第六部 第八章 第九話 二つの波動
事実上壊滅した邪教・『プリティス教』──。
トゥルク王陣営側からは、プリティス教拠点である『煉山』が大きく崩れた様子が見える。トゥルクの民の多くは国が解放される希望に沸いていた。
しかし……戦いはまだ終わってはいない。
この戦いの真なる敵にして神の眷族、そして自らも神格に至る存在──デミオス。
現時点でライを圧倒している相手との戦いは、まだ続いているのだ。
崩れた瓦礫の上から連続で放たれるデミオスの攻撃は、階下に落ちたライに全て命中している。
それは明らかに何らかの能力に由るもの──。
隠れていた訳ではないが、物陰に居ることの不利を悟ったライは一気に瓦礫から脱け出した。
かなりの数の攻撃を受けているもののライ自身に深傷はなく辛うじて無事……その理由は『竜鱗装甲アトラ』の防御力の恩恵。
「助かったよ、アトラ」
瓦礫を突き抜け空に飛翔したライの身体には、全身漆黒の鎧で覆われている。
『いいえ。お役に立てて何よりです、主』
「アトラ……アイツの攻撃を防いでくれるのは有り難いけど、キツくないか?」
『確かに尋常ならざる攻撃と認識します。ですが、今の私は主と同調しています。能力的には防御に特化していますが、貴方の肉体と同義とお考え下さい』
「……成る程。じゃあ多少の無理は大丈夫か……」
同調しているが故にライはアトラの機能を即座に理解した。
肉体の延長……それは、鎧ではあるがライの能力がアトラにも宿っていることを意味している。つまり、アトラが損傷してもライの『高速自動回復』が発動するということ。
元々の自動修復よりも遥かに早く修復される竜鱗装甲は、活路を拓くまでの間の頼もしい守りとなる筈だ。
そして、もう一つ……。
「アトラ。波動放出は?」
『可能です。ただ、私の波動は主とは別のものとなってしまいますが……』
「いや……仕方無いさ。波動ってのはソイツ自身から出る存在特性の余波だって確信した。幾ら俺とアトラが同調しても、精霊体と竜鱗装甲は別の存在だし……」
『申し訳ありません』
「謝る必要は無いよ。アトラと俺は別の存在……だからこそ共にあることに意味がある。そうは思わないか?」
『主……』
「じゃないと話も出来ないしな?」
互いの存在が別個であることは悪いことではない。自分と他者が違うからこそ、互いを思いやる心が芽生え繋がりに意味が生まれるのだから……。
「それに、俺達は二種の波動を使うってことだろ?これは使えるぜ」
『……そうですね。主の意図は理解しました』
「流石はアトラ。本当は何か御褒美とかあげたいんだけどねぇ……」
『褒美、ですか?』
「ま、その辺りは後で考えようか……。それより今は……」
『はい』
ライと向かい合うように飛翔しているデミオス。神衣による攻撃が通じていないことに苦々しげな視線を向けている。
「………。次から次へと我が予想を裏切る男だ。やはり貴様は異常だ」
「……何の話だ?」
「我が攻撃は躱せぬ筈だと言っている。にも拘わらずの無傷……到底解せぬ」
「ああ。攻撃はきっちり全部当たったよ。この鎧が無ければ死んでるところだ」
「……我が攻撃を受けても無事とは……その様な神具を持つなど………貴様はやはり危険──」
「この世界の立場から言わせて貰えば、アンタこそが危険そのものだろ?だから倒させて貰う」
「フン!神に唾することの意味……その身に刻んでくれるわ!」
デミオスの攻撃。
変わらず見えない飛翔斬撃に対し、ライは波動を発動し《風壁陣》を強化──。
波動魔法・《暴風乱牙》
まるで嵐の繭の様な防壁が空に展開される。
しかし……デミオスの斬撃が迫る中で、風の防壁は
(やっぱりデミオスの持つ何かの能力で間違いないな……。だけど、お前が相手しているのは俺だけじゃないんだぜ?)
無防備になったライに迫る斬撃は、直撃する寸前で打ち消された。
突然発生したのは波動魔法・《雷龍槍》……デミオスの攻撃は雷の槍に撃ち抜かれ消滅した。
「くっ!またも……次から次に何か新たな手を使う……」
デミオスの攻撃を打ち消すまでの時間はほんの一瞬。何が起こったのか理解できないデミオスは、更に飛翔斬撃を放ち様子を窺う。
しかし……ライとてそう何度も手の内を見せる訳がない。
デミオスの攻撃が直撃する寸前でライは姿を消した。
「なっ!」
「当たり前だろ?自分が利用できる全部を使うのが戦いだ」
アトラの機能である『無詠唱魔法陣』展開──瞬間転移によりデミオスの目の前に現れたライは、《天網斬り》でその左手を切り落とす ……だけではない。
更に刃を跳ね上げ脇腹に食い込ませた。
「グハッ!」
ここに来て初めてライのまともな攻撃が当たった。やはり天網斬りならば神衣を斬り裂くことができる。
だが……デミオスは即座に転移し距離を取る。
「グッ……ゴハッ!」
「やっぱりな……。アンタ、魔術師系だから接近戦がそんなに得意じゃ無いんだろ?槍を使うのは不得手を補う為のもの……それでもかなりの鍛練を積んだ。違うか?」
「クソッ……!」
「ついでに言わせて貰えば、アンタの神衣の力で攻撃も防御も曲げられている。存在特性は──そうだな。歪曲……流動……螺旋……後は誘導……そんなところか?」
先程からライの攻撃・防御が逸らされる。《瀑氷壁》や《崩壊光》……そして先程の《暴風乱牙》。
ライは波動魔法の尽くを乱されデミオスに主導権を握られた状態だった。
それは神衣の真なる力……存在特性との融合を意味している。
デミオスの神衣……そこに宿る存在特性の力は、直接攻撃的な効果を発揮していない。つまり、攻撃を乱すに特化したものというのがライの推測だった。
ライがそれを防いだ訳ではない。敢えて受けた上で反撃を行っていたのだ。
そこで大きな役割を果たしたのが竜鱗装甲アトラ──ライの波動魔法に合わせて自らも波動魔法を展開。ライの攻撃を阻害しないよう、展開する場所を離している。
竜鱗装甲アトラとだからこそ可能となった同時二段攻撃。これもまた反撃の糸口の一つ──。
しかし、デミオスは仮にも神格を口にする相手。その右手には何時の間にか斬り落とされた左手を握り接合を始めている。
服の腹部切れ間から見えた斬撃の跡は、既に塞がっていた。
「高速自動再生は俺だけの専売特許……って訳じゃないってことかねぇ」
ここまでの戦況はそれでもライの不利。武術の技量はライが優位ではあるが、魔法に関してはデミオスに利があると考えて間違いない筈。更に、神衣という圧倒的優位性がデミオスにある。
先程の天網斬りは辛うじて懐に潜り込んだから出来たこと。この先同じ手は通じない可能性が高いが、一応試すことにした。
そして始まったのが連続転移による戦闘。アトラの補助で無詠唱のライに対し高速言語での転移を繰り返すデミオス。
但しその戦いはデミオスにとって不利になるもの。
【神衣】状態での魔法使用が出来ないデミオスは神衣を解除しての転移となる。
天網斬りでの一撃を受ければ確実に深傷を負う戦い。しかし、敢えてそれを選択したことにはライへの警戒心が関係している。
一体幾つの能力を隠し持つのか……神衣を纏うデミオスに対し神衣無しで渡り合うことが既に異常なのである。デミオスとしては手の内を探りたいところだろう。
「私を魔術師と看破しながら連続転移魔法による探り合いを選ぶか……ならばこれを受けろ!」
デミオスの周囲に出現した小さな鳥の大群……。その一つ一つからは最上位魔法の魔力が感じられる。
神格魔法・《
「アトラ」
『大きさは掌程にして威力は主の《金烏滅己》に匹敵します』
「それがざっと見て千匹以上……ここにきて魔術師としての本領を見せてきたな?」
『来ます!』
デミオスが放った火の鳥はやはり自動追尾型……しかも時空間魔法まで込められており、不規則な転移を繰り返しつつライへと迫る。
初めの内はその反射速度で一つづつ打ち払っていたが、突然目の前に現れる火の鳥に対応が遅れ始める。
やがて一斉に押し寄せた《焔鳥》はライを爆炎で包んだ……。
(やったか?いや……この程度で果てる輩ならば、我が前には立ちはだかることも出来なかった筈……)
デミオスの推測通り、爆炎は収縮を始める。やがて炎は人型となりそのままライの姿が現れた。
「今度は魔力吸収か……。チッ……どこまでも厄介な……」
魔術師にとっては天敵とも言える魔力吸収。それも神格魔法の中では使える者が稀少な力……。
「まぁね。ウチの師匠は魔法が超優秀で、かなり仕込まれた」
「………」
メトラペトラが聞いたら『ツンデレニャンコ』になりそうな言葉である。
やはりデミオスからすれば得体が知れぬ相手であるライは、何を仕掛けて来るのか分からない。
そして《天網斬り》により裂かれたことを考慮すれば、神衣の力にばかり頼るのは得策ではないとも理解した。
なればとデミオスが選択したのは更なる魔法の行使……。火の鳥の群れに加え『黒き鳥』の群れを展開した。
神格魔法・《
《焔鳥》に紛れやはり転移しつつ迫るそれを吸収しようとしたその時、ライはアトラの強制転移により移動を果たす。
「アトラ?」
『あれは腐蝕魔力です。取り込むと主の命は奪えずとも魔力器官への負担が掛かります』
「助かった。ありがとう、アトラ」
アトラはライのチャクラ能力 《解析》を常時展開している。これにより即時攻撃の対応を判断──しかもライの負担は大きく減少する。
最初に手に入れた鎧でありライの最強装備アトラは、やはり運命の出逢いだったとライが理解した瞬間だった……。
一体となったライとアトラ、初の戦場……。故にこの戦いは拮抗した。
しかし、ここからが真の戦いとなるのである……。
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