第六部 第八章 第十二話 存在特性・覚醒


 【時空間】を司るオズ・エンの来訪──それはライの苦難を告げるものだった。


「アムルテリア……」

「言うな、メトラペトラ……。私は………」

「お主はお主の好きにすれば良いわ。ワシはワシの信じた行動を取る」

「…………」


 とはいえ、メトラペトラにも判断に迷いが生まれた。


 大聖霊の概念力に蝕まれたとあれば、それを制御する力が必要となる。ライの場合、存在特性を身に付けるのが最短である。

 しかし、ライは戦いの中でこそ大きく進化することもまた事実──。オズ・エンはあんな口調だが、的外れなことは滅多に言わないのだ。


 そして現時点のライが成長するに当たり相応しき相手となるとかなり限定される。デミオスはその点で確実に不足ということはない。


(………。じゃが……命の危機となれば別。いざとなれば加勢するぞよ?たとえ世界がどうなろうとの?)


 メトラペトラの決意。そしてアムルテリアにも決意がある。


(私はメトラペトラのようには行かない。ライを確実に生かすには、オズの言葉を信じるしかないんだ)


 それぞれの想いを胸に大聖霊二体は動くことが出来ない。何が最善かなど大聖霊であろうと判断が付かないのだ。

 ならば……見守るしかない。介入の見極めはそれぞれで判断すれば良い。後はライを信じる──二体の大聖霊はそう決心した。


 眼前で繰り広げられている戦いはライの圧倒的不利……これを乗り越えられるかがライの未来へと繋がる。


「クソッ……!」

「どうした、勇者ライ?その程度で終わりか?」


 魔法も剣も概念力すらもデミオスに届かなくなった窮地……。ライはこの間も思考を拡大し常に観察していた。

 デミオスは攻撃を逸らすだけでなく反撃まで行ってくる。時にライの力を利用し、時に自らの力を変幻自在の角度から──それは間違いなく【神衣】に込められた存在特性の能力だろう。


(エルグランさんの力に似てるけど、更に汎用性が高い。真の神衣だからか?いや……そもそも存在特性は全く同じということはないってメトラ師匠も言ってたな)


 暗殺集団サザンシスの長・エルグランは存在特性【簒奪】を使用していた。あの時は精霊刀を奪われ反撃を受けたのだが、エルグランはライの精霊刀を奪い我が物のように操っていた。

 しかし、デミオスのそれは操るというより自動反撃の部類に見える。基本は単調に返すのみ……あらゆる攻撃が妨げられ、逸らされ、返される。しかも命中率が高い。


 そんなデミオスの攻撃を《天網斬り》を主体にして防ぎ、受けきれない攻撃は竜鱗装甲アトラが軽減する。

 更に波動魔法を敢えて展開しデミオスの意識をそちらに誘導。


 その間、デミオスの展開する神衣の力を観察し正体を探り続けていた。



(……。デミオスの力の効果は長くは続かないのか?若しくは効果に一つしか命令が出来ないのか……。特に俺の攻撃は一定時間内で返されているな……)


 精霊刀十二本を放ち操られている数の限界を確認した中での違和感……。

 問題は数量や範囲ではなく時間。それはライが放ったエネルギーが分散する前に勢いを利用している様に感じた。


 ライの推測は絞り込まれ、おおよそ二つの答えに至る。


 一つは【誘導】──。


 攻撃を神衣で受けた場合、その攻撃はデミオスの外へと誘導されている可能性。多少の意思が反映され誘導先をライにすることも出来ると考えれば、反撃の単調さにも納得が行く。


 もう一つは【歪曲】──。


 迫る攻撃を捩じ曲げる力は攻撃を逸らし回避する。曲げる角度によってはライへの反撃へと至ることになるが、それでは攻撃に不自然さが生まれる。



 デミオスの反撃は自然にして多角的……ライは【誘導】と断定した。


 誘導という効果は汎用性が高い。攻撃のみならず、意識の誘導も可能と見るべきだろう。

 プリティス教は意識誘導により創設され魔獣信仰を元にした──そう考えれば納得することも多い。


(と……なれば遠距離の攻撃は無意味か……)


 アムルテリアの概念力を展開する精霊刀が操られていることから判るが、たとえ同等の力を宿していても存在特性や概念力には相性がある。

 それでも大聖霊の封印が解放されメトラペトラ達自身が使うならば、そこまで劣勢にはならないだろう。



 この苦戦はライの未熟───存在特性が使えず、デミオスへの攻撃が届かない。力不足の一言に尽きるのだ。



 それを理解した途端、ライはデミオスから距離を取り目を閉じる。


(元々、神格に至った者を相手にしているんだ。持てるものを出しただけで勝てる訳も無いってことか……。なら……)


 ライが始めたのは力の融合。最初はメトラペトラの力の顕現である氷と炎の翼を纏めた光の剣に……続いて精霊刀を全て一つに纏め、巨大な剣に変える。

 ライの周囲に浮いていた二つの鉱石はそれぞれの剣に融合。剣は僅かに甲高い音を放っている。


 更に光の剣と巨大な剣を融合し一本の大剣に。ライの身の丈程あるそれは、更に後輪と融合し輝く大剣へと変わる。


 だが……まだ終わらない。


 今度はライの眼前に大聖霊紋章が浮かび上がり、輝く大剣に重なった。途端、剣は一瞬にしてその形を消した。

 しかし、ライにはその剣の形状が認識出来ている。その手に握られし見えない大剣は、ライ自身が至れなかった神格に届いていることを意味している。


 右手に大剣、左手に小太刀……。勝負を己の剣に託したライは、特攻を始めた。


「うおぉぉぉ━━━━っ!」

「………。本当に貴様は次々に………いや、それこそが神格に至る可能性を持つ者か。が、我が主神を煩わせる可能性は全て摘み取る!」


 迎え撃つデミオス。


 二刀でのライの攻撃に対しデミオスは全身で捌き、往なし、迎え撃つ。対するライも華月神鳴流の技を駆使しデミオスを討ち果たそうとした。


 結果……激しい乱打戦。神衣と概念力の衝突はまるで雷鳴の如き音を世界に響かせた。そして呼応するかのように、掻き乱された大気が稲光を走らせる。


 嵐となった空で戦い続ける二人は雨に濡れることさえない。二人に触れるよりも早く雨は押し戻され蒸発した。

 それほどの熱量の戦いは、やがて空の雲さえも霧散させてしまった……。



 そんな戦いの果て……デミオスの神衣には相当の消費を与えただろう。しかし、先に限界が来たのはライの方だった。


「ぐっ!グハッ!」


 ライが血を吐くと同時……見えない大剣が一瞬輝き、まるでガラスのように砕けてしまった。

 更に半精霊化も解けてしまう。小太刀を握る手すらも血塗れ……見えないが鎧の内側は肉が裂けている。


「ク、クソッ……!あと少しで……」


 神格に至らぬライが神格と互角に渡り合ったのだ。それ事態が奇跡に近い結果である。


 しかし、デミオスは油断をしない。


「やはり貴様は末恐ろしい奴だ……神衣無しでここまで渡り合うとは。だが、胸を張るが良い。私にここまで力を使わせた者はロウド世界では初めてのこと」

「ぐっ……ゴホッ!一つだけ聞きたい……」

「何だ?」

「魔術師然としていたアンタが、どうして急に武術の達人じみた動きが出来るようになった?」

「我が神は邪神に非ずと言っただろう?我が神は闘神……その眷族には武の力が宿る。故にだ………」

「は……はは……。だから武人みたいな言葉遣いに変わったのか……。参ったな……」


 口許をグイと拭ったライは震える手で小太刀を握り直す。片手では力が足りないので両手で……それでも剣先が震え安定しない。


「………。まだやるのか?貴様に敬意を払いこのまま楽にしてやるつもりだったが……」

「ハハハ……悪いけど、俺は諦めが悪いんだ。最後までやらせて貰う」

「良かろう……。ならば、せめて一撃で葬ってやろう」


 デミオスは神衣の力を高め拳に集める。ライは最早打ち合うだけの力は残されていない。


 絶体絶命──しかし、ライはそれでも他者の助力を拒む。

 ライはメトラペトラとアムルテリアに視線を向け、無言で介入を止めたのだ。


(まだ諦める訳には行かない。これで最後……天網斬りに賭ける!)


 ライの意図を汲み取った竜鱗装甲アトラは動きの補助に回る。


「悪いな、アトラ……。最後まで付き合わせちまって」

『いえ……主と共にあることこそが我が願い。最後まで御供します』

「なら、アトラの為にも死ねないな。さて……やるか」


 迫るデミオス。これまでで最大と言える出力の拳がライに迫る中、迎え撃つつもりが身体が重い。更に全身への激痛で一瞬意識が消えかけた。

 その一瞬が命取り……ライは迫るデミオスの拳がスローモーションに見えた。



 これで終わり……そう思った瞬間──ライの脳裏に穏やかな声が響く。



『存在特性は引き出すものではないんだ。その者の存在は常に世界に融けて周囲に影響を与えあっている。人の存在が互いを感じさせる様にね……。波動と同じだよ』


 まるで止まった世界の中で語られているその声は、更に続ける。


『世界に融け他者から見えるだろう自分自身の存在を俯瞰することが出来れば、自ずと結論に辿り着く。君なら……分かるだろう、ライ?』



 一瞬の内に起こったライの意識内の助言は、この場にて奇跡を起こす。デミオスから迫る拳は突如その力を失った。


「な、何だと……!」

「存在特性は相性……悪いな、デミオス。まぐれで悪いけど俺の勝ちだ」



 ライ──存在特性・覚醒。トゥルクの戦いは終局へと向かう……。



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