邪教討伐の章
第六部 第七章 第一話 脅威への不安
魔王アムドの生存──そしてその配下の存在が明らかになった。
魔王再来の情報は、即日のうちにライとルーヴェストによりエクレトルへと報告された。その後、改めて各国に通達されることとなる。
しかし──各国の首脳はこれを自国民に公表することはない。
魔獣アバドンによる被害が未だ癒えていない状態で情報公開を行えば、民衆が余計な混乱を起こし兼ねないことは容易に想像が付いたからだ。
今回、そんな各国事情を別として動いたのはライ本人……それはアムドを倒せなかった自責の念と、縁ある者を傷付けぬ為の判断。
それでも危機を防げる訳ではないことはライとしても不安が残るところだが、今はとにかく動くしか無かったのだ。
魔王出現の翌日──未だ名の無いライの居城、大広間。
新たに加わった者を含めた同居人、そして知人数名が卓に着いている。
今回は協力者としてルーヴェスト、アスラバルス、リーファム、ラジック、オルスト、フィアアンフ、フリオの八名に声を掛け来訪を依頼した。
「来て頂いて申し訳ありません、アスラバルスさん」
「いや……こちらこそ情報感謝する。して……一体何事だ?」
「魔王対策について相談が……」
魔王との戦いは数ではなく質……全体の戦力を上げることは無駄ではないのだが、どうしても決め手に欠ける。それよりも、個人戦力を魔王と対峙出来るまでに引き上げるのが最も効率的で犠牲も少ない。
「ふむ……個人戦力の強化は道理なのだが、それがまた難しい。資質ある者を育てることもまた才覚の一つだからな」
エクレトルは今、まさにその状態の只中──。
育成に優れていたセルミロー……彼が育てていた中の一人、マレスフィですら魔王と対峙するには役不足感が否めない。
エクレトルはセルミロー亡き後の戦力強化が上手くいっていない様だった……。
「取り敢えず、俺は出来る範囲で育成に回ります。それで……エクレトルへの滞在も許可して頂きたいのですが……」
「それは願ったり叶ったりだが……」
「何となくですが、嫌な予感がするんです。アムドに忠実な配下がいたということは組織的な行動への警戒も考えなくちゃなりませんし」
それまでの魔王級との戦いは単一個体での戦闘が主。魔王の不安定な精神では協調が出来ぬ為……と思われていた。
だが……完成された《魔人転生》は魔人同士による連携すらも可能にするだろう。
いや……過去に封印されたアムドの部下がどれ程存在するのか──それを考えるならば最大級の警戒をしても足りるものではない。
「協調という意味では【ロウドの盾】でもある程度は対抗出来るでしょう。でも、一人の王の元に集う忠臣が相手となると捨て身すら厭わない。任意参加の集団ではやはり弱いかと……」
「うぅむ……ここに来て厄介な事態が明らかになったか。が、我々とて諦める訳にはいかぬよ」
「勿論です……。俺にも無くしたくないものがありますから」
そんな会話を遮るように声を上げたのはルーヴェストだ。
「アスラバルスの旦那よ。取り敢えず俺はここで鍛えられる奴を優先する。で、一つ考えもあるんだが……」
「考え……?」
「ああ。俺はこの先、『勇者会議』を提案するぜ?」
ルーヴェストの提案は現在『勇者』を名乗る者達を集め戦力に加えること。そこで更に振るいにかけ残った者と連携すれば【ロウドの盾】よりも強力な体制が揃う、というものだ。
「成る程……面白い。既に三大勇者の内二人が居る訳だからな」
「じゃあ、今回のトゥルク査察が終わったらエクレトルから呼び掛けてくれよ。会談場所も頼みたい」
「了解した。ならば各国への通達だけでもしておこう」
アスラバルスが神聖機構に呼び掛けを行っている間、ライはある懸念をルーヴェストに向けた。
「大丈夫なんですか、ルーヴェストさん?それだとアステの王子が出てくるんじゃ……」
「わかってるさ。だがな、ライよ?俺はそれでもやるべきだと思うぜ?『勇者会議』の本当の狙いは鼓舞だ。勇者ってのは頼られりゃやる気を出す……だろ?」
「ま、まぁ、確かにそうですね……」
「だから、日陰者にされてる奴にも機会をやるんだよ。それで覚醒する奴も出てくりゃ儲けモンだ」
「…………」
「心配すんなって。アステの王子のネタは割れてんだ。逆に利用してやりゃいい」
「でも……」
そこでアスラバルスが通信を終え、ライとルーヴェストの話は打ち切られる。
「各国への呼び掛けは終えた。だが、やはり先にトゥルクへの査察を行うことになるな。邪神が絡む恐れがある事案は最優先されねばなるまい?」
アスラバルスがメトラペトラに視線を向ければ真剣な眼差しで頷いている。メトラペトラとアスラバルスによる『邪神の脅威』への認識は同じらしい……。
「加えて魔獣アバドンの脅威も未だ解決には至らぬ……。が、まずは一つづつだ」
「そうですね」
「じゃあ、決まりだな。で……そこのお前らはどうすんだ?」
ルーヴェストが視線を向けた先には、オルストとフィアアンフが座っている……。
ライが挨拶回りでラジック達の元に向かった直後にアムドが出現した為、そのままライの居城へ誘い転移したのが昨日。ラジック達は一泊して本日の話し合いに参加していた。
因みにオルストは装備をしておらず、フィアアンフは当然人型。ラジックだけはいつもと変わらない……。
「ああ?何言ってんだ、テメェ?」
「ここで訓練すんのかって話だよ……お前、名前は何だ?」
「テメェこそ何だ?ん?人に訊く前に名乗れや」
「悪い悪い。俺はルーヴェストってんだ」
「ほぅ……テメェがあの『力の勇者』か。俺はオルスト……傭兵だ」
互いに不敵な笑みを浮かべているが大広間の空気がピリピリと震えている……。
「で……答えは?」
「……馬鹿らしい。俺は傭兵だぞ?依頼が無きゃ動かねぇ」
「じゃあ、依頼すると言ったら?」
「先約がある。俺の優先はそっちだ。古の魔王が何しようが知ったこっちゃねぇな」
「そうかよ」
更に空気は張り詰め、卓や花瓶が揺れ始める──が、そこで鈍い音が二つ重なる……。
オルストの頭にはフィアアンフの拳骨が炸裂し、ルーヴェストの頭にはクリスティーナの手刀が炸裂したのである……。
「ぐっ……フィアアンフ、テメェ!」
「アニキだ」
「くっ……何を」
「ア・ニ・キ!」
しばしの睨み合い……しかし、折れた……というか逃げたのはオルストだった。
「………。ば、馬鹿らしくてやってられるか!俺は帰る!」
「ぬっ!待て、オルスト!」
オルストは逃げるように去っていった……。
「フン……まぁ良い。帰ったら魔王なんぞ瞬殺出来る程みっちり鍛えてくれるわ。時にライよ……我が封印を解け」
「それは良いですけど……何で?」
「まぁ幾つか理由はあるが、今のままではオルストを鍛えきれんからな。奴はどうしても貴様を越えたいらしいぞ?」
「ハハハ……了解です。それと、俺からも頼みが……」
「フッ……皆まで言うな。カジームの連中を鍛えろと言うのだろう?任せておくが良い」
「流石はアニキ。じゃあ、封印は破棄します。宜しく頼みましたぜ、チョロ……最強アニキ!」
「うむ!我は最強!全て任せておけ!フハハハ!」
高笑いと共にフィアアンフも去っていった……。
「お主……今『チョロゴン』と言い掛けなかったかぇ?」
「ハッハッハ!ゴジョウダンヲ……ソンナワケ ナイヨ、チョロニャ……サケニャン?」
「くっ……!い、言い直してもそれかぇ?」
そして一方のルーヴェストは……。
「………痛ってぇな、嬢ちゃん。……。あれ?アイツらは?」
「お帰りになりましたよ、ルーヴェスト様。駄目ですよ、喧嘩腰になっては」
「いや……ちっと試そうとしただけなんだがな。なぁ、ライ……あの黒髪のヤツは誰だ?トンでもない気配だったが……」
「フィアーのアニキですか?『黒の暴竜』で有名なフィアアンフですけど……」
「何!マジか!」
「はい」
「クソッ!サイン貰っときゃ良かったぜ!」
ルーヴェストは何やら興奮気味だ。だが対照的に、アスラバルスは衝撃を受けたようで狼狽の色を浮かべている……。
「ど、どうしたんですか、アスラバルスさん?」
「そ、その話が本当ならば、貴公はフィアアンフを完全に解き放ったことになるのだがな……。あの……暴竜を……」
「ああ……それなら大丈夫ですよ~。フィアーのアニキとは兄弟分ですから」
「だ、だがな……」
かつてエクレトルはフィアアンフを捕らえようとして大打撃を受けたことがあるという……。死者こそ無かったものの、それ以来フィアアンフは『準神格存在』として監視対象になった。
そんな事情で警戒心が消えないアスラバルス。そこにフォローを入れたのはエイルだった……。
「大丈夫だぜ?アイツは割と面倒見が良いからな。特にライと契約してからは」
「エイル・バニンズ……。そう言えば貴公もライと縁があるのだったか……」
「まぁな。あたしはライに救われたクチだし」
脅威存在のオンパレードとなるライの居城……ここにサザンシスまで居ると知ったらアスラバルスはどんな顔をするのだろうか……。
「……ま、まぁ、勇者ライが責任を取るなら構わん。それより、トゥルクへの査察が七日後と正式に決まった。最優先ではあるが、他の脅威にも常に油断はしないで貰いたい」
「七日後……時間はあまりないですね」
鍛練は長期を予定しているとはいえ、間近の事態までに出来る底上げには限界があるだろう。
次から次に後手に回っている──ライは悪い印象が拭えないでいた……。
一方、ルーヴェストはそんな暗い雰囲気を笑い飛ばし行動を開始する。
「時間が勿体無ねぇぞ、ライ?頭で考えても解決しねぇ時はとにかく行動だ。早速、訓練やるぞ……って、訓練場は何処だ?」
「それなら……アムル、悪いけど頼める?場所は任せるから」
「わかった」
「ルーヴェストさん……スミマセンが今日の訓練はお任せします。俺は準備を優先しますので。食事と宿泊、あと風呂も問題ありませんから……」
「おう。任せろ!」
アムルテリアに率いられたルーヴェスト、イグナース、ファイレイは城の外へ。アムルテリアが城の近くに訓練場を用意する手筈となっている。
アスラバルスは今後の対策の打ち合わせの為、神聖機構へと帰還した……。
「俺も帰るか……。今の俺の立場じゃ訓練にも参加出来ないしな」
「いえ……フリオさんにはトシューラ側の警戒を頼みたいんです」
「……。まさか、こんなタイミングでトシューラが仕掛けてくるとでもいうのか?査察を一番喜ぶのはトシューラだと思うが」
「パーシン達側に送った分身も軍事的な動きは見てないんでそっちは大丈夫かと……。でも、心配なのはトシューラよりも……」
「魔獣アバドンか……」
何よりトシューラ国は魔獣の進行により被害が甚大だった為、直ぐ様軍事行動に移すことは難しい筈。
それよりもライは、魔獣アバドンが心配だった。
「アバドンはトシューラ国内で召喚された。なら、恐らく再び現れるのもトシューラ国の可能性が高いかと」
「……だから国境を守れってか?」
「勿論、分身も付けますけど何があるか分からないんで……。あ、ついでにトラクエルでも鍛練をしましょう」
「今度は鍛えられる側か……。ま、ただ見張ってるよりは良いが、複雑な気分だな」
ライの成長ぶりを聞いているフリオ。だが、新生トラクエル騎士団の底上げは渡りに船でもある。
今後、トシューラ国は失った国益を取り戻す為に大国にすら侵略を仕掛けないとは限らない。その際、最前線になるのは間違いなくトラクエル領──。
トシューラ国、魔獣、そして魔王……。より多くを守るという意味では、成る程ライの行動は正しい。
方角的にはトゥルク国の真逆に位置しているトラクエル。シウト国としては背後から攻撃を受けるのは避けたいのも確かだ。
「ところで、『鬼軍曹方式』と『虎の穴方式』……どっちがいいですか?」
「……覚えてやがったな?」
フリオは苦笑いしている。ライはそれを確認すると、改めて肩を竦めた。
「背中を任せますからね、フリオさん?」
「わ~ったよ……。任せろ」
フリオはレイチェルに視線を向けて頷くと、指輪型神具を使用しトラクエルに帰還した。
脅威に向けた対策は続く。それはライの知己全てを守る為の行動なのだ。
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