第五部 第四章 第五話 ドラゴンの血脈


「それで……カズマサはどうなったんじゃ?」

「ちょっと待って下さいね?」



 ライとメトラペトラは現在、神羅国上空を漂っている……。



 カグヤの住まう大社から移動の最中、ライはカズマサの念話を受け取った。

 事情を把握したライが間接的な支援を行なった結果、カズマサは驚くべき力を覚醒させたのである。


 その一部始終はメトラペトラにも伝わり、戦いの結果を見定めることになったのだ。


「ふぅ……フウサイは何とか倒した様です。しかし、まさか未完成とはいえ黒身套まで使うなんて……」


 カズマサの戦いのをチャクラの能力 《千里眼》で見ていたライは、その記憶をメトラペトラにも見せることにした。しかし、然しもの大聖霊もやはり驚愕を隠せない様である。


「むむむ……この力を一日足らずで得たというのかぇ?どう考えても有り得んわ」



 ライが念話を切ったのはカズマサに自力での勝利を得させる為。単身困難に挑む勇気と、打ち勝つ自信……それらを身に付けさせる為の行為だが、そんな心配を遥かに超えてきたカズマサ。


「やっぱり覇竜王の血ですよね……覇王纏衣のあの適合性は普通じゃない」

「ふぅむ……カグヤに聞いてみるのが早かろうが……」

「わかりました。いま念話を……」

「待て。ワシが聞く」


 ライを制止したメトラペトラは溜め息を吐いていた……。


「?……何でですか?」

「お主……『また必ず逢おう』なんて勿体付けた別れ方しておいて、まだ殆ど時間も経っていないのに気軽に聞けるのかぇ?」

「うっ……た、確かに格好悪い……」

「じゃろ?カグヤも同様じゃろうからワシが話すんじゃ。感謝せいよ?」


 実のところ焦らしてカグヤの想いを募らせるのが目的のメトラペトラ。師匠の余計なお世話全開だった。


「あ~……カグヤ、聴こえるかぇ?」

(ん?メトラペトラか……どうした?ま、まさかライ殿に何か!?)

「心配要らん、ピンピンしとるわ。実はちょっと聞きたいことがあっての……」

(何だ……?)

「ここ百年内で人と契った龍は居らんか?」

(ん……?何の話だ?)

「実はの……」


 カズマサという特例を生んだのは間違いなく龍。しかし、龍人化していないことを考えると二代以上前と考えるのが妥当だろう。

 そんな事情を聞いたカグヤはしばし思索の後、ある龍の話を始めた。


(四十数年前、二体の龍が里に降りて人と暮らし始めた。元々は山で遭難した猟師を偶然救いそれを送り届ける目的だったそうだが、えらく歓迎されての……無論、正体は隠していたぞ?)

「ほう……それで?」

(一体はまだ人と暮らしておる。其奴は人とは契っておらんが、人と暮らすのが気に入ったらしい。そしてもう一体……乃木霞で人と恋に落ち契った龍がいた。が、近くで魔獣が発生しての……里を護る為に命懸けで……)

「……それは……残念じゃな」

(いや、生きておるぞ?)


 メトラペトラはガクリと体勢を崩した。


「うぉぉい!ドラゴンババァ!」

(ハッハッハ……其奴は正体を見られてしもうたから人と共には暮らせなんだよ。今は妾の元に居る。ホレ、ライ殿の着替えを手伝おうとした巫女……その一人がそうよ)

「そんな近くに居ったのか……」

(聞く限り其奴の孫で間違いなかろう。カズマサとやらがそんなに出世したことを教えてやれば喜ぶだろうな)


 人と龍の時間は違う。カズマサの祖父は既に齢六十を超えているだろう。しかし、魂寧殿に居たカズマサの祖母の外見はまだ二十代程……どのみち共には暮らせなかったと考えるべきだ。


「……カズマサの近親に龍がいることは分かった。じゃが、それだけではない筈じゃぞ?」

(ふむ……四百年近く前、覇竜王ゼルトが来たことはあったがのぅ?二ヶ月程ディルナーチ大陸に滞在したのだが……)

「覇竜王が二ヶ月も……何をしておった?」

(ホレ……久遠国の剣術があるであろ?あれの【万物両断】を修得にの)

「それは真実かぇ?覇竜王が修行など初めて聞いたわ」


 覇竜王は生まれながらに力が備わった存在……。修行という行動自体が有り得ない。


(嘘は言わぬわ。妾も覇竜王を何体か知っておるが、ゼルトが変わった奴じゃったのは確かよ)

「……となると、その仮定で契った者が居る訳か。血筋は判るかぇ?」

(さて……そこまではの……)

「分かった。大体の流れは把握した。済まんかったの」

(いや……。コホン!あ~……ラ、ライ殿をくれぐれも頼むぞよ?)

「わかった、わかった……ではの」


 念話を切ったメトラペトラ。推察を交え話を纏める。


「ライよ……。お主の予想通り、どうやら覇竜王……ゼルトの血統の様じゃ。その子孫に更なる龍の血が交わって力が宿り、霊獣と契約し一気に覚醒したと考えるのが最も辻褄が合う」

「ゼルトって先代の覇竜王でしたっけ?」

「うむ。そして邪神と戦いその身を賭けて封印した存在でもある」


 覇竜王ゼルト──勇者バベルの友であり、大天使ティアモント以前に神の代行者を担った存在……。


「覇竜王は人と契るのが本能……って訳じゃないですよね?」

「ドラゴンが人と契るのは稀じゃ。その中でも特殊な存在の覇竜王。人と契るなど特例中の特例……の筈なんじゃが、何故か二体続けて人と契った様じゃな」


 そこに何かの意志が働いている可能性をメトラペトラは否定しない。

 まさにバベルの言葉通り、強き血の子孫が芽吹き始めている──それを否定は出来ない。


 だが、これは良き兆候とも言えるのだ。


「ともかく、これでカズマサの力の理由は大体解ったのぅ……」

「龍の血が濃い……か。でも、それならカズマサさんの親も凄いんじゃないですか?」

「うむ。龍人ならばそうじゃが……まぁ、あまり他人の事情ばかりを勘繰るものでもあるまい。カズマサの祖母の様に縁あればいつか出会うし、由縁を知ることもあるじゃろ」

「……確かにそうですね」

「それより、やることを優先することじゃな。カゲノリに加担する者を排除するのじゃろう?」

「そのつもりだったんですけど……少しやり方を変えようかと」

「やり方?」


 ホタルとキリノスケの悲劇を知ったライは、カゲノリに加担する者を直接排除しようとしていた。特に直接関与している者はその手で討ち果たすつもりだったのだ。


 しかし、カズマサの覚醒はそれを思い直す切っ掛けとなる。

 悪い流れにある様でも、世の中には自浄が働いている……ライはそう感じたのだ。


 例えば雁尾領の騒動はライの助力があったとはいえ、結局解決したのはゲンマという形になっている。

 同様に八十錫の騒動を解決したのはカズマサなのだ。


 そんな風に民の行動が自浄に向くならば、それを利用すべきだとライは考えた。そもそも、そのつもりで『神羅国では人と戦わない』と決めていたことを思い出したのである。


「具体的にはどうするつもりじゃ?」

「事実を周知するんですよ。カゲノリは実の兄弟の婚約者を殺し、黄泉人を生み出して神羅国を危機に陥れた。それに加担した領主の名も全て明かして領民の判断を見るんです」

「また面倒なことを……民が信じると思うかぇ?」

「メトラ師匠がカグヤさんと話している間にトビさんやイオリさんと念話を繋いだんです。そこで情報を共有して幾つか策を練りました」


 カズマサの話を聞く限り、八十錫領はカリン支持で間違いはないだろう。虎渓領も中立という話だが、イオリが上手くやってくれる筈だ。

 そのイオリは西寺塔領主とも知己……任せて欲しいというのがイオリの希望ならそうすべきだと考えていた。


 それ以外では、カリン派の領地をトビとサブロウが真意を確かめに回るつもりだという。トビには他にも考えもあるようだ。


 中立派の領主は所謂様子見……カリン擁立の機運が高まれば、カゲノリ側には偏らないと思われる。


「カゲノリ派領地の領民……いや、神羅国の民にはカゲノリの悪行を見て貰います。《迷宮回廊》を使ってホタルさんの記憶を見せるつもりですよ」


 勿論そのままでは刺激が強いので、調整が必要だろうが……。


「やれやれ。また手間じゃの……」

「スミマセン……これは燻り出しの意味もあるんですよ。フウサイの様な奴があと三人居るなら尚更です」


 一人はラゴウ……これは『人』ではないのでライが相手をするつもりだ。

 もう一人、正体が知れてるのは精霊使いソガ・ヒョウゴ。極力は誰かに倒して貰いたいというのがライの希望だった。


「あと一人は素性が知れない相手なんで、油断は出来ません。でもその四人……いや、今は三人か……ソイツらを排除すればカゲノリの立場は瓦解する」

「……ま、以前より他者を頼るだけマシかの。良かろう……それで?」

「まずは……ここで一つ仕掛けます」


 神羅国全土に魔法を展開。使用するのは《迷宮回廊》……ホタルの記憶はカゲノリ派、カリン派、中立派を問わず、神羅の民全てに見て貰うことにした。

 但し……子供に酷い記憶を見せる訳にはいかないので、その分対象に微調整を加えている。


 神羅国の大地は一瞬輝き、幻覚魔法 《迷宮回廊》を発動。時間にして湯が沸く程の間、神羅の民は悲劇を目の当たりにした筈だ。


「ふぅ……これで良し」

(……ライよ。ここまで力を付けたんじゃな)


 超広範囲魔法展開──これは封印無しのメトラペトラにすら困難な力である。


 カズマサの様な急激な覚醒こそ無いが、それでもライの成長速度は群を抜く。足掻いて、試して、取り込んでを繰り返し、今や正面からライを倒せる者は最上位魔王級くらいだろう。


 ライは既に幾つかの部分ではメトラペトラを凌駕している。しかし、魔法の分野で超えてきたのは魔力量に次いで二度目。


 メトラペトラは、師匠超えを始めたライに感慨深い様子を見せる……。


「ライよ……」

「ん?何ですか、メトラ師匠?」

「調子に乗るな、小童め!」


 メトラペトラの肉球スタンプラッシュ炸裂……当然、痛くない。


「や、柔らかいぃ……?な、何ですか~、いきなり……」


 恍惚のライ。対してメトラペトラには『師として負けられない』……そんな対抗心が燃え上がる。弟子は訳が分からず混乱中……。


「ハッハッハ!スッキリしたわぇ」

「……そ、それは良かった」

「よし。では、改めてどうするんじゃ?」

蘆原あしはら領にある占部うらべという場所へ向かいます。カゲノリの隠れ家の一つがあるみたいなので……」

「それもホタルの記憶かぇ?」

「いえ……サブロウさんからの情報ですよ。元隠密だけあってその手の情報は有しているみたいで、カゲノリのアジトは全て教えてくれました」

「よし。では、今度こそ行くぞよ?」

「了解っす!」


 そしてライとメトラペトラは、いよいよ行動を開始する───。






 

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