第五部 第四章 第十七話 虎渓への道
西寺塔領主ホズミ・ミツナガとの和解を果たしたイオリ。最後まで信じきれなかった贖罪と取り戻した友情の為、西寺塔の立て直しに協力を申し出た。
西寺塔の問題の原因は領主の分家・伯父セイカイと家臣の一部と既に判明している。後は証拠を揃え捕らえるのみだった。
そこで役に立ったのがイオリの『嘘を見抜く目』……西寺塔での過去が生んだイオリの能力が西寺塔の浄化に一役買ったことは、ある意味皮肉に感じざるを得ない。
しかし……イオリは躊躇わずその役割を全うする。己の役割の為に、そして少しでも友ミツナガの負担を減らす為に……。
カリンが助力を求めようとしたことから判るように、イオリは非常に優秀な人物である。博識多才にして優れた判断力、更に狡猾さも併せ持っている。
そこに方術の使い手たる才覚と嘘を見抜く力が加わり、西寺塔の浄化は驚く程早く成し遂げられた。
「たった四日で証拠と証言を集めたことには驚かされたぞ?相変わらず抜け目がないというか……もしかして以前より得体が知れなくなったか、イオリ?」
西寺塔・藍堂の街──町外れの草原。イオリとミツナガは、かつてそうして語りあった様に大樹に背を預けている。
「ハハハ……酷い言われようだな。でも、確かに変わったと言われても仕方無いか。神羅国中巡ったからね……色々見たことで少し狡くなった自覚はあるよ」
イオリは各地を巡る中で、図らずも民と関わりを持つ事態に遭遇した。盗賊に対する街の自衛の伝授、貧しい街に土地に合った特産、他にも民の生活を改善する術を考えたりと行動したのだ。
無論、イオリは善意で行っていた訳ではない。行き掛り上仕方無く手を貸した程度のつもりだった。
だが、そんな流れも人の営みを知る機会。世の善意悪意に触れたことで、イオリのその思考は民の生存優先に変化することとなる。
それが、僅かながらイオリの生きる意思を揺り起こしたのも運命……その行動がカリンに伝わり、才覚を買われたのもまた運命だろう。
「ともかく、これで西寺塔も落ち着く筈だ。感謝する、イオリ」
「いや……この程度ではお前の義に報いたとは思えないよ。これからも困った時は遠慮せず言って欲しい」
「ああ……感謝する」
昔と同じ笑顔を浮かべるイオリに、ミツナガの顔はどこか安堵している様だった。
「ところでイオリ……カリン様擁立の件、西寺塔は承諾した。勿論協力も惜しまない。しかし、虎渓領にも説明に行かねばならないのだろう?」
「勿論、そのつもりだよ。放蕩をしていた身だから少し覚悟が必要だけどね……」
「それなんだが、俺も同行しようと思う」
「………え?」
イオリは少し面食らっている。故郷に帰ることに確かに躊躇はあるが、ミツナガの助力は必要な程ではない。
「どうせお前のことだ。親父殿と喧嘩になるだろう?俺が同行すれば幾分なり話しやすくなる筈だからな」
「……しかし、西寺塔領はこれから忙しいだろうに」
「何……後は残務整理と言ったところだ。イナホと影武者が居れば問題ない」
西寺塔の領主は代々、公的な場では覆面・仮面で顔を隠している。領主は個の権力者ではなく、民の代表……領主個人としての存在は不要という初代西寺塔領主の意向から、民は領主の顔を知らない。
その顔を知る機会は、葬儀の時のみと決められていた。
つまり、影武者が領主に扮すれば問題ないのだ。更にミツナガの妹イナホは優秀な宰相らしく、大概のことは熟せるらしい。
「領内で俺が領主だと知っているのは親類や家臣のみ。だからこそこうして自由に移動出来るのは知っているだろう?それを利用して伯父御は俺と入れ替わろうとした訳だが……」
「……それでも、カゲノリ様の件もある。出来れば残った方が良いと思うけど」
「今回不本意ながら謀叛に加担し罪に問われなかった家臣達は、だからこそ寛大な処置に感謝していた。何より懸命に働くだろう。それに……」
「何だい?」
「本当のところは俺もお前の為に何かしたいのだ。お前が虎渓領と対面し話が纏まったら直ぐに戻る」
「ミツナガ……」
イオリの胸は久々に熱くなった。
ミツナガの友情は、それを永らく忘れていたイオリの心に浸透して行く……。
「ありがとう。じゃあ、お願いするよ」
「ああ」
こうしてイオリとミツナガは虎渓領へと向かうことになった──。
虎渓領と西寺塔領は昔から交流があり、その為の交易路がある。だが、その道は各地への流通も兼ねるもの……虎渓領主の元に向かうには遠回りになる。
そこで二人は最短の道を選ぶことにした。
向かったのは舗装のされていない小道。人通りも少なく、森や山を通る為少しばかり安全性が下がる。
普段、その道を使うのは隠密や飛脚など急ぎの用向きのある者達。簡単に言えば『裏道』である。
二人はそんな裏道……森の中を歩きながら虎渓領へと向かうことにした。
「ここを通るのも久し振りだ。幾らか整地されたみたいだね」
「使わない訳ではないからな。虎渓領にはあれからもう二つ道を繋いだが、やはりここが一番速い」
「以前は盗賊が出るなんて話もあったけど……」
「盗賊は西寺塔と虎渓が連携して拿捕した。だから比較的危険は少ない。魔物避けの方術も仕掛けてあるしな」
「それは父上が……?」
「いや、ソウウン殿が引退した後だ。盗賊退治は今の御領主……フタバ殿の夫アキフサ殿との協力」
「そうか。義兄上殿が……」
イオリの姉フタバは他領地に嫁いでいた。しかし……イオリが出奔したことにより跡継ぎが居なくなった虎渓の為、嫁ぎ先から戻ることになったという。
フタバの夫アキフサは義父であるソウウンの頼みで虎渓領主の座に就き、治世を行っているそうだ。
「アキフサ殿は飽くまでお前が戻るまでの代役、と言っておられたよ」
「私は多くの人に迷惑を掛けているな……」
「……自覚しているならソウウン殿に殴られてこい」
「ハハハ……酷いな、ミツナガ。でも、その程度で済むことじゃないよ」
地位を捨て領地を捨て、多くの期待を裏切った。その罪の重さはイオリも自覚している。
「私は虎渓領には帰らない。元からそのつもりで来たんだ。ただ、カリン様の擁立は虎渓領にとっても必要なことだと思った……だから来た。でも、どちらかと言えばお前に会いに来たことが目的なんだよ」
「……。イオリ……もしお前が良ければ、西寺塔に……」
と、そこでイオリの脳裏に突如念話が流れ込んだ。
(イオリさん、聞こえますか?)
(!……ライ君かい?これは……念話?)
(はい。少し急ぎの事態が出来まして。実はイオリさんが向かう先……虎渓と西寺塔の境辺りに精霊使いソガ・ヒョウゴが居ます。位置的に考えてイオリさんを待ち伏せしている可能性があります)
(ソガ・ヒョウゴが……)
(間違いならそれで良いんですが、一応警戒して下さい)
(いや……十中八九、私が狙いだろうね。つまり、向こうも私達の動きに気付いたのだろう。ありがとう、警戒しておくよ)
(あ……待ってください。少し試したいことがあるのでそのままに……)
(……?)
念話を繋いだまま足を止めたイオリ。ミツナガは突然黙り込んだ友を心配し声を掛けようとしたが、イオリは手で待つよう合図した。
僅か後……突然イオリの身体が光り始める。青、緑、黄色、赤と変わった光は直ぐに霧散した。
(今のは……?)
(念話を通じた遠隔補助魔法です。どうやら成功したみたいですね……今のは魔力や体力の強化をしました。一刻程は持つかと……)
(ありがとう。助かるよ)
(それと、もう一つ……場所は分かりましたから援軍を送ります。驚かないで下さいね?)
突然イオリ達の目の前に魔法陣が出現し、その中から二体の精霊が出現した。
一体は赤い半透明の鉱石の中に蠢くトカゲ。もう一体は銀色の身体を持つ針ネズミである。
ミツナガは突然のことに刀に手を伸ばしたが、イオリの制止で警戒を解いた。
(精霊二体を送りました。それはどちらもキリノスケさんの元・契約精霊です。イオリさんの防御を命じましたので使って下さい)
(……ありがとう。精霊使いであるソガ・ヒョウゴ相手なら心強いよ)
(それじゃ気を付けて。どうしても手が必要なら呼んで下さい。必ず行きますから)
(大丈夫だよ。君からはもう多くの力を貰っているからね)
(では……)
念話が切れたのを確認したイオリは精霊達に声を掛けた。
「君達の主から話は聞いたよ。私だけでなく彼も守って貰えるかい?」
『同行者がいた場合、共に守れと命令を受けている。安心せよ』
「ありがとう……相手は精霊使いだ。精霊同士の戦いは大丈夫かい?」
『精霊同士の戦いは人で言う弱肉強食に当たる。相手精霊は取り込んで問題ないか?』
「構わないよ。それで頼む」
『承知した。では我々は姿を消すが常に傍らに居る。安心して行くが良い』
「わかった」
説明を終えた精霊は姿を消した。だが、確かに高い魔力がイオリとミツナガの周囲に漂っていることは感じる。
「い、今のは何だ……?」
「精霊だよ。元はキリノスケ様の精霊だったけど、今はライ君……ホラ、話しただろ?その異国の勇者が使役している。私達の守りをしてくれるって」
「……本当に驚かされることばかりだな」
「ミツナガ……本当は戻った方が良いと思うんだ。相手はソガ・ヒョウゴだ」
「まさか……あのソガ・ヒョウゴか?」
「ああ。今はカゲノリ様の従者になっているらしい。虎渓と西寺塔の領境にいるそうだ」
「…………ならば、尚更同行する」
「ハハハ……変わらないな、ミツナガは」
結局ミツナガは同行を選択。二人は警戒しつつ領境まで歩を進める。
関所まであと間もなくとなった位置で、イオリは警戒の声を上げた。
「……居た。ここから森の遥か先……様子を伺っている」
「この位置で分かるのか?」
「先刻、補助魔法を掛けて貰ったから感知も拡がっているみたいだね。微かだけど気配が判る」
「それでどうする?ソガ・ヒョウゴは確か……」
「ああ。遠距離を得意とした狩人だ」
ソガ・ヒョウゴがその名を馳せたのは、かつて魔物が暴走した際に遠距離からの狙撃で仕留めたことに由来する。
自ら考え作り出した武器『精霊銃』……そこに精霊術を組み合わせた『精霊弾』。とにかく遠距離からの攻撃を得意とする相手である。
「それでどうする?」
「何も相手に合わせる必要は無いよ。このまま森の中に移動して罠を張る」
「方術が得意なお前らしいな……」
「うん。まぁ、今回は方術だけじゃなく魔法も試してみようと思う」
「俺も手伝う……と言いたいところだが、役には立たないか……」
「いや。私は接近戦があまり得意じゃないからね……もし接近されたら頼むよ」
「わかった。任せてくれ」
二人はソガ・ヒョウゴに気付かれない距離を保ちつつ森の中へと移動。少しづつ離れながら罠を張る。
途中、精霊の呼び掛けに反応したイオリはその言葉に耳を傾けた。
『奴は偵察の精霊を放っている。喰って良いか?』
「そうだな……一体だけ残して食べていいよ。わざとこちらの位置が判るようにやってくれるかい?」
『承知した』
出現した赤い鉱石から複数体のトカゲが出現。その身体は溶岩のように赤黒く熱を帯び、近くにいるだけで暑さを感じる程だ。
トカゲは再度確認を入れると一斉に飛び去った。
「凄い力だな……」
「最上位精霊だからね……以前聞いたことがあるよ。キリノスケ様の持つ精霊には、火山に住むトカゲが居ると。今のがそうなんだろう」
「もしかして、お前が話していた燃灯山の魔獣を封じていた精霊か?」
「多分そうだと思う。その気になればアレだけでソガ・ヒョウゴを倒せそうだ」
【火の最上位精霊・紅蓮】
その本体はトカゲではなく、赤い鉱石の中にある魔力体。トカゲの姿は飽くまで真似ているだけの群体である。
燃灯山では溶岩の力による地理的優位があるとはいえ、あの翼神蛇を封じた存在。キリノスケの最大火力を誇っていた精霊だ。
「もう一体はどうなんだ?」
「私にも分からない……けど、感じる魔力は火の精霊と同等だ。相当な力を持つだろうね」
「……何か、わざわざ警戒するのが無駄な気がしてくるな」
「一応、ソガ・ヒョウゴには聞きたいこともあるからね。それに、精霊が本気で暴れられたら周囲が大変なことになる。飽くまで守りに徹して貰おう」
イオリは少しでも情報を得たいと考えている。精霊が居なかった場合は方術と神具で圧倒するつもりだったが、その必要は無さそうだ。
領境で会敵するソガ・ヒョウゴは、イオリに生きることの意味を刻み込む存在となる。
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