御神楽の章
第四部 第四章 第一話 御神楽へ
嘉神領の大空を往く勇者ライ一行は、今後についての話し合いを行っていた。
頭にはメトラペトラを定位置に、腕にはホオズキを抱え飛翔しているライ。その姿は傍目から見れば少々異様だが、高い位置を飛翔しているので地上からは鳥にでも見えていることだろう。
本来、急ぎ向かうべきはライドウの待つ豪独楽領。しかし、今のライには幾つか目的があった。
一つはヤシュロの卵の回収。現在……卵は安全な場所に隠されており、ライが垣間見たヤシュロの記憶では孵化はまだ先と判明している。少し余裕があるのでこちらは後から回収することにしていた。
そしてもう一つはホオズキを送り届けること……。
【御神楽】なる組織──ホオズキの話ではどうやら魔人による集団らしいが得体の知れない相手には違いない。先のことを考えたライは、話し合いで騒動を避ける為【御神楽】へと向かうことにしたのである。
「ホオズキちゃん。【御神楽】ってのは南東の山脈に在るんだよね?」
「はい。このまま行けばすぐに山脈が見えて来ますよ。付近まで行ったら詳しく誘導します」
「わかった……それにしても、師匠も知らないなんて新しい組織なんですかね?ヤシュロの記憶にも無かったし……」
頭上のメトラペトラは少し唸って考える。
「そこが疑問でもあったがのぅ。話を聞く限り、ヤシュロは三百年程前から途方もない情報網を張っていたのじゃろう?それに全く捉えられんというのが引っ掛かるのじゃがな……」
「そうなんですよねぇ……。それに、俺達を監視してた気配もですよ。ヤシュロの監視は薄々感じていたんですが、ホオズキちゃんの監視は最初気付きませんでした。それで勘違いまでしてた訳ですけどね……。そして、ホオズキちゃんと俺達の会話はヤシュロさえも把握していなかった。意味がわからないですよ……」
ライ達を監視していたヤシュロの目がホオズキとの接触を見失っていたこと……ライはそのことに違和感を感じるのである。
「考えられるのは存在特性……もしくは上位神格魔法。どのみち油断は出来ないですよね?」
「うむ。敵対となった場合、そんな力を持った相手なら苦戦するじゃろうからのぅ」
その言葉を聞きホオズキは慌てて敵対を否定した。そもそもホオズキが来訪したのは敵対の回避、ということらしい。
「御神楽はライさん達との争いを望みません。飽くまでディルナーチ大陸の事情に絡んで欲しくないだけです」
「それがまた意味が分からないんだよなぁ……。何でヤシュロは放置していたのに俺達だけ『関与するな』になるのか……」
「そ、それは……ホオズキ、伝言に来ただけですので詳しくはわかりません」
事情も理解せずそれを伝える為だけに五日も陸を駆け回ったホオズキ──やはり不憫に思えてしまうのは気のせいでは無いだろう……。
「ま、行けば分かるでしょう」
「そうじゃの」
結局、いつもの如く行き当りばったりの結論に辿り着く師弟。それがライの勇者道……もはや只の考え無しなのだが、ツッコミを入れる者もいないので止まらない。
そんな道中。ライに抱えられ何処か落ち着かない様子だったホオズキは、ようやく覚悟を決めたらしくライに質問を投げ掛ける。
「ラ、ライさん?………昨日何か見ましたか?」
顔を赤く染めモジモジしているホオズキ。ライは理由に心当りがあったが、敢えて触れないことにした。
「え~?ぼく、わかんな~い?」
「そ、そんな純粋無垢なフリしてもホオズキは騙されませんよ!ライさんからはケダモノの気配がプンプンします」
その言葉で頭上のメトラペトラはプルプルと震えている。ライにはそれが笑いを我慢していると直ぐに判った。
「おい、ニャンコ……そんな誤解は、元はといえば誰のせいかな?」
「ん?ワシのせいだとでも言いたいのかぇ?……………………あれれぇ?確かにワシのせいでした~!テヘッ!」
「くっ……このケダモノ大聖霊め!」
ホオズキを酒で酔わせたメトラペトラ。ライの忠告を無視し飲みまくっていたニャンコは、反省の色が見当たらない……。
ホオズキも魔人なのに酔ったということは、そうとう強い酒を短時間で呑まされたことになる。それもそれで問題だった……。
ともかく、このままケダモノ扱いされるのは嫌なのでとっとと誤解を解くことにした。
「……酷いなぁ、ホオズキちゃん。本当に部屋が暗かったから分からなかったのに。俺、そのまま寝ちゃったし……」
「そ……そうですか。ホ、ホオズキ勘違いしてましたか?……ゴメンなさい」
「うん。でも素直に謝れるホオズキちゃんは偉いね。もうすぐ一人でもお買い物も出来るようになるさ。頑張れ!」
「買い物くらい一人でも出来ますよ!全く……子供じゃないんだから……ブツブツ……」
「飴食べる?」
「頂きます」
「はい、じゃあ口開けて?」
言われるがまま口を開けたホオズキ。ライは自らの口から飴を出して歯に咥えて見せた。
「まさか……その食べかけをホオズキに……?」
「だって取り出せないからさ?はい、あ~ん?」
ライは飴を咥えたままニタリと怪しく笑う。ホオズキの顔は引き攣っていた……。
「イヤァァ!やっぱりライさんはケダモノですぅ~!?」
途端にジタバタと暴れるホオズキ。ライはそれを落とさない様に必死だった。
「ハハハ、ゴメン、ゴメン!冗談だよ。落ち着いデベェ!ちょっ……本当に落ち着いグワッ!落ち……ブグォッ!?」
普段は無意識に力を制御している為にか弱そうに見えるホオズキだが、混乱するとソコソコ怪力が発揮することをライは温泉で体感していた……。
悪ふざけを後悔したが時既に遅し。仮にも魔人の力……手が塞がり抵抗すら出来ないライの顔を徐々に変形させて行く……。
「ホオズキよ。その位にせんと、お主諸共に落下してしまうぞよ?」
メトラペトラに嗜められたホオズキは“ ムフゥ~、ムフゥ~ ”と息を吐いている。
ようやく落ち着きを取り戻すと、ライの惨い姿を見て流石に慌てた……。
「え?……あぁ!ライさんの顔が酷いことに!むぅぅ、一体誰が……」
「残念な子の仕業じゃ」
「……。ホオズキは大人ですから違いますね。じゃあ一体誰が……」
「…………」
ボコボコにされフラフラ飛翔する『ケダモノ勇者』。顔はみるみる回復し元に戻ったが、その顔は実に不満げだった。
「冗談だって言ったのに……酷い……」
「お主……随分回復が速くなったのぅ?」
「そんなトコ感心されても微妙な気分ですよ」
「ま、自業自得じゃな」
ライは思った。今後ホオズキをからかう時は距離を取ることにしよう、と。
これから向かう御神楽が『ホオズキみたいな者達の集まりだったらどうしよう?』と考えつつ南東に飛翔を続けること半刻。視界の先に険しい連山がその姿を現す。
鎖霧山脈──久遠国南東に聳え立つ連山は、一見して緑の少ない岩山に見える。しかしその谷間には豊かな水源が存在し、山々の間には日の当たる僅かな窪地も存在している。
そんな場所にすら人の生活は営まれており、時折見える小さな集落は人の逞しさを感じさせるには充分な光景だった。
「ホオズキちゃん。御神楽もあんな感じの集落なの?」
「いえ。御神楽はもっと不思議な場所ですよ?まだ奥に行かないと辿り着けません」
「奥?これより奥に行くと岩山ばかりで生活する場所無いんじゃないの?」
「大丈夫です。あそこに向かって進んでください」
ホオズキが指差したのは山の合間。長い時を掛け雨水により浸食され生まれたであろう谷間だ。
言われた通り谷に飛翔するライ。そのまま移動し続けると、どこからか霧が発生し始めた。
「これは危ないな。岩にぶつかったら俺や師匠はともかく、ホオズキちゃんが……」
「大丈夫です。このまま真っ直ぐ進んでください」
「本当に大丈夫?迷子になって意地張ってるんじゃ無いよね?」
「迷子になりませんよ!ホオズキは大人です!」
プリプリと怒るホオズキに一抹の不安を感じながらも、ライは指示に従い飛翔を続けた。その途中、微かな耳鳴りと目眩がした為に速度を落としゆっくりと進む。
やがて霧が少しづつ晴れ視界が開けた際……ライは絶句した。
「こ…これは……」
そこは一面、緑溢れる『島』だった……。
島の大地は何段かに分かれ最上の大地から滝が落ちているのが確認できる。流れる水は中層、下層に水場を形成している様子が窺えた。
険しい岩山の先………その信じられない光景。しかし、真に驚くべきはその緑豊かさではない。
その島は宙に浮いているのである。周囲は雲で覆われているが、島の上下に雲は存在していない。故に遥か眼下には海と陸が確認出来た。
「
「ふぅむ……どうやら時空間魔法による転移の様じゃな。先程の耳鳴りと目眩はそのせいかのぅ」
冷静に分析しているメトラペトラは島を丹念に見回している。
「どうやら、この島も空間魔法により空に存在している様じゃな。じゃが、小島ながらもこの規模……一体どうやっておるのかの」
小さな物体ならともかく、自然豊かな島を飛翔させるには莫大な魔力が必要な筈だ。それを可能にする存在などメトラペトラには数える程しか心当たりがない。
「ふぅむ……。神、もしくは大聖霊の手によるものか……。しかし、何時こんなものを創ったのやら分からんわ」
「ま、まぁ、それは御神楽の代表者に聞けば何かわかるんじゃないですかね?」
「そうじゃな。という訳で、ホオズキよ……案内せい」
「わかりました。では、あの最上の大地に向かってください」
様子を窺いながらゆっくり飛翔するライは、無意識ながら感知纏装を拡げていた。だが……。
「師匠……今、感知纏装の一部が突然途切れました」
「なんじゃと?」
「魔力切れの薄れて消える感覚や敵の魔力に掻き消されたのと違って、急に途切れた感じです。これって……」
島を把握しようと拡げた瞬間、突然一部の感知が途切れたのである。これは異常事態と判断したライはその場めがけて飛翔した。
そこは最上層の大地手前。その上空には人影が一つ……。
「師匠……あれ、飛翔魔法ですよね?」
「うむ。しかも、かなりの魔力を感じるのぅ」
「でも、女の人ですよね、アレ?」
対峙するように空に飛翔しているのは藍色の衣装を着けた女性。長い髪を後頭部で団子の様に束ねたその髪には、シンプルな簪が飾られいる。腰に長刀を携え首に布を巻いたその姿は袴姿で
「えぇと……こ、コニチワ!ワタシ ユウシャ!ライ イイマス!ヨロシコ!」
「何でいきなり片言になるんじゃ……?」
「いや……外国人ぽい方が喜ばれると思いまして」
「要らんサービス精神じゃな」
緊張感の無い師弟コンビ。そんな中、声を上げたのはホオズキだった。
「スイレンちゃん!ホオズキ、戻りました!親方に取り次いで下さい!?」
「ホオズキ先輩……ご無事で何よりでした。でも、余計な客人をお連れしたので頭領もお怒りだと思いますよ?」
「で、でも……!」
「話は後です。まずは其方の方々にお話がありますので……」
スイレンと呼ばれた女性は指を下に向け降下を促す。場所は滝から流れる川沿いの少し拓けた場所。辺りに人影はない。
「私は【御神楽】頭領直属剣士、スイレンと申します。あなた方に忠告に向かったホオズキが戻らぬ為、心配していたのですが……これはどういうことですか?」
「はい?どういうこと……とは何を言いたいのかな?」
「あなた方はホオズキ先輩を誑かしたのでしょう?」
厳しい目をライに向けるスイレン。殺気すら籠ったその視線にホオズキは慌てた。
「ち、違いますよ、スイレンちゃん!ホオズキは監視して……」
「ホオズキ先輩は黙っていて下さい!」
厳しく睨目付けられたホオズキはビクリと身を強張らせた。どうやら立場はスイレンの方が強いらしい。
「………話し合う気は無いのかな?」
「そちらが先にホオズキ先輩を誑かしたのです。既に話すことは無いと思いますが?」
「そうか……話聞かないタイプか。どうしますかね、メトラ師匠?」
「本来なら無視なんじゃがな……此奴、態度が気に入らん」
メトラペトラは珍しく腹を立てている様に見える。だが、メトラペトラが本気になったら相手がどうなるか判ったものではない。
ライは何とか仲介し穏便に済ませようとした。
「取り敢えず俺達の事は知ってる訳だな?じゃあ大聖霊の不興を買う危険性も理解してる?」
「さあ。大聖霊か何か知りませんが、ホオズキ先輩を誑かした罪……償って頂きますよ」
スラリと長剣を抜いたスイレン。対するメトラペトラもホオズキの頭の上で体毛を逆立てている。騒ぎの原因たるホオズキは固まったままだ。
「ち、ちょ~っと落ち着こうか?取り敢えず穏便に……」
言葉を遮るかの様にスイレンの斬撃がライに迫る。それを何時もの如く纏装で受け止めようとした瞬間、メトラペトラが叫んだ。
「避けよ!斬られるぞよ!?」
その言葉に一早く反応して躱したライ。だが、その腕には一筋の血が流れていた。
「お、俺の纏装を……斬った?師匠、これが……」
「うむ。それが纏装を斬る技 《天網斬り》じゃ。さて……では、ワシが八つ裂きに……」
「スト~ップ!八つ裂かれちゃ困りますよ。情報足りないんですから!それにホラ……ホオズキちゃん泣いちゃいますよ?」
少し離れた位置で身を強張らせているホオズキは、今にも泣き出しそうだ。
「メトラ師匠はホオズキちゃんに付いていて下さい。あのスイレンとかいう人は俺が相手しますので」
「じゃが、纏装を斬り裂く相手にお主の戦い方は相性が悪かろう?」
「さて。それはやってみないと分かりませんよ?それに折角の纏装を斬る技……観察してみたいんですよ」
どうも頭に血が上り気味のメトラを宥め、ライは短刀をスラリと抜いた。
「さてさて……。アンタに勝ったら大人しく頭領に会わせてくれるかな?」
「危険な者を頭領に会わせる訳にはいきません。お引き取りを」
「やっぱ話聞かない訳ね……?」
互いに対峙しながら隙を窺う。スイレンも間違いなく魔人──飛翔魔法を使用した以上、恐らく纏装も利用出来るだろう。相手が纏装を斬り裂く技を持つという点で、ライが不利になっている可能性もある。
だがライは、スイレンをそれほど脅威と捉えてはいない。その理由は直ぐに判明することになる。
「どうしました?攻めて来ないのですか?」
「お先にどうぞ?俺が先に手を出したら、それこそ『敵が攻め入った』ことになるだろ?俺は穏便にしたいと断言したからね?だから後は正当防衛だ」
「……世迷言を。ホオズキ先輩を誑かした時点であなたは敵です。お覚悟を!」
高速で間合いを詰め剣を振るうスイレン。ライはこれを素早く躱しスイレンの横に移動。長刀を持つスイレンの手を目掛け蹴りを放った。当然ながらそれを回避したスイレンは、長刀を翻しライの蹴り出した足を狙う。
だが、刃が届く前に身体を風車のように回転させスイレンの肩口に蹴りを落とした。
「ぐっ……ちょこまかと……」
「それは悪いね。で、俺が加減してるのはわかってる?本来なら二回死んでるよ、アンタ」
「何を言って……」
言葉の途中でスイレンはそれに気付いた。腰に差した長刀の鞘が無いのだ。そしてそれは、離れて見守るホオズキの足元に転がっていた。
「……いつの間に」
「最初に剣を躱した時にね……。これで一回、今の蹴りで二回。まだやる?」
「わかりました。私も手加減抜きで行きます」
「はぁ~……。じゃあ、俺もやり方を変えようか」
スイレンは身体に雷の魔纏装を纏うと、先程の倍の速さで刃を振るい始めた。その剣は正確にライの急所を狙う。時折フェイントじみた動きを混ぜるスイレンの剣は、何かの流派を学んでいることは明らかだ。
「成る程。確かに自信を見せるだけあるね」
「ふっ……降参してお帰り下されば刃を納めましょう。どうですか?」
「いえいえ、ご冗談を。折角来たんですから茶ぐらい御馳走になってから帰りますよ」
「……どこまでも巫山戯た方ですね、あなたは」
先程からライを掠める刃は尽くライの展開する極薄【黒身套】を斬り裂いている。
(ふぅん……原理は分からないけど、纏装の有無とは関係なく使えるんだ。便利だね)
実はわざと受けてその性能を確かめていたライは、斬り裂かれた傷の回復の遅さに気付く。
(治りが遅い……ってことは何か効果で斬っているのかな?もしくは特性能力みたいに斬撃そのものが『断つ』特性を持っているのか……う~ん、良く分からん)
その後も躱しつつ観察し続けるライには、一つ気付いたことがあった。
「その纏装を斬るヤツ……斬撃は飛ばせないんだな?」
「……………」
「返事がないなら正解と判断するよ。それとその技は纏装……つまり生命力や魔力由来の技じゃない。そこまでは理解した」
離れた位置で見守るメトラペトラは目を見開いていた。
ライの戦う力は確かに高くなった。相手を傷付けずに無力化する力は持ち合わせていることはメトラペトラにも分かる。
しかし、あの観察力と洞察力──。始めにメトラペトラが見抜いたライの力の一端が、随分と飛躍しているのだ。
(複数の分身操作やディルナーチ大陸を把握できる程の意識拡大……その影響かのぅ?それとも仮とはいえクローダーとの契約で魂が強化された故か……?持ち前の集中力もあるのじゃろうが、我が弟子とはいえ末恐ろしいわ)
それは、多くを見捨てず救う意思の元に培われた力であることはメトラペトラにも理解できる。だが冷静に考えれば、既にこの領域に至った『人から生まれた存在』は皆無なのだ。
(此奴なら存在特性に至れるやも知れぬ。ならば何れ【神衣】にも……)
そんなメトラペトラには不安もあった。自らを危険に晒すことを厭わないライは、その想像を超えた事態にすら身を投じるだろう。一番の不安は『親しい誰かが人質になった時』……それは自ら犠牲になっても救う可能性を意味する。
(もし、そんな時はワシが……)
例えライに恨まれようと、ライを生かす意思を持つ者が必要だとメトラペトラは考える。奇しくも契約大聖霊は二体ともそう考えていることをライは知らない。
(まあ、そんな日が来ぬようにせねばならぬのぅ……)
密かにメトラペトラが誓ったのはやはり力を求めること。大聖霊アムルテリア……その存在はライに不可欠と考えた。
(ならば尚更、御神楽の頭領に会う必要が有るか……。本当に、お主は考えている訳でも無かろうに最適を選んでおるのぅ)
それが運の良さかは分からない。だが、ライの行動は目的まで確かに進んでいるのだ。幾分、得体の知れない何かに導かれながら……。
そんなメトラペトラの思考の間にもライとスイレンの戦いは続く。やがてスイレンは疲労の色を見せ始めた。
「お?ようやくお疲れか……。纏装の扱いがまだまだ甘いと思ってたけど、成る程大量の魔力頼りじゃそうなるわな」
対するライは息切れ一つしていない。最小限の纏装、最小限の動き。全ての攻撃を見切りながら躱し続けつつ相手を観察していただけ。一切攻撃を仕掛けていないのである。当然ながら疲労は無い。
これは単純に実力差。戦闘経験、技術、身体能力、魔力、全て自分が上回っていることを一目で看破していたライは、だからこそ余裕だったのである。
「あ、あなたは私を馬鹿にしているのですか!」
「違うよ?アンタの動きから学ぶものもあったから学習したり観察したりと色々ね?それに、ホオズキちゃんだってアンタが傷付くのは悲しむだろ?」
「………。しかし、私はその程度で折れませんよ。どうします?」
「じゃあ、最後の手段を取らせて貰うだけさ。ホイッと!」
スイレンの視界から消えたライは、スイレンを後ろから羽交い締めにした。ご丁寧に手だけでなく足まで纏装を使い拘束している。
「うっ!で、ですが、これではあなたも行動出来ないでしょう?」
「ところがドッコイ、こんなことも可能なんだなぁ」
スイレンの視界の端から現れたのはライ分身体達。これにはスイレンも驚愕した。
「なっ……一体何をするつもりですか!」
「昨日……紅辻で街を見て歩いた際、ワタクシは一冊の本に出会いました。タイトルは『世界拷問史』。これが中々エグい内容でしたが、幾つか使えそうなものを選んでみました。まずは一つ目……」
『分身体・その一』は手をワシャワシャと滑らかに動かしスイレンへと近付いて行く……。その手はスイレンの胸……を避けて脇の下に……。
「それ、コチョコチョ~コ~チョコチョ?」
「……くっ……う……ウフッ……」
「コ~チョコチョッ!コ~チョコチョッ!ヒョヒョヒョ~ウ!」
「ウフッ……アハハ!ハハハハ!や……止め……ヒヒ!」
久々に炸裂したのは、父直伝『コチョコチョ行進曲』。スイレンはそれまでの凛々しい顔を歪め必死に堪えている。
「頭領に会わせてくれる?」
「そ……ハハハハヒッ!認める訳には……アアッ!アア~ハハハハ!」
「そらそら、我慢していると更にこうだぞ?」
分身体その二、その三も加わり足の裏や首筋にも擽りが加わると、遂にスイレンは絶叫した。
「イヤァ!止め……ヒヒヒ!くっ……こ、殺せ!」
まさかのクッコロ発言が飛び出し、分身ライ達は擽りの手を止めた。
一方、スイレンは息を乱しぐったりしている。
「強情だなぁ……。では、拷問其の二だ!」
分身ライ三体が突然光り始めると、変形しながら地面に崩れ落ちた。そこに居たのは……大量の虫と節足動物。スイレンは思わず悲鳴を漏らす。
「虫責めも割りとポピュラーな拷問だそうですよ?精神的に」
「ひっ!や……止めろ!止めてぇ!?」
「おやおや……?先程より抵抗しますねぇ?虫、お嫌いですか?」
「む、ムカデ……ムカデが……」
「おや?ムカデがお嫌いでしたか。じゃあ……今回、特別に増量致しましょう!」
途端に虫達は全てムカデに変化しスイレンに迫る。その足を登り膝に辿り着いた時点で、スイレンはあっさり気絶した。
「あ……やり過ぎちった…」
全ての分身を消し去りスイレンを抱えたライは、メトラペトラの元に向かった。
「エグいのぉ……自主規制ものじゃぞ?」
「自主規制?何です、それ?」
「はて、何じゃったかの?」
謎の言葉『自主規制』に首を傾げる師弟コンビだが、ホオズキの視線は酷く冷たかった。
「なっ!ど、とうしたの、ホオズキちゃん?」
「ライさんはやっぱりケダモノです!」
「いや、だってこうでもしないと頭領に会わせて貰えないし。そうか……ホオズキちゃんは俺が斬られた方が良かったんだ………」
「そ、そんなことは無いです!ホオズキ、ライさんが心配でしたよ?」
ここでメトラペトラがニタリと口を開く。
「ホオズキよ……男は皆、ケダモノなのじゃ。それを抑えるのは女の役目……。わかるな?」
「し、知りませんでした……どうやって抑えれば……」
「それはのぅ?」
ゴニョゴニョと耳打ちするメトラペトラ。途端にホオズキは真っ赤になった。
「一体何を吹き込んだんですか、師匠……」
「ムフフ……それはの?」
その時、混乱したホオズキの拳がライの顎に炸裂する。
「イヤァァ!ケダモノ~!」
「グハァ~ッ!」
ライは宙を舞いながら思った。良いパンチ持ってんじゃねぇか……と。
「ああ!ゴメンナサイ、ライさん!」
「まあ、落ち着けホオズキよ。飴、食べるかぇ?」
「頂きます」
モクモクと飴を舐めるホオズキ。その場には、ただ沈黙があった……。
ライの御神楽到着で起こった事態。対決、拷問、そしてアッパーカット……。ライと御神楽頭領の邂逅は、白目を剥いたライ達が目覚めてからのこととなる。
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