第五部 第四章 第四話 勇者の初陣


 森の中で対峙するカズマサとフウサイ。始めに動いたのは、勇者として覚醒したカズマサだった……。



 守りに入れば不利になる……経験不足は手数と思考で補うことをライとの手合わせで学んだカズマサ。ビャクエカクとの同調もあり、攻撃の種類にも幅が生まれている。


 カズマサの有利は相棒たるビャクエカクそのもの。実質の二対一……その有利を存分に生かした戦いを仕掛ける。


「ビャクエ!」

(承知)


 初めに使用したのは《雷蛇弓》。霊刀の切っ先から大量の雷蛇が発生しフウサイへと襲い掛かる。


 フウサイは、それを素早く回避。しかし雷蛇は、自動追尾でしつこく追い回す。

 溜まらず森の中へと姿を消したフウサイ。時折雷蛇が樹木に当たる音が聴こえるが、やがて追い込まれたフウサイは雷蛇を払う為に力を解放した。


 発生したのは竜巻……その猛威は森の木々を薙ぎ倒し雷蛇を掻き消す。フウサイは徹底して風属性に拘っている様だ。


「ちっ……面倒な魔法を……」


 円環状に倒れた木々の中心に立つフウサイは、覇王纏衣を乗せた闘気剣を素早く三つカズマサへと放つ。対してカズマサは、霊刀に覇王纏衣を展開し迎え撃つ様に放つ。


「何っ!?」


 巨大な飛翔斬撃はフウサイの闘気剣を全て消し去り、そのまま大地を切り裂いた……。


「………やり過ぎた?」

(いや……防がれた様だ。しかし、短時間でよくぞここまで)

「ライとの修行で感覚は掴んだ。でも、正直ここまで上手く行くとは思わなかったけど……」


 驚愕しているのはフウサイも同様。目の前の若者は人間……が、目の当たりにした魔力は、魔人化した自分すらも凌駕しているのだ。 


「くっ……!馬鹿な……魔人化した儂が力で押されるだと?有り得ぬ!」


 再び斬撃を放つフウサイ。今度は斬撃の後に一気に距離を詰める。

 カズマサは見たところ剣の腕は素人……ならばとフウサイは接近戦へ踏み切った。


 その判断は正しく、カズマサの剣の技量では洗練された剣技に全く対応出来ない。

 カズマサの振り回す霊刀はフウサイを掠めもしなかった……。


「フハハハ!力任せではないか、貴様は!落ち着いて戦えば儂の相手にもならんわ!」

「くっ……ビャクエ!」

(承知!)


 カズマサが肉体の主導権をビャクエカクに渡した瞬間、霊刀がフウサイの刃を弾きその胴を薙いだ。


「ゴハッ!」


 龍の鱗で防がれた為に斬り裂けはしなかったが、覇王纏衣を纏った刃で渾身の振り抜き。ビャクエカクは怪力……その力を宿したカズマサの一撃は、フウサイからすれば堪ったものではない。


「ガハッ!何だ……と?き、貴様、剣技を……」

「俺は使えなくても相棒が使える。言い忘れてたけど、お前は二人を相手にしているんだ」

「何……だと……?」

「俺は御魂宿し……いや、御魂使いだ」


 と言ったところでフウサイには意味が分からないだろう。しかし、カズマサは一応宣言しておきたかったらしい。


「くっ!油断!油断さえしなければ!」

「そうかもな。だけど、事実としてお前は油断した。そして、今言ったように俺は二人で戦っている……これからの攻撃もお前の予想を上回るぞ」

「はっ!戯れ言を……儂を嘗めるな!」


 再び接近を行おうとしたフウサイだったが、岩壁が足元から飛び出しそれを遮る。咄嗟に飛び退くフウサイ……気付けばカズマサは上空に飛翔していた。


「残念だけど、今の俺じゃお前の剣技と渡り合えない。だから、やり方を変える」


 カズマサは霊刀に付加された魔法 《岩鮫牙顎》を発動。巨大な鮫の歯の様な岩がフウサイを取り囲み、噛み砕きに迫った。


「成る程……剣で至らねば魔法を使うか!だが、この程度……」


 居合いに構えたフウサイは、迫る岩を素早く断ち斬った。


「流石は剣士……と、本当なら言うんだろうな。でも残念……」

「何だと?」


 断ち切った端から次々に伸びる鋭い岩は、幾重にも重なりドーム状を形成。フウサイを封じ込める。

 同時に内部で超高熱が発生……フウサイを囲んだ岩さえも赤く変色し溶岩が噴き出し始めた。


 小さな火山と表現するのが相応しいそれは、確実にフウサイを捕えその身を焼いた。


「ぎぃやぁぁぁ━━━っ!!」



 火炎・大地融合魔法 《岩鮫牙顎》──名前に反して本来の効果は、岩による封じ込めと灼熱による熔岩流。最終的にはそのまま冷やして封じ込めることも可能な攻撃・封印魔法だ。



 死力を振り絞り岩を切り裂いたフウサイは、魔法の威力に堪らず空へと逃げる。覇王纏衣を纏っていたにも拘わらず全ての熱を防ぎきれなかった為、着流しは焼け落ちフウサイは半裸に。

 その肩口から胸、そして腕は焼け爛れ、肺にも熱が入り込み呼吸も絶え絶えだ。


 魔人でなければ確実に死んでいた……フウサイは、カズマサを再び甘く見た己の浅はかさに歯軋りするしかない……。


「コヒューッ、コヒューッ……カハッ……は、肺がぁ!」


 回復力の高い魔人でも、たった一つの魔法でこの深傷。使ったカズマサ自身も少し恐れを感じていた。


「……なぁ、ビャクエ?俺が修行している間、何でこれを使わなかったんだ?」

『我は時間稼ぎを依頼された。それに倒してしまってはカズマサの修行が無駄になる』

「……ごもっとも。それにしても魔法って凄いな……怖いくらいだ」

『だが、使い方を間違わなければ確かな力でもある』

「使い方か……それは俺自身にも言えることだな」


 そしてそれは剣の力も同じ。カズマサの前には『力』の使い方を誤った男が敵として存在している。

 ライが告げた『力の使い方を誤るな』という言葉の意味を、カズマサは改めて理解した。


『どうした、カズマサ?』


 カズマサがフウサイへの追撃に踏み切らないことにビャクエカクは疑問を呈する。

 魔法による攻撃が存外効果的だったフウサイは、未だ回復に至っておらず動かない。攻めるには絶好の機会だったのだ。


「……一応さ?確かめたいんだ」

『何をだ?』

「本当に私欲で行動してるのかをさ。仮にも剣の師匠が弟子を殺そうと出来るものかを聞いてみたい」

『……相手を見縊みくびってはいないか?』

「そんなつもりはないけど、これが俺にとって初めての戦いなら真実を見逃しちゃ駄目な気がするんだ」

『理解した。どうあろうと我は半身……カズマサの心を尊重する』

「ありがとう、ビャクエ……」


 視線をフウサイに移したカズマサ。ライの様に見抜く目など持ち合わせてはいない。だからこそ言葉で確めるしかない。


「フウサイ!あんたは本当に本心から弟子……シシン様を殺そうとしたのか!?」


 対するフウサイは少しでも傷を癒す為の時間稼ぎを始める。


「ふん……弟子といっても既に指導を終えた以上、一人の剣士に過ぎぬ。故に遠慮は不要」

「それなら、奥方やヒナギク殿まで巻き込む必要は無いじゃないか……」

「儂はカゲノリ様に忠誠を誓ったのよ。ならば主君の邪魔になる者を排して何が悪い」

「不意打ちなんてしなければ良いだろ!」

「甘いな……若造が」


 どう問答したところでフウサイがやったことは変わらない。それでもカズマサはフウサイの言葉に期待していたのだ。

 自分は間違っていた──そう答えると願っていた。


 だが……フウサイから出た言葉は、遂にカズマサに戦う決意を与える。


「……そうだな。確かに殺さずに済んで良かった。特にヒナギク……あれは殺すには惜しい身体をしている」

「………!」

「フッフッフ……安心しろ。貴様を殺した後、シシンとツツジも殺す。だが、ヒナギクは嬲り者にして飼ってやる。ハッハッハ!」

「……悲しいな、フウサイ。人を捨てるとはこういうことなんだな」


 カズマサは霊刀を肩に担ぎ身構えた。


「そんな真似は絶対にさせない!」

「温い若僧め……儂を倒せると思うなよ?」


 フウサイはその言葉と同時に更なる力の開放を始める。焼けた肺が回復しさえすれば火傷など大した怪我にも入らない。

 身体を覆う金の鱗は更に増え、魔法への耐性まで高めたフウサイ。まさに魔王と呼んでも違和感のない風体である。


 力を増したフウサイはカズマサへと一気に迫り、刃を振り翳した。霊刀でそれを払おうとした瞬間、カズマサに悪寒が走る。慌てて刃を引き身を翻した……。

 それでも霊刀を掠めたフウサイの刃。カズマサは距離を取ろうとするが、龍の尾に激しく打たれ吹き飛ばされた。


「ぐあぁぁっ!」

(カズマサ!)


 ビャクエカクは回復魔法を発動。しかしカズマサは、自らの身より霊刀を気にしていた。


「ビャクエ!霊刀が……!」

(慌てるな。少し欠けただけだ)

「覇王纏衣を纏っていたのに何で……」

(あれも剣技なのだろう。纏装を切り裂き刃に至った。助かったぞ、カズマサ)


 霊刀には《物質変換》による自己再生も組み込まれている。完全に破壊されない限りビャクエカクが死ぬことはない。


「剣技か……。ビャクエ……俺にはあれを防ぐ手はない。長引かせるのは不利だ」

(では、どうする?纏装を裂くならば魔法も同様だろう?)

「今の俺に出来るのは力押し。全部出し惜しみなしで行く」

(………良いだろう)


 カズマサは覇王纏衣を展開。ビャクエカクはそこに自らの力で二つ、覇王纏衣を重ねる。

 更にビャクエカクは《石禍旋風》でフウサイを封じ込めた。


 《石禍旋風》は大地から巻き上げた岩が竜巻の内で乱れ交い対象を乱打する魔法。


 それでも足らぬとばかりに、《石禍旋風》に《金烏滅己》《雷蛇弓》を組み合わせた。

 やがて全ての魔法は一つとなり、焼けた岩を孕む炎雷の竜巻がフウサイを苦しめ始めた。


「ぬぅぅぅっ!だが、今の儂ならばこの程度……!」


 その間もビャクエカクは更なる力の集約を行う。

 カズマサの籠手と具足を霊刀と同調し取り込み、力を引き上げたのだ。


(これで良いか?)

「ああ。後は覇王纏衣を……」


 カズマサはビャクエカクの力を借り未完成の【黒身套】を霊刀に全て凝縮。天を突く程長い『黒の闘気剣』を生み出した。


「こ、この辺に人は居ないよな?」

(居ない。安心して振り抜け)

「わかった……行くぞ!」



 カズマサはフウサイが魔法を切り裂いた瞬間を狙い、天より巨大な黒い斬撃を振り下ろす……。


「なっ!くっ!こ、こんなもの……!」


 フウサイは慌てて刃を翳し身を守ろうとしたが、余りに巨大な斬撃は周囲もろともフウサイを押し潰す。


「ぎ、ぎぎ、ぎざま如き……若僧に……」

「俺一人なら負けていたよ。でも、俺は一人じゃない。お前は共に戦ってくれただろうシシン様を捨てた。そんな奴に『勇者』が負ける訳にはいかないんだよ」

「ぐっ……ば、馬鹿な!儂が……儂は……」


 黒い斬撃は、ズシンという地響きを立て山を両断した。その余波は八十錫の領主居城にも伝わり、民が騒ぎ始めている。


「父様!やはり私はカズマサ殿の元に向かいます!」

「待て、ヒナギク!」

「父様は領民の不安を解消して下さい!」


 天守より飛び立ったヒナギクは山に向かいカズマサを捜す。

 やがてヒナギクは、分断された山の麓にカズマサの姿を見付けた。


「カズマサ殿!」


 駆け寄るヒナギク。カズマサは疲労困憊で横たわっていた。


「あれ?ヒナギク殿……どうしたんです?」

「どうしたって……」

「取り敢えずフウサイは倒しました……。スミマセン……フウサイは多分、死んでます」

「何故……それを謝るの?」

「だって……ヒナギク殿のお父さんの師匠だから」


 力不足で生かす余裕が無かった……カズマサはそう謝罪した。


「馬鹿……」

「……スミマセン」

「そうじゃなくて……心配を掛けたことに怒っているんです」

「………ごめんなさい」


 すっかり小動物の風格に戻ったカズマサ。ヒナギクはそんなカズマサの様子にクスリと笑う。


「戻りましょう、カズマサ殿。詳しい話も聞かせて下さい」

「力を使い果たしたから動けないんです……それに、フウサイを捜さないと……」

「フウサイの件は大丈夫です。……それより、立てないなら肩をお貸しします」


 気のせいかヒナギクの顔は赤い。


「そうだ……シシン様には婚約者の件を」

「そ、それは改めて伝えます」

「偽者ですけどね?ハハハ……」

「それはわかりませんよ?」

「へっ?」

「さぁ!行きますよ?」

「は、はい!」


 カズマサにとってその日は余りに多くのことが起きた。力の覚醒、初めての戦闘、そして恋の可能性……。



 だが、忘れてはならない。


 カズマサの真の試練はヒナギクに寄り添われ城に戻ってからが本番だということを……。



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