第七部 第四章 第十四話 果たされた禊


 ベルフラガが展開した魔法は波動魔法だった──。


 しかも元となった魔法は神格魔法……自動追尾式を組み込んだ圧縮魔法だ。

 恐らく現在のロウド世界で最強の魔法と言えるだろう。


 龍の形状に展開した魔法は七つ……ライはその内六つを神具・回天万華鏡による転写と判断した。

 更に存在特性による魔法式書き換えが加わり、七種全てが別効果を宿す脅威となりライへと迫る。


 対するライは攻撃魔法を捨て刀を構える。但し……ライもそれまでとは違う。一刀ではなく二刀流……そして、それこそがライの本当の剣技。


 竜鱗装甲アトラの右籠手部分が解放され飛び出したのは青の刃……長さは小太刀・頼正とほぼ同じだ。

 これこそが本来、ライの主力となる筈だったラジックとエルドナの合作竜麟剣──。


 【朋竜剣ほうりゅうけんあかつき


 ライが縁を結んだ竜達から譲り受けた鱗──それを複数使用し生み出された両刃の直刀は、つい先日ラジックから渡されたものだった。元となる竜麟の力に加えライを能力解析したことにより新機能が実装され、更にアトラとの同期・融合が為された新たな剣。


 小太刀・頼正と違い剣自体が幾つもの効果を宿し、様々な事態に対応できるという神具である。


 ラジックが自ら作製したものを神具と認めたのは初めてのこと。そして、剣はアトラの一部でもあるので同様に進化する可能性も秘めている。



 右手に小太刀・頼正、左手に朋竜剣・暁……その両方に《天網斬り》を展開し、ライは迫る魔法の龍と対峙した。


 最初の龍は眩く光る白き魔法……そこから予想されるのは消滅属性。


(だけど……関係ない!)


 その背に広がる翼を一羽ばたきした瞬間には龍の頭部の脇を通り抜けた後……朋竜剣にて放つ天網斬りにより魔法龍は両断・霧散した。


「………。先程からの貴方のその剣技は、一体………」

「これは、ある天才剣士が神殺しの為に編み出した剣技──の試作技だ。でも、今の俺なら辛うじて神格に届く」

「神殺し……あなたには興味が尽きませんね」

「俺も興味かある。アンタ……波動魔法まで使えたんだな」

「波動魔法?これは魔法の最終形態だとクローダーの記録にあった筈ですが……」


 ライが波動魔法と呼ぶそれは『天威てんい自在法じざいほう』という神の権能だとベルフラガは答えた。

 神の威の如く根源を自在に操る──それこそが魔法の極み。ベルフラガはバベルとの戦いで掴んだそれを意識の中で組み上げた。


「おかしいな……。クローダー契約者だけど俺は知らないぞ?」

「それは確かに妙ですね……。しかし、今は調べようが無い」

「そうだな。………。やっぱり天才だよ、アンタは……。俺は手掛かりがあったのに中々辿り着けなかった。追い込まれて必死で見付けた光明だったんだ」

「私もさしては変わりませんよ。あの【破壊者】の消滅から免れる為に抗ったものですからね」

「似た者同士……ってことか」

「案外、あなたと私は似ている気がしますよ。必死に追い求める……あなたからはそんな気配がします」

「ハハハ………」


 会話しながらもベルフラガは次の龍を放つ。放たれたのは二体……黒い龍と青い龍……。

 黒い龍はライに近付くことなく遠方から無数の黒球を吐き出した。それは瞬く間に巨大な一つの球体となりライの周囲を囲む。


 ならばと黒い壁を切り裂くつもりで近付けば、黒球の壁は常にライから一定の距離がある位置に移動した。


(……俺を中心に固定した結界?)


 更にライを閉じ込めた空間内には高重力の球体が不規則に行き交う。

 全てを斬るのでは浪費が早い。ライは転移にて球体の外へと脱出。黒い魔法龍目掛け刃を振るった。


 だが……黒い魔法龍は忽然と姿を消し離れた位置に出現。刃は空を斬ることとなる。


「………」


 黒い魔法龍は転移にて回避したのは間違いない。しかし、それを行ったのは別の龍……。


(青い龍の仕業……なのか?)


 青い龍は範囲内の対象を転移させるらしく、黒い龍を何度も移動させている。

 更に……ベルフラガの魔法龍がここぞとばかりに二体加わり、ライの周囲を取り囲んだ。


「にゃろう!」


 ライは再び転移。目標は当然、青い龍。だが……青い龍は自ら高速転移を繰り返し的を絞らせない。


「くっ……。何とまぁ厄介な……」


 その間に迫る他の龍……青い龍は変わらず転移を繰り返している。波動魔法の効果か青い龍が魔力切れになる気配はない。

 そこでライは『大聖霊体』となった力を解き放つ。


 大聖霊体の本質は概念力……つまり存在の力。ライは派生である波動の力をその身体全体から放った。

 大聖霊体となり強化された波動の力はライの想像よりも強大で、取り囲み迫る魔法龍を一気に押し退けた。


 更に、ライは飛翔状態のまま横回転を始める。高速回転により発生したのは竜巻……魔力の宿らない自然としての現象。

 竜巻は再び迫る魔法龍四つを巻き込み空高く舞い上げた。


「……。もう何でもアリね、あの子は」


 結界の外で見守るリーファムはライの力業にやや呆れている。が、同時に驚愕もしていた。経緯はどうあれ『大聖霊』の領域に至った者はロウド世界に存在しないのだ。


 格としては【神衣】よりも下がるだろう。しかし、【神衣】は理論上途中経過を飛ばしても習得が可能な『技法』に近い。逆を言えば【神衣】を習得できる者が皆、大聖霊体に至れる訳では無いのだ。


 大聖霊は世界の法則に干渉する力である。つまり世界を力とすることが可能──その力はある意味、制限のある神衣よりも深い。


「アトラ」

『はい。主の意図は理解しています』


 ベルフラガの存在特性の解析に専念していた竜鱗装甲アトラ。ライが起こした竜巻の情報をベルフラガが書き換えた場合、ベルフラガの存在特性は魔法以外の情報さえ書き換えるものだと判別が付く。

 が……ベルフラガは吹き荒ぶ風を魔法龍の一つを用い防いでいた。


 この時点でアトラは、ベルフラガの存在特性を二つの可能性に絞る。


『恐らくベルフラガの存在特性は魔力を介して発生したものにのみ干渉するのでしょう。つまり【魔法情報の書き換え】か【空間内魔力情報干渉】……』

「可能性としてはどっちだと思う?」

『それは主の【力】で判断した方が良いかと』

「………そうだな」


 幸運の大聖霊と化したライが選択肢を誤ることはない。それもまた概念力。


「俺はベルフラガの力は後者だと思う」


 つまり【魔法情報書き換え】ではなく、正確には【範囲空間・魔力情報干渉】の複合系統存在特性。

 確かにそれならば、ベルフラガからかなり離れた位置でも存在特性が作用する。存在特性は基本的に距離的な縛りが多いのだ。


『では、距離を置きますか?』

「いや……それじゃ俺の方が先に力が尽きると思う」

『……。主……一つ、解析結果から判断できる可能性があります』


 アトラはベルフラガを解析していた。それは存在特性を探る上で必要なこと……。そして、解析はある結論を導き出す。


「ベルフラガの魔力切れが近い?」

『はい。恐らくは』

「……。途中までは殆ど魔力使ってなかった様に思ったんだけど……」


 ベルフラガは一つの魔法を神具・廻天万華鏡の力で転写していた。つまり、最小限の魔力で戦っていた。

 魔王級の魔力量を持つベルフラガがそれ程早くは消費しない筈──。


『あの魔法龍一つで、かなりの魔力を消費したのでしょう。それと恐らくあの神具……ああして精霊体となる際に一部融合した為、消費が多くなった可能性があります』

「う~ん……ベルフラガにしては少し短絡的じゃないか、ソレ?」

『恐れながら主は一つ見落としているのです。それはベルフラガが卓越しているからこその見落としと思われますが……』

「………?」

『ベルフラガ自身も述べていました。この力はだと……』

「!……そうか……つまり……」

『はい。不馴れ故の研鑽不足かと』


 ベルフラガは天才魔導師であり、最強の魔術師でもある。魔力は最上位魔王級、思考の早さや判断力はライさえも上回る。油断なく狡猾にして冷静……まさに火の打ちようが無い。

 だが、それはライの先入観も加わっている。ベルフラガも間違いなくロウドの民……超越ではあっても神ではない。


 特に今回、ベルフラガはみそぎとして戦うことを選んだのだ。真の最後の切り札が賭けの要素が高いことなど、ライも自らの経験で身に染みている。


「不馴れな存在特性と研鑽不足の波動魔法……更に浄化による聖獣細胞への変化……。疲弊の要素は山程あった訳か……」


 特に波動魔法は慣れていないと魔力を大量に乗せてしまいがちになる。

 そんな状態での戦闘……疲弊を顔に出さないベルフラガにライは賞賛を送りたい気分だった。


 これ程の力を持つベルフラガは本来、ライと違い『戦う者』では無かった筈。今の強さに至るにはどれ程の研鑽が必要だったのか……。


 ならば……その全てを乗り越えてこそベルフラガもみそぎを果たせる。そう感じたライは、いよいよ以て力の出し惜しみをやめた。


 大聖霊化の力『幸運』の概念力を発現しライは分身を展開──魔法龍へと向かう。迫る魔法龍に対し分身達は特攻……対して、魔法龍は不規則な転移を繰り返し回避を狙う。


 しかし……転移先には分身体達が待ち構えていた。


 絶対的な幸運の攻撃は魔法龍の出現場所を引き寄せたのである。

 結果──三つの魔法龍は分身体と接触。分身体は消滅属性の力により構築されていた為、魔法龍に触れた瞬間に互いに激しい光を放ち消え去った。


「……分身の情報を書き換えなかったな。存在特性も限界みたいだ」


 ベルフラガに波動魔法を研鑽する時間があればライはもっと不利になっていただろう。だが、この場に於いてはそれさえも幸運……ライが大聖霊体に至った時点で流れは確定していたと言って良い。


「決着だ、ベルフラガ」

「良いでしょう。これで……最後です!」


 ベルフラガは残る魔法龍を全て集め一纏めにした。更に残された力を振り絞り存在特性を使用。魔法龍は干渉を受けその性質を変化させる。


 変化は『創生属性』による疑似生命化。一時的に命を宿した龍はライ同様に強力な波動を放った。


「くっ……最後にこれかよ!」


 波動の力により拮抗するライは近付けない。しかも疑似生命龍は空間結界を展開しライの転移も阻害する。


「まだです!次の一撃に全てを乗せましょう!ライ・フェンリーヴ……死なないで下さいよ?」


 疑似生命龍は己の尾を咥え回転。円環状になった龍の内側には様々な力が集束を始める。魔法龍四体分の膨大な魔力、疑似的に宿した生命力である氣、そして渦巻く波動……ベルフラガはその中心に発生した歪み目掛けて最後の魔法を放つ。


 【天地てんち灰塵閃かいじんせん


 咆哮の如き唸りを響かせ迫る波動魔法の光線──いや……生命と魔力と波動を融合したそれは、ほんの僅かながら【創世】の力を宿した究極魔法……。

 触れれば存在の記録ごと世界から消し去る光にライは曝される。


 が……光速さえも越えてライは動いていた。


 大聖霊体状態からの【神衣】……絶対幸運状態のライならば神衣による昏倒も回避される。そうして纏った神衣により神格へと至ったライは、小太刀と剣を交差させそのまま天網斬りにて《天地灰塵閃》を斬り裂いた。


 魔法は斬り裂かれたと同時に消滅、霧散。淡い光が余韻として周囲に漂う。


「……お見事……です」


 魔法で生み出した龍が崩れ行く中、ベルフラガは精霊体が解けフラリと宙から落下を始めた。それを素早く飛翔し肩で抱えたのはライだった。


 ライの宿敵にして強敵、そして因縁でもあったベルフラガとの戦いは、遂に決着を迎えたのである──。


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