第五部 第四章 第三話 ディルナーチの勇者


「時間も無いので早速修行に入りましょう」


 カズマサの精神世界の中で始まった修行。目標は纏装の修得。

 それさえ為せれば、苦戦しつつもビャクエカクと力を合せフウサイを打破できる……というのがライの見立てだった。


「纏装は魔力と生命力のどちらでも使用出来ます。それを身体に纏うのが纏装……なんですが……」

「え、え~……ま、まずそれってどんな感じなのか既に分からないんですが……」

「そうだと思いました。俺も最初、全然わからなかったし……」


 それでもライはローナの指導のお陰で魔法が使えた。加えて今思い返せば、ロイやシンが命纏装を使う場に居合わせたこともある。完全なる素人のカズマサより数段マシだった。


「え~っと……では、始めに命纏装からにしますか。この空間を命纏装使用時と同じ感じにするので良く感覚を探って再現を」


 ライが指先を鳴らした途端、暖かくも力強い感覚が空間に満ちる。


「これが生命力を力として認識したものです。この感じを自分の中から見付けて下さい。あ……時間は気にせず集中する様に」

「わ、わかりました」


 しばし沈黙のカズマサ。苦悶や快感……まるで百面相といった豊かな表情で己の力を探る姿はかなり可笑しいものに見えるが、至って真剣であることを知るライが笑うことはない。


 体感で四半刻が過ぎた頃だろうか……やがてカズマサは座禅を組み無表情になった。


(ん?……どうやら何か掴んだかな?)


 ライの予想は正しい。カズマサは己の中にある『力』を把握したらしく、それを引き出そうとしているのだ。


 そうして更に四半刻……目を開いたカズマサは立ち上りライに駆け寄った。


「何とか掴めた気がします。け、けど、少し感じが違うんですが……」

「とにかく試してみましょう」


 ライは指を鳴らし元の空間に戻るとカズマサに纏装使用を促した。


 しばし目を閉じ集中……気合いの掛け声と共に纏装を発動したカズマサ。だがそれは、命纏装ではなかった……。


「んなっ!は、覇王纏衣?嘘ぉん……そんなバカな……」


 流石のライもこれには度肝を抜かれた。


 修練、体感時間にして僅か一刻……ハッキリ言ってチートでしかない超天才ぶりだ。


 一方のカズマサ。ライのあまりの驚きように不安になっている。


「え?ま、間違ってましたか?」

「………」

「ラ、ライ殿……?」

「はっ!あまりのことに走馬燈が……」


 ライが一年以上掛けて修得した覇王纏衣……それが僅か一刻。ライだけでなく全ての戦う者が納得しないレベルの異常事態だ。


「……あ、あのぉ」

「………はい?何でゲスか?」

「ゲ、ゲス?そ、それで……あの……」

「大丈夫でゲス。修行終~了~でゲス!」


 素っ気ないライに益々混乱するカズマサ。流石に意地が悪いと自覚したライは、改めて説明と確認を始めた。


「……それは【覇王纏衣】と言って常人では辿り着けない力です。それをいきなり使ったんですよ、カズマサさんは……」

「そ、そんな凄い力なんですか?で、でも、ビャクエカクも、あのフウサイって人も使ってましたよ?」

「ビャクエカクは霊獣ですから魔力操作が上手いんですよ。加えて、人を渡った中で生命力も把握している。ビャクエカクの長所その一は?」

「せ、精神や肉体の操作……あ!」


 魔力は精神、生命力は肉体……つまり、その操作に長けるビャクエカクにとって覇王纏衣はそう難しい話ではない。


「じ、じゃあフウサイという人は?」

「剣の達人で元は老齢と言ってたでしょ?覇王纏衣に至れなくても、長い間の研鑽で纏装はそこそこ極めてたんじゃないですかね。そこに魔人化と『龍の秘薬』が絡んだんでしょう」

「は、はぁ……」


 まだ理解出来ていないカズマサ。ライは更に解りやすく説明することにした。


「簡単に言うとカズマサさんは、人が踏破すら困難な山を頂まで飛んだ様なものです」

「えぇっ!そ、そんなに?」

「纏装修得、特に覇王纏衣は才覚に左右されるんです。それを無視して到達するのは魔人かドラゴンの血筋と師匠から聞いてます。つまりカズマサさんは超天才、若しくはドラゴンの血筋かのどちらかと考えるのが妥当ですね」

「……………」


 カズマサの身は人のままであることは最初に確認している。といっても、実は初めからある程度は予想は付いていた。


「カズマサさん、自分の魔力に気付いてなかったでしょ?」

「え……?そもそも魔力というものが何だか分かりませんでした」

「うん……初めは気付かなかったけど、カズマサさんの魔力量ちょっとした龍並なんですよ。だから龍の血筋かと思ったんですが……」


 魔法が殆ど出回らないディルナーチ……しかも平民は纏装など知る由もない環境。

 そんな中で、高い魔力に気付くことがなかったカズマサ。精々身体が頑丈だった程度の認識だろう。


 が、それでもいきなり覇王纏衣修得は別格。やはり異例の存在には違いない。


「それで、どうしますか?ビャクエカクと力を合わせればフウサイには勝てますよ、多分……。先刻さっきは言いませんでしたが、カズマサさんの魔力があればビャクエカクが負けるとは思えませんし」

「え……?し、修行は?」

「終了」

「……………」


 実質修行どころか只の瞑想しかしていない。カズマサはもの足りない様だ。


「……どうせ外ではまだ数分しか経ってませんから、もう少し続けますか。カズマサさん、その力を魔力と生命力に分離出来ます?」

「え?いや……やっぱり感覚がわかりません……」

「う~ん……。覇王纏衣が完璧な一つの力になっちゃってるのか……。じゃあ、魔法修得は後回しかな。それじゃあ、その覇王纏衣を衣一枚に抑えられます?」

「そ、それなら何とか………」


 少しづつ放出を抑えたカズマサ。今度は四半刻と掛からずに衣一枚の展開に到達した。


(幾ら何でもおかしいだろ、コレは。明らかに力が適応し過ぎてる……)


 カズマサの覇王纏衣の操作があまりに淀みない為、流石に違和感を感じ始めたライ。


 辿り着いたのは一つの可能性……。


(覇竜王の血……しかも、バベルとは別系統かな。それに加えてディルナーチの龍の血も混じってるのか……カグヤさんなら何か知ってるかも……)


 つまりカズマサは竜と龍、そしてディルナーチの鬼人の血筋を持つ複合混血種。それは、稀有なる勇者の器でもある。


(……まぁ、血筋なんてどうでも良いか。ともかく、カズマサさんはディルナーチ随一の可能性を持つ勇者ということだろう)


 ライがペトランズ大陸に帰還しても、カズマサが居れば大概の脅威は払えるだろう。

 ならば……もう少し本格的な指導をしておいても損はない。


「一つ約束してくれますか?」

「何ですか?」

「今から実時間で三十分……この中なら半日くらいかな?修行として実戦の手合わせをします。肉体鍛練にはならない付け焼き刃ですが、それでかなり勝負勘は身に付く筈です。それと、今後の修行方針も教えます。但し……」

「た、但し?」

「その力は正しく使うことを約束して下さい。カズマサさんのそれは勇者の力……しかも、あなたが敬う龍神の力でもある。決して誤った使い方をしないと約束して下さい。それなら修行を続けます。もし、約束を守れなかった時は……」


 ライはそれまでと違い厳しい目をしている。カズマサを対等な立場の勇者と認め、約束を持ち掛けているのだ。

 そして勇者ならざる行動を取った際、ライの責任として戦ってでも止める、と念を押しているのである。


「………わかりました。そもそも俺はライ殿に恩がある。裏切れる訳もない」

「恩……?」

「俺の故郷は乃木霞の街なんですよ。ゼンは俺の従弟です。その場には居なかったけど、龍の化身の雲水ってライ殿でしょう?」

「ア、アハハ……バレバレかぁ」

「俺も……強くなることで守れるものが増えるなら強くなりたい。だから……」


 カズマサは、それまで一兵士として嫌な命令にも逆らえなかった。そんな自分を変えたいという思いはずっと燻っていたのだ。

 今なら立場も変化し力もある。自らが正しいと思うことが出来る……。


 ライはそんなカズマサの言葉から覚悟を読み取ると、脱力しつつ屈託なく笑う。


「信じますよ、カズマサさん。それと、これからは敬語は使わないで下さい。同じ勇者仲間として『協力』をするのに敬語は変でしょ?」

「わかり……わかった。じゃあ、俺にも敬語は要らないよ」

「良いんですか?俺、年下ですよ?」

「それを言ったらライは恩人だろ?」

「………。わかった。でもせめて『さん』は付けさせて貰うよ。それじゃ……今から休みなしで俺と手合わせだ」


 勇者同士の爽やかな友情……と思いきや、始まった手合わせはライの容赦ない攻撃。


 覇王纏衣を使える様になったといっても経験が圧倒的に足りないカズマサ。それを短期間で補うには、とにかく窮地へと追い込むことが必要だとライは知っている。


 擬似とはいえ死への恐怖、そして圧倒的相手との手合わせはカズマサに確かな変化を齎した。


(チクショ~ッ!手加減無しかよ、ライ!……って、あれでも手加減してるんだろうな……)


 勿論追い込みを掛けているライはカズマサの戦力に合わせている。使用は覇王纏衣、魔法は使わず、極力『対魔王』の技も使わない。


(考えろ!殆んど同じ力で追い込まれるのは何故だ?経験差だけじゃない……何が違う?)


 闘技場の中、ライの攻撃を回避しつつ思考するカズマサ。己の足りないものは何かを探し続けた。


(こっちの攻撃が当たらないのは防がれているからじゃない。力が流されているんだ……。それにあっちが有利なのは、距離に関係なく攻撃してるから……つまり)


 覇王纏衣は纏うだけではない、ということ。その答えに辿り着いたカズマサは、ライと自らの違いを再び観察。決定的な違いを見抜き始める。


(流動、それと圧縮、放出……今の俺に出来るか?)


 物陰に隠れた隙に覇王纏衣の流動を試す。何せ修得したての力……思うように動かすのは至難の技だった。


(なら圧縮と放出は……)


 イメージとしては固まったが、試してみるとかなり疲労する。操作の慣れが明らかに足りない。


 それでも諦めなかったカズマサは、やがて覇王纏衣の一部を分離し投げてみることにした。


 今度は上手く遠距離に飛ばすことが出来たが、威力不足。しかし、ライは感心していた……。


「そう……諦めないことが一番大事なことだよ、カズマサさん。思考、観察、研鑽。俺はそうやって生き残ってきた」


 続いて石を握り覇王纏衣を流し込み投げ付ける。今度はライの体勢を崩せる程度は効果があった。


(えっと……次は……)


 かつてのライがそうだった様に、片っ端から有効そうな手を試し続ける。

 その内、持ち前の適性故か覇王纏衣の操作に研きが掛かり放出や圧縮、流動までも可能になってきたカズマサ。


 しかし、強くなることの楽しさを感じ始めたところで時間切れとなってしまった。


「約束の時間だよ、カズマサさん。残念だけど、ここまでだ」

「……ん~……もう少しやりたかったけど、ビャクエカクも心配だから仕方無いか……」

「最後に一つ……勇者の先輩として助言を。成長を楽しむことは悪くない……でも、力に溺れないように」


 今からカズマサが戦うフウサイは、力に飲まれ愛弟子すら殺そうとした輩。そんな風になりたいかというライの問い掛けに対し、カズマサは力強く否定する。


「言いたいことは分かるよ……ライ。でも、俺は大丈夫。俺は母ちゃんや爺ちゃんの為に強くなりたい。外道になって悲しませるような真似は絶対にしないよ」

「余計な心配だったかな……。どうせなら、カズマサさんにはディルナーチ最強の勇者になって欲しい。俺はペトランズに帰らなくちゃならないから……」

「……ライ」

「ディルナーチを任せても良いかな?」

「やれるだけ……いや、任せてくれ。必ずライが認める『勇者』になってみせる」

「ハハハ……それでこそ勇者。じゃあ、ヒナギクさんの為にも敵を討ち果たさないとね?」


 今後の修行方法を伝えたライは《迷宮回廊》を解除。カズマサの意識は身体に戻りビャクエカクと再び繋がった。


(どうだ、カズマサ?)

「何とかね……。だけど、まだ俺一人じゃ無理だから力を貸してくれるか……相棒?」

(無論だ)


 フウサイとビャクエカクはほぼ互角の戦いだった様で、互いの身体に深傷は無い。しかし、周囲の森はビャクエカクの幻覚で暴れたフウサイにより随分と荒れてしまっていた。


(カズマサさん……俺はやることがあるから念話を切るよ。とっととフウサイなんて倒しちまえ!)

「ありがとう、ライ……任せろ!」


 ライの笑い声が遠のき念話が切れたことを確認したカズマサは、深呼吸の後高らかに告げる。


「魔道に落ちた剣士フウサイ!お前はこの『勇者カズマサ』が倒す!」

「生意気な若僧が……勇者だと?やれるものならやってみろ!」



 『霊刀の勇者カズマサ』対『魔人剣士フウサイ』───。



 ディルナーチの新たな勇者の初陣である。

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