幕間⑭ 各地再訪・その二

 スランディ島・アプティオ国に再訪したライは、オルネリアの心の変化を伝えられる。

 訓練に重きを置いていた為気付けなかったことに少し後悔するライ──そこにアプティオ騎士団副団長アスレフが提案を持ち掛けた。


「頼み……ですか?」

「ああ。オルネリア様がこのままアプティオに居ても益々落ち込んでしまうだろう。だから、お前のところで一時預かって貰えないか?」

「ホームステイってことですか?」

「そうだ。環境が変われば 何か生き甲斐が見付かるかもしれんだろ?」

「確かに……。でも、良いんですか?レフティスやオルネリアさん自身に確認しないと……」

「レフティス様からは既に許可を貰っている。オルネリア様はああいう性格だから、少し強引に行かないと駄目だろう。協力して貰えないか?」


 確かに新たな環境は視野を広げる。オルネリアは王族……しかし、安全な場所でもあるライの居城ならば問題は無い。


「分かりました。じゃあ……どうしますか?」

「オルネリア様は港に居る筈だ。見付けたらそのまま連れて行ってくれ」

「え?む、無理矢理ですか?」

「そうでないと断られる恐れもある」

「………に、荷物は?」

「要らん。金を渡すからそちらで揃えてくれ」

「え~………お、お金は大丈夫ですけど、無理矢理って……」


 そこでアウラは、溜め息を吐いてアスレフの支援に回る。


「ホラ……ライちゃんなら転移できるでしょ?オルネリアちゃんが嫌だって言ったら帰してくれれば良いから……」

「……。まぁ、確かにそうかな。………。うん、分かりました。じゃあ、とにかくそういうことなら………グヘヘヘヘ!オルネリアさんは預かった!返して欲しくば……」

「はいはい。頼んだわよ?」

「…………」


 アウラに軽くあしらわれたライは、何度も首を傾げつつ港へと向かう。


「………。本当に良かったの、アスレフちゃん?」

「無論だ。これで我が国はライとの縁が更に深まる」

「そんなことしなくてもライちゃんは……」

「……。あ~……実は、オルネリア様はライが来ると明るくなるんだよ。御本人は気付いて居られない様だが……」

「そうなの?私、勘が鈍ったかしら……」


 それはアスレフの嘘……。当然、アウラが気付く訳もない。


 しかし、この嘘からオルネリアの心が動き出すことはアスレフ自身も知らぬこと……。



 一方、港に向かったライは貨物の箱に座り海を眺めるオルネリアを見付けた。


(確かに元気が無いな……)


 オルネリアは度々深い溜め息を吐いている。そこで奴はちょっとした小芝居を始めた……。



「ヘッヘッヘ!そこの綺麗な嬢ちゃんよ……どうだ?俺っちと海の散歩と洒落こまない?」


 海賊の恰好で現れたライが酒樽に乗って海から現れた!


 しかし、オルネリアはライに気付かない。ライはそのまま何度か声を掛けたが、波に揺られて通り過ぎていった。

 挑戦すること五度──結局、気付かれることなく作戦終了……。


(くっ!ま、まさか、あれ程に惚けているとは………。確かにあれはいかんな。ならば、インパクト重視で……)



 オルネリアの前で釣りを始める爺様出現。勿論、奴の変装である。


 しばらく竿を振っていた爺様ライは、唐突に大声を上げた。


「こ、こここ、こりゃあ、大物じゃぁ~っ!だ、誰か!ち、力を貸して下さらんかぁ~?」


 老人が助けを求める声となれば流石に我に返るオルネリア。慌てて爺様の傍に駆け寄った。


「だ、大丈夫ですか?」

「おお!まさか姫さんがお助け下さるとは……さ、竿を頼めるかの?わしゃ腰が……」

「わ、私、釣りをしたことが無いのですが……」

「大丈夫じゃ!そのままガッ!と引いてポーン!じゃ!」

「ひ、引けば良いのですね?」


 とはいえ、釣竿は凄いしなりを見せている。そこでオルネリアは竿と糸を纏装で包み、一気に引き揚げた。


 ポ━━━━ン!


 と海から引っこ抜かれたのは褌一丁の男……口に釣り糸を咥えた男は宙を舞い、真顔でオルネリアと視線を合わせている。


「なっ!ラ、ライ殿ぉぉ?」


 衝撃……というかトラウマになりそうな光景。そのまま陸に揚がったライは水揚げされたばかりの魚の様に小刻みに跳ねている。

 その身体は何か粘液まみれでヌラヌラとしていた………。


「ど、どうしてライ殿が……」


 そんな動揺を見せるオルネリアの肩を叩く『釣り爺様ライ』……オルネリアが振り返れば親指を立てて一言。


「勇者……フィッシュオン!」


 そして爺様はタコに変化し海の中へと姿を消した。そんな海には複数のライが時折水から跳ねるのが見える……。


「…………」


 カオス──そう、久々のカオスである。その間釣り上げられたライはずっとビチビチと跳ねていたという……。




 少し間を置いてオルネリアが落ち着いた頃、ライは改めてオルネリアの気持ちの確認を始める。

 やはり無理矢理というのは苦手な辺りがライらしい。


「実はオルネリアさんの様子がおかしいと聞いて……」

「それで……励まそうとして下さったんですか?」

「まぁ、そんなところですね。それで……何かあるなら聞きますよ?」

「…………」


 再び浮かない顔に戻ったオルネリア。痺れを切らしたライはオルネリアを抱えて空高く飛翔を始める。

 いつもの飛翔よりも更に高く、高く……やがて大陸の輪郭が判る程に昇った所でライは飛翔を停止した。


 オルネリアの目は輝いていた……。その光景を目にできる者は稀……薄い空気や低い気温は、ライが魔法の膜を展開することにより調整している。


「凄い………」

「でしょう?元気が無い人は高いところからの景色で結構元気を取り戻すんです。こうして見ると自分が小さく感じますよね?」

「………。ライ殿もですか?」

「ハハハ……。幾ら力があっても母なる星には勝てませんよ。幾億の命を育み育てるなんて神様でも容易じゃない。違いますか?」

「そう……ですね」


 しばしの沈黙が降りる。青く美しい星はオルネリアの心を幾分か刺激したのだろう。

 やがて……オルネリアは泣き始めた。


「…………辛かったんですか?」

「……はい」

「じゃあ、思い切り泣いてください。ここには俺とオルネリアさんだけですから」

「うっ……ううっ……」


 オルネリアは声を上げて泣いた……。


 それはずっと心に溜めていたもの。父、そして母を失った悲しみ。臣下を失った後悔。国を失った喪失感。国民を不幸にさせた罪悪感……。

 たとえリーブラ国が新しき国アプティオに生まれ変わっても、二度と取り返せない悲しみ……それを、ずっと誰にも打ち明けられなかったのだ。


 本当の気持ちで泣くことすら出来なかったオルネリアは、今ようやく泣くことを許されたのである。子供のように思い切り泣くこと……それこそがオルネリアに必要なことだった。



 そうして一頻り泣いたオルネリア。その表情はすっかり晴れやかになっていた。


「………ありがとうございました、ライ殿」

「もう……大丈夫ですか?」

「はい……思い切り泣かせて頂きましたから」


 涙を拭うオルネリア。少し間を空けて本心を語り始める。


「本当は……怖かったんです」

「怖かった?」

「はい……。皆、どんどん前に進んでいるのに私は過去の悲しみを切り離せない。だから、置いて行かれる気がして……」

「………」


 アウラが言っていた様に、皆が自分の手を離れ繋がりが弱くなった気がしたのも拍車を掛けたのだろう。悲しみを溜め込み置いて行かれるのは確かに堪え難いこと……。

 無論、そんなものは思い込みでしかない。


 それでもオルネリアには、辛い日々だったのだろう……。


「でも……ライ殿のお陰でようやく歩き出せそうです」

「良かった……。皆さん、心配してましたよ?でも、これでホームステイの話は無しかな……」

「ホームステイ……何の話ですか?」

「実はですね……」


 先程のアウラとアスレフの会話を伝えると、オルネリアは再び沈黙した。

 しかし、その表情は今までよりもずっと明るい。


「………もし……」

「はい?」

「……もしご迷惑でなければ、その話を私からお願いしても良いですか?」

「ホームステイをですか?それは……全然構いませんが……」

「確かに私も新たな視点が必要なのかもしれません。でも、どうせなら私も強くなりたいのです。それならば、ライ殿の近くの方が確実な気がします」

「………真面目ですね、オルネリアさんは。肩の力を抜かないとまた溜め込んじゃいますよ?」

「その時は……またライ殿にお願いしようかな」


 はにかむ笑顔を見てライはようやく安堵に至る。


「………わかりました。その時は遠慮しないで言って下さいね?またこの景色にご案内致します、お姫様」

「はい………」



 オルネリアが新たな同居人として加わった。


 それは彼女の新たな人生の切っ掛けに過ぎない。しかし、それは確かにオルネリア自身が自ら選んだ人生でもある。


 そして更に………。


「ちょっとぉ~!そういうことなら私も行くわよ!」


 地上に戻り妖精の森に挨拶に向かうと、妖精女王ウィンディまでもが加わった。


「ウィンディ……女王なのに森を空けて大丈夫なのか?」

「大丈夫よ。ライの家と『彷徨う森』を繋ぐから」

「………。はい?」




 増える同居人。そして………一つだけ確かなことがある。


 この結果にメトラペトラが大変喜んだことだ。



 いよいよ以てライの周囲には女子ばかり。今のところルーヴェストやイグナースが同居しているので、男女間の問題は起こらないだろう。

 しかし、明らかにライに好意を持っている者達からすればライバルが増える現状は望ましいとは言えない。


 そんな女性達の気持ちに反してまだ同居人たる女性は増える……。それがライの未来にとってどういう結果に繋がるのか……誰も分からない。



 そして視点は他の分身へと移る。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る