第五部 第四章 第二話 霊刀・百慧
八十錫領に現れた魔人フウサイ。領主シシンの剣術の師は、神羅国第一王子カゲノリの配下となり八十錫を襲撃。
通常ならば互角の勝負になる筈の師弟対決。しかし、龍の秘薬により魔人化したフウサイは圧倒的だった……。
元より持ち合わせた技量に加え、新たに得た膂力、魔力は凄まじく、加えて全盛時の動きのキレ……フウサイは明らかに一線を画した存在へと進化したと言える。
始めこそ好勝負……しかし直ぐに圧倒され始め、シシンは防戦一方に追い込まれる。
「ぐぅっ!ま、まさか、ここまでとは……!」
「フハハハ!鍛練が足りんな、シシンよ。領主の地位の多忙に加え、やはり老いは枷であろう?」
「老いなど関係無い!私は弟子として道を誤った師を倒す!」
「生意気を言う……ならば、師の手に掛かる光栄を味わえ!」
フウサイは刃を振りかぶり“ 投げた ”。シシンは辛うじてそれを叩き落とすが、既にフウサイはシシンの懐……素早く脇差しで刃を振るい両腕の腱を断ち斬った。
「ぐあぁぁぁっ!」
「父様!……おのれフウサイ!よくも父様を!」
「次はお前か、ヒナギク?」
入れ代わるようにフウサイに斬り掛かるヒナギク。素早い太刀筋に神具の力で炎を加えた斬撃がフウサイへと迫る。
「成る程……宝具か。魔人であるお主なら確かに存分に使えよう。が、儂には届かんな」
覇王纏衣を展開したフウサイは、更にその刃に魔力を籠める。魔力は風属性特化……竜巻の様な風を纏わせ叩き付ける様にヒナギクに斬り付けた。
対してヒナギクは神具の属性相性を使い熟せないらしく、辛うじて均衡を保つのが精一杯だった。
ヒナギクがフウサイの注意を引いているその間に、シシンに近付いたカズマサは霊刀に付加された魔法でその腕を癒す。傷口が塞がり回復したシシンは、驚きの視線をカズマサに向けた。
「大丈夫ですか、お父さん?」
この言葉を聞いたシシンはカズマサの首根っこを掴み睨み付ける。
「誰が“ お父さん ”だ、誰が?ん?」
「す、すみません……ご、ご領主様……」
「貴様がヒナギクの婚約者だと?詳しく聞かせて貰おうか?ゴラァ!」
「い、今、そんな場合じゃ……」
「うるさい!口答えなど……」
そう言い掛けたシシンの頭に衝撃が走る。シシンの背後に居たのはツツジ。だが、その姿は大振りの鉄扇を持った隠密衣装に変わっていた……。
「あなた~?傷を癒して頂いてその態度はあまりに道を外していませんか~?」
「うっ!ツツジ!何故……」
「家族の危機にじっとしているつもりはないですよ。カズマサ殿……申し訳ありません」
「い、いえ……」
ツツジは変わらずニコニコとしている。が、立ち昇る迫力はシシンを畏縮させる程……。
カズマサは思った……流石はヒナギクの母。そっくりだ、と。
「行きますよ、あなた。魔人相手、しかも領主の生命を狙ったならば多数で仕掛けても卑怯では無いでしょう?」
「くっ……致し方無い。若僧……カズマサと言ったな?貴様の話は後に吐かせてやる!」
オサカベ家総掛りの攻撃。特にツツジは元隠密らしい癖のある攻撃を繰り返す。流石のフウサイも捌ききれなくなったと思ったその時、突如発生した風がオサカベ家全員を吹き飛ばした……。
「キャアァァッ!」
「ぐがぁっ!」
「フハハハハ!中々に楽しめたぞ?だが、その程度で儂は倒せぬわ」
天守より落ち掛けたヒナギクを飛翔し抱き止めたカズマサ。シシンとツツジは無事、と言える程軽傷ではない。
それはヒナギクも同様。その身体には幾つもの斬撃の痕が確認出来たのだ。
急ぎヒナギクを回復させながらシシン達の元に戻ると、やはり幾重もの切り傷が刻まれている。
「父様!母様!」
「ヒナギク殿!回復を!」
「え、えぇ……ありがとう」
ヒナギクの神具により瞬く間に回復するシシンとツツジ。フウサイは初めて不快な表情を見せた。
「ちっ……回復術持ちとは面倒な。だが、何度来ようとも無駄無駄。どれ、少し本気を見せてやるか……」
飛翔したフウサイは己の力を解放。全身の筋肉が膨らみ、至るところが金の鱗で覆われ始める。その背中には同様の金の尾……それこそが龍の秘薬の力を最大限に引き出した形態。
「くっ……!こ、これ程に……これではまるで……」
「魔王か?フフフ……それも良いな。我が名はフウサイ……魔王フウサイだ。ハハハハハ!」
「狂ってる……。しかし、これでは……」
飛翔出来るのはヒナギクとカズマサのみ。加えてフウサイから感じる力はオサカベ家全員で掛かっても防がれてしまうだろう。
厄介なのはその鱗……龍鱗に覇王纏衣。ライの神具を用いても打ち破るのは困難と言えよう。
絶望的な状況……。しかし、そんな中でも妙に落ち着いている人物が一名……。
(ハクセンカク……どうしたら良い?俺には力が無い。剣も、魔法も、方術も、あの身体に纏う不思議な力もない……俺には何が出来る?)
(我が主よ……力が足りぬのなら増やせば良い。学べば良い。修めれば良いのだ。主がそれを望むなら我と契約せよ。さすれば必ず敵を討ち果たす力となる)
(わかった。ところで……ライ殿には悪いんだが、ハクセンカクって名前を変えたい)
(どうした、突然?)
(ホラ……お前、俺より頭良いからさ?賢いって感じの名前が良いかなって……)
(フフフ。この場でそんなことを言い出すとは……だが、面白い。我が名を改めよ。それを契約の手始めとする)
(よし!じゃあ、お前は今日から
(ビャクエカク……気に入った)
カズマサの精神内……向かい合うカズマサと白き獣。互いに手を伸ばし重ね、契約の儀式が始まる。
『我が名は
「勿論だ、相棒。俺が死ぬまでお前を手離すことはない。欲しいものはやる……だから、力を貸してくれ」
『では、契約だ……。対価は契約に必要な魔力と居場所。我が友にして我が半身、必ずや力となろう』
眩い光と共に意識から戻ったカズマサ。額には赤い宝玉の様な目が現れた。その髪は左右で黒と白に分かれ、全身にはビャクエカクの身体にある紋様と同じものが更に増えている。
(差し当たってコイツと戦える場所に移りたいんだが……出来るか?)
(良かろう)
カズマサはヒナギクに振り返り笑顔で告げる。
「ちょっと行ってきます。待ってて下さい」
次の瞬間にはヒナギクの視界から姿を消したカズマサ。フウサイの眼前に突如出現し、その腹部を力の限り蹴り抜いた。
「ぐぶあぁぁっ!」
遥か遠方に見える山に高速で激突したフウサイ。少し遅れて地響きが伝う。
「行こう、ビャクエ」
(承知)
カズマサは大太刀を肩に担ぎ流星の如き速さで飛び去った。
「………あれは……何なんだ?」
怪我が癒えムクリと立ち上がったシシン。
「私にも詳しいことは分かりません。ただ、あの刀は『骨食み』と聞いています。浄化された霊獣は刀に宿ったままカズマサ殿に託されたそうですが、まさかあれ程とは……」
「骨食み……霊獣……」
「とにかく、あの力ならもしかすると……」
ヒナギクは、フウサイが蹴り飛ばされカズマサが追った山中に視線を向ける。この位置からでは魔人のヒナギクでも流石に視認することは出来ない。だが、この後そこでは激しい戦いが繰り広げられることは間違いないだろう。
小指の爪先程も期待していなかったカズマサが頼みの綱となることは、ヒナギクに複雑な心境を生み出す結果となった……。
一方、フウサイを追ったカズマサは山中に踞るフウサイを発見。蹴りの威力は充分だった様で、フウサイは口からかなりの血を吐き出している。
「ゴパァ……き、貴様ぁぁっ~!」
フウサイは覇王纏衣をもう一つ重ねる。僅かに薄暗い金色の光……先程までの余裕に溢れたフウサイの顔は今や屈辱で顔が歪んでいた。
「あ~あ……怒ってるな……」
(フッ……その割に随分と落ち着いている)
「そりゃあ、相棒がいるからだよ……。それより不意打ちはもう効かないだろうなぁ……どうするか……」
(先程も言った筈だ。増やし、学び、修めろと。戦いながら強くなれ。我……そして勇者ライが強くしてやる)
「え?ライ殿が……?」
その時、カズマサの脳内にクスリと笑う声が聞こえた。
(念話繋ぎっぱなしですよ、カズマサさん……)
「ライ殿……え~っと、とにかくどうしたら……)
(ハハハ……先ずは纏装からですね。ハクセン……じゃなくて、今はビャクエカクか。しばらく幻術使ってアイツを撹乱してくれ)
(わかった)
(カズマサさんはこのまま精神の中で俺と修行です)
「わ、分かった。お願いする」
(では、やりましょうか)
「宜しくお願い申す!」
葛篭心円流皆伝の魔人フウサイ。対するは、霊刀を持ちながらも完全な素人・カズマサ。
ライの助力が加わったことにより、先の読めなくなった戦いが始まった……。
カズマサは霊獣たるビャクエカクと正式な契約を交わした。これによりカズマサは『御魂宿し』同様の力を得るに至る。
しかし、力を宿したとはいえ元は最低限の訓練をした程度の田舎兵。やはり剣の達人相手には不安が残る。
そこでライの指示を受けその身をビャクエカクに託し、意識内での修行が行われることとなった。
(修行の前にカズマサさんに確認します。ビャクエカクの力の特長を上げて下さい)
先ずは相棒を把握しているか……これは重要な成長要素である。
「ビャクエカクは三つの力……精神や肉体等の操作の力、尋常じゃない膂力、それと強力な魔力吸収……」
(正解です。流石は契約者……ビャクエカクからの知識もある程度は共有してますね。なら、当然知ってますよね?本来男は霊獣・聖獣と契約出来ても、御魂宿しになることは無いそうですよ?)
「はい……。でも、何で俺は……」
(多分、刀を介したことによる変化……だから正確には【御魂宿し】ではなく【御魂使い】になるのかな、と)
聖獣・霊獣は男の持つ闘争本能を嫌がるという話がある。純天使であるアスラバルスの様に清浄な存在は別だが、通常男と契約されることはない。
それは黄泉人化を避ける聖獣・霊獣の本能とも言える。
(ともかく、カズマサさんは特例……それを忘れないで下さい)
「し、承知しました……」
(では、修行に移りましょう)
「ビャクエ……アイツの相手、頼んだ」
(承知)
カズマサの身体を預かったビャクエカクは、素早く覇王纏衣を展開。更に霊刀から霧状の幻覚を放ちフウサイと対峙する。
「ビャクエカク……大丈夫でしょうか?」
(大丈夫……人の中を渡り歩いてきたビャクエカクは智識を多く吸収しているから。冷静な今戦ったら、俺でもかなり厄介な相手ですよ。それに……」
「?……何かあると?」
(まあ、それは後ほど。さて……修行とは言いましたが出来ることは限定されます。俺が教えられるのは纏装……魔法はビャクエカクに託してますし、剣技は自分で適したものを見付けるべきだと思うので……)
「いや、それでも充分です。俺は何も無いから少しでも力を得るべきなんだ」
(分かりました……)
ライは、ほんの少し懐かしくなった。自分もそんな気持ちで修行していたなぁ、と。
(さて……それじゃ少し試したいことがあります。上手く行けば修行がかなり短縮出来る)
「それは助かります」
(上手く行けば、ですよ?何せ初めての試みなんで、ダメなら地道にいくしかありません。それじゃ、『幸運』を祈って……)
ライがやろうとしているのは念話を通した魔法発動。敵対・警戒されている場合は拒絶されるだろうが、相手が素直に受け入れれば可能ではないかという仮説の元の行為である。
(今からカズマサさんの精神を幻術に引き込みます。俺を信じて任せて下さい)
「わ、わかりました……」
発動したのは幻覚魔法 《迷宮回廊》──。
一瞬の空白の後、カズマサは闘技場の様な場に佇んでいた。
殆ど現実と区別の付かないその光景の中、向かい合うようにライが立っている。
「上手くいったみたいですね」
「こ、ここは……」
「幻術の中ですよ。正確にはカズマサさんの精神の中……出来るだけ現実に近付けたので感覚はそのまま。《思考加速》も組み合わせたので外と流れも違う」
「………凄い」
「いやぁ……上手くいって良かった良かった」
カズマサの為に行ったそれは、一つの可能性を確信に変えた。
遠距離への魔法支援──。
念話を通せば魔法を掛けられるなら、遠く離れた仲間の支援が出来る。
支援といっても恐らく補助魔法が関の山だろうが、それでもかなり有り難い話である。
もっとも、限定期間の仲間ばかりのボッチ勇者にそれを生かせる機会が訪れるかは甚だ疑問ではあるが……。
ともかく……更なる研鑽が必要なものの、新たな可能性を手に入れた意味は大きい。
こうして……八十錫領の危機を打開する為に、ライとカズマサの訓練が始まった───。
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