第六部 第八章 第十話 勇者 対 神の眷族


 拮抗するライとデミオスの戦い。デミオスは神衣を使わずとも非常に高い能力を秘めていた。



 《焔鳥》と《闇鳥》──二つの神格魔法に加えデミオス自身も転移からの斬撃を狙う。

 対するライが展開したのは全方位無差別魔法攻撃。


 通常では周囲をおもんばかり決して使わぬ力は、消滅属性による拡散光線。


 神格魔法・《崩壊放射光》


 全方位に向け筋状に広がる光線は、太陽が如き輝きを放ち周囲に展開。針の様に細き幾十万もの光線は迫るものを穿ち抜く。

 

 《焔鳥》《闇鳥》の魔法は避ける間も無く崩壊……。が、デミオスは素早く範囲外へと転移し回避した。


「くっ……どこまでも忌々しい」

「良く言うよ……。あんな厄介な魔法を使う癖に……」

「フン……。ならば我が手にて確実に……」


 再びの連続転移による探り合い……そこでライは一つ策を打つことにした。


 展開する瞬間転移での戦いは常に相手の死角を取るのが常道。

 背後、頭上、足元と、空中戦ゆえに空間的な探り合いを繰り返し隙を狙う。また、相手の攻撃を察知した途端に転移での回避を繰り返すのだ。


 端からみれば互いに現れては消える為何をしているか理解できない……そんな戦いだからこその策……。



(貰った!)


 デミオスは再び《闇鳥》の大群を展開し自らも転移を繰り返す。

 これによりライの位置を固定・特定し、死角にて神衣を展開……再度手に取った槍を突き立てた。


 そしてデミオスの槍は、ライの腹部を貫き動きを縫い付けることに成功。


「ハッハッハ!油断したな……遂に限界が来たか?」

「………」


 無言のライは突然電撃へと姿を変えデミオスを取り囲む。


 それは分身……転移に紛れた発生させた偽者。再びの意表を付く攻撃にデミオスは腹の底からの怒りを見せた。


「小賢しい餓鬼がぁぁぁぁ━━っ!」


 この瞬間にデミオスの背後に転移したライは、天網斬りで背中を一太刀……加えて更なる攻撃に踏み切る。


 放ったのは天網斬りを利用した裏奥義の一つ。


 技の名を『虚空嵐龍』──空間を切り裂くことにより空間の歪みを起こし、それが塞がる瞬間の暴力的な奔流に相手を巻き込む技……。



 天網斬りは僅かに躱され浅傷だったが、『虚空乱龍』に巻き込まれたデミオスは神衣を纏いながらも空間の渦に巻き込まれる。

 裂け目が閉じる瞬間、その奔流が生み出した力場が過剰に反応し爆裂。デミオスは弾かれた勢いで大地に叩き付けられた。


「ぐっ……!」


 流石の神衣も最初の天網斬りで断たれていた為、デミオスは『虚空乱龍』の威力をほぼまともに受けたことになる。


 これにより流れが変わるとライが期待したその時……デミオスは唐突にライの背後へ転移し槍での一撃を放つ。

 やはり転移にて躱し距離を置いたライは、デミオスの様子に異変を感じていた。


(何だ?あれは………呪印?)



 デミオスの顔半分には赤い文字の様な紋様が浮かんでいる。『虚空乱龍』のダメージで捩じ曲がっていた手足はみるみる元の形状へと回復していった。

 そして、その目……これまでと違い白眼部分までもが赤く染まっている。



「………もう充分だ。我は真なる神の眷族……ここからはこの身に宿した神の力を完全に解放する。勇者ライよ……貴様に敬意を表すと共にその名を我が胸に刻もう」


 槍を放り投げたデミオスは更なる力を解放。その肉体は膨れ上がり服を裂きつつ露になった。


 それはまるで鋼の如き筋肉……。ルーヴェストがいれば間違いなく称賛を贈る見事な姿だった。


「………それがアンタの本当の力かい?」

「そうだ。ロウド世界の『神の代行者』から力を隠そうとしたのが私の傲り……。そして、これからは違う。この後に消耗し私が討たれようとも構わん。貴様が居ることこそが後の我が神への脅威となる。ここで倒さねばならん」

「………。そいつは光栄だね」



 軽口を叩いているライではあるが、内心焦っていた。


 デミオスから感じる圧力が最初と比べられない程に高まっている。ライは僅かに手が震えているのを必死に隠す……。

 それが恐怖から来るものであることはライ自身も理解している。


 かつてこれ程にライを恐怖させた者は居ない。魔王アムドも、魔術師ベリドも、魔獣化していた神獣アグナでさえも……。


 強さ云々とは関係なく心の内から湧き出る恐怖──これが神格。ライは初めてそれと敵対し体感したのだ。



 だが………ライは歩みを止めることはない。


 それは失うことの恐怖を知っている者としての意志。たとえ恐怖で手足が覚束無く自らの命すら無残に奪われたとしても、大切なものを失う訳にはいかないという覚悟がある。



(………出来れば使わないつもりだったんだけど、そうも行かないか)


 デミオスはライを倒すことに全てを掛けると宣言したのだ。ならば、自らの身を惜しんでいる場合ではない。



 そして遂に解放されるライの能力。形状は半精霊体……しかし、格は精霊格にある。

 更に大聖霊との契約が増えたことにより形状も変化。背中の光輪には互い違いの氷と炎の翼が三対。その背後には十二の刃『精霊刀』が円陣型に展開している。


 ここで更なる変化が二つ……。


 ライの左右には魔石の様な赤い鉱物が二つ浮遊しその周囲を帯状の魔法文字が回転している。これはクローダーとの契約により増えた力。


 もう一つは額のチャクラ。煌々と輝く金の瞳は竜眼に変化している。



 ライは自らの力を寄せ集めと良く口にするが、まさに力の集合体と云わしめる姿がそこにあった……。



「……それが貴様の全開か、勇者ライよ?」

「ああ。これが正真正銘の俺の力だよ。今の全開だ」


 持ち得る能力の完全開放……更には竜鱗装甲アトラ。装備も含めライが万全の備えで戦いに挑むのは、恐らく初めてのことだろう。


「フッ……ハッハッハ!面白い!そうでなくてはな?」

「アンタが命を賭けるなら俺もそうしないと勝てない……そう思っただけだよ」

「ならば……死物狂いで抗ってみせろ!ロウドの勇者、ライ!」

「ああ!やってやる!神の眷族、デミオス!」



 迸る力の圧力──その威圧は遥か離れたトゥルク王陣営にまで影響を与える。


 大地が揺れ、雲は千々に切れ、動物達が一斉に離れた位置へと逃げ出す。トゥルクの民の興奮は一瞬で冷めてしまった。



「ぬっ!こ、この気配は……!?」


 力の放出に気付いたメトラペトラとアムルテリア。ライが戦い続けていたことは知っていたが、開放された力の大きさに目を見開いている。


「……お主らはそこから動くで無いぞよ?」

「何でよ、ニャンコ師匠!」

「足手纏いじゃ。お主らが全快であったならば別じゃが、消耗が激しすぎる。帰れとは言わぬ……じゃが、見守るなら此処から動くで無いぞよ?」

「……………」

「返事はどうしたぇ?」


 メトラペトラからはピリピリとした空気が伝わる。確かに足手纏いは御免……ルーヴェストは盛大な溜め息を吐き項垂れた。


「わ~ったよ。どのみち手下如きに手子摺ってる俺達ゃ足手纏いだろうよ。判るな、マーナ?」

「………わかったわ」

「マレクタルも分かってんだよな……?」

「私は最初から理解しているよ。だから私は見守ることに専念する」

「だとよ。……で、大聖霊さんはどうすんだ?」


 メトラペトラとアムルテリアは飛翔しながら答える。


「ワシらはライの契約者よ……。いざとなれば加勢するまでじゃ」

「………気を付けろよ?お前らもライの大事なモンには違いねぇんだからな?」

「……わかっておる。ではの?」



 敵は神格……メトラペトラは手助け程度にはなる筈──と考えていたが、アムルテリアはそれを否定した。


「私達は飽くまで見守ることに徹する。良いな、メトラペトラ?」

「アムルテリア……お主、それを本気で言っておるのかぇ?」

「これは……ライからの頼みでもある。デミオスを討ち果たせぬ時は私とお前でトドメを刺せ、と……。だから、それまで手出しをするな、とな」

「くっ……!あの馬鹿弟子めが!ワシはそんな頼みなど知らんぞよ?ワシはライを死なせるつもりはない!」

「私もだ……。しかし、私達が行けば足手纏いになり得るのもまた事実。だから……ギリギリまでは見守るつもりだ」

「…………」


 メトラペトラは返事をしないがアムルテリアの言い分を理解した様だった……。

 恐らくライは無意識にメトラペトラやアムルテリアを庇うだろう。今感じているデミオスの力──威圧感は大聖霊とて討ち滅ぼすだろう故に。


(ライ……。あれ程力を開放するなと言ったのに……。お前はどうして………)


 本当は……アムルテリアもライの言うことを聞く気は無かった。危険を覚悟しここで大聖霊と力を合わせれば、より優位に戦えた筈。

 そして……実はライ自身もそのつもりだった。アムルテリアには、もし自分が半精霊化した場合は手を出すなとだけ伝えていたのだ。


 最後まで使うつもりが無かった力………その開放をライが選んだのはデミオスの覚悟を受け取ったからである。


 これは命を賭けた一対一……勇者と神の眷族、そして男と男の戦い。



 やがて二人の男は互いのみを視線に捉え叫ぶ───。


「行くぞ!ロウドの勇者・ライよ!」

「応っ!勝負だ、デミオス!」



 ライにとって、これまでで最強の敵との戦いが始まった──。

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