幕間⑭ 各地再訪・その六
ライとイストミル貴族ベクノーアの会話は続いていた。
話はイストミル国が契約しているという聖獣へと移る。
「ところで、聖獣は?イストミルが危機的状況なら、何らかの動きや警告がありそうなものですけど……」
「ああ……。あれは滅多に動かないんだよ。アロウンの唱鯨を真似てはいるが、実質は王と王妃の守護しかしない」
聖獣は王に従う。しかし、王位を継ぐ者以外は救わないのだそうだ。
だからこそ王位の簒奪を目論む者は容赦なく排除される。この為、貴族達は王女達の取り込みに舵を切ったのだろうとベクノーアは口にした。
「それもまた……変わってますね」
「そうなのか?私はそれ程聖獣に詳しくないので良く分からないが……」
慈愛の強い聖獣が契約とはいえ王しか守らないということがあるのだろうか?と、ライは考える。
もっとも……オッパイ大好きでエイルに貼り付く変わり者聖獣も存在する以上、一概には否定できない……。
「とにかく、今話した様に王自身に立ち上がって貰わねばならないので
「わかった。期間はいつまでに揃える?」
「急ぎの方が良いですね。出来れば二、三日で」
「それはまた……急だな……」
「魔王復活の話は聞いてますよね?この国に聖獣が居るなら魔力目当てに襲って来る可能性もあるんですよ。それに、邪教討伐も控えてるので俺も余裕がないんです」
邪教討伐を控えたライは、それを踏まえてイストミル国の問題を先に解決したい。
それはライ側の都合ではあるが、手を貸す立場であるならば多少の我が儘は通して貰いたいところだ。
「分かった。幸い『猫神の巫女』が訪問してくれたお陰で貴族達も王都に集っている。確かに今は好機かも知れない」
「一番近場で目立たない街はあります?」
「ああ。そこに民を集めれば良いんだな?」
「はい。それまで俺はバーミラ・ルーミラ王女達を『猫神の巫女』に仕立てます」
「……。しかし、良くあの王女達が従ったものだな」
城から殆ど出なかったイストミル王女達──身を守る為に誰も信用せず心の壁を作った少女達は、その心では救いを求めていた。
「禍い転じて……ってヤツですね。王女が『願望の真珠』を見たからこそ本音が聞けたんです」
「そうか……」
本音を吐露したのはバーミラだけであるが、双子の王女達は同じ目的の為に行動しているのだ。当然ルーミラも同じ気持ちだったのだろう。
だからルーミラは、バーミラの反応を見てライへの警戒を解いたと見るべきだ。
互いを守る為に力を得て尚、自由にまで至れなかった少女──その本音を聞いたからこそライは救いとなることを決めたのである。
「あ……最後に一つ。俺の名は出さないことを約束して下さい」
「何故だ?」
「イストミルは自浄したことにしないと意味がないからですよ。具体的には『猫神の巫女の助けがあり、イストミル王家が自らの国を浄化した』ってな具合で……その方が連合国に合流するのに引け目がないでしょ?」
「………。ハッハッハ。本当に聞いていた通りなのだな」
「はい……?」
「君は利で動かない。そして、助けを求める者の為に行動するが見返りを求めない……ティム君がそう言っていたよ」
「アハハハ……買い被りですよ。俺にもちゃんと利はあります」
「それは一体何だね?」
「趣味です」
「…………」
猫神の巫女はライの趣味を全開にした構築。総勢九人にまで増えた美少女達──ライは満足感で一杯だ。
「さぁ~って。新しい巫女、どんな風に演出するか楽しみだなぁ」
そう言い残しライは、ベクノーアにビシッ!と敬礼すると突然姿を消した。
「プッ!アハハハハ!趣味か……そりゃあ良いな!」
ベクノーアが長年頭を抱えていた問題……それが趣味を理由に一気に流れを変える。本当ならば笑い話でしかない。
それから二日を掛けてベクノーアは暗躍に徹する。
形だけとはいえ民に武器を揃える必要がある。しかし、他の貴族達に悟られてはならない。
ベクノーアは自らの配下を使いその日に備える。王と王妃には内密裏に話を通したが、娘達の為だと聞き喜んで協力してくれることとなった。
そうして三日が過ぎたイストミル国内──。
何やかんやとあった末、貴族達の腐敗は正された。
終わり。
「うぉぉい!説明が足りねぇぞ、ライ!」
連合国ノウマティン内、アクト村──。
ライに呼び付けられたティムは、突然説明が投げやりになったことにガタリ崩れた。
邪教討伐前日……二人は猫神の巫女宿舎前のテラスで茶を飲んでいる。
「えっ?十分だろ?」
「何処がだよ、何処が……」
「だって……美少女巫女増えて、サイコー!俺、満足!お前、儲けてウハウハ!違うか?」
「いや……確かにそうだけどよ……。細かいところにこそ説明に意味があるだろ?」
「細かいところ?ああ……双子のニャンニャンダンスはバッチリだせ!」
ビシッ!と親指を立てたライ。ティムはその指を一瞬の躊躇もなくグギッ!と曲げた!
「ゆ、指がぁっ!指があぁ~!?」
「ホレ。説明はよ」
「くっ……!悪魔め……」
結果的に言えば、イストミルの騒動は聖獣の仕業だった。
聖獣と思われていたものは実は霊獣。霊獣は始め聖獣寄りだったのだが、『願望の真珠』の影響を受けて聖獣に至りたいという願望が暴走。
更に霊獣は、願望の真珠を利用し純粋な願望を集めようとした。
霊獣は『願望の真珠』の効果を知り、純粋な存在ならば聖獣に戻す方法を見付けてくれるだろうと考えたのだ。
それが逆に人々の邪な欲望を引き起し、霊獣を魔獣寄りの存在へと変えてしまった。
「ん?それが何か関係あったのか?」
「霊獣そのものが魔獣寄りになったせいで、『欲を駆り立てる』能力を獲得しちまったんだよ。それが影響してイストミルの貴族までおかしくなっていた訳」
「それっていつからだ?」
「『願望の真珠』が引き上げられた十五年前。そこから全部崩れた。バーミラやルーミラからしたら不幸でしか無かったよな」
しかし、結果として全てが片付きようやく自由を手に入れられたイストミル王女姉妹。それもライが絡んだ幸運の流れかもしれない。
「う~ん……ところで霊獣はどうした?」
「強制的に浄化した。今はほぼ聖獣状態だよ」
聖獣・火鳳の《浄化の炎》により限界まで清められた霊獣は、正気を取り戻し謝罪した。
イストミル王家との契約解除をも申し出たが、イストミル王はそれを拒否。これまで守って貰った礼を涙ながらに述べると改めて今後も共にあることを望んだという。
霊獣は真なる契約として新たに契約を結び直したそうだ。
因みに、霊獣は『
霊獣・光麒が正気に戻ったこと、更に『願望の真珠』をライが遠ざけたことにより、貴族達の願望が幾分鎮静化。
準備していた国民の反旗は取り止めとなり、イストミル王の説明とベクノーアの説得を受けた貴族達は改めて反省した。
その際、ライは一応貴族達に《迷宮回廊》を使用し本心からのものかを確認したが問題は無かった。
「全て丸く収まった訳か。流石は『白髪の勇者』さんだな、ライ?」
「お前、変な欲出すなよ?結果としてイストミルは自力で解決したんだからな?」
ライの手助けは『願望の真珠』が原因になったものの修正のみ……ということにしておくつもりの様だ。
「わ~ってるよ。それで……王女達は?」
「ん!」
ライが指差した先には猫神の巫女が勢揃いでレッスンを受けている姿が見える。
バーミラは僅かに微笑みを浮かべ、ルーミラは快活に笑っている。
「………。で?一番の問題の『願望の真珠』とか言うヤツは?」
「何?見たいの?」
ライは布に包まれた球体を空間収納庫から取り出した。
「おい………いやいやいやいや。封印しとけよ!」
「大丈夫だって……封印術で手の届く範囲まで効果を抑えたから」
「バカヤロー!俺、範囲内だろうが!」
「だから大丈夫だっ……あっ」
ツルリと手を滑らせたライは『願望の真珠』を地面に落とした。
転がる真珠……そして布がはらりと解けた。
「あっ……」
「あっ……」
途端にティムは叫び始めた。
「クソォォォォッ!何で俺には出逢いが無いんだ!嫁さん欲しぃぃぃっ!」
ティムの願望は嫁……やり手の商人ではあるが、恋にはチョッピリ奥手さんだった。
「大体、お前ばっかり美女に囲まれて狡ぃんだよ!このハーレム野郎!俺に嫁を紹介しやがれ!」
ライの胸ぐらを掴み揺さぶるティム。ライは遠い目で笑っている。
そして……我らが勇者さんも───。
「ハッハッハ。オッパイ?オッパオパオッパイ!オッ……オッパイパイィィィ━━━ッ!」
彼の願望は果てし無い。
特に、女性の乳房に関することなら一晩中熱く語れる男……。三度の飯よりオッパイ……三度の飯よりオッパイ。大事なことなので二度言いました。
そんな『オッパイ大好き勇者』………言葉が『オッパイ』になる程度など取るに足りないことなのである。
「何回オッパイって言ってんだよ!俺への当て付けか?ああん?」
真珠の効果は絶大で普段冷静なティムでさえ暴走している。
この後……ライが真珠を回収するまでの約半刻もの間、『オッパイ!』『嫁!』という叫びがアクト村に
そんな残念な男達を遠巻きに見ている猫神の巫女達。
その中で双子の王女姉妹がクスリと笑ったことに気付く者は無い。
この後……ライの分身は翌日までアクト村に滞在。異空間に巻き込まれて突然消えたことで周囲を慌てさせたのが顛末だ。
イストミル国は今回の騒動での『猫神の巫女』の協力に感謝し、連合国加盟に舵を切る。
そしてイストミルからは二人の巫女がアクト村にて合流。
天猫教は更に拡大を続け、アクト村の司祭マイクは『大司教』の地位に就くことになるのはもう少し先のお話……。
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