第六部 第八章 第十一話 オズ・エン、来たる


 遂に始まった邪教討伐最終決戦──その目的に反し、最後の敵は邪教徒ではなく神の眷族だった。



 神の眷族デミオスは自らの主神を『邪神ではない』と示唆している。つまり邪教は既に壊滅したと言って良い。

 しかしそれは、邪教討伐よりも遥かに大きな危機を意味していた。



(結局……一人で戦うのじゃな、お主は)



 メトラペトラとアムルテリアは巻き込まれぬ位置にて飛翔しライを見守っている。


 能力の熟練度こそ無いものの、ライは戦闘力に限定すれば既に大聖霊を超えている。正確には『封印状態の大聖霊を超えている』と言うべきなのだろう。

 しかし、ライが更なる成長をすることで大聖霊達の封印は破られ力を取り戻す。それは結果的に全ての封印が解かれる頃にはライが完全に大聖霊を超えることを意味しているのだ。


 だが、問題もある。ライの身体は大聖霊の力に耐えられなくなってしまった。これについてライは何らかの対策を考えねばならなかった。



 そんな道筋を見出だせぬ状態での『神の眷族』との戦い。しかも結果的に能力全開放を選択してしまった……後はどれ程身体が持ち堪えられるか。この点は賭けとなる。


(どうせ試さなきゃ限界なんて判らないんだ……。それに……)


 眼前のデミオスは明らかに全身全霊で戦いに挑んでいる。そうした相手に温存などしていれば死に繋がる。


 覚悟を決め最初に攻撃を仕掛けたのはライだった……。



 最初の攻撃は『波動魔法』各種──新たな力へと進化した魔法は戦いの切り札になる筈だった。

 だが……真なる力を解放したデミオスにはその力が届かない。全ての魔法は逸れしまった。


 波動は存在特性の余波……存在特性そのものより劣るのは当然のことである。



 更に……デミオスの神衣に宿る存在特性は直接的な効果のものではないが、魔法等とは相性が悪い。幾度も試すものの、やはりライの魔法はそれまで同様に届くことはない……。


「くっ!やっぱり駄目か……!」

「残念だったな、勇者ライよ……。我が『真なる神衣』の前にはあらゆる攻撃は当たらぬ……そしてこちらの手は容易く届くのだ。神の眷族に牙を剥いたことの意味……その身を以て味わえ!」


 デミオスはそれまでの距離をおいた戦いとは一変し、接近戦での攻撃を繰り出す。

 驚いたことに、魔術師である筈のデミオスは武術の達人と見紛うばかりの動きでライへと迫る。明らかに先程とは別人……デミオスの力の開放には何か意味があるということだろう。


「ぐっ……!」

「どうした!貴様はその程度か?我が力の開放までさせておきながら失望をさせるな!」


 怒濤の連撃を辛うじて受け流すライの腹部に、デミオスの蹴りが炸裂……する寸前でライの背に展開されていた精霊刀二本が交差し、蹴りをギリギリで阻止した。

 通常なら破壊される可能性がある精霊刀も、今のライならば概念力展開で強化できる。


 しかし……それでもデミオスの蹴りの威力は凄まじく、見えない速度で蹴り飛ばされたライは大地に叩き付けられ土煙を上げ跳ねた。


「ゴハッ!」


 半精霊化して尚、力が及ばない……。そんな事実に歯噛みしながらも、ライは跳ね上がった宙で体勢を立て直す。


「クソッ……!だけど……!」


 攻撃を受けた瞬間、精霊刀をデミオスへと射出していたライ。加えてアトラの波動魔法も発動……デミオスの死角より一斉攻撃を放っていた。

 カウンターならば当たると考えての策だが、それらは全てデミオスから逸れた。


 しかし、ライは更に驚愕の光景を目の当たりにする。


「クソッ!そんなバカな……!」


 つい先程、デミオスが口にした為笑った台詞を思わず自らが口にする……。デミオスに向けた自らの攻撃は、逸れただけに留まらず真っ直ぐライの元へと迫っていたのだ。


 瞬時に自らの精霊刀とアトラの波動魔法を展開。返った力を相殺し辛うじて難を逃れる。


 攻撃を全て防いだのも束の間……ライの背後に現れたデミオスにより更なる追撃が襲う。

 上空高くに蹴り上げられたライを、先回りしたデミオスが拳で叩き落とした。


「グハッ!」


 響く地響き……完全な脅威存在による災害。超越の戦いはそれだけで世界の危機を連想させる。



「ライっ!」


 思わず飛び出しそうになったのはメトラペトラではなくアムルテリア。その様子は明らかに狼狽していた……。


「………犬公。お主、何を隠しておる?」


 メトラペトラは先程の攻撃でもライならば堪えきると信じている。それはアムルテリアも同様と思っていた。寧ろアムルテリアならばもっと冷静な視点で判断するとさえ考えていたのだ。

 しかし、アムルテリアには迷いが見える。まるで何かに制約されているかの様に、動くに動けないと言った姿に見えたのだ。


「…………言えない」

「それはライにとって不利なことでは無いのかぇ?」

「………」

「お主……ライが大事ではないのか?………。巫山戯るなよ?」

「五月蝿い!」


 アムルテリアの怒号にビクリとしたメトラペトラ……普段は滅多なことでは怒らないアムルテリアが感情を露にしたことにメトラペトラは面食らった。


「お前に何が分かる!私はライの為に見守ると決めた!」

「…………」

「私だって……本当は手助けをすべきと理解している!だが……それではいつかライは自滅する!その兆しが見えている以上、オズの言葉を信じるしかないじゃないか!」

「!………オズ……じゃと?」


 そこでアムルテリアは“ しまった ”といった表情を見せた。


「どういうことじゃ、アムルテリアよ……どうしてオズが出てくる」

「それは………」

「アムルテリア!」

「はいは~い!そこまでだよ、二人とも!」


 突然メトラペトラとアムルテリアの背後に出現した赤い鳥……人程もある大きさに鮮やかな羽根。飾り羽根や長い尾羽の容姿は聖獣・火鳳にも似ている。

 しかし、感じる力は桁違い……メトラペトラは目を見開き思わず叫んだ。


「鳥公っ!お、お主……!」


 メトラペトラが“ 鳥公 ”と呼ぶ存在はロウド世界で唯一体──【時空間を司る・大聖霊】オズ・エンのみ……。


 オズ・エンは子供の声ではしゃぐように話を続けた。



「おっと。再会の挨拶は抜きにしようよ、メトラペトラ。それよりアムル……やっぱり隠しきれなかったね」

「……………」

「まぁ、良いや」


 別段困った様子は無いオズ・エン。鳥の癖にやれやれと肩を竦めている。


「この際だからメトラペトラにも言っておくよ?今後ライの戦いに手を貸しちゃ駄目だからね?」

「……お主に指図をされる謂れは無いがのぅ?」


 メトラペトラは完全に威嚇状態。毛を逆立て魔力を放出している。


「お~、恐い。でも、メトラペトラ?完全開放されたキミならいざ知らず、封印された身で封印されていない僕に勝てるとでも?」

「関係無いわ!ライに害為すのであれば大聖霊と袂を別ってでも………」

「分かった、分かった。メトラちゃんはそんなにライが好きになったんだね?良かった、良かった……」

「オズぅ!?」

「でも、メトラペトラ……これは、ライの今後にとっては大事なことなんだよ?」

「……何じゃと?」


 少しだけ威圧を緩めたメトラペトラ。オズ・エンは再び肩を竦めている。


「ライの身体は今、限界に近い。理由は……まぁ、考え付くだろ?」

「………ま、まさか!」

「そう……『四体もの大聖霊の概念力』がライの内側を蝕んでいるんだよ。考えれば判るだろうけど、個が持つには大き過ぎる力である大聖霊の力……それが八割も宿っているんだ。普通ならキミやボクの身体でも持たないよね」

「な、ならば急いで契約を破棄せねば……」

「無理。ライはもうその力を一つに混ぜてしまった。世界で唯一の存在と化してしまった故に、その力はライのものへと定着しつつあるんだ」

「……そ、それでは、ライは………。そんな………」


 いずれ自滅する──そんな考えにメトラペトラは震えている。


「でもね、メトラペトラ……今がギリギリで堪えられるところなんだよ。そしてライは、それを越えられる可能性がある」

「!……ほ、本当かぇ?」

「うん。その為には見守るしかないんだ。アムルテリアには事前に事情を話していたんだよ。そしてそれは、今後のロウド世界に必要なことでもある」

「…………。どういうことじゃ?」

「邪神………いや、キミ達が邪神と思っていた異界の神【闘神】が復活する」

「なっ………!?」


 三百年前に封じた異界の神の復活はロウド世界の危機。そう遠からず復活するだろうとオズ・エンは事も無げに告げた。


「そ、それが分かっていて何故防がんのじゃ!」

「もう封印が限界なんだよ。邪神じゃなく闘神………その意味は判るだろ?」

「!………そういうことかぇ」


 邪神と思われていた存在は闘神……それはある意味最悪の答えでもあった。



 邪な心を力とする邪神は、通常の人間が持つ程度の欲望や負の感情では力を増すことはない。それは、人の内に宿る希望があるが故に力を弱めるからである。

 だから邪神は滅多なことでは降臨を果たさない。世界を滅ぼすことが存在意義である『破壊神』『邪神』は、滅ぶべく状態にある世界に現れるのだ。


「だけど、おかしいだろ?ロウド世界はたかだか十万年……数億年以上存在する世界が数多あるのに何故狙われたと思う?滅ぼされる所以は無いのに……」

「それは……確かに……」

「だけど相手が闘神となれば事情は変わる。闘神は争いを糧とする神……理由までは判らないけど、闘神はロウド世界に現れ封印された。それが限界に来たんだよ」


 闘神は闘争心を糧にする。それは良し悪しに関係なく人の意欲から発生するものである。競争意欲が無ければ人は発展をすることはないのだ。

 つまり三百年もの間、動物も含めた様々なものが闘神に力を与え続けていたことになるのだとオズ・エンは語った。


「本来【闘神】は、それでもロウド世界に現れない筈だったんだよ。まぁ、それに関しては神様の考えだから良く分からないけどね?ともかく、封印されながらもロウド世界の闘争の力を取り込んだ闘神は間も無く復活する。それに抗うにはライの成長が必要なんだ」

「………じゃが……何故ライばかりに……」

「言いたいことは分かるよ。でも、これだけは言っておく。ライの成長は最低限、闘神と戦うのに必要。このままじゃ自滅しちゃうし……」

「…………」


 メトラペトラはチラリとアムルテリアを見る。しかし、アムルテリアはまだ項垂れていた。


「………。理屈は分かった。じゃが、お主の言い分は信用出来ん。そもそもワシらの封印に加担したじゃろが」

「………それはまぁ……必要だったからね?」

「お主……まさか禁忌を破っては居らぬじゃろうな?」

「まぁ、多分ギリギリ大丈夫かな?」

「…………」


 時空間を司るオズ・エンの禁忌は『確定した歴史改変』──未来は可能性の分岐なのである程度の制約で済むが、過去に関しては一切の干渉を禁止されている。


「とまぁ、そんな訳でライの苦しむ様を見ても手助け禁止だからね?」

「知らんわ……ワシはワシのやりたいようにやる。世界がどうなろうとワシにはライの方が大事じゃからな」

「……メトラペトラならそう言うかと思ってたから伝えなかったんだ。でも、アムルテリアは違うでしょ?このままじゃ板挟みだから、一応説明に来たんだよ。さて………それじゃ、帰るよ」

「待て!最後に一つ聞かせよ!バベルはどうしたんじゃ!」

「……。その内にわかるよ」


 オズ・エンは手を振るように片翼を広げると、予備動作や痕跡もなく姿を消した───。

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