幕間⑭ 各地再訪・その五


 イストミルの秘宝『願望の真珠』の影響で本心を晒したバーミラ。

 ライはイストミル王女のその苦悩を知り力を貸すことを約束する。


 幻覚魔法から目覚めた『猫神の巫女』達とイストミルの王女姉妹……そしてライは、改めて話し合いの場を持つことになったのだが───。




「具体的には何をするつもりなのかしら?」


 バーミラの様子は再びドライな様子に戻っていた……。


(あっれぇ?先刻さっきあんなに感情丸出しだったのに……夢……じゃないよな?)


 まるで“ 別に何もありませんが? ”と言わんばかりのバーミラ。

 ライの『見抜く目』をもってしても感情が読めないというその姿に困惑しつつも、取り敢えずは話を進めることにした。



「教えて欲しいんだけど……」

「その前に、その姿を解きなさい。女装趣味の変態でないのなら」

「………はい」


 猫神の巫女の女性マネジャーであるドーラの姿をしていたライは、バーミラの冷たい視線に堪え兼ね普通に変身を解いた。


「じ、じゃあ、改めて……まず、イストミル王家内の現状を聞かせて貰えないか?その方が対策が打ちやすい」

「対策?」

「そう。現在の最善はイストミルの連合国参加……つまりノウマティンに組み込むこと。そうすれば、王家の地位を落とすことなくバーミラ達はかなり自由に行動できることになる。でも……」


 イストミル貴族は従うことはないだろう、というのがライの予想だ。それはイストミル国内の政治を見れば嫌でも分かること……。


 イストミルの有力貴族・ベクノーア公爵の話では、各地防衛や経済発展の話は王から命が下っているのだという。しかし、有力貴族達が利権を貪り進んでいない……というのが現状だった。

 どうやら港を利用して他国と繋がりを作り、色々と独占している貴族がいるらしい。


 その流れを断ち切るにはやはり策が必要だろう。


「そこで……王女達を利用しようとしている貴族達の情報が欲しい。バーミラなら何か知ってるんじゃないか?」

「………。わかったわ」



 素直に応じた辺り、やはり本心では手助けを望んでいるのだろう。


 そんなバーミラは自らが掌握している情報を明らかにした。

 しかし、それは驚くべき程詳細……。籠の鳥と言えるバーミラがどうやって情報を得たのかという疑念が浮かぶ。


「私は【御魂宿し】よ。聖獣に頼めば情報収集は可能だったわ……それでもかなり手間だったけど」

「嘘っ!御魂宿し?マジで?」

「嘘を言って何の得になるのかしら?」

「イストミルの現状を考えれば隠さないか、普通?いや……それとも、俺を信用してくれたのか?」

「………。図に乗らないでね、羽虫……じゃなかった、勇者さん」

「は、羽虫……?ま、まぁ良いや。ところで、その聖獣ってイストミルが国として契約してる聖獣ってヤツ?」

「それとは別の存在よ」


 バーミラが契約したのは偶然城の中庭に飛来した聖獣とのこと。王家が契約した聖獣は、イストミル国内にある聖域に居るという。


「バーミラが【御魂宿し】ってことは、もしかしてルーミラも?」

「いや……私は精霊使いだよ」


 バーミラが素直に応えている為、心なしかルーミラも警戒を弱めている様にも見える。


「精霊使いも珍しいな……。もしかして、二人だけで改革出来たんじゃないか?」

「……逆よ」

「?」

「私達は改革の為に力を求めたの。初めは身を守る為……それからは、くだらない貴族を潰して自由になる為に」


 恐らく、今度は力が大きくなりすぎてどうしたら良いのか判断が付かなかったのだろう。心の内で自由を叫んでも現実としてからは逃れられるものではない。

 内政や国民、そして両親たる王や王妃に迷惑を掛けることを避けたのは、バーミラやルーミラの優しさが芯にある故である。


 だから板挟みになり足掻くしかなかった──そうでなければイストミルはもっと混乱し廃れていたかもしれない。


「そっか……。強いな、二人とも」


 ライは無意識にバーミラを撫でた。表情は変わらないバーミラ。良く見れば耳が少しだけ赤い気がする。

 対してルーミラは伸ばしたライの手を弾いた。


「いきなり何すんのさ」

「いや……悪い。つい癖でさ……」

「…………」


 ルーミラ自身も反射的に跳ね除けたのだろう。弾いた直後の一瞬、戸惑いの顔を見せていた。


「とにかく、現状は理解した。となれば割りと簡単に済みそうだな」

「……どうするつもり?」

「イストミルの民に加担する」


 バーミラの話では、イストミルの民にはやはり不満が溜まっているらしい。

 そこでイストミルの民は港に集結し反乱を計画しているという。


 双子の女王達はそれに併せて貴族を捕らえるつもりだったが、物資関連が押さえられていて中々計画が進まなかったという。



 イストミルを腐敗させた主犯の貴族は三名。


 軍事を中心とした地位を有するイストミル王国将軍・フォートル。広い人脈を持ち買収で政治を牛耳るナート。そして外交権を一手に担うパーナンス。


 この三人は完全に結託しているという。そしてその三人に対抗しようとした有象無象の貴族が集った勢力が『イストミル貴族院』──対抗する為に力を必要とし富の集約に走った結果、イストミル国内は益々疲弊したのだそうだ。


 それらが女王をそれぞれ擁立し、あわよくば次期権力者として王女達を娶ろうとしているのが現状だ。



「何というか……今までで一番酷い?」


 猫神の巫女達を見れば沈痛な面持ちを浮かべている。


 ノウマティンの王や貴族達は最低でも国や家族の為に心を砕いていた。

 対してイストミル国の貴族達は完全な我欲……ノウマティンの最高権力としての地位もある猫神の巫女には、やはり思うところがある様だ。


「コーチ……」


 リプルの声に頷いたライ。目的は変わらない。ならば、より良い形へ──『お節介勇者』の本領発揮である。


「という訳で、バーミラとルーミラには今から反乱側に加担して貰いま~す」

「……正気なの?」

「勿論。場所は知ってるだろ?」

「………」


 バーミラが心配しているのは両親……国王と王妃のことだろう。


「そっちも大丈夫だよ」

「根拠は?」

「王様達も反乱軍に付くから」

「はっ?な、何言ってんだ、お前?」


 ルーミラは混乱している。バーミラも僅かながらようやく驚きの表情を見せた。


「寧ろ王様が率先した方が望ましいだろ?国を浄化して連合国に加われば後腐れないし、連合にも胸を張って加われる」

「でも……どうやって」

「まぁ、何やかんややってですな……そうだ!折角だから『猫神の巫女』演出、やっとく?」


 一杯いっとく?みたいな感じで笑うライに、バーミラとルーミラは怪訝な表情だ。


「はい!という訳で、二人にはこれを進呈します!大事に使ってね?」


 予め用意していた指輪を二つ取り出しバーミラとルーミラに手渡した。

 それは猫神の巫女変身アイテムである指輪だった。


「じゃあ、後は先輩達にご教示頂いて……。俺はちょいとばかり下準備に入るから」


 そう言い残したライは転移により姿を消した。


 猫神の巫女達は、早速猫神の巫女衣装の説明を始める。


「………本当に何なの、あの人は」

「あれがコーチです。私達はコーチのお陰で救われました」

「………少し話を聞かせて貰えるかしら?」

「ええ。是非……」


 そうして猫神の巫女達が仲間候補との交流を始めた頃、ライはベクノーアの元に転移を果たしていた。


「………とまぁ、そんな訳で王様に奮起して貰います」

「………。確かに私は救いを求めたが……少し無謀ではないかな?」


 ベクノーアの館執務室。突然の来訪に驚くベクノーアを余所に【指輪型空間収納庫】からリンゴジュースを取り出したライは、器を二つ用意し注いでいる。


「正直、この国の問題は些事です」

「…………」

「皆さんが苦労している事を些事と言ってる訳じゃありませんよ?幸い『脅威存在』が絡んでないので楽だという話です」


 人を制圧するだけなら半刻と掛からないライからすれば、魔王や魔獣さえ居なければ楽な仕事。後は落し所の問題でしかない。


 勿論それは『大義名分』があり、正しき意思を持つ者がいて、それを手助けすれば良いという前提があってのこと。

 王家の威光が低下している状況としてはトゥルク国に近いものの、今回は王家と民の想いが合致しているのだ。対処すべき面はかなり少なくて済む。


「今回確認に来たのは貴族達に改善の余地は無いかの確認です。何だかんだで戦力たる兵を抱えているのは貴族ですからね……全部潰すのは将来的に芳しくないでしょう?」

「さて……どうだろうな。彼等が欲に走った根本の理由は判るだろ?」

「コレですよね?」


 パッ!と取り出したのは布に包まれた球状の物体。ベクノーアは椅子に座ったまま後退りした。


「ま、ままま、まさか、ソレは?」

「ピンポーン!『願望の真珠』で~す!」

「………き、君はそれに触れて平気なのか?」

「平気じゃないですよ?直に触れると、何と発する言葉が『オッパイ!』に変わります」

「オ、オッパイ……?」


 三度の飯よりオッパイ好き……ライの真なる願望は勿論オッパイさ!


「本当に……大丈夫なのか?」

「あまり人前に出すべきものじゃ無いんでしょうけどね。だから、これは俺が預かります。紛失騒ぎになったらスミマセン」

「いや……その方が良いだろう。それのせいで皆が狂ったのだから」


 式典などで真珠を出すことは逆に臣下の欲を駆り立てた。それがイストミル腐敗の原因の一端……。


「そもそもソレは何なのだろうか?」

「どうもこれは神具らしいですね。真珠に見えて別物ですよ」

「神具……」

「この中に何か入ってる様です。それを巨大な貝が取り込んで……」

「真珠で覆った訳か……」

「詳しくは調べないと判りませんが、悪いものではない気がします。といっても、結果的にイストミルは乱れた。だから置いておかない方が良いでしょうね」


 一時預かりにしても大聖霊達に聞けば何か判る可能性もある。

 本当はクローダーの記録を引き出したいところだが、【情報】の力はクローダー自身に連結しているようで引き出せるものに制限が掛かっている様だ。


「……任せても良いだろうか?」

「はい。でも……一つ判らないのは、やっぱり真珠を人前に出す意味です。何でイストミル王家はこんなものを式典に?」


 心を乱す物をより多くの者の目に晒す……ライは真珠よりもその行為に悪意を感じる。

 大体、王家の忠義を試すにせよ王の度量を調べるにせよ、今のような事態になるのは想像が付かない訳がない。


「私も詳しくは知らないが、昔の宰相がそう進言したとか……」

「…………」


 ライは念の為に本体の《千里眼》で脅威存在を捜すが、やはりイストミルの国内や周辺には見当たらない。

 当時のイストミル国を知らないので推測となるが、王家への怨恨……若しくは愉快犯か……。


 ともかく、持って帰ってから本体による《解析》や《残留思念解読》を行うしかない。


 これによりイストミル国の貴族達が正気に戻る可能性もある。ライは『願望の真珠』を空間収納庫に納めベクノーアとの話を続けた。

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