第四部 第三章 第十話 祝杯
戦いを終えたエイル達がレフ族の里に戻った時、既に宴の準備が行われていた。
宴と言ってもささやかなものになる予定だった。
カジームは緑が戻ってまだ間もない。果実などの量も少なく、酒類なども殆ど無かった為である。
しかしながら、折角のトシューラ撃退成功……質素では味気が無いと考えたラジックは、一つの提案を申し出た。
ラジックの提案は単純なもの。エルフトの街で待機している商人ティムに祝勝会の準備協力を願えば、存分な祝いの場になると伝えたのだ。
長老の家に取り付けた魔導具を使用しエルフトの街に移動したラジックは、早速ティムとの相談を始める。
「戦いは終わったんですか?」
エルフト──ラジック邸のテラスで待っていたティムは、その間も仕事の書類を整理していた。
「ああ、終わったよ。シウト国からの援軍も全員怪我はない。それでティム君に頼みがあるんだけど……」
「祝勝会の準備なら済んでますよ?状況から物資が乏しいことは理解していますから、色々持って行ってあげましょう」
「流石は仕事が早いね。それで代金なんだけど……」
「それは俺が負担しますよ。但し、今後カジームとの取引は独占させて貰いますけどね?キエロフ大臣の許可も貰ってますので、あちらの代表と詳しい打ち合わせをしたいんですが大丈夫ですか?」
「大丈夫だよ。レフ族の長老は気さくな方だったから。じゃあ、行こうか」
ティムを連れカジームに戻ったラジックは、魔導具の鍵の一つをティムに手渡す。
「これでティム君はカジームとシウトを自由に行き来できる。鍵はレフ族長老、私、そしてティム君の三つ分しかないから紛失しない様にね。それと、他人が使えないように制限も掛かってるから代理は利用出来ないからね?」
「わかりました。ところで此処は……?」
「長老の家だよ。転移先は物置の扉に設置したんだ」
一番使用しなさそうな扉を転移先に設定したのは、それが転移装置だと気付かれ難くする為である。同様の理由でエルフト側の扉も物置きに設置してあるのだ。
その後ティムは、集会場に赴きながらレフ族に挨拶をして回った。
「ティムさん!お久しぶりです!」
「お久しぶり、フローラちゃん。元気だった?」
「はい。その節はお世話になりました」
「ハハハ……どういたしまして。ところで長老さんは何処だい?挨拶と打ち合わせがしたいんだけど……」
「それなら、あそこでパーシンさんと……」
フローラの指差した先に長老とパーシンが立ち話する姿を確認したティム。フローラに礼を述べると颯爽と長老達に近付いた。
「すみません。貴方が長老さんですか?」
「ん?どちら様かな?」
突然現れた男に首を傾げる長老。しかし、ティムとパーシンが手を上げて挨拶した様子からシウト国の人間とは理解していた様である。
「失礼しました。私は商人……ノートン商会代表、ティム・ノートンと申します。以後お見知りおきを」
「商人……?おお!ラジック殿の言っておられた方か。ようこそレフ族の里へ。歓迎しますぞ」
「感謝致します。私は今後カジームとの取引も任されていますので長いお付き合いになると思います。そこで……今回祝勝会の準備をしたのですが、御迷惑でなければお受け取り頂けますか?」
「それは、かたじけない……ご厚意、有り難くお受け致します」
「それでは今運んで参りますが、場所はここで宜しいですか?」
現在地の集会場は、ただ広く拓けただけの場所。テーブルは無く椅子は切り出した丸太。レフ族は各家からテーブルを持ち合うつもりだった様だ。
「任せていただければ全て用意致しますが、宜しいですか?」
「うぅむ。そこまでして頂くと、また申し訳が無いですな」
「これも友好の為の下準備とお考え下さい。パーシン……じゃなかった。ファーロイト殿、荷物の運搬を手伝って頂けますか?」
「了解。シュレイドさん、イグナース君。あとレフ族の方にもお手伝い願いたいのですが……」
「わかりました。ダグル。何人かを連れてお手伝いをして差し上げなさい」
「わかりました」
長老の家からエルフトへ。そのあまりの容易さにダグル達レフ族はかなり動揺している。魔法起動も時間差も無いのだから当然だろう。限定空間の行き来とはいえ、長老の神具より快適だったのだ。
そんなレフ族を放置しティム達が大量の荷物を運びカジームに戻った際、里中のレフ族が集り興味津々に様子を窺っていた。
「取り敢えずテーブルは折り畳みの物ですが、後にちゃんとしたものを新調させて頂きます。それと、良ければこの場に建物を建てさせて欲しいのですが……。会議だけではなく、何かあれば避難所にも使えるでしょう?」
「そこまでして頂いて何ですが、我々には返せる程の物は無いですぞ?」
「大丈夫ですよ。世界には無駄になるものは無い。例えばレフ族の持つあの鮮やかな色の紐。アレだって十分な商売になります。服も自然から作り出したのでしょう?それにこれだけ豊かな自然ならば、すぐに貴重な薬剤の元も揃う筈。その気になれば何でも糧になるんです」
「何ぶんカジームは孤立が長かったので、良かったらその辺りのご教授も願えますか?」
「勿論ですよ。カジーム国はシウト国の盟友国となりました。ただ過度な開放は国の在り方に影響が出ますので、少しづつ探りながらいきましょう」
ティムは改めて長老に握手を求める。長老リドリーは満面の笑顔で応えた。この姿を見せることで、レフ族は真に友好を結べたと安堵することになったのだ。
「さあ!まずは宴と参りましょう!酒も用意してあります。存分にお楽しみを……。それからこれは私個人からの友好の証──衣類や生活必需品を幾つか用意して来ましたので、皆さんでお分け下さい。もし欲しい物が被った場合、遠慮せず言って頂ければご用意します」
「何から何まで、本当に何と言って良いか……」
「損して得を取れ、なんて言葉がありますから。長い目で見た投資とお考え下さい。それに……アイツはカジームを助ける為にフローラちゃんをシウトに送ったのでしょうから」
「アイツ……とは?」
「ああ。フローラちゃんを救った勇者ライは私の親友なんですよ」
「成る程……つくづく縁がある者ですな、勇者ライという者は」
長老が里を見渡せば、ライに所縁のある者の姿が見える。長老の孫娘フローラ、それに里の子ベリーズとナッツは、ライに救出された者達。救出に来た代表のファーロイト……つまりパーシンも同様と聞いている。シュレイドは知人という程度だが、里を奮起させたオルストは勇者ライが転移させて来た男でもあった。
そしてエイル……。魔人化して暴走し封印された彼女を解放──更に異常を癒すなど、かつての勇者バベルですら成し得なかった所業だ。
「カジーム……レフ族の恩人ですな、勇者ライは」
「意図して行動したかは分かりませんがね?どうせアイツは恩を向けられる事を嫌がりますし」
「ハッハッハ。変わった御仁ですな。いずれ会うのが少し楽しみですじゃ」
「ま、まあ……結構悪ふざけが好きな奴ですので、あまり期待しないことをお勧めしますよ」
そんな会話の間にも宴の準備は進み、いざ長老の音頭となる。レフ族の里の者、シウト国の援軍、その全てに杯が行き渡り、皆が長老の言葉を待っていた。
「先ずは全員の無事を喜びたいと思う。これもシウト国の援軍あってこそ。シウト国、そしてその援軍の皆様には心よりの感謝を」
長老はパーシン達に向け深々と頭を下げ、レフ族の者達がそれに続く。パーシンは遠慮気味に頭を下げ応えた。
「今回支援させて頂いたシウトは今後とも協力を惜しみません。だからどうか、遠慮など為さらずお付き合い頂ければと思っています」
「ありがとう、ファーロイト殿。我が国カジームにはまだ課題は残るが、我々の永き苦境を脱する第一歩が今日だと私は考えている。その祝いの場を設けて頂いたティム殿にも感謝を」
「いえいえ。これも商売……金銭より価値あるものも御座いますればこそ、私もこうして足を運んだ次第。皆様もどうかご贔屓にして頂ければ私もウハウハでございます」
軽い笑いが起こり場が和んだところで長老は杯を掲げた。
「まぁ何はともあれ我々には久方振りの宴──皆、存分に楽しませて頂こう!乾杯!」
その祝杯はレフ族にとって夢の様だった……。
贅沢など到底出来る環境ではなかったカジーム。見渡す限りの荒野の中から森を取り戻す為に、皆が必死だった……。
頼れる相手も無く里のために物資を求めた者達……彼らが国外で行方不明になったことを思えば、この祝いの場は真の喜びでは無いのかも知れない。
だが……明るい兆しであることもまた事実。それら全てはフローラが戻ってから……つまりシウト国との繋がりが生まれてから一気に好転を始めたのだ。
今だけはそれを喜んでもバチは当たらないだろうと長老は穏やかに笑顔を浮かべていた。
やがて、シウト国の援軍達がレフ族に囲まれ語り合う姿が確認される。そんな中……ティムはレフ族への土産を並べ、祝いの品として手渡していた。
結局宴は夜遅くまで続き、その日シウト国からの援軍はカジーム国に滞在することとなる。
女性陣はそれぞれ誘いを受けたレフ族の家へ。男達もまだ呑み足りぬと各家に連れて行かれた様だ。
そんな中……。長老の家では、酒を交えつつも真剣な話し合いの場を設けていた。各分野で重要な役割を持つ者達の顔が並んでいる。
「ふむ。今日で無くてはなりませんかな?」
少し顔の赤い長老。微酔いで抑えたのは長老という立場故か……。
長老の家に集ったのはパーシン、ティム、エイル、オルスト、そしてラジック。フローラは今日は両親の家に戻っている。
「出来るだけ早く話をせねばと思いまして……。折角の気分を害してしまう恐れはありますが、是非聞いて頂きたいことがあるのです」
真剣な表情のパーシン。対して長老は穏やかな笑顔を浮かべて頷いている。
「貴方の血筋のことなのでしょうな、ファーロイト殿。いや、パーシン・ドリス・トシューラ殿とお呼びすれば良いですかな?」
「やはりご存知でしたか……」
「フローラから聞いていましたからな。しかし、貴方が気に病むことは無いと思いますが……」
「いいえ。私は間違いなくトシューラの王族の血を継ぐ者。その罪は消えません。謝罪で赦されることではありませんが、まずはこの通り……」
椅子から降りたパーシンは土下座し、頭を床に擦り付けた。
「パーシン殿!その様な真似は……!」
「私は今、ファーロイト・ティアジストとしての人生を用意して貰いました。ですが、それでは駄目なのです。トシューラの罪は王族の罪。その血が私から消えることは無い」
「………………」
「この命を以てして贖うにしても、私はライとの約束がある為に死ねません。ならば……生きて償う方法を探さねばならないのに思い付かないのです。長老殿……何か出来ることはありませんか?」
「……頭を上げられよ、パーシン殿。我々はトシューラの在り方を憎んではいない。大体、貴方自身は一度としてカジームを襲ったことは無いでしょう?ずっと胸を痛めていた筈だ」
その言葉で顔を上げたパーシン。長老は近付きパーシンの手を取ると、そのまま引き上げて立たせた。
「我々が怖いのは人の心。トシューラの国が侵略で永く憎まれるならば、カジームもまた同様に憎まれるべき国なのですよ」
「そんなことは無い筈です!カジームは被害者でしか無いじゃないですか!」
長老はゆっくりと頭を振ると目を閉じながら語る。
「カジームは魔法王国の子孫──。かつて世界全土を一度手中にした王国は、当然ながらその力で侵略を繰り返した筈。それは貴殿方の先祖だったかも知れません。当時は侵略だけでなく奴隷制度もあったのです。世界中から恨まれて然るべき血筋なのですよ、レフ族は」
「そんなことはない!レフ族は自然を愛し生き物を愛し、争いを拒んだ国ではないですか!少なくとも今の貴殿方には何の罪もない!私が断言します!」
「それと同じですよ。貴方には罪は無い。少なくとも、今の貴方は我々を救う為尽力してくれたではありませんか……。パーシン殿。罪とは結局、血ではないのです。血を恨むという考えでは、きっと世界に怨嗟の循環を生んでしまう。私はその方が遥かに恐ろしい」
黙って聞いていたオルストはボンヤリと部屋の灯りを眺めていた。魔石の仄かな灯りが自分の心の闇を照らし出す……そんな有り得ない不安が過る。
「大切なのは信頼を手放さないこと。レフ族はシウト国に救われた。シウト国は我々を友と見てくれた。きっと世界中がそうなれば争いなど消えるでしょう。しかし、それが難しい。だから……」
「信頼を手放さない……確かにそうかも知れませんね。……私は改めて誓います。私はカジームを裏切ることはしない。この身に代えても必ず救うと」
「では、我々も誓いましょう。我らが友、パーシン……ファーロイト殿を決して裏切らぬと。共に未来に歩むと」
「ありがとう……ございます」
パーシンは何度も礼を繰り返し涙した。ティムがその肩を叩き励ましつつ椅子に座らせる姿を、長老は微笑み見守る。
それをずっと眺めていたエイルだったのだが、突然声を上げティムを指差した。
「あぁ~っ!思い出した!お前、空に飛んでった奴だな?」
突然訳の分からない指摘をされティムは戸惑った……。記憶を探るが、そもそもレフ族と面識があれば気付かない訳も無い。
「も、申し訳ありませんが、貴女とは初対面の筈ですが……?」
「いや、悪い悪い。ライと戦った時に、お前の姿をした分身が空の彼方に消えたのを思い出したんだ」
「………。それ、どんな状況です?」
エイルはその時のことを出来る限り詳細に語った。途端、ティムはテーブルに頭を打ち付けた。
「あんにゃろう……人の姿で何やってんだよ……」
毎度のことながら予想を上回る漢、ライ。泣いていたパーシンはすっかり残念そうな視線をティムに向けている。
「まあ、アタシはライのお陰で正気に戻れたからな」
「貴女は一体……」
「自己紹介がまだだったっけ?アタシはエイル・バニンズ。三百年前の魔王だ」
「……………」
「お、おいティム!しっかりしろ!!」
突然の魔王出現。白目を剥いたティムの反応は至極正常に思える。しかし、そこはライの親友……直ぐ様意識を取り戻し笑顔で握手を求めた。
「伝説の魔王様に会えて光栄です。私はティム・ノートン。ライの親友です」
「親友かぁ……アタシはライの女だ。今後ともよろしくな?」
「ほほぅ?ここだけの話、アイツは押しに弱いですからグイグイ行った方が良いですよ?」
「なるほど……わかった。今後とも助言頼むぜ、ティム」
「ククク……なぁに、御安い御用ですよ、エイルさん」
悪い顔を浮かべる魔王と商人。すっかり意気投合している……。
その姿を見たパーシンは冷静になり、溜め息を吐きながら心でライに語り掛けた。
(ライ、済まん。帰ってきたら大変だろうけど、頑張ってくれ……)
エイルはこの調子で【ライの女】を吹聴して歩くだろう。ティムは面白半分でやっているのだろうが、この状況は間違いなくライに災難が降り掛かるパターンだ。
幸運の筈の勇者ライ。祖国に待つのは修羅場である……。
魔王と商人がライについて語り合う……そんな流れの中、パーシンに語り掛けて来たのはオルストだった。
「よう、パーシン王子。まさかシウト国のお偉方になってるとはな」
「オルスト……。今はファーロイト・ティアジストと名乗らせて貰ってるよ。……お前、カジームに居たんだな」
「あの野郎に転移された先が此処だったのさ。ま、お陰で色々計画が捗った。その意味では野郎には感謝してるぜ?」
「計画……?まさかトシューラの計画じゃないだろうな……?」
オルストを睨むパーシン。だが、オルストはその威圧をあっさりと受け流す。
「俺の計画だ。テメェに言っとくぜ?ついでにジジィも聞いとけ……俺は今日、トシューラ第一王子をこの手で殺した」
突然の告白に驚いたのは長老だ。パーシンは思ったほど驚愕していない様である。
「そ、それは真かオルストよ?」
「ああ……嘘じゃねぇ。これは俺のケジメの一つ。俺の本名はスルト・バイルフライマだ。ま、今後もオルストで通すつもりだがな」
「バイルフライマ……十五年前にトシューラに侵略され地図から消えた国。お主はそこの王族じゃったか……」
「そうだ。俺の家族を嬲り物にしたリーアは散々苦しめて殺した。わかったか、パーシン王子よ?」
「そうか……それも多分、自業自得なんだろうな」
ほんの少しだけ眉間に眉を寄せたパーシンだが、これといって悲しんでいる様子はない。
「おいおい……随分冷てぇな、テメェ?兄弟の死も悲しまねぇとか、やっぱりトシューラ王族は人でなしか?」
「……俺はトシューラ王族だけど、兄弟達は半分しか血の繋がりがないんだよ。それに……俺はあの王族の中での家族は末の妹達だけだと思っている。残りは皆、家族なんて言える相手じゃなかったよ」
「………。どういうことだ、そりゃあ?」
パーシンは静かにトシューラ王族の内情を語り始めた。
パーシンの父──先代トシューラ王ザラデールは、その血筋に漏れず強欲で傲慢な男だった。
最初の妃こそトシューラの貴族だったが、ザラデールは侵略した国を完全に取り込む為侵略した国の姫を次々に妻に迎えて行った。最終的な妻の数は六人───。
最初の王妃には二人の子、リーアとアリアヴィータ。二人目の王妃にはディーヴァイン。三人目の王妃にはパーシン。四人目の王妃にはルルクシア。五人目の王妃にはサティアとプルティアが生まれた。
「おい。六人目が居ねぇぞ?」
「身籠った時点で謀殺された……。毒薬を飲まされて」
六人目の王妃は特にザラデールに気に入られていたが、身籠った時点で王妃達の嫉妬の対象になった。
「今のトシューラ女王は第四王妃、パイスベル。そうだろ、パーシン?」
「ああ……そうだ」
話に加わったティム。商人組合の歴史書には各国王家の情報も含まれている。トシューラと敵対関係が確立した時点で、ティムはあらゆる情報を読み漁っていた。
「父王は王位継承を兄妹同士の争いで決めさせるつもりだった。しかし、パイスベルはその父王を暗殺した」
「なっ!おいおい……何だ、そりゃあ?」
「力による支配。暗殺謀殺が日常、それがトシューラ王族なんだ。俺は一度だって城の中の物を無防備に口に運んだことはなかったよ。母上からそう学んだからな」
王の空席は王妃達の争いに発展。そして瞬く間に第一王妃と第二王妃は毒殺……。第五王妃は裏切り者の疑いを掛けられ処刑された。そして……。
「俺の母上は城から身を投げた……ことになっている。だが、実際はパイスベルに殺されたんだ。手紙が遺されていたよ」
書かれていたのは、『王が死んだのだから方針を変更し、全ての子供達の助命を』と懇願に向かうとのこと。そして自分が死んだ場合、パーシンは何としても生き抜いて欲しいとの願いだった……。
「俺は弱いからな……でも、母上の願いもあって必死に生き抜いた。兄妹は皆、トシューラ王族そのものの残酷な人間だったよ。だけど、俺の母上は優しい人で争いを避けたがっていた。常々『機会が出来たら一人でも逃げなさい』と言われてたんだ。結局、母上の死後逃げる前に捕まって強制労働に送られたけど……」
長老はパーシンの身の上に悲痛な表情を浮かべる。
身内同士の争い……しかも伏魔殿染みたトシューラ王城。パーシンには気の休まる時は殆ど無かっただろう。
「………末の妹達と言うのは?」
「本当に小さい時に第五王妃が殺されたから、詳しい事情は何も知らないんだ。だから、とてもいい子達だよ。そのままでいて欲しいと俺は思ってる」
「それじゃ暗殺されちまうじゃねぇか!アタシが連れて来てやろうか?」
憤慨したエイルが助力を申し出るが、パーシンは首を振った。
「気持ちは有り難いですが今は居場所がわかりません。それに、下手に騒ぐと逆に妹達が危険になる。騒ぎがなければトシューラにとって末の妹達は価値があるので安全なのです。先祖返りで高い魔力……それともう一つ……」
パーシンが妹達に教えた技法……それは心を隠す術。
「操り人形の様に振る舞う術を教えていますから、トシューラ王族には便利な道具に見えるでしょう。だけど、あの子達の心にもいつかは限界が来る。その前に救いに行きたい……」
凄まじいトシューラの王位継承……。オルストは舌打ちして顔を背けた。
(チッ……コイツも別の生き地獄に居た訳か)
オルストは仏頂面を崩さずに溜め息を吐く。
「話はわかった。だが、俺はやはりトシューラを赦せねぇ。末の双子以外は殺して構わねぇよな?ファーロイトさんよ?」
「オルスト……ありがとう」
「礼を言われる筋合いは無ぇよ。俺の仇はリーア、アリアヴィータ、パイスベル、それとバイルフライマ侵略に絡んだその他諸々だ。そういや、ディーヴァインは死んだって聞いてるぜ?」
「魔の海域での失策で責任を取らされたとは情報があったけど、本当なのか?」
パーシンの問いに答えたのはティムである。
「死体は誰も見ていないけど、王家の墓に向かったきり森の外に出てこないそうだ。死んだと考えた方が筋が通る」
「そうか……。だがトシューラで一番恐ろしいのは妹、ルルクシアだ。あの子は……何かがおかしい。恐らく王位を継ぐのはルルクシア。それも間も無くかも知れない」
「パイスベルはまだそんな年齢じゃないだろ……!まさか?」
「実の親でも平気で殺すよ、あの子は……」
それ以上パーシンは何も言わなかった。余りに異常なトシューラという国に一同は不快な表情を浮かべ沈黙する。
だが、そんな空気をぶち壊す男がそこにいた。
「ま、今出来ることはカジームを強くすることでしょう。それが後にトシューラに対する抑止力にもなる。という訳でその神具見せて下さい、オルストさん?」
「は?何だ、テメェ!いきなり何言ってやが」
「おお……これは見事な……むむ?消費が激しいでしょう、この籠手?」
「な、何で判る?……テメェ、何モンだ?」
「私の名はラジック・ラング。その籠手、改良して差し上げますよ?」
「マジかよ……本当に出来んのか?」
「フフフ……私なら可能です!代わりにその槍も見せて頂ければですが?」
胸を張りふんぞり返るラジック。それを胡散臭げに見ていたオルストは、パーシンに視線を向けた。
「だ、大丈夫なのかよ、コイツは?」
「天才ではあるんだ……天才では。だけどなぁ……」
深い溜め息を吐くパーシン。良く見ればティムも同じ様に溜め息を吐いている。
「お……おい。何とか言えよ、テメェら!」
「さあ!私に任せなさい!ん?エイルさんのその服も神具では?……お……おお…ぬ、脱いで?……さあ、脱いでソレを私に!」
「なあ、ティム……殴って良いか?」
「どうぞお願いします」
その後エイルに殴られ奇声を上げたラジックはそのまま『お寝んね』となり、白けた全員が就寝と相成った。
翌朝……。しつこく食い下がるラジックに根負けしたオルストは、神具の一時貸与を容認する。
あのオルストを根負けさせたことで、レフ族内でのラジックの評価が高くなったのは余談である。
因みにエイルに関しては、敵から回収した『移動式魔導砲台』と『大型魔導鎧』を譲渡し難を逃れた様だ。
そして……。
「皆さん。是非また来てください。今度はちゃんと歓迎しますから」
「ありがとうございます。是非に……」
それぞれ別れを惜しみながら長老の家の扉でシウトへ向かうパーシン達。再会を約束し扉を潜っていった。
但し、ティムとラジックはこのまま滞在となる。
里の物資や結界に関する打ち合わせ、長老からの神格魔法の伝授。更に魔導具の解析などやることは山積みなのだ。
「お前は行かないのかよ、オルスト?」
「は?何言ってんだ、魔王?言ったろ?カジームは都合が良いって」
「そうかよ。なら好きにしな」
「ああ、勝手にやらせて貰うぜ?」
今やオルストにとって大事な場所になったカジーム国。最も重要な復讐を果たしたオルストには、口にはしないがそれを改めて感じていた。
一方のエイルは決意した。一段落したらライの両親に会いに行こう、と。きっとフェンリーヴ家は、男であるロイが益々過ごし辛い場所になることだろう。
「エイルさん。ちょっと面白い考えがあるんですが、乗ります?」
「ティムか……面白い話って何だ?」
「少々お耳を……」
長老にも内緒で何やら悪巧みを始めたティムとエイル……。
この会話がカジーム国を更なる安泰に導くことになるのだが、レフ族でそれに気付く者はまだいない。
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