幕間⑭ 各地再訪・その四


 ミソラは話し合いを進める為にライの素性と来訪目的の説明を始める。


「この方は私達『猫神の巫女』のコーチなんです。本当は勇者で……」

「ども~!勇者ライで~す!」

「…………」


 まるで円盤投げのような妙な決めポーズでライはウィンクしているが、またしてもイストミル王女姉妹は無言の反応。

 まるで虫でも見るかの如き視線に、ライの笑顔は引き攣っていた。


「………勇者?あなたが?」

「と、とにかく説明を……」


 ことの始まりは、ベクノーア伯爵の頼みから始まるイストミルの改革。

 バーミラとルーミラを猫神の巫女に参加させ、派閥争いそのものを無くす……という荒療治。それも皆、領民の為、そしてイストミルに住まう者達の未来の為だと告げる。


 イストミルはノウマティンに併合されるが、 地位は高地小国の元王達同様の公爵位を与えられ元老院に加わることになるのだと。


「………それを御父様達は知っているのかしら?」

「ベクノーア伯爵から話が通してある筈ですよ?だからこうして話し合いの場を提供して頂けたのでしょう」

「そう………」

「それも貴女達の為に選択したことかと思われます」


 ミソラの言葉に少し思案したバーミラは、チラリとライに視線を向けた後駆け引きを始める。


「交渉するに当たり、あなた方には足りないものが幾つもあるわ。一つは最も重要な『信用』、そして一つは交渉材料、最後の一つは責任……それらを用意できないのでは話にならないわ」

「その為の話し合いに来たのですから……」

「………。あなたは、突然異国人に『信じろ』と言われて鵜呑みにできるのかしら?」

「それは………」


 確かに、信じろと言うにはそれに足るだけの証拠や覚悟を見せねば始まらない。


「では、どうすれば……」


 そんなミソラの言葉に、バーミラは予想外の提案を持ち掛ける。


「この城の地下にある真珠は『願望の真珠』って言ってね……それに触れた者は己の願望を晒すことになるの。それを今から取ってきて。鍵は渡してあげるから」

「そ、それは窃盗では?」

「嫌なら交渉は終わり。お帰りを」


 バーミラの交渉は一切意図の読めないポーカーフェイスからの提案。素直すぎる猫神の巫女達では明らかに相手が悪い。


 そこで動くのは当然『ヤツ』である。


「取ってきたら『信用』はされる訳かな?」

「………取って来られたら、ね」


 仮にもイストミルの秘宝である真珠は、厳重に管理されている。鍵があっても宝物庫の入口には警備兵……内部は魔法による防衛結界もある。とても中に入ることは出来ない。


 それは勿論、普通ならばの話だ……。


「じゃあ、行ってきま~す!」


 突如床に沈み始めたライは、まるで底無し沼に填まるかの様な小芝居を演じながら悲鳴を上げつつ階下へと消えた……。


「…………」

「…………」

「…………。何なのかしら、あの男は?」


 どうもやることが一々常識離れしているライの姿に、バーミラとルーミラは対応に困っている様子。


 そこで猫神の巫女達は一斉に語り始めた。


 それは、ライが如何に奔走して皆を救ったかというノウマティン建国の影の歴史とでも言うべき経緯。

 一切見返りを求めなかったという話を聞いたバーミラは、到底信じることが出来なかった。


「……そんな人間、居る訳が無いわ」


 そんなバーミラの言葉に答えたのはリプルだ。


「直ぐに分かります。それより、先程の話ですが……私と賭け致しませんか?」

「あなたと?一体何を賭けるつもり?」

「コーチが真珠を持ってきたら私の勝ち。それを以て『責任』としてコーチに全てをお話し下さい」

「…………。持ってこれなかったら?」

「どんなことでも」

「………後悔するわよ?」


 ニッコリと頬笑むリプル。バーミラはそんなリプルを少しばかり憐れんだ。


 バーミラにはライが真珠を持って来ない……いや、来れないだろう自信があった。


 『願望の真珠』は対象の最も強い願望を引き出すという呪い染みた効果がある。たとえ触れずとも、目にしただけで人は欲を引き出されるのだ。

 そしてそれは、決して呪いなどではない。心清らかな者がそれを見れば、望むものを手に入れる方法が判るのだという。


 イストミル国が何故そんな危険なものを持ち続けているのか理由は分からない。だが……人の目に晒すことは、実は王の覚悟を引き締める為だと言われていた。


(あれは直接触れないわ。聖獣のみが移動させられる。残念ね……)


 心の中でそう告げたバーミラは自分の小賢しさに嫌気が差す。

 それを察してかバーミラに寄り添うルーミラ。二人は自分達の自由を諦め掛けていた……。



 そんな中、床下からニュッ!と顔が飛び出した。


「コーチ!」


 地下から帰還したライ。しかし……現れた床の位置が悪かった。

 そこは丁度バーミラの真下。そう……スカートの中、丸見え……パンツ!丸見え!


「うおぉぉぉ━━━っ!空に輝くピコピコピ━━━━ン!」


 興奮のあまり訳の分からないことを口走る残念勇者。生首状態で猛烈な横回転を始める。

 が……その頭にミシリと靴がのし掛かり回転が停止。


「あら……こんなところに害虫が。駆除しないと」

「む、虫じゃあ御座いやせんぜ、姫様……」

「じゃあ、何かしら?」

「ヘヘッ!パンツ最こ…………ナイショ!」


 バーミラは思い切り足を床に踏み付けた。

 すると……床下に消えたライは押し出される様に猫神の巫女達の足元からニュッと出現!


「うおぉぉぉ━━━━っ!迸れ!俺のエロスよ!」


 混乱した猫神の巫女達はライを目茶苦茶に踏み付けた……。

 ボッコボコにされた勇者さんはそれでも幸せそうに何やら呟いていたが、その内容は敢えて触れまい。



 その後……何事かと駆け付けた衛兵を猫神の巫女が誤魔化し、ライは全員からお叱りを受けるに至る。現在、正座で反省中。


「………。やっぱりちょん切るべきね」

「あわわわわ…………」


 ライは再びガタガタと震える。しかし、その小脇には布に包まれた人の頭大の球体が置かれていた。


「!………あなた!まさか、それ……!?」

「え?ああ。例の真珠だけど?」

「嘘よ……直接触れて何とも無い訳がないわ」

「いや?流石に直で触ると欲望が出るよ?でも、こうして包んでるのは皆に影響が出ないようにする為だ」

「………………」


 バーミラはそれをライの策と勘違いした。


 真珠を見ればその力の影響を受ける。だから布を外せない。つまり、本物かどうかの確認が行えずライの嘘を照明することが出来ない……と。

 それが本物である訳がない。何故ならば運ぶ際に必ず目にしていなければおかしいのである。


 つまり、目の前の秘宝は偽物。この男は騙そうとしている……バーミラはそう判断したのだ。


 それからのバーミラの行動は早かった。ライに近付き球体を奪うと改めて宣言する。


「直接触れられる訳がないわ。これは偽物よ!」

「ちょっ!ヤバイって………!」


 ライの制止を振り切り布を外したバーミラ。そこにあったのは赤と黒に色が分かれた真珠──。


「え……?本物……?」 


 ライは咄嗟に幻覚魔法 《迷宮回廊》を発動……バーミラ以外の全員を昏倒させた。

 しかし……『願望の真珠』に直接触ったバーミラだけは魔法を撥ね除けた。正確には真珠が魔法を撥ね除けたことになるのだろうが……。


「うぅ………」

「姫様!しっかりしろ!」

「わ、私は……」


 願望の開放……場合によっては最悪の事態に陥る恐れがある。

 ライに真珠が効かないのは単に魔力耐性が高いというだけの話。しかし、バーミラはそうはいかない。


「とにかく真珠を……」


 ライは素早く真珠を奪い再び布で包むが、バーミラは戻らない。

 そこでライは再び《迷宮回廊》を展開するも、何故か撥ね除けられる。


「強い欲望で精神が強化されてるのか!どうする……」


 ならばと対魔王用幻覚魔法 《迷宮王国》の使用を覚悟したその時……バーミラは叫び声を上げる。


「私は!私達は!自由になりたい!ルーミラと争うなんて嫌!そんな国なら、皆滅べば良いのよ!」


 まるで別人の様に叫ぶバーミラ。その願望は自由への渇望………。


 実の姉妹と争うことも、王女としての責務も、周囲の者達の奸計も、全てがどうしようもなく嫌だと叫ぶバーミラは、ただ自由になりたいと繰り返した。


 僅か十代半ばで巻き込まれるにはイストミルの政治は余りに醜く、これまでも自ら……いや、姉妹二人で身を守ってくるのにどれ程の苦労をしたのか……。ライにはその苦悩を悲しむことしか出来ない。


「バーミラ!」

「自由になりたいの!私とルーミラを自由に……自由にしてよぉ!」

「………。わかった。任せろ!」


 ライの言葉が届いているかは分からないが、バーミラは一瞬抵抗を止めた。

 その瞬間にバーミラを抱き締め《迷宮回廊》を発動……意識を抑えることに成功。ライはそのままバーミラの精神に潜り込んだ……。



 バーミラの精神の中──そこはとても可愛らしいもので溢れていた。

 可愛いヌイグルミ、フリルの付いたソファー、ピンクの花柄の壁紙、小さな部屋の至るところには花が飾られている。


 そんな空間の中心に小さな銀髪の少女が踞り泣いている。


「バーミラ……」

「…………」

「帰ろう、バーミラ」

「や!」


 幻覚魔法で閉じ込めたのはライなのだが、バーミラは更に自らの心の深くに閉じ籠ってしまったようだ。

 そんなバーミラに向かい合うよう屈み込んだライは、優しくその頭を撫でる。


「バーミラ。自由になりたいんだろ?」

「……うん」

「自由になったら何がしたい?」

「あのね……?ルーミラと一緒にね?色んなことするの。ハイキングしたり、お買い物したり、お花で髪飾りも作るんだよ?」

「そっか……それは楽しみだね。でも、此処にいたら自由になれないよ?」

「……でも、お外に出たらまた閉じ込められちゃう」

「大丈夫。俺が自由にしてあげる。それは本当の自由かは分からないけど、バーミラ……それにルーミラが笑える様にしてあげる」

「…………本当?」

「勇者、ウソツカナイ!」


 顔を上げた幼いバーミラを抱き締めたライは、そのまま意識を浮上させた。



 接客の間に意識を戻したライがバーミラを確認すると、随分と柔らかい表情で笑っている。


「………。本当に……自由にしてくれるの?」

「ああ。言ったろ?勇者は嘘を吐かない。たとえ吐いたとしても、俺はバーミラとの約束を必ず守るよ」

「………わかった」

「だから、全部話してくれ。君達を自由にする為に……」



 部屋の外からは再び衛兵が近付いてくる足音がする。無理もない。バーミラは心の底から叫んだのだ。

 それ程に強かった願望は、イストミル王女達の苦しみでもあった。



 ライは即座に迷宮回廊を解除した後、再びドーラの姿に変化した。バーミラが上手く兵士達を誤魔化し目覚めた全員が落ち着いた後、改めてイストミル王女姉妹との話し合いが始まった。


 それは連合国に併合すれば終わりという単純な話ではない。イストミル国には幾つもの問題が存在したのだ……。

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