幕間⑭ 各地再訪・その三


 各地に散ったライの分身達は相当数──。それもまた脅威に対する備えに必要なことだった。



 とはいうものの、ある程度の段階に漕ぎ着けた時点でライは分身の配置は止める予定だ。


 しかし、今はまだその時には至らない。





 東南の小国・イストミル──。


 そこでは次期王位に関して少しばかり国が荒れていた。

 双子を凶兆とする国柄のイストミル──貴族達は若き双子の王女を利用し派閥を創り、自分に有利な体制をと目論んでいたのである。


 魔王台頭の時代にも拘わらず国民の生活を考えず保身や利益ばかり──そんな腐敗した状況だった。



 高地連合国家ノウマティンと隣接するイストミル国は、『猫神の巫女』の表敬訪問により内情を知られることとなる。

 そこにたまたま?居合わせたライは、今後の為にとイストミル貴族ベクノーアに協力を依頼された。



 そして───。



「あら?何も言わず突然姿を消したと思ったら、どの面下げて現れたのかしら?」


 アクト村・猫神の巫女の居住施設内──庭先のテーブルで紅茶を飲む銀髪の少女は、ライを確認すると同時に冷たい眼差しと言葉を投げ掛ける。


 髪を後ろに編み束ねた少女は緑色の瞳。その左手薬指には指輪が光る。


「おっ?ようやく帰って来たのかよ……いきなり居なくなるとか皆が言うように本当に人を振り回す奴なんだな、コーチは?」


 テーブルに座る少女と瓜二つの顔をした銀髪のポニーテール少女は、巻き藁を相手に格闘訓練している。


 裏表の無い顔で笑う青い眼の少女……布で汗を拭う左手薬指には、やはり指輪が光っていた。




「いやぁ……悪いね。ちょっと異空間に巻き込まれちゃてさ……?」

「異空間?」

「そう。異空間」

「………そう。良かったわね」

「お、おぉ……。よ、良くは無いんだけね?」

「まぁどうでも良いわ」

「……………」


 これまでライが縁を結んだ中でも最も反応が冷たい少女の名はバーミラ。

 ツンデレどころではなくツンヒエな少女は、イストミル国・双子の王女の姉である。


「良く言うよ、バーミラ。コーチが突然消えたらポンコツになった癖に……」

「………あなた、自分のことと勘違いしてるんじゃないの、ルーミラ?」

「………。悪いな、コーチ。姉はこんな奴なんだ」


 一見、気さくな印象を受けるのはイストミル双子の王女・妹ルーミラ。

 何というか……時折酒場で見掛ける豪快な女戦士の印象を受けるルーミラ。見た目はか弱いのに強力な戦闘力を持つ。



 イストミルの王女二人は魔人である。


 そしてイストミル王女二人がアクト村に居る理由は単純──彼女達も猫神の巫女に加わったことを意味していた。



「あ~!お兄ちゃん、戻ってきた!チェルシー、心配してたんだよ?」

「ゴメン、ゴメン。急に異空間に閉じ込められちゃって……」

「い、異空間?大丈夫だったの、コーチ?」

「大丈夫だよ、ベルガ。ただ分身が消えちゃったからさ?心配してるかなって……」


 宿舎の中から次々に現れた『猫神の巫女』達……。ライはその普通の反応にようやく安堵した。



(ルーミラはともかく、やっぱりバーミラは反応が冷たいよな……。クールっていうより壁を感じるというか……悪い娘じゃないんだけどさ?)


 イストミル王女・姉バーミラは、その本心を殆ど見せない。それは育った環境が原因であることはライも理解している。

 それはイストミル国での事情に絡む話。説明にはやはり時を遡る必要があった……。




 五日前──。イストミル貴族ベクノーアの手配により、猫神の巫女達はイストミル国王と王妃……そして双子の王女バーミラとルーミラと面会を果たす。


「謁見を賜り誠に感謝致します、イストミル王」


 代表として挨拶したのは『猫神の巫女』のリーダー、リプル。

 猫神の巫女はフラーマを除き旧・高地小国王家に関わる立場だった為、皆作法を弁えている。フラーマも覚えが早く作法は既に身に付けていたた。そうして謁見は差し障り無く行われた。


「こちらこそ、良く来てくれた。感謝する。………。それでだな………」

「大丈夫です。王よ……全て理解しております」

「そうか……済まぬな。それでは……バーミラ。ルーミラ。皆を案内してやりなさい」

「承知致しました、御父様」



 ベクノーアが謁見理由として手配した名目は、『今後のイストミルでの興行に関する打ち合わせ』……これは勿論方便でしかない。

 歳の近い王女二人を猫神の巫女に接触させるのも、イストミル国王とベクノーアの申し合わせである。



 イストミル国王は現在のイストミル国を憂いていた。その過程でベクノーアを頼り連合国家に入ることを選択したのである。

 それは王家としての歴史を閉じることになるが、娘達の為にという願いからの決意であることをベクノーアは語っていた。



 そうして『猫神の巫女』と『双子の女王』は遂に対面を果たしたのだ。


「始めまして、王女様。私はリプル……猫神の巫女のリーダーです」

「始めまして。私はイストミル王女バーミラ。こちらは妹のルーミラ。以後、お見知り置きを」


 一頻り互いの自己紹介を終えた一同は、バーミラの案内により場所を移動。接客の間へと案内されるに至る。


「………ふぅ。それで、目的は何かしら?」


 接客の間に入るなり無表情で問い掛けるバーミラ。先程までの対応は明らかに猫を被っていましたと言わんばかりの態度だ。


「事情によっちゃここで叩き出すけど良いか?」


 妹のルーミラも素の表情を見せている。


 かつて、こうして双子の女王に近付く者達には何かしらの意図があったのだ。

 双子の反応は自衛の為のもの……姉は策謀を巡らし交渉や駆け引きを、妹は力で押さえ付けようとする相手から身を守る為に、今の性格を生み出したのである。


「目的と言われても……」

「じゃあ、時間の無駄ね。お引き取りを」

「ま、待って下さい!」


 初めから交渉では相手が上……それに気付いたリプルは、同行している猫神の巫女担当マネージャーのノーラに視線を向けた。


「リプル。大丈夫だから全部話しちゃえ。そうじゃないと交渉にすらならないみたいだし」


 そう口にしたノーラに厳しい視線を向けるバーミラ。ノーラの態度は明らかに女性のそれではなかったのだ。


「あなた……男?」

「えぇっ!?私ですかぁ?皆のアイドル、ドーラちゃんで~っす!」

「…………」

「あれぇ?私を疑ってるんですかぁ?ヒッド~イ!

「…………」

「こんな我が儘ボデーの男なんていないでしょ?うっふ~ん!」

「…………」

「…………」

「…………」

「スイヤセンしたぁ!」


 ドーラの姿から脱皮して現れたのは白髪のアンチクショウ、勇者ライさん。背中側から飛び出た勇者さんは宙で土下座の体勢をとりながらフワリと着地──その土下座は相変わらず美しい。

 あまりに無反応なバーミラの視線に堪えかねたライはとうとう音を上げた……。


「………男がこんな場所に入り込んだらどうなるか、分かっていて来たのかしら?」

「ど、どうなるんでヤスか?」


 バーミラは無言で股間を指差し、指でハサミを閉じる仕草を見せる。

 途端にライはガタガタと震え始めた……。


「ど、どうか御許しを!何でも……はしないけど、出来る範囲でお応えしますんで!」

「………。そんな謝罪があるのかしら?まぁ、良いわ。代わりにどうすべきかしらね、ルーミラ?」

「そうだなぁ。悪人かどうかは殴ればわかるから今から四半刻程殴られてくれよ?」


 猫神の巫女達は幾分不快な様子を見せるが、元々ライの提案で今の事態が起きているのだ。それに加担した身としてはあまり強気に出る訳にもいかない。


 しかし……ライはスクッと立ち上がり提案をあっさりと受ける。


「麗しの姫様方に殴られるのならばやぶさかでは無いのですが、それじゃ私も割りに合わない。そこで一つ賭けをしましょうか?」

「賭け?あなた……そんな立場だと思っているのかしら?」

「まぁまぁ……悪い提案じゃないですよ?姫様方が負けても勝っても『自由』への道が拓ける……かもしれませんから」

「………何ですって?」


 ニコニコと笑顔を浮かべるライに対し、イストミルの姫達は険しい表情を浮かべた。


「……何を考えてるのか吐きなさい。でないと?」

「でないと……何ですか?」

「こうするんだ、よっ!」


 残像を残しライの側に現れたルーミラは、その拳を振り抜いた。

 明らかに全力……魔人の膂力で殴られれば大概の者は死に至る。つまり、ルーミラは本気でライを殺しに掛かったのだ。


 しかし、その拳はライの指一つで受け止められる結果となる。


「なっ!」

「あ~あ……。折角手合わせ勝負にしようとしたのに……」

「あ、あんた……今、何をしたんだ?」


 動揺しているルーミラ。バーミラも初めて表情らしい表情を浮かべていた。


 ルーミラは纏装を纏っていたのだ。そこに魔人の膂力が加われば達人でも指一つで止めるなど不可能である。

 しかし、ライは纏装すら纏わず受け止めたのである。これでイストミル王女達はライを更に警戒することになった。


 そこに仲裁に入ったのはミソラ──。


 今回、ライと『猫神の巫女』達が来訪した意図を年長者たるミソラは改めて説明することになったのである。



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