第六部 第八章 第十三話 最後の決闘
神の眷族であるデミオスに完全に追い詰められた土壇場……遂にライは存在特性に覚醒した──。
それは一時的なものの可能性もあるが、初めて自らの意志で力を使用した……その意味は大きい。
意識の底からの呼び掛け……ウィトは時折そうして語り掛けていたのだが、今回は追い詰められたからこそ声が届いたのだろう。
そうして発動した【幸運】は因果の流れにすら介入する力……。しかし、単体で用いてもやはり【神衣】には及ばない。
だが──ライは基礎となるものを既に修得していた。
トシューラ魔石採掘場にて行っていた覇王纏衣の修練……あの時点で既に力を混ぜようとしていたという経験があったのだ。そこに今回覚醒した【存在特性】を融合──力を自覚したことにより神衣が発動を果たしたのである。
【神衣】の世界はライに驚きを与えるものだった──。
見えない筈のデミオスの神衣は、同格に至った故かその形を捉えることが出来た。更に感覚は数倍に跳ね上がり、今ならば世界全てを知覚できそうな程……。
世界の一つ上に居るような万能感は、己の中にあるものを引き出してくるのが分かる。
「存在特性は相性……悪いな、デミオス。まぐれだけど俺の勝ちだ」
ライの存在特性『幸運』は覇王纏衣と混じり合い【神衣】となり、デミオスの運の流れを変える。『幸運』という概念により自らに降り掛かる不運を無効……結果デミオスの神衣は原因不明の消失を果たした。
そこへライの蹴りが炸裂。デミオスは咄嗟に張り直した纏装で防御するものの、圧倒的力の差により抵抗虚しく大地に叩き付けられる。
「ゴハァッ!」
大地を大きく窪ませたデミオスは大きなダメージを受けた。しかし、纏装のお陰で辛うじて無事……。
何とか身体を起こし【神衣】の再展開を図るものの、展開されるのは纏装のみだった……。
「こ……こんなことが……。神の力が……!何故だ!」
デミオスは動揺を隠す素振りもない。
神の眷族であるデミオスにとっては自らの尊厳を奪われたに等しいのだろう。何度も神衣の展開を試しては、憤慨し叫びを上げている。
「諦めろ、デミオス……もう終わりにしよう」
上空から降下したライは神衣を纏ったままデミオスに語り掛けた。
「ライ……!貴様、何をした!」
「言っただろ?存在特性は相性だって……俺の存在特性は【幸運】。その力を宿した神衣に触れたお前は、【不運】に見舞われたんだよ」
「不運だと……?そんなもの……」
「だから相性なんだ。お前が望まない形に俺の幸運が働いた。結果、神衣を発動出来なくなったんだ……」
「くっ……!馬鹿な!人から神格に至ったその日に私を越えるなど……」
諦めないデミオスを寂しげな眼で見つめるライ……。憐れみを受けたと勘違いしたデミオスは、纏装のままライに殴り掛かった。
それに対し、神衣で防ぎはしたものの特性発動を抑えたライは身動ぎもせずに攻撃を受け続けた。
「貴様ぁ!私を蔑むか!?」
「そんな真似はしない……アンタは神の眷族って奴だから分からないのか?俺はアンタを強敵と認めているんだ」
「……………」
拳を止めたデミオスは、険しい顔のままライを睨んでいる。
「確かにアンタのやったことはこの世界では赦されないことだ。王であるブロガンさんを裏切り、その国民を犠牲にして、無関係な人達まで魔獣の生け贄にした。世界に撒いた火種も多くの犠牲を生んだ……でも」
「……何だ?」
「アンタのその行為は、全て仕えるべき主の為にやったことだろう?三百年……ロウド世界という敵地で、心を許せる相手も居ない中、非道と自覚している行為に手を染めた……全部、忠誠心の為に背負ったんだろ?」
「………」
「その忠誠心は尊敬すべきものだよ。たとえ世界がアンタを完全な悪と断じても、俺だけは違うって言ってやる」
デミオスの顔から怒気が薄れて行く。それは、三百年もの間誰にも理解されなかったデミオスの孤独……それでも貫いた忠誠心を初めて理解されたのだ。
「アンタは赦されない罪を覚悟していた筈だ。だから罰は受けなくちゃならない。それでもさ……?」
寂しい笑顔でデミオスを見たライは涙を浮かべる。
「俺との戦いの中で、アンタは一度だって卑怯な手は使わなかったよな?人質を取る機会だってあった筈だ。俺の魔法をあの場に居た者に誘導することだって出来たのに、アンタは俺との一対一に専念して自分の持ち得た力で俺と戦った。アンタは、気高い誇りを持っていたんだ……」
デミオスからは更に様々な感情が薄れて行く。やがて残されたのは目に輝きを宿した一人の忠臣たる姿……。
「………どうやら私の敗けだな。まさか神衣を展開されるとは……しかも、心の内まで見透かされる始末か」
拳を開き纏装を解いたデミオスは、遂に戦いの意志を放棄した。
「しかし……泣くのは我が誇りへの侮辱と心得よ。同情は要らん」
「同情じゃない……ただ俺が悲しいんだ。アンタの信念である三百年の覚悟を無駄にしなければならない。その誇りと忠誠心を……」
「ならば、尚更悲しむな。たとえ望まぬ形でも私は我が神の為に尽くしたのだ。結果、あの方は間もなく復活を果たすだろう。それこそが我が忠誠の証」
「……………」
「さぁ!私にトドメを!貴様の勝ちだ、勇者ライよ!」
こんな状態でもライは迷う……。
ロウド世界にとっては厄災とすら言える大罪人であり、大量虐殺の元凶とも言える存在───デミオス。
何も知らねば死を与えて終わるものが、ライはデミオスを知ってしまった。
ましてや手を合わせ互いをぶつけた相手……繋がりすらない多くの犠牲者よりも身近な存在なのだ。
敵を知れば躊躇いが生まれる……メトラペトラは常々それを恐れていたが、やはりそうなる運命だったのかもしれない。
しかし……確かに倒さねばならぬ相手であり、また放置する選択肢は有り得ない。何より、デミオスの戦士としての誇りを傷付けることは最悪の侮辱だろう。
だが──それでもライは迷うのだ……。
「どうした!貴様が私を殺さねば私は再び世界に戦乱の火種を撒くぞ?」
「………」
「貴様は我が神への忠義すら侮辱するか!」
「………」
「勇者ライ!貴様は何の為に戦っている!」
「………わかってる。だけど、アンタは寂しくないのか?」
「………寂しい、だと?」
涙を拭ったライはデミオスを……せめてその魂を救いたかった。
「アンタの世界には待っている家族は居ないのか?アンタの故郷から遠く離れた地で死ぬことは、この星の輪廻に組み込まれるんじゃないのか?魂だけでも帰してやれないのか?」
「………」
「倒した後、遺体だけでもアンタの世界に送れないか?」
「………ップ!ハッハッハッハ!貴様はそんなことを考えていたのか……これは参ったな……」
デミオスは少し困った顔で笑った。
あれ程の勢いを見せたライの闘争心は既に失せている。敵に対してまで配慮する姿は自分とは真逆……故にデミオスは不思議な感覚を受けた。
「……私が神格に至ってから数千年もの時が過ぎている。家族など既に居ない。そして我が神は闘神───我が世界は争いに満ちた星だ。帰りたいと願うには些か不似合いな世界よ」
だが、魂は……確かに帰りたがっているのかもしれない。デミオス自身もそう感じている。
「返す方法は無いのか?」
「無い。諦めろ。貴様が真なる神にでも至れば別だがな……人の身ではそれこそ起こり得ん」
「……そう……か」
「一つ教えてやろう。神の眷族の魂はどのみち消えることはない。星の因果には組み込まれず『神の世界』への旅に出るのだ」
「神の世界?」
「故に何処で死のうと同じ。理解したならば、我が誇りを汚すな」
デミオスの心は既に決まっている。ならばこれ以上は不粋……。
「……わかった。だけど、最後にアンタを倒すのは俺じゃない」
「貴様はまだ私を侮……」
「アンタを倒す為に命を……最後の力を溜めていた人がいる。アンタはその人と戦って戦士として死ぬんだ」
「………。フッ。成る程、そういうことか」
「どうする?受けるか?」
「……。それも良いだろう……」
ライはトゥルク陣営に控えるマリアンヌに念話を送る。次の瞬間現れたのはマリアンヌ………それともう一人───。
「ブロガン……」
現れたのはトゥルク王ブロガン。鎧に身を固め一本の剣を手にした若い男……。天然の魔人としても長い五百年を生きる男は、明らかに
「久し振りだな、バーテスよ……いや、今はナグランドだったか?」
「フッ……貴様には我が名を語っていなかったか。いや……今となってはその必要はあるまい。貴様にとってはバーテスやナグランドの方が良いだろう」
「………。では、バーテスよ。長年に渡る我が怒りをようやく晴らせる日が来た。覚悟は良いな?」
「フン……老い耄れの剣が私に届くかな?」
デミオスはライに視線を向ける。ライは近くに落ちていたデミオスの槍を拾い放り投げた。
同時にデミオスとブロガンの二人を結界が包む。互いの力は使えず肉体のみでの戦いの場………それはブロガンが望んだ対決の形であり、デミオスの誇りを損なわぬに相応しい決着の場でもある。
どちらが勝っても不思議ではない、真の決着の場。これこそがトゥルク国争乱の最後の戦いとなる。
様子を窺っていたメトラペトラとアムルテリアは、一度煉山に戻りマーナ、ルーヴェスト、マレクタルを連れてライの傍に現れた。
「ライ……何がどうなってんだ、こりゃあ?」
「ルーヴェストさん……これがトゥルク国最後の戦いとなります。俺達は最後まで見守るのが役目。戦士と戦士の……『王』と『神の忠臣』の真剣勝負です」
「………。わかった」
一方、意味が理解できないマーナはマリアンヌに経緯を確認している。それを聞いていたマレクタルは、ライの隣に並び立ち戦いを見守ることにした。
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