第六部 第七章 第二話 トゥルク遠征
魔王の再来に対しライと縁ある者達の協議は続く。
己の役目を確認し動き出す者達……。そして現在、居城に残っているのはライの同居人達とリーファム、そしてラジックだ。
「今後の方針だけど、俺は分身を使って出来るだけ多くの人を鍛えに行こうと思う。勿論、本体はここにも居るつもりだけど……皆はどうしたい?」
同居人達の返事はまちまちだった。
訓練参加を希望したのはマリアンヌ、マーナ、クリスティーナ、トウカ、シルヴィーネル、アリシア、サァラ……。
独自の行動を選んだのはランカとホオズキ、そしてレイチェル……。
ランカは密かにライと念話を交わしサザンシス達の元へ警告に向かうことになっている。ホオズキは皆の為に食事等の家事を優先してくれた様だ。
レイチェルはエルフトでの教鞭に加えてホオズキと共に家事を、フェルミナはライのサポート役に徹するつもりらしい。
そしてリーファムは──。
「私は魔術師組合を掌握しつつ弟子達を鍛え直すことにするわ」
「わかりました。リーファムさんは装備とか揃ってます?」
「若干は……」
「じゃあ、ちょっと待ってて下さい。ラジックさ~ん」
「ん?何だい?」
「装備品の依頼を……」
リーファムだけでなく、その弟子アンリとアズーシャ……それと新しく同居することになったサァラやレイチェルの分も装備開発を依頼。リーファムは対価としてラジックに幾つかの術式を提供し、四季島へと帰還した。
「すみません、ラジックさん。装備開発ばかり……本当は武器が増えるの嫌なんでしょ?」
「仕方無いさ。状況が状況だからね……少なくとも研究が出来る程度には安定してくれないと私も困るし」
ラジックがまともに会話しているのは、昨日既に土産を渡しているのが原因だ。
因みに渡したのは、ディルナーチ大陸に伝わる『方術』を纏めた書物(ライによる複製)と、玄淨石の欠片、そして精霊結晶や純魔石を幾つか……。
「昨日話した通り、エルドナは竜鱗装甲の新たな情報を持ってます。材料の竜鱗もありますから連携して下さい」
「わかった。フッフッフ……あんなロリ眼鏡、すぐに超えてくれるわ!」
「た、頼りにしてますからね……?あ……それとこれを……」
それは腕輪型の空間収納神具……。
改良型のそれは空間収納、転移、念話強化の機能がある。
「スゥゥゥ~………………ん晴らスゥゥゥイッ!」
「あ……しまった」
ラジック、狂人モード発動!
「フッフッフ。ヤッベ……取り敢えず転移からかなぁ~?ヤッベェ……キタコレ!」
しかし、ライには考えていた奥の手があった……。
「………。そ、そんなんじゃエルドナに負けちゃいますよ?」
「何ィ!お、おのれ、ロリ眼鏡めぇぇ!必ずや私の理論に跪かせてやるわ!!」
「う~ん……仲が良いのか悪いのか……。と、とにかく頼みましたよ」
「任しんしゃい!!」
変人モード、科学者モードに加え、闘魂モードまでも手に入れたラジックは、エクレトルへと転移していった。
「………」
「………」
「と、ところでエイルはどうする?」
「あたしはちょっと別行動だ。すぐに戻るつもりだけどな?」
「レフ族関係?」
「いや……違うぜ?」
「じゃあ分身を付けるよ。一人で狙われると心配だし……」
「ホントか?じゃあ二人きりで話が出来るな?やったぜ!」
同居人達の一部からはやっかみの視線が向けられているが、エイルは気にした様子もない。流石は魔王様、大した胆力である……。
「で……最後にメトラ師匠はどうするつもりですか?」
「ワシは少しディルナーチに向かうつもりじゃ。最低でも魔法への対策を叩き込んでくるとするかの。……お主は初めからそのつもりじゃったじゃろ?」
「お見通しでしたか……」
「お主は律儀に国外追放を守っとるしのぅ……」
「流石はメトラ師匠……頼めますか?」
「うむ……魔王なんぞに『銘酒・皆殺し』を奪われる訳にはいかぬからの?……ということじゃから、そろそろ少し空けるぞよ?トゥルクにはワシも向かうつもりじゃ。当然、遠征迄には戻る。………。良いか、ライよ?無理はするでないぞよ?フェルミナ、エイルはそこをちゃんと見張るのじゃぞ?」
そう言い残し、メトラペトラは《心移鏡》の中へと姿を消した。
取り敢えずではあるが大まかな方針は決まった。
とはいえ、ライには不本意な部分が多々ある。だが、それも必要なことと理解しているだけに尚更気が重い。
しかしながら、意を決したライは同居人達を前に改めて意思の確認を行った。
「……。本当はさ?皆を戦わせたくないんだよ。でも、強くなることは今後どうしても必要になると思う。直接戦場に出なくても、いざという時は強い程良い訳で……」
そんな言葉を遮ったのはマーナだった。
「私は見ているだけなんて嫌よ。お兄ちゃんが戦うなら隣で並ぶくらいの役には立ちたい。お兄ちゃんの枷を取り払う程度にはなりたいの」
「マーナ……」
「今はこんな不安定な世界だから、きっと皆が力を望んでいる。その中で僅かでも力を有しているのは意味がある筈よ?だから私は、私自身の意思で決めたい」
「…………」
「お兄ちゃんは、それでもどうしようもない時にだけ助けてくれれば良いのよ。私達は守られるだけの存在じゃない……意思を持って共に戦えるんだから」
同居人達は頷いている。
事実としてライの同居人達は相当な力を有している。恐らく現時点でもエクレトルの戦力に匹敵するだろう。
それをライ一人で守ろうとするのは、過保護と思われてもおかしくはない程だ。
「そういう訳だから、お兄ちゃんが一人で抱える必要は無いのよ。ニャンコ師匠にもその辺りは言われてるでしょ?」
「うん……わかったよ。だけど、一つだけ約束してくれないか?無理だけはしないって」
「お兄ちゃんがしないならね?」
うんうん!とマーナの言葉に同調する同居人達……無謀常習犯は流石に言い返せない。
「う……ぜ、善処します」
「宜しい。じゃあ私達は早速修行ね。及ばせながら『三大勇者』の私がタップリとしごいてあげるわ」
マーナの瞳がキラリと光る。その邪悪な笑みにアリシアやシルヴィーネルはブルリと震えていた。
この後……マーナはこの期を利用し増え過ぎた同居人を追い出す為にスパルタ特訓を施す……のだが、それが同居人達の成長に大きな影響を与えることになるのは余談だろう。
世の中、本当に何が功を奏すか分からない……。
そしてライもいよいよ行動を始める。マーナの言葉もあり、その労力は主にシウト国外へと向けられた。
縁を繋いだ国の殆どは脅威存在に対抗できる程の戦力を有していない。それぞれ国内に混乱があったが故であるが、戦力や防衛強化を考案する必要があった。
シウト国内はトラクエル領やエルフト、エルゲン大森林──、そして国外はアロウン国、連合国ノウマティン、アプティオ国、トシューラ国・ドレンプレル領……ライはトゥルク遠征までの間それぞれの地へと分身体を送り出した。
加えてエクレトルにも一体……これまでで最大の分身展開となるが、アムルテリアとクローダーの契約の影響か六日の間の維持が可能だったことは幸いだったと言える。
そんなライの分身達──殆どはトゥルク遠征の日まで各地にて戦力の育成を行うことに専念していた。
付け焼き刃ではあるが、即壊滅を避ける程度の準備は果たせたと言って良いだろう。
やがて七日が過ぎたトゥルク査察の日───。
「ライが来てないじゃと?どういうことじゃ?」
エクレトルに集まっていた査察組は幾分の混乱が見える。
トゥルク国への査察は二手に別れて行われることになっている。
トゥルクの隣国トォンには各国からの兵が集結し合図と共に包囲網を……エクレトル側の遠征組は声明を読み上げた後進入し、プリティス教の査察を行う予定だ。
だが……最も期待されていた戦力たるライが確認できないのだ……。
「来ていない……というよりも消えたといった方が良いでしょう。気配を感じません」
マリアンヌですら困惑している様子。あまり芳しくない状況である。
「そう言えばフェルミナも居らんぞよ……アムルテリアよ、どう思う?」
「……大聖霊紋章にも反応がない。これは恐らく敵勢力による隔離の可能性があるぞ?」
「敵じゃと?まさかアムドが……」
「断言は出来ないな。至光天アスラバルスよ……作戦日を先送りにする方が良いと思うが……」
アムルテリアの提案を受けたアスラバルスは困ったように首を振った。
「恐らくトォン側に張った包囲網を気付かれているやも知れぬ。先送りにすれば何が起こるか判らぬ……この期を逃すべきではあるまい」
「そうじゃな……ワシもそう思う。仕方あるまい……ワシとアムルテリアでライの代わりとして貰おう。ライのことじゃ……ワシらに気付けば飛んでくるじゃろうからの」
「……わかった」
「事前の打ち合わせでは、プリティス教と国を二分する国王派側に向かい現状を確認ということになっておったな」
メトラペトラは改めて思考を巡らせている。
「プリティス教徒とやらはどれ程の規模じゃ?」
「調査報告の範囲で確認のは約七万人と聞いている。殆どは一般の民だが、教団の役職上位にある者は間違いなく魔術師・魔導師の類いだろう」
「ふむ……。どうしたものかのぅ………」
ライならば……それでも犠牲を減らそうとする筈だ。
「ともかく、先ずは国王とやらを確認じゃな。そこで得た情報次第ではプリティス教団そのものを壊滅させねばならんじゃろう。国王派の土地ギリギリで防衛しつつ国王派側の民を保護。それから攻めに転じるのが妥当じゃな」
「………メトラペトラ。変わったな……昔なら有無を言わさず消し飛ばしただろう?」
「う、うるさいわ、犬公め!……アスラバルスよ、それで良いかぇ?」
「承知した」
トゥルク国内への遠征組は凡そ百名程。アスラバルスはその者達の前で大声を張り上げた。
「皆、良く聞いて欲しい!今回の相手は人……無力な人間が殆どだ。今回は飽くまで査察を理由にしている。極力無駄な殺生は行わないよう心掛けて貰いたい!」
遠征組は小さく頷いている。
「しかし!何よりも優先すべきは自身の命であることも事実。敵と認識した場合は脅威存在と同等と考え対処を願う!躊躇は他者への被害を増やす恐れもあると忘れること無き様に!では、遠征を開始する!!」
エクレトルが用意した移動用飛行船へと乗り込む遠征組の雄志達。トゥルク国査察へ向けた行動が開始された。
勇者ライの不在……そして天使の国エクレトル、初の国家規模への介入。
不安が幾重にも重なる中で、遂に邪教プリティス教との戦いが幕を開ける……。
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