「良し……じゃあ一つ課題をだそうか、シーン?覇王纏衣を三つ重ねられたらセオーナ姫に告白ね?」
「なっ!何でいきなり……!」
「俺はさ?愛し合う二人が悲劇で命を失う姿を二度も見てるんだよ……。だから、少しでも多くの幸せが見たいんだ」
「…………」
ディルナーチで起きた二つの悲劇……。
久遠国・嘉神で起きたヤシュロとハルキヨの愛の結末。神羅国・第二王子キリノスケとホタルの悲恋。
それらは、ライの心に深く刻まれ忘れることが出来ない。
「それにこんな世界だからな……後悔しないようにしてくれよ?一応、そう伝えた友人が二人居るけど、二人ともちゃんと結婚したぜ?」
これは、久遠国・不知火領主嫡男リンドウとカエデ。そして嘉神領主トウテツとサヨのことだ。
因みにリンドウはまだ婚約。実質決まった様なものなのでちゃっかり話を盛っている。
「だから……さ?俺は少しでも幸せな恋人達を見たいんだ。シーンもそうなら良いなと思う」
「ライ………」
「どうする?乗るか?」
「フッ……お前は本当に不思議な奴だよ。分かった。その課題、やってみせる」
「良し!じゃあ、早速修行だ!ビシバシ行くぞ?」
「おう!」
アロウン国は取り敢えず問題は無かった様だ。
もっとも……アロウン国の姫が神獣とまで言われる聖獣モックディーブと契約している以上、ニ、三日程度でどうこうなる訳もない。
今回の目的はやる気を出させること。思惑通りになったライの顔が悪い顔しとるのも平常運転だろう。
更にアロウン国では、『青の旅団』強化の為に神具進呈を賭けてそれぞれに課題を出している。
全員が課題を達成すれば、アロウンは今の数倍の戦力を得ることが出来る筈。
と……今のはアロウン国の話だったが、当然他の地でも似たようなことをしている勇者さん。
次なる場所はスランディ島・アプティオ国。こちらは未だ復興半ばだが、ライの協力もあり建築関連はほぼ片付いていた。
「ちょっと、ライちゃん……大丈夫だったの?」
再来したライが近付いたのはアプティオの訓練所・統括指揮官となったアウラ。彼女は訓練の為の鞭を振るっていた。
「大丈夫、大丈夫。悪かったね、急に消えて」
「………もしかして、例の魔王絡み?」
「いや……それとはまた別件だよ。詳しくは後で説明する。それより、心配掛けて悪かった」
「大丈夫なら良いけど……」
見た目は小柄で金髪縦ドリルの髪型をした美女アウラ……元が大男だったと言われて信じる者はいないだろう。
「で……訓練の調子は?」
「そうねぇ……覇王纏衣使いがこんなに出るとは驚きだったけど……これは逆に良いことよね?」
ライの訓練効果か、騎士団長プラトラムと副団長アスレフは覇王纏衣を修得。更に元トシューラ兵の中からも幾人か覇王纏衣に到達している者が存在していた。
「皆、手応えを感じてやる気出しちゃってね……。これなら国防も期待できるわ」
「そりゃ良かった。因みにレフティスは?」
「フフ……マイ・ダーリンは私が付きっきりで鍛えてるもの。大丈夫よ」
アプティオ国王レフティスは、婚約者たるアウラより弱いのでは恥ずかしいと公務の間に鍛練しているらしい。
因みにレフティスは覇王纏衣、アウラは覇王纏衣三枚の未完成【黒身套】にまで至っている。
これらの急成長は、大聖霊クローダーとの契約を果たしたライの力──【感覚の焼き付け】に由るもの。希望者のみ限定ではあるが、戦力に不安があるアプティオ国には必要な措置だったと考えている。
「………ところで、オルネリアさんは?」
「それがねぇ……ここ何日か様子がおかしいの。何か気が抜けちゃったみたいで……」
「?……どういうこと?」
「ホラ……今まで家族の為、家臣の為って頑張ってたでしょ?それが、ようやく安住の地を手に入れて穏やかな暮らしになった。しかも家臣は皆しっかりしてるし、弟のレフティスちゃんは私が支えちゃってるから……」
「………。もしかして、燃え尽きちゃった?」
「ちょっと違うけどね?次の目標が見付からない……が正解かしらね」
それまでオルネリアは地獄とも言える日々を生き抜いてきた。挫けずに歩み続けたのは家族と家臣の為……しかし、安寧を手に入れると同時に皆オルネリアの手を離れたのだ。
当然ながら穏やかな日は嬉しいものの張り合いが無くなってしまったのかもしれない。
「ウチのダーリンも心配してるんだけど、こればっかりはね……」
「う~ん……」
「そこでお前に頼みがある」
ライの肩を叩いたのはアプティオ騎士副団長のアスレフ。ライの姿に気付いたアスレフは訓練の手を止めて駆け寄って来たのだ。
アスレフの頼みは、ライを取り巻く環境をまた少し変えることになる。
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