第七部 第四章 第十一話 因縁の決着へ
その因縁はシウト国内から始まったと言っても過言ではない──。
片や、シウト国王都ストラトにて勇者家系の次男として生誕した『ライ・フェンリーヴ』という勇者。
王都付近に辿り着いた幸運竜の魂が宿ったことも、そして旅の果てにエノフラハへ足を運んだこともまた運命か……。
対して、凡そ三百年前──シウト国デルテン領に流れ着いたレフ族の女性と貴族の間に生まれた『ベルフラガ・ベルザー』という魔術師。
旅で立ち寄ったノルグー領・エンデルグの街で恋人テレサと運命の出会いを果たし、その病を癒すことを人生の目的とした。
可能性を増やす目的で生み出されたベリドという人格は、やがてシウト国フラハ領にて若き勇者と対峙することとなる。
シウト国に生まれた世界屈指の二人の超常は、シウト国で邂逅し対峙した。そしてやはり決着の地となるのもシウト国──運命とは実に奇なるものである。
忘れ去られた英雄達の墓標……結界内にはライとベルフラガの二人だけ。リーファムは結界の外にて戦いの行く末を見守っている。
「その車輪みたいなヤツって神具?」
「ええ。私が手に入れた中で最も貴重な事象神具ですよ。……。ライ・フェンリーヴ。今から私は全力であなたと戦います」
「ああ。そうでないとアンタも俺もケジメにならないだろ?」
「わかってます」
勿論、ライもベルフラガも互いを殺すつもりはない。だが、その覚悟を持たねば互いの因縁へのケジメにならないのだ。
ライはベリドへの怒りや蟠りを捨て去る為に、ベルフラガは己が行った罪の贖罪の為に……。
別人格が行ったこととはいえそれを容認していたベルフラガは、本来国家級大罪者である。しかし、ライとしてはベルフラガの心境さえ理解できる為にどうしても救おうとしてしまうのだ。
それは前世で愛する者を失った感情が残る故か……。
自分の意思だけで罪を許そうなどというのは傲慢……そう思いつつもやはり“ 救う為 ”に手を伸ばすのがライという男──これは、今後もベルフラガを信じる覚悟を決める戦いでもある。
しかし、互いに超常である者の対決となると手加減をする余裕があるかは分からない。
ベルフラガがベリドよりも弱いことはないだろう。真なる統一人格ともなれば三百年の研鑽にて紡ぎ上げた力がある筈……。対してライは身体が限界に近い。
それでも戦うことを選択したのは、ベルフラガの心を真に救済する為。かつて自らを死の淵まで追い込んだ元凶とも言える相手にさえ手を伸ばすのは、性分だけが理由ではない。
「先に一つ約束してくれ。戦いが終わったら、今後は力を貸して欲しい」
「その前にテレサを救って貰いたいのですが……」
「わかってる。この戦いで俺に何かあっても【命の大聖霊】が約束を果たしてくれるから安心して良い。その時はリーファムさん……伝言お願いしますね」
リーファムは小さく溜め息を吐いて首を振っている。
「それは自分で伝えなさい」
「アハハ~……そのつもりではありますよ。一応です、一応」
「仕方無い子ね……」
そんな様子を見ていたベルフラガは何かを感じ取った様だ。
「私はテレサさえ救えれば良いのです。願いが叶えば協力は約束しましょう」
「助かる。まぁ、これはアンタとテレサの為でもあるんだけどさ」
「………。それは闘神に絡む話ですね?」
「理解が早いな……助かるけど」
闘神の復活はロウド世界が終焉する可能性をも意味する。それはテレサの身が救われても残り時間が短いことに他ならない。
だからこそ抵抗する力がより多く必要なのだということはベルフラガにも理解はできる。
しかし……。
「あなたは……本気で神に勝つつもりなのですか?」
「ん?ああ……出来れば話し合いで済ませたいところだけどね……。多分無理だよねぇ」
神であっても、他の神の世界に攻め込むのは御法度だと大聖霊達は述べていた。そんな中で来訪した闘神には何らかの意図があったと判断すべきだろう。
そしてロウド世界の抵抗を受け封印されたとなれば、真なる神からすれば屈辱以外の何ものでもない筈……当然ながら対話で済まそうというのは楽観が過ぎる。
「ベルフラガ……アンタは闘神のことはどれくらい知ってるんだ?」
「私はレフ族である母から直接聞いていたので、三百年前の異界の神襲来は知ってます。しかし……当時の神とその代行が戦っても封じるのがようやくの相手。到底勝てる相手ではないでしょう」
「じゃあ、テレサを救ってアンタはどうするつもりだったんだ?」
「私は……止まれなかっただけですよ。それに、あなたから受けた傷が癒えたのも最近……闘神の復活もその時に知ったのですから」
ライ……というより【破壊者バベル】から受けたのは神衣による傷。消滅効果の付加された攻撃を曲りなりにも癒し復活しただけでも本来なら驚愕のことである。
「闘神といえど神──慈悲も持ち合わせているかもしれません。上手く行けば眷族となりテレサを救う術を知ることができたかもしれない。それが駄目なら別の世界を探しにテレサと二人ロウドの星の外に逃げるのも一興かもしれませんね」
「星の外……か」
ロウド世界の外への避難……それが本当に可能かは不明瞭である。どうやらベルフラガ自身も思い付きで言っただけらしい。
どのみちベルフラガはテレサを救うことが全てになっていた。結果がどうあろうと選択肢は無いに等しい。
その意を汲んだ上でライは改めて意見を述べる。
「どうせ救うなら、俺は皆に最期まで幸せになって貰いたい。だから……たとえ神でも大事なものを壊すならぶっ飛ばす」
「………あなたにはそれが出来ると?」
「『出来る』じゃなくて『やる』んだよ。幸い、幾つかの可能性はあるんだ。死んでも守りたい気持ちは……アンタだからこそ分かるんじゃないのか?」
「………。フッ……ハハハハ」
ベルフラガは呆れた。神を本気で倒そうとする愚かな勇者に。そして同時に、エノフラハで苦境を覆したライの『可能性の力』を改めて感じた。
「……ならば、私が協力しても良いと思える力を見せて下さい」
「じゃあ、それも含めた勝負だな」
「ええ……それでは、始めましょうか」
ベルフラガは早速、半精霊化──。
魔獣の力を宿した禍々しい魔力を意識を奪われることなく見事に制御している。
「後でその力も浄化してやらないとね」
「……?」
「いや、こっちの話。いつでも良いよ」
ライは半精霊化することなく黒の竜鱗装甲アトラを纏う。その手にはもう一つの相棒である小太刀・頼正が握られていた。
「半精霊化しないのは出し惜しみですか?」
「試してみる?」
「では……」
ベルフラガが高速詠唱により放ったのは神格魔法 《黒蝕針》──。掌よりも少し長い黒針がライに迫る。
が……ライは難なくそれを回避。通過した黒針はライの背後にあった石の瓦礫を音もなく貫通し拳程の穴を開けた。
「重力魔法の針か……でも、当たらないなら意味がないぜ?」
「それならば……これでどうです?」
ベルフラガは再度 《黒蝕針》を発動。展開した黒針は一つの筈だが、いつの間にかライの周囲を埋め尽くすように出現し襲い掛かる。
「なっ……!」
「油断しましたね?」
「ちっ!」
黒針の幾つかを《天網斬り》で斬り伏せるも如何せん数が多い。ライは刃を振るいながら高速詠唱を行ない神格魔法で対応する。
放ったのは《崩壊放射光》──出力を調整した消滅属性の光線は放射状に拡がり、迫る黒針を穿ち消し去る。
「やはり神格魔法まで至っていましたね。それに、その剣技……あの時とはまるで別人」
「それより、今の何?詠唱は一回……それに魔法の効果範囲も違うんだけど……」
「高速詠唱の内容まで読み解きますか……本当に恐ろしい存在になりましたね、ライ・フェンリーヴ。今のはこの事象神具の力ですよ」
ベルフラガは右手に持った赤い車輪型の道具を掲げる。
事象神具・【
形状はディルナーチ大陸で見た宗教の法具『輪宝』というものに酷似しているが、恐らく別種由来の品。
「この神具に付加されている機能の一つは魔法式の転写です。一度の魔法で多数の同時展開ができる」
「バラしちゃって良いのか?」
「機能は一つではありませんのでね。こんなことも出来ますよ?」
ベルフラガが【廻天万華鏡】を発動すると、再度ライの周囲を黒針が取り囲んだ。
「無詠唱……」
「一度記録した魔法は魔力消費も無く何度でも転写できます」
「……どうなってんの、ソレ?」
「事象神具はそのまま“ 事象に絡む神具 ”なのですよ。恐らく概念力に由るものでしょうが……私も全ての解析はできませんでしたね」
神具に概念力があること自体はまだ理解できる。エフィトロスの様な意思ある星具達は全て概念力を宿しているのだ。
しかし、ベルフラガは『機能の一つ』と言った。概念力は存在一つに対し一つが原則。
と、なれば……。
「残る機能も転写系統かな?」
「御明察です。ですが、【転写】というのはこういうことも可能なのですよ」
神具発動による転写──発生したのは多数のベルフラガの姿。
「分身かよ……しかも………」
全て実体。勿論本体は一人ではあるが、ライとしてはお株を奪われた形だ。
「むむむ……にゃろうめ」
ライも分身を展開し対抗。これには流石のベルフラガもかなり驚いている。
「!……まさか……貴方まで分身するとは思いませんでしたよ……」
「これは一応、俺の主力だったんだけどね」
「ハハハ……。全く……あなたという人は……」
分身と分身は互いへの攻撃を行いつつ数を減らしてゆく。ライは斬撃で、ベルフラガは神格魔法で……分身達は瞬く間に消え去った。
「アンタは本当に魔術師型の戦い方をするんだな」
「当然ですよ。私は魔術師ですから」
「その割にベリドは接近戦が好きだった気がするけど?」
ライの記憶の中のベリドは、接近し攻撃を仕掛けてくる印象が強い。しかし、ベルフラガには極力近付かない戦略が見て取れる。
「ベリドにできたことは私にも出来ます。ですが、それは魔術師の戦い方ではありませんのでね……。それに、ベリドが接近して手を出していたのは己の罪の確認でもありますから」
「成る程……」
「魔術師は魔法こそが主力。転移は魔力を多く消費しますし、接近は常に纏装を切り替える必要性もある。本来は神具・魔導具と連携し魔法で戦うものなのですよ」
リーファムやサァラがそうであった様に、魔術師は距離を取るのが通常の戦い方だ。勿論、接近された時の対応に纏装を学ぶのは基本ではあるが、魔法により多くの魔力を消費する分温存を心掛けることは必須になるのが常……当然、距離を空ける必要性が生まれる。
それでも魔人化していればその限りではない。現にアムドは惜し気もなく魔法を使用していた。
そしてベルフラガは魔人化に加え魔獣の力をも取り込んでいる。魔力温存を気にする必要は無い筈……。
そんなライの疑問にベルフラガは苦笑いで答えた。
「謂わば癖のようなものですよ。私は魔術師としての戦いが染み付いているのでね」
「じゃあ、接近戦もできる訳ね」
「勿論です。試してみますか?」
「そうさせて貰うよ」
ライは一気にベルフラガの懐へと飛び込み袈裟斬りに一閃。《天網斬り》は解除していたが、その速度はリーファムでも反応が遅れる程……。
しかし、ライの斬撃はベルフラガに届かない。
ライの刃を受け止めたのは、白く螺鈿の如き輝きを宿した一本の長剣だった……。
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