第七部 第四章 第十二話 男の戦い


 ライの斬撃を受け止めたベルフラガ。その手に握られているのは一本の長剣──。


 それが通常の剣で無いことは明らかだった。


「竜鱗剣……しかも覇竜王の鱗の……」

「本当に博識ですね、あなたは……。そうです。これは覇竜王の鱗から造り出された神具剣……名を『怠惰の剣』──」

「怠惰って……また随分な名前だな……」

「名の由来は直ぐに分かりますよ」


 ライの刀をかち上げるように弾いたベルフラガは、流れるような体捌きで距離を空けた……かと思えば再び接近、鋭い連続突きを放つ。


 それは達人の動き──魔術師の様に防御や回避優先ではなく、明らかに武術に長けた者が持ち得る熟練の技。


「くっ……!」

「フフ……どうしました?」

「ちょっと驚いただけだ……よっ!」


 素早く回避した後、二、三度斬り結んだライは自らの剣技を以て対応。しかし、ベルフラガは迫る華月神鳴流の技を見事に捌いて見せた。

 ならばとライは続けて技を仕掛けるも、ベルフラガは二体に分身。一方は剣でライに迫り、一方は魔法を展開。


 だが今度は難なく対応し、魔法を斬り伏せ剣を止めた。


 ところが……ベルフラガの本体は分身を死角に利用し転移していた。

 それは魔術師の距離──ベルフラガは詠唱し終えた魔法を放つ。


 迫る黒針……更に同時に神具【流転万華鏡】が発動し、多数転写された《黒蝕針》が黒い雨の如く降り注ぐ。


 ライは堪らず半精霊化を展開。精霊刀を回転させ全てを凪ぎ払った。


(クソッ……!やり辛ぇ!魔法と剣の切り替えが巧い。それに……)


 先程の剣技は明らかに魔術師としての技量ではない。剣士としての研鑽が無ければ有り得ぬ動きなのだ。


 伝説とまで言われた魔術師ベルフラガ・ベルザー……対峙すると奥の手を幾つも隠し持っていることが分かる。しかも、捉えどころがない。


「流石です。半精霊化の力……その力の結合は大聖霊契約者ならではのものですね?」

「ああ……。言ったろ?寄せ集めだって」

「ですが、その姿……『あなたの力』は何処にありますか?」

「ん?何を……」

「本来、半精霊化の力は自らの内にある心象や力の根源が投影される筈なのですよ。まぁ、半精霊化できる者自体非常に稀なので知らないかも知れませんが」


 ベルフラガは魔獣とそれを縛る鎖、リーファムは炎、マリアンヌは金属、そしてマーナとルーヴェストは竜──しかし、ライの半精霊化は大聖霊の力……。


 実のところ僅かにライの心象も混じってはいる。瞳の竜化がそれなのだが、飽くまで一部で前面には出ていない。

 即ち、ライの半精霊化はその言葉通り『大聖霊の力の集合体』なのである。


「……悪いけど、意味が分からん!」

「……。自覚が無いのですね。それがどうだと言う訳ではありません。少し違和感を感じただけですよ。半精霊化の形状はその時の精神で変化しますので」

「じゃあ、アンタの中の魔獣が浄化されたらやっぱり変わるのか?」

「恐らくは……。しかし、それは不可能でしょうね」

「ソイツはやってみないと分からないぜ?」


 今度はライが分身を展開しベルフラガへと迫る。ベルフラガもそれに合せ分身を転写……乱戦になった。


 しかし、ライは本体を見抜いている。チャクラの《千里眼》による本物の特定を行い一気に詰め寄ると剣技を放つ。


 【華月神鳴流・《三陽花》の一、《菊花》】


 菊花の花弁を模した様な連続多角突きによる行動牽制。ベルフラガは反射的にそれらを弾じこうとするも逆に押し込められる。数歩下り今度は斬撃へと切り替えたが既にライの姿はない。

 次の瞬間、ベルフラガは腕を掴まれ足を掬われる。一瞬宙に浮いたベルフラガの腹部にライの小太刀の柄頭が垂直に振り落とされた。


 【華月神鳴流・鋲鎚びょうつい


 ベルフラガは黒身套を展開していたが、同じ黒身套ならば武に長けたライの技が上回る。小太刀の柄頭は鳩尾に食い込んだ。 


「グハッ!」


 そのまま叩き落とされ大地に押え込まれた状態になったベルフラガは転移魔法による回避を選択するも、ライが素早く魔力吸収にて阻害。

 更に畳み掛けるように剣を持つ手を足で踏みつけ、聖獣召喚を行った。


 喚び出したのは聖獣・火鳳セイエン。ベルフラガはライ諸共に《浄化の炎》に包まれ激しく燃え上がる。


「グゥゥゥゥ━━━━ッ!」

「一つめの禊だ!浄化の苦しみに耐えてみせろ、ベルフラガ!」


 火鳳セイエンは既に最上位聖獣へと変化している。更に半精霊化状態で直接喚び出したことも加わり、その《浄化の炎》の効果は以前の比ではない。

 それでも……ベルフラガは中々浄化されない。神具を発動し更に分身を生み出そうとするのだが、ライはその全てを自らの分身で潰して行く。


 やがてベルフラガの分身が全て消え去る頃、《浄化の炎》は役割を終え消失した。


「セイエン、ありがとうな。戻ってくれ」

『わかりました』


 火鳳は契約印を通り帰還。ライは立ち上がるとベルフラガから少し距離を置いて時を待つ。


「う……。!……ま……さか……!?」


 ゆっくりと起き上がったベルフラガは自らの変化に気付き驚愕した。


「私の中の魔獣が……」

「ああ。魔獣じゃなく今は聖獣状態だな。どんな気分だ?」


 ベリドはその手を血に染めていた。変化が何故霊獣ではなく聖獣である理由は分からない。部分的な細胞故か、それとも精神を分けていた影響か……。


「…………」

「それと、今ので大体分かったよ。アンタ、【破壊者】にやられた傷は結局治らなかったんだな……。だから魔獣の細胞と入れ換えて肉体を再構築した。本当に無茶苦茶しやがる」


 【破壊者バベル】の神衣は消滅効果──故に肉体の再生機能が消滅した為、自力での回復が不可能だったのだろう。


 そこでベルフラガ……いや、ベリドは魔獣を肉体に組み込んだ。その為の実験は既にトシューラやリーブラといった地で行われ技術の確立まで至っていたのだ。後は侵食されぬ精神さえあれば良い。ベルフラガにはそれが可能だった。


 一方のライも浄化に踏み切ったのはディルナーチ大陸・神羅国王子カゲノリという前例が大きな理由だ。


 魔術師イプシーにより魔獣細胞を埋め込まれ魔獣化しかけたカゲノリだったが、ライの手により解放された。その経験があったからこその今回の浄化である。


 ライの旅は……確かに多くの意味を齎していた。


「……あなたは……何故そこまで……」

「言っただろ?この戦いはアンタの禊だ。今の苦しみは過去との訣別と罰の一部……。後はまぁ、俺の性分と証明かな」


 『性分』は救いたがり。だが、それはベルフラガに対してだけではない。テレサが目覚めた際、ベルフラガの変わりように悲しむ要素を減らす為の行為でもある。

 そして『証明』は、神に挑む者としての力をより多く見せる為のもの。


「……フフフ。流石にもう驚き疲れましたよ。あなたは常識では計れない。大聖霊の契約者だけはある」

「そうかい?じゃあ、驚きついでにもう一つ……『怠惰の剣』の効果も多分わかったぞ?」

「ほう……?」


 神具『怠惰の剣』は使用した者の経験を蓄積し最適化、神具自身が所有者を補助、または操作し剣の達人に仕立てあげるもの。敢えて言葉にするならば『経験継承神具』である。

 本来はどういった目的で作製されたのかは分からない。しかし、より多くの剣術家の手に渡ることによりその技は継承・融合・研鑽される。


 まるで華月神鳴流のようだとライは思った。


「どうして分かったのですか?」

「何となくだよ。敢えて言えば次の技に移る瞬間に僅かな迷いがある」

「成る程……」


 熟練の剣士は考えずとも無意識に身体が動くもの……しかし、魔術師であるベルフラガには剣か魔法かの選択を考える瞬間が生まれる。

 ライは通常では気付かない程のその僅かな機微を読み取り推測を立てたのだ。


「その剣があれば魔術師としての研鑽のみに集中することができる。もし魔術師じゃなくてもお手軽に剣術の達人……そりゃあ怠惰だわな」

「時間は有限なのでね。私は魔導追究に三百年を費やしても、まだテレサを救うに至らなかった。レフ族の血と魔人化を加えた長寿なれど不安がありました」

「ま、それは良いさ。で……まだ禊を終わらせるには早いよな?」

「ええ。それに……ここまでのあなたの力は確かに素晴らしいですが、まだ隠しているでしょう?全てを見せて貰わないと」

「ハハハ。それはお互いに、だな」


 ベルフラガは再度半精霊化を展開。その形状は……大きく変化を果たしていた。


 背後に見えるのは柱状の結晶鉱石六つ。石は透明で花弁の様に端が組み合い放射状、更に金属の蔓の様な装飾が為されている。それぞれの石には金の刺繍が施された白い帯が巻き付いていた。

 帯はベルフラガ自身も纏っていて、背後の石の帯とベルフラガの帯の端は金属の円環。それが互いに繋がっていた。


 そして……顔には右半分のみの白い仮面。但し、模様はない。ただ人の形に合わせた凹凸が付いている。


「……やはり変化しましたね」

「因みに、今のアンタの姿の理由はどんななんだ?」

「……。石は魔力と魔法知識の象徴といったところでしょうね。一人の人格の表と裏で二つ……三人で計六つの統一を意味していると思います。帯の金刺繍は体内の聖獣を意味し、巻き付いている白帯は恐らく包帯……」

「包帯……?」

「これでも癒しの目的で魔術師を目指したのでね。それに、体内の魔獣が聖獣になり精神が癒されたことも意味するのでしょう」


 魔獣の鎖が白き帯に、黒い姿は白に……ベルフラガは大きく変化した自らの半精霊化を自嘲気味に分析した。


「う~ん。こうして見ると『赤のベルザー』……ってより『白のベルザー』って感じだな」

「『赤のベルザー』はローブや神具の色から付いた通り名ですから、それもあながち間違いではないかもしれません」

「使える力も変わったのか?」

「いいえ。本質は同じ筈ですよ。ただ魔獣が聖獣に変わったのでその範疇では変化している筈ですが……」

「じゃあ、力自体は違和感無く使えるな?」

「ええ。……。先に宣言しておきましょう、ライ・フェンリーヴ。私はあと三つ手札を隠しています。それを全て捩じ伏せて下さい」


 ベルフラガは真剣な面持ちでそう宣言する。魔獣の細胞を浄化した為か、随分と優しい顔になった印象をライは感じた。

 しかし、同時にその威圧は先程よりも更に高まっていることも理解していた。


 瞳に宿った覚悟の光……。ベルフラガが本気で禊を果たそうとしていることをライは直ぐに受け入れる。


「分かった。覚悟は良いな?」

「フフフ……戦いが楽しみになるのはベリドだった部分ですね、きっと」

「人ってのは多かれ少なかれそんなもんだよ。いや……男ってヤツは、かな?」

「ハハハ。では、これは『男の戦い』ですね。さぁ……行きますよ!」

「ああ、来い!」



 それはロウド世界にとっての脅威が一つ去り、一人の男の心が救われる為の戦い。英雄の子孫が長き苦しみから救われるおとぎ話の結末──。


 そして……一人の勇者に迫る『予言の刻』への道……。


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