第六部 第七章 第三話 魔神の槍


 【トゥルク国】



 大国トォンより北西方向の山間部にある小国は、五百年程前に一人の男が森を開拓したことから始まった。


 木こりとして育ったその男はペトランズでは珍しい天然の魔人……その体力と魔力を存分に駆使し、たった一日で森を開拓。小さな集落に変えたという。


 集落はやがて村へ、村は街へと変わり、遂には国へ──。王となった男は国の名をトゥルクと定め、民が自然と共に暮らす穏やかな土地となった………。



 そんなトゥルクにプリティス教なるものが発生したのは二百九十年前。それもまた一人の男が突然創設した宗派だった……。


 それからプリティス教は勢力を増し、やがて国は二分される。王国である筈のトゥルクは、今や教国として認知されている……それが現在のトゥルクの現状だった。



「我々もその程度の情報しか知り得ていない。ただ、トゥルクのは魔人であることは間違いは無いだろう」


 【ロウドの盾】を乗せトゥルク国へと向かうエクレトルの大型飛行船──その中で至光天アスラバルスはメトラペトラ達との会話を続けていた。


「トゥルクの話自体はワシも少し思い出したぞよ?じゃが、あの頃は只の小国……怪しげな宗派は無かった筈じゃが……」

「プリティス教の由来が一体何かは我らエクレトルも掴めなかった……。くれぐれも油断するな、大聖霊よ」

「分かっておる。アスラバルスよ……お主は船を守るが良い。場合によってはトゥルク王とその民を乗せねばなるまいからの」

「……。エクレトル初の国家介入だ。私といえど不安も残る。やはり此処に勇者ライが居ないのは正直痛いな」

「確かにの……アヤツがいれば流れる血は遥かに少なかったじゃろう。それにフェルミナじゃ。アヤツの力による回復が無いのも惜しい」


 他者を傷付けることを極力避けたライは、その為の研鑽を続けてきた。幻覚魔法・《迷宮回廊》系は元々その為に編み出されたもの……。

 加えて、華月神鳴流の開祖トキサダから学んだ【波動吼】という術はやはり他者を傷付けずに制圧が可能な力。遠征に加わっていればこれ以上無い役割を担っただろう。


「しかし……何処に行ったのかワシらにすら判からぬとはの。アヤツらに限って逃げることは無い。……つまり……」


 何らかの脅威と対峙したか、何らかのトラブルに巻き込まれたか……。

 大聖霊達とライの間との『魂の経路』が途絶えている時点で尋常ならざる事態だ。


 いずれにせよライならば自力で解決するだろうが、今回は間に合わない可能性もあるとメトラペトラは考えていた。


「問題は、ワシらではなく遠征に加わっているライの同居人達じゃな。一言もなく姿を消すなど初めてのことじゃろうて……心配と不安が悪く働く恐れもある」

「うむ……」


 それは天使側も同様だろうとアスラバルスは考えていた。

 天使達に訓練を施していたライは随分と信頼されていた。不安より心配が先に立つだろうが、やはり気掛かりには違いあるまい。


 ここで、アムルテリアが一つ提案を申し出る。


「ライはフェルミナと共に脅威と戦いに行ったことにした方が良いだろう。そうすれば士気は下がらない……違うか?」

「じゃが、いつ戻るかすらわからんのじゃぞ?」

「私はすぐに戻ると思っている。ライが約束を違えたことはないからな」

「……良かろう。アスラバルスもそれで良いかぇ?」

「この際仕方あるまい……」


 天使は嘘を嫌うがアムルテリアの提案は事実の可能性もある。利用しても問題無いとアスラバルスは判断した様だ。


 そうして、ライの親しき者達には『仮定』という前提は隠して話が伝えられた。



「で、では、そちらにも協力に向かわねばならないのでは?」


 クリスティーナはかなり動揺している。それはトゥルクに攻め入る不安ではなく、ただライが心配が故。



 トゥルク遠征に加わった同居人は、クリスティーナを始めマリアンヌ、トウカ、マーナ、シルヴィーネル、アリシア、サァラ、ランカの八名。

 エイルはライの居城に残り、ホオズキ、レイチェルを不測の事態から守る為に不参加となっている。


 ルーヴェスト、イグナース、ファイレイは【ロウドの盾】として参加しているが、話を聞いて納得の様子を見せていた。


「安心しろ、クリスティ嬢ちゃん。ライはそんなやわじゃねぇから」

「し、しかし……」

「声を掛けなかったのは、お前らがそうやって付いて行こうとするからかも知れねぇぜ?こっちは幾ら人手があっても足りねぇ可能性もあるからな?」

「それは……そうですが……」

「大丈夫だって。それより、アイツの方が心配してるかもな……。可愛い娘達はやっぱり箱に入れて守らないと駄目だったか、ってな?」


 不適に笑うルーヴェストの言葉に焚き付けられたクリスティーナは、フンスと鼻を鳴らす。


「そ、そんなことはありません!わ、わたくしは必ず……」

「わかった、わかった。じゃあ、全員そうだとライに見せてやれ」


 アスラバルスに視線を送り首肯くルーヴェスト。全てお見通しといった様子に、アスラバルスも苦笑いをしている。


 現状、事態を理解しているだろう者はルーヴェストとマリアンヌだけ。だが、彼らは迷いなく遠征に参加している。


 それが必要であることを知っているのだ。



「そうか……ライ殿は参加していないのか。久々に会ってみたかったんだがな……」


 【ロウドの盾】にしてシウト国独立遊撃騎士・シュレイドは、残念そうに呟いた。


「昨日まで私達も訓練を受けていたのですが……余程急な脅威出現だったのでしょうね」


 前日までライの分身体から訓練を受けていたマレスフィは、申し訳無さそうだ。


「私達は会ったこともありませんので是非お会いしたかったですね」


 バズ、アーネスト、ドロレス……そして天使ルルナリアは幾分ガッカリしている。


「まぁ機会は幾らでもあるだろうぜ。もしかすると、直ぐに敵を倒して来るかも知れねぇからな?」

「そうですね。噂の英傑公に会うことを楽しみにするとしましょう」



 アムルテリアの案は功を奏し士気は回復した様だ。




 こうしてエクレトルの飛行船は問題なくトゥルク上空に到着。船は停止し、今回の査察についてアスラバルスよりトゥルクへの通達が始まった。



『我々はロウドの盾。私はエクレトル代表のアスラバルスだ。先より何度も要請をしていたトゥルク査察の受け入れについて一切の返答がない。そこで不本意ながら強行させて貰うことにした』


 その通信は魔法ではなく音を拡声したもの。物理的な通達はトゥルクのような小国ならば問題なく伝わるだろう。


『先ずは国王に話を聞き確認することになる。対話の意思があるのならば結界の解除を要請する。返答無き場合、結界の強制排除を行ないトゥルクへ進入する予定だ。しばし待つ故、返答を望む』


 直後──盛大な鐘の音が響き渡る。


 トゥルク西部の山岳からけたたましく響く大量の鐘の音……それは対話を示す友好的な音色ではなく、明らかに悪意に満ちたもの。

 更に……トゥルク側の結界が解かれ山岳から高出力の魔力光が放たれる。一筋の光がエクレトルの大型飛行船を掠めた。


 飛行船内では大きな衝撃が伝わり警報音が鳴り響いている。



「くっ……状況を報告せよ!」

「はっ!トゥルク西部、プリティス教総本山より高出力魔力を感知……恐らく神具かと思われます!飛行船の結界が一撃で破壊されました!」

「一撃で、だと……?エクレトル以外にそんな神具が存在しているなど……」

「エクレトル本国・エルドナ室長の推測では、魔法王国時代の遺産『魔神の槍』だろうということです!」

「そんな物まで用意していたのか……。やはり邪教の類……」


 飛行船の被害は少ないものの、結界を破壊された衝撃で機関部が安定しない。そんな状態で第二撃を受ければ大惨事になる。

 それを察知したアスラバルスは素早く決断した。


「このままでは不味い!一度地上に逃れる!適度に広い場所を選び着陸せよ!」

「了解しました!」

「その後、出力を全て防御に回せ!あの出力……防御を破られれば被害は甚大になる!その状態を維持しここを防衛線として防衛、修復、探知の三組に分隊し状況把握に努めよ!」


 飛行船は大型だが、何とか国王側の領地に適度な平地を見付け下降。【ロウドの盾】達は着陸と同時に素早く行動を始めた。


 が──そこにプリティス教総本山から神具による第二射が襲い掛かる。


 高出力魔力は防御結界と拮抗……激しい音と振動を起こした後、霧散した。


「け、結界が消滅……。これ以上は魔力が……足りません」

「くっ……防御部隊は連携防御術式を展開!飛行船の魔力蓄積まで持ち応えよ!それから情報をエクレトル本国に伝達……プリティス教は邪教と確定し駆逐準備に移れ!」

「哈っ!了解しました!」


 高まる緊張……恐らく次の攻撃を受ければ防衛線は瓦解する。


 アスラバルスは己の判断の甘さを後悔していた……。


 初の他国への介入故に僅かな気後れがあった──それは否定できない。

 国家規模で他国と対峙したことのないエクレトルは、無力な人間の犠牲を含めた行動を組み込めない。国の防衛こそ完璧に構築されているが、そこに弱さがあったことも理解させられた。


 これを次に繋ぐ為にも犠牲を出す訳には行かない……そう考えていたアスラバルスに、ルーヴェストが疑問を投げ掛ける。


「……なぁ、アスラバルスの旦那よ?奴等の神具……幾らなんでもおかしくないか?魔力の充填が早すぎるだろ」

「………。『魔神の槍』という神具は魔力源は何でも良いのだ。魔石でも魔物でも人間でもな。人なら魔力特化しておらずとも百人も居れば先程の魔力は集まるだろう。そして魔力源は使い捨て……」

「ちっ……胸くそ悪ぃな。てことは何か?向こうはまだまだ連発出来る訳だな?七万人も魔力源があるってんだからな……」


 クリスティーナはそんな会話に身震いしていた。人の命を平気で使い捨てる……そんな邪教そのものへの恐怖。

 同時に、そんなものに喜んで加わる人の愚かしさに怒りにも似た感情を感じていた。


 これは、最早戦争……退くことすら出来ない現状に戸惑う者もいる。


 しかし、無慈悲にもプリティス教からの攻撃は止まることはない……。



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