第七部 第四章 第十三話 大聖霊体


 ベルフラガが存在特性を使用できることは理解した。しかし、存在特性の厄介なところは正確に看破しないと対応を誤ることにある。


 ライは《思考加速》を用いてあらゆる可能性を探り始めた。



 トゥルクにて対峙した闘神の眷族デミオスは、【誘導】の存在特性を使用した。ライはその本質を理解するまでに苦戦を強いられたことは記憶に新しい。

 存在特性は使い方によっては魔法や纏装よりも厄介なのである。


 現在持ち得る情報は、ベルフラガの魔法が接触の寸前で属性変化したこと。ここから推察できるベルフラガの存在特性は数種──。


 一つはライの情報認識を直接乱す【偽装】……だが、それならば竜鱗装甲アトラが直ぐに気付く筈……。次に可能性があるのはそのまま【属性変化】。他の可能性としては魔法式の情報そのものを書き換える【改変】、または別空間に保持した魔法と入れ換える【異空間操作】系統……。


 判断するには情報がまだ足りない。


 【空間】系の存在特性である場合、汎用性の広さがある。情報の書き換えである【改変】も同様だ。

 そうなった場合、魔法だけに注意を払えばいいという訳ではない。


 そして更に残された不安となるのは、ベルフラガ最後の切り札──。


 現時点での多彩さをかんがみれば、最後の切り札が小細工になるとは思えない。恐らく窮地を一気に逆転させるもの……しかし、その切り札の想像が付かないのだ。


(まさか……神衣かむいか?)


 ベルフラガ……いや、ベリドは一度バベルの【神衣】をその身で受けている。何らかの手掛かりを掴み神衣に到達していないとは限らない。

 考えすぎの可能性もある。が、ベルフラガの力は得体が知れなさ過ぎるのだ。


(………。禊になってやるとか大口を叩きすぎたかな)


 現状、ベルフラガはライの言葉に従っている様なものだ。今まで見せた力だけでももっと狡猾に立ち回れば、ライはより危機に陥っていただろう。


 そんなライの僅かな後悔を相棒たる竜鱗装甲がアトラが打ち消した。


『あの者は主の言葉により希望を見出だしたのです。故に正面から誠意で応えた……それは主の望む未来に繋がるでしょう』

(アトラ……)

『私は主の選択を信じます』

(……ありがとう、アトラ)


 頼れる相棒が信じてくれる。ならば、ライが迷う必要はない。そもそも相手は伝説の魔導師……楽に勝てるなど烏滸おこがましいというもの。


(アトラ。俺はベルフラガを抑えるから解析に専念してくれ)

『わかりました』

(さて……。何処まで身体が持つか……これは丁度良い試しの場かもな)


 デミオスとの戦いでは、神衣に目覚めたこともあり本格的な限界に至ることはなかった。本当の限界を知るには強敵との戦いでなければ意味がない。

 今、この戦いこそがその時……乗り越えればベルフラガという大きな力を味方に付けることもできる。


 ここでライは我が身を庇う自制を解いた。ベルフラガに応えるにはそれに相応しい覚悟が必要だったのだ。


「行きますよ!」


 ベルフラガの攻撃。今度は神具・『回天万華鏡』にて自らを転写し魔法と接近戦に振り分けライへと迫る。


(デミオス。アンタの術を借りるよ)


 それに対しライは高速詠唱。小鳥型の『火の鳥』と『黒鳥』を魔法にて生み出す。


 神格魔法・《焔鳥ほむらどり》と《闇鳥やみどり》──計二千もの赤と黒の群れがベルフラガへと向かう。

 ライの間近に転移していたベルフラガの分身達は焼かれ、腐蝕し、徐々にベルフラガ本体の居た方角へと向かう。


「自動追跡に転移まで……良く考えられた神格魔法ですね。ならば……」


 《焔鳥》と《闇鳥》は突然動きを鈍らせベルフラガの周囲を飛び交うと、一斉にライに向かって飛翔。転移により間を詰められ包囲された。


「くっ!俺の魔法が……!」


 ライの魔法はライ自身へと牙を剥く。が……これは想定の範囲。ライは消滅神格魔法・《崩壊放射光》を発動。

 ライを中心に放たれる幾万の光線が《焔鳥》と《闇鳥》を打ち消した。


「流石に吸収はしませんでしたね……」

「全く……本当にやりづらいな、アンタは」

「それはどうも」


 かつてのデミオスはライに対して同様のことを思ったことだろう。次々に新たな手を使い、分身まで行う。接近戦まで熟す相手……得体の知れない相手とはこうも対峙が難しいのだ。


 だが……ライはそれでも少しづつ相手の力を見極めて行く。


(今ので空間系の存在特性である可能性は消えた。……というより、ほぼ【情報】系統なのは確定かな)

『はい。今のは主の魔法への介入に間違いありません』


 一応、サザンシスの長エルグランの存在特性【簒奪さんだつ】に近い能力の可能性もある。【強奪】【強制操作】【支配】……しかし、アトラの解析によりライの魔法式に何らかの情報介入があったことが判明。


 ただ……疑問もある。


(情報介入にしても二千の鳥に瞬時に干渉できるもんなのか?)

『魔法式全てに干渉したとなれば領域型の情報変化の可能性があります。しかし、先の魔法は主に接触する寸前での変化。恐らくはあの神具の力……』

(存在特性の効果まで転写できるのかよ……。つくづくトンデモない神具だな、アレは)

『アレも神の遺産の部類なのではないでしょうか?』

(……。なぁ、アトラ?ここに来て随分とバベルの遺産やら神の遺産やらが増えてきた気がするんだが……)

『ロウド世界が闘神に抗おうとしているのかもしれません。或いは主の幸運に由るものか……』


 神具・回天万華鏡──恐らくベルフラガの戦いの核となっているそれは、歴代の神が遺した事象神具。

 ベルフラガがそれを所有していたのは幸運か、それとも不運かはこれから判ること……。


(情報系統の存在特性は具体的にどんな感じかわからないな。魔法式は自分も他人も関係なく書き換えられるみたいだけど……)

『こればかりは探りながら戦うしかないのでは?』

(………確かにね)


 ライの心配はどこまでを情報と扱えるのかというもの。魔法式はともかく物質の構成までも情報として扱われるとなれば、《物質変換》さえ可能となる。それどころか肉体を変質させる脅威となることも視野に入れねばならない。

 幸いライは大聖霊契約者であるので本質的な肉体変化は起こらないだろうが、竜鱗装甲であるアトラや愛刀の小太刀『頼正』を失う訳には行かない。


 しかし、アトラの言う通りベルフラガの能力は戦いながら探るしかない。そうなると対策が必要になる。


(アトラ。俺との同調を限界まで高めてくれ)

『それは……主の負担が……』

(構わない。もしベルフラガが魔法式以外の情報まで変えられる場合、アトラの存在が書き換えられる可能性がある。でも、同調を高めて同化に近くなれば俺の存在特性【幸運】で防げる……違うか?)

『しかし………』

(俺はお前を失う訳にはいかないんだよ。大事な相棒だからね……)

『………。わかりました』


 装備を惜しむなど戦う者にとっては愚行かもしれない。しかし、アトラはライにとって己の一部のようなもの。同様に愛刀頼正にも幾つもの想いが込められているのだ。


 頼正は《天網斬り》を展開すれば干渉を防げる筈。しかし、アトラを強化するには完全同期するのが最適。


 無論、それによる利点・不利点が存在する。


 ライとアトラの境目が限界まで取り払われることは融合に近い。形態としては力の勇者ルーヴェストの行った【竜血化】と同じになる。

 当然ながらアトラの力をライに宿すこととなり、半精霊・精霊の域を超え大聖霊に至る。同時にアトラはライの力の一部が刻まれ更なる成長に至る可能性がある。


 しかし……ライの身体は既に限界。それを行えば現在の身体に宿る魔力にアトラの魔力が加わり世界最大の魔力の器となるだろう。だが、それはライの限界を無理矢理引き上げることに他ならない。

 故にアトラは引き止めた。ライが闘神との最終決戦の切り札として考えていた『強制大聖霊化』──今、それを行えばこの先闘神との戦い以前に崩壊が待つと思われたからだ。


 それでもアトラは主の決意に迷う。同期によりそれを理解しているライはそれでも我を通した。アトラは……主を信じることしかできない。



 そうして始まったアトラとの完全同期──いや、同化はライを変貌させて行く。それはかつてライが対峙した魔王アムドの能力解放状態に近い形状。

 黒き竜の鱗を纏う魔神と形容するのが相応しいその背には皮膜の翼がある。手の指は竜の爪の如く鋭い。


 顔は殆ど変わらないが幾筋かの硬質な鱗があり、その口には牙が僅かに伸びている。そして瞳は金の竜眼──その変化は一瞬にして行われた。


「…………」


 流石のベルフラガもこれには息を飲んだ。世界を揺るがす様な魔力の波……真なる大聖霊の領域は人の身には余る存在。


「まるで魔神ですね……そして、あなたの心とはまるで違う恐ろしい姿です」

「そんなことはないさ。……。先に言っておくよ、ベルフラガ……この状態の俺には存在特性は効かない。それと、今からはアンタに介入される魔法も使わない」

「……。つまり、最後の切り札を切れ……そう言いたいのですね?」

「まぁ、この力はそう長く持たないと思うから時間一杯まで粘れば自動的にアンタの勝ちになる。そうするなら……」

「冗談ではありませんよ、ライ・フェンリーヴ……。これは私の禊なのでしょう?ならば、そんなものは恥でしかありません」

「……そっか」


 ニコリと笑うライに同じ様に笑顔で返すベルフラガ。


「しかし……私の最後の切り札はやはり魔法なのですよ。私は魔術師にして魔導師──それは変わらない。あなたが勇者である様にね」

「良いんじゃないか、それでも。信念があるなら……その力を出し切ってみるのが男だからな」

「そうですね。では……見事これを超えて下さい。私はあなたにそうして貰いたい」


 ベルフラガが半精霊体で展開している背後の魔石は小さくなりその額に宿る。同時に、帯状の布は全てベルフラガに巻き付いた。

 結果、ベルフラガは白き衣を纏う精霊体となる。確かに魔法にのみ絞るのならば半精霊体よりも強力な力が行使できる。


 しかし……驚くべきはそこではない。精霊体のその手の中には神具・回天万華鏡が腕輪の様に固定されているのだ。


「それは……」

「……こうすることで神具と同期出来るのですよ。あなたの鎧と同じです。そして……」


 ベルフラガが展開した魔法は七種の魔法陣。それぞれの魔法陣から七体の輝く龍が出現……。


「この力は恐らくあなたにも届く。さぁ……行きますよ!」


 放たれたベルフラガの最後の切り札──それは……。


「ま、まさか……波動魔法!?」


 神衣を纏った相手にすら届く世界最強の魔法──波動魔法。神の眷族デミオスさえ苦しめた魔法をベルフラガが使用している。この事実にライは……笑うしかなかった。


「ハッハッハ!アンタ……手を抜いてたのか?」

「いいえ。これを使うと非常に疲労するのですよ。何せ使用したのは数える程度です」

「………?」

「破壊者とやらにやられた後、感覚を掴んで【創生魔法】で試しました。だから私は死なずに済んだのですよ」

「……これだから天才は」

「必死でしたからね……私は死ぬわけにはいかなかった。でも、だからこそ手に入れた神域の魔法」


 ベルフラガ最後の切り札……対するは限定大聖霊体。この二人の決着は闘神との戦いへの備えに繋がるだろう。


 その結末や如何に───。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る