第六部 第六章 第三十五話 魔王、再来
魔王アムドの臣下グレイライズ・ナイガット出現──それは魔王が生存している可能性を示唆していた。
そしてルーヴェストはグレイライズと対峙。ライはルーヴェストに全て任せることにした。
対するグレイライズは能力の隠蔽を止めルーヴェストに対し威圧を掛ける。迸る魔力は想像以上に膨大……最上位魔人であることは最早疑いようがない。
しかし、それでもルーヴェストを動揺させるには至らない……。
「ハッハー!良かったな、グレイライズ。これで無縁仏じゃなくなるぜ?」
「口の減らん小僧が……死ね!」
グレイライズは転移魔法でルーヴェストの背後に移動。既に振り翳していた斧を叩き付けるように振り下ろした。
そんなグレイライズの斧はルーヴェストの斧スレイルティオで受け止められ弾かれる。ルーヴェストは更に振り向き様の回し蹴りを放つが、既にグレイライズは転移の後……後方へと距離を空けている。
「流石は魔法王国時代の戦士だな。転移は標準使用ってか?」
「フン……よくぞ躱したものだ。ルーヴェストと言ったか……貴様は《転移予測》が出来るのか?」
「転移の予測?何だそりゃ……俺のは勘だ、勘」
「勘……だと?」
「疑ってんなら試してみな?但し、三度目以降は勘じゃなくても通じねぇぜ?」
「面白い。ならば見せてみろ!小童が!」
再度の転移はルーヴェストの真下。グレイライズは重力を無視した姿勢から魔法剣 《次元斬》を放った。
空間ごと切り裂く時空間魔法属性の斬撃は、突如ルーヴェストの居た辺りに断裂を生む。
その影響により、まるで空が裂けるが如きが筋が一本走り背後の景色がズレた。
しかし……そこにルーヴェストの姿はない。グレイライズの攻撃は、予備動作の段階で既に回避されていたのだ。
逆にグレイライズは、技を放った後の僅かな硬直時にルーヴェストの蹴りに叩き落とされ大地に激突……盛大な地響きを上げる。
「な?言ったろ?」
斧を肩に乗せ地上に降りてきたルーヴェストは事も無げにそう告げる。
ルーヴェストの蹴りは通常ならば無事では済まない威力だが、最上位魔王級だけあって耐久性も高いらしくグレイライズは淀みなく立ち上がる。
(今のが勘だと?まるで予知ではないか……この男、得体が知れん)
ダメージは無いに等しい。だが、グレイライズはルーヴェストへの認識を改めることにした。
「どうした?まだ本気じゃ無ぇのはわかってるぜ?もちっと楽しませろや」
「……小童……いや、ルーヴェストと言ったな?貴様は今の世でどの程度強い?」
「ん?ん~……まぁ上から数えた方が早いのは確かだぜ?多分片手で数えて良いだろうよ」
「ほう……。それ程か……」
これまで主への不敬で怒りが先行していたが、強者との対峙はグレイライズの望むところ。本来の任は隠密行動とはいえ既に正体も看破されている。
(ならば……次の役割を果たすのみ)
主たるアムドは配下の行動を把握している。今この場で帰投命令が下りないということは、今の世界に於いての戦いを体感せよ……そう意味しているのだろうと理解した。
途端、グレイライズはその細く垂れた目を見開き悪魔の如き笑みを浮かべた。
「ルーヴェストよ!ここからは、私の我が儘としての戦いを所望する!」
「おいおい……どうした、急に?」
「何……武人の血が騒いだ、それだけのことよ」
「ハッハッハ!そうこなくちゃな!」
それは半分は偽り……グレイライズは飽くまでロウド世界の強者を知る為に戦おうとしている。それは仕えるべき主に情報を齎す為、また今の世界を把握し対応する為の忠義。
そして……残り半分こそは、それを黙認されたからこその武人としての血……。紛れもない強者たるルーヴェストならば存分に滾ることが出来るという歓喜が含まれている。
「では、改めて名乗るとしよう……。我が名はグレイライズ・ナイガット!元クレミラ近衛騎士団長にして、至上の王であらせられる『アムド・イステンティクス』様の忠実なる盾にして刃!」
「じゃあこっちも……俺の名はルーヴェスト・レクサム!勇者の血を受け継ぎしトォンの民にして、『三大勇者』の一角を担うモンだ!」
「勇者か……アムド様に深傷を追わせた者と同じ……」
「ん?それならアイツだぜ?」
ルーヴェストが背後に親指を向けた先には白髪の男が立っている。
グレイライズは一瞬ルーヴェストから視線を逸らしライに殺気を向ける……が、白髪の男は何事も無いように手を振ったままだ。
「グレイライズのオッサンよ。今は俺が相手だぞ?」
「分かっている。我が主に傷を付けた者を確認しただけだ」
「そうかい……。だが、言っとくぜ?俺に勝てないならアイツにゃ絶対勝てんよ」
「フッフッフ……面白い。ならば全力の貴様を打ち倒した後、奴を無力化しアムド様に捧げてやるわ」
「ソイツは無理だな。まず俺を倒せる訳がない」
「無理かどうか試してみれば済む話よ。これ以上言葉は無粋……」
「そうこなくちゃ」
ペロリと口の端を舐めたルーヴェスト。互いに構えた後一気に踏み込み、斧同士を激突させる。
鈍い音を立てた斧はどちらも無傷。それを見た二人はまるで棒切れを振るように片手で斧を振り回し続けた。
剣撃の嵐の如き素早い斧捌きは、途絶えることなき音を立て鐘が唸り続けるかの様に周囲に響き渡る。更にその余波で紅葉が舞い上がり渦巻いた……。
「へぇ……情報どおり纏装も使えるのか。しかも覇王纏衣……益々面白れぇ!」
「覇王纏衣とは皮肉な名よな……覇王たるアムド様以外が使うなど……」
「元は覇竜王から取ったって聞いたぜ?まぁ覇竜王自体見たことはないがな……」
「成る程……参考になったぞ、ルーヴェスト」
「そいつは良かったな』
しばらく続いた斧同士の斬撃戦。力を込めて切り結んだ最後の一撃の後、互いに弾き飛ばされ距離を空ける。
そんな光景を見ていたクリスティーナ、イグナース、ファイレイは最早言葉も出ない様子だ。
「……やっぱり覇王纏衣まで……アムドの野郎、部下に仕込みやがったな?」
覇王纏衣まで到達している古の魔人・グレイライズ。こうなるとアムド以外の魔王達も【黒身套】に到達していると考えるのが妥当だろう。
アムドの配下魔人が何人いるのか判らない現状は由々しきこと。イグナース達を鍛えることは寧ろ急務と言って良い。
そこでライは意識を拡大し念話網を構築……エクレトルのアスラバルスに魔王出現を伝達しようとした。
しかし───念話は途切れて届かない……。
(妨害、か……。見たところグレイライズの力じゃない。となると神具……周到なことだな、全く)
グレイライズが姿を現した時、認識阻害の結界の更に外に展開された情報阻害神具。流石のライもそこまで注意していなかったので認識できなかった。
(こうなると他の魔王が居ても分からない。下手に動けないな……)
魔王からすれば恰好の標的はクリスティーナである。膨大な力を持ちながら研鑽不足により隙も多い。下手に離れれば連れ去られる可能性もある。
「……ここはルーヴェストさんに任せるしかないか」
意識を防御と索敵に回したライはルーヴェストの戦いを見守ることにした。
だが……それは非常に珍しいことだった。
ライが他者に結果を委ねるということはその者を認めたことを意味する。
旅の中でそれを行った相手はただ一人……ディルナーチ大陸・神羅国の魔人コウガ・サブロウのみ。つまりルーヴェストは、ライが守る必要が無い強者であることを意味していた。
そして……それは眼前の戦いで証明されることとなる。
「どうした?もっと魂に火を入れろよ、オッサン?」
再び始まった斧での斬撃戦。だが今回はルーヴェストの方が速度がある。
対応が間に合わず鎧と盾を斬り付けられているグレイライズは無言で対応するしかない。
「何だよ、つまんねぇな……そうだ!その装備、神具だろ?ガンガン使って良いぜ?」
「くっ……。調子に乗りおって……」
「別に恥じゃねぇだろ?互いの全部を出すのが戦いだ。俺なら躊躇なく使うが……なっと!」
背後に転移したグレイライズに合わせるように回し蹴りを放つルーヴェスト……最早転移魔法は奇襲にすらなっていない。
「……。成る程……ならば見せてやろう!」
「そうこなくちゃな!」
「見よ!我が真の力……」
グレイライズがそう叫んだと同時──膨大な魔力の渦がルーヴェストとグレイライズの間に出現。その正体に気付いたグレイライズは慌てて
「わ、我が王よ!」
現れたのは白いマントを纏った男……。
大柄の肉体に白い貴族服を纏った長い金髪、深い青眼、耳長はレフ族の特徴。男は三十手前に見える容姿……ただ一つの大きな違和感は、額の両端に突き出た角……。
「………アムド!」
ライの言葉に満足そうな笑顔を向けたその男こそ、現世界で最も脅威と言える魔王『アムド・イステンティクス』だった……。
「フッフッフ……久しいな、勇者ライよ。あれから更に力を増したようだな……」
「……やっぱり生きていたか。それに……その身体……どうやって治した?」
「ハッハッハ。それは機会があれば語ってやろう。が、今は時期ではない。先ずは顔見せといったところだな……そうであろう、グレイライズよ?」
その言葉で深く頭を下げたグレイライズ。だがアムドは不快な様子はない。
「申し訳御座いません……隠密行動の任を果たすこと、我が短絡により叶いませんでした」
「良い。我を侮辱した者に対し自制が利かなかったことは我への忠義心……寧ろ嬉しく思う」
「ハハァッ!有り難き御言葉……」
「だが、まだお前の力を見せる時ではない。先ずは期が熟すのを待つのだ。帰るぞ、グレイライズ」
「哈ッ!仰せのままに……!」
「させるかよっ!」
アムド目掛けて一気に斬撃を放つルーヴェスト……だが、その間に転移したグレイライズにより攻撃は阻止された。
「ちっ!」
「ルーヴェスト・レクサムよ。言った筈だぞ?我はアムド様の盾……次に会う時も私が相手だ」
「………良いだろう。グレイライズ・ナイガット。俺の標的はお前だ。楽しみにしてるぜ?」
距離を空けたルーヴェストはそのままライの元に移動……互いに対峙する形となる。
「アムド……アンタは部下をそれだけ大事に出来るのに、何で他者を思いやれないんだ?」
「……。優先順位の問題だ。我は封印される前より一つの目標に向け行動している。その為には弱者は不要」
「くっ……!じゃあ今後も非道を続けるんだな?」
「非道かどうかは貴様が決めることではあるまい。逆に貴様らは我が行動を阻むことでこの世界の危機を早めているのだぞ?」
「?……何を言って……」
「人道を語る貴様らは何を言っても聞く耳など持つまい。話は終わりだ。どうしても知りたくば我が配下に加わることだな」
「………そうかよ。だが、言っとくぞ?狙うなら真っ先に俺を狙え!そうでないならテメェの大事な配下は全員俺が潰す!」
ライの言葉にニタリと笑ったアムドは、幾分興奮気味に答えた。
「貴様こそ!貴様こそは我が獲物……この手で倒し屈辱を晴らす日を楽しみにしているぞ!それまで他者に敗れることは赦さん!必死に己を高め続けるが良い!ハーッハッハッハ!」
再びの魔力奔流の後、アムドとグレイライズはその姿を消した……。
「……気配はない、か。ライ……アイツがアムドか?」
「はい……クソッ!追跡出来なかった!」
「……成る程。ありゃあ確かに底が知れねぇわな。ま、取り敢えずエクレトルに連絡だな」
「そうですね……」
「まぁ落ち込むなって……モノは考えようだぜ?アッチが行動を起こすまでこっちも準備が出来る。だろ?」
相変わらず動じないルーヴェスト。ライはそんな様子を見て幾分気が楽になった……。
「つう訳で、だ。俺も修行に加わるぜ?みっちり鍛えてやるからな、お前ら?」
ルーヴェストの修行は肉体鍛練が主である。当然、ライ以外は微妙な表情だ……。
この後、魔王アムドの健在は世界に広まり人々に再び不安を与えることとなる。
(魔王アムド……。今度こそ……)
魔王の復活という運命はライを更なる苦境へと誘う……。それは後に過酷な選択を迫られることに繋がる。
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