第五部 第四章 第十六話 封印されなかった右腕


 カゲノリ派の領地を巡るライとメトラペトラは、カゲノリの勢力の弱体化させるために奔走を始める。


 まず行ったのは自らの意思で従ってはいない領主の解放。

 人質を取られていた領主達にはそれを救出し引き合わせた後、事情を説明。カゲノリ派を装ったままでカリンに協力すると約束を得るに至る。



 カゲノリに加担することが領民の為と考えていた領主には、《迷宮回廊》を使用し繰り返しホタルの悲劇を見せた。

 次の日にはそれをホタルの祟りと思った領主は、急遽家長の座を嫡男に譲り隠居。新しい領主もその話を聞いた為に王位争いから手を引き中立を主張することになる。



 自らの利の為にカゲノリ派に付いていた領主達は、その悪行の記憶をライに保存された。その領民達は領主の悪行を何度も白昼夢で見せられることになる。

 結果、領民は団結し領主の城へと大挙して押し掛ける事態へと発展した。


 カゲノリに加担していた領主は、領地の混乱により保身に走る。その為に労力を費やすことに終始し、王の擁立どころではなくなった。



「本当はこんなやり方嫌なんですけどね……」


 領民が大挙して城に詰め掛ける様子を上空から見下ろすライ。メトラペトラは定位置の頭上でアクビをしている。


 本来ライは、他人の心を利用するやり方を嫌う。ホタルの件が無ければここまで大がかりな手間は掛けなかったと自覚もしている。


「確かにこんな面倒な真似はお主しかせんわな。じゃが、民からすれば選択の機会を与えられたことになるじゃろう。気にする必要はあるまい」


 自浄は領主だけの話ではない。統治する者の腐敗に目を閉じ従う者は同罪──。機会を与えられていながらそれを行わぬ者には、批判を口にする資格はないとメトラペトラは語る。


「かつての魔法王国もそれで滅んだようなものじゃ。支配者側が力持つ存在とはいえ、諌めることも意思表示もせなんだ者達は等しく神の怒りに触れた」

「……これで民が領主を追い落とした場合、どうなるんでしょうか?」

「さての……じゃが、流れからすれば次の王はカリンとやらで間違いあるまい。悪い様にはならんじゃろ」

「そう……ですね」

「それよりも、じゃ」


 危惧するべきは他にもある。いや、真にやるべきは寧ろそちら側……。



 【カゲノリに加担する四人の力ある存在】



「ラゴウ、ヒョウゴ、フウサイ、そしてあと一人……集まった情報では、其奴らは民の力だけでは手に余る相手の様じゃな」

「フウサイはまだ死んでませんが、直ぐに八十錫領主に拿捕されるでしょう。霊刀には封印魔法も付加してあるし、カズマサさんもいる」

「ふむ……となると、あと三人か。龍であるラゴウはお主が当たらねば倒せまいが……」

「いえ……サブロウさんなら多分、龍も倒せますよ。でも、ラゴウとは俺がやる。そうでないとキリノスケさんやホタルさんの手向けにならないし、ラゴウから直接話を聞かないと納得も出来ない」

「………気負い過ぎるでないぞよ?」

「はい」


 ライは《千里眼》を使いラゴウの様子を定期的に確認している。ラゴウが動いた時が決着の時で間違いはないだろう。


「残るは精霊使いソガ・ヒョウゴと……もう一人は何者か分からんのかの?」

「チャクラの【存在特性】を複数同時に使うと精度が落ちるみたいで……でも、何とか顔だけは」

「まぁ、それは仕方あるまい。本来【存在特性】は一人一つ……幾らチャクラが神の存在特性でも、それを同時に使うこと自体が無茶じゃ。神格に至れば別かも知れんがの……」

「ともかく、《千里眼》と《透視》《解析》を組み合わせても素性はわかりませんでした。でも、顔は女性でしたよ……しかもペトランズ側の」

「!……ということは、まさか?」

「多分ですが、トシューラ絡みの相手で間違いないと思います」


 スランディ島経由で神羅へ入国……久遠国にあれだけの数のトシューラ兵が居たのだ。神羅国側にも居る可能性は高い。


「だから、十中八九魔法を使うでしょう。只のトシューラ兵なら大した脅威じゃないんですが、他に兵の姿が無いのが気に掛かりますね」

「うぅむ……其奴は今どうしている?」

「ずっとカゲノリの傍に居ますよ。ここまでベッタリだとカゲノリを術で操ってる可能性もある。結局、直接会ってみないと分かりませんが……」

「……お主のことじゃ。一人で倒すつもりじゃな?」

「初めはそのつもりでしたけどね……任せられれば極力任せようかと」


 予想外の言葉にメトラペトラは目を丸くした。ライが脅威を他人に任せることはかなり珍しい。


「どういう風の吹き回しじゃ?お主が他人を頼るなど……」

「実は、神羅では人との戦いは極力しないと決めてたんですよ」

「ほぅ……それは良い傾向じゃな」

「極力ですよ?極力。放置する訳じゃありませんが、カズマサさんみたいな存在が居ないとペトランズに帰るにも心配ですから」

「ならば、久遠国はあれで良かったのかぇ?」

「久遠国は神羅国と違って結束が固い。それに強い人多いでしょ?犠牲が嫌で動いていましたが、困難に立ち向かえる強さは持っている筈ですよ?」


 神羅国に来て確信したが、ディルナーチ大陸での全体的国力は久遠国の方が高い。領主には魔人や半魔人が多く、良き為政者や指導者もいる。何より久遠国は団結力が高い。

 今の久遠国ならば、たとえライが居らずとも国を導き脅威にも立ち向かえる筈だ。


 対して神羅国は王位争いのせいで国が割れている。ライの干渉が良い方向に働いているが、結局これを纏めるのは神羅国の民。今は国が纏まる途中と考えるべき状態である。

 それを確実なものにするには、神羅の民が自力で成し遂げたという自信が必要だろうとライは考える。手助けはするが全てを片付けてしまっては駄目なのだ。


「初めは自分が強くなる為に必死でしたからね。久遠国では出来ることを必死でやった。でも、今は……」

「いい加減自覚した様じゃな……」

「はい。少し逸脱した存在になっちゃいましたからね、俺」


 下手に介入すれば国を荒らす事態も起こり得る。それは本意ではない。


「翼神蛇……アグナと戦ってまだまだ力不足を思い知らされはしましたけど、人の中では大人しくしていないと……」

「それがお主の決断ならば良かろう。ま、ワシはお主が我慢出来るとは思っとらんがの?根っからの甘ちゃんでお節介……それがお主じゃからな」

「アハハ……勿論、見て見ぬフリはする気はないですよ。特に親しくなった人達には、力がどうじゃなく縁を大事にしたいと思ってます」

「うむ。それで良かろう」


 メトラペトラは弟子の成長を素直に喜んでいた……。


「では、予定通りお主の為に制御封印を授けるかのぅ。平時は過剰な力を抑えれば周囲に影響を与えずに済む」

「つ、遂にこの右腕の封印が!」

「い、いや……そういうのは無いぞよ?」

「え~?ヤダ~!つ~ま~ん~な~い~!」

「くっ……!や、やはり根は変わらぬかぇ」


 メトラペトラが伝授するのは大聖霊紋章、聖獣紋章、精霊紋章を利用した制御封印。


「大体魔力の半分を封印するとしようかのぅ。イメージとしてはチャクラの魔力貯蔵じゃな」

「半分は貯蔵されるってことですか?」

「そうじゃ。この先成長しても全て半分を封じる。必要な時はいつでも解けるが、ハッキリ言って滅多には解く必要は無いじゃろうな」


 半分でも龍の魔力量に匹敵する。ライが如何に魔力量過多かは察して余りあるだろう。


「半分は大聖霊紋章に貯蔵……そこで、じゃ。本来お主の身体は空いた魔力を回復しようとするじゃろ?それを聖獣と精霊に回す」

「それって、聖獣達に悪影響は出ませんか?」

「寧ろ逆じゃ。奴らとの契約は魔力供給……本来満腹になるまで欲しいが、それだと契約者が乾涸びるでな?奴らは自制しておるのよ。その供給を限界まで拡げる」


 その結果、聖獣・精霊は更なる進化に至る筈だとメトラペトラは語る。


「奴らは魔力が増すことで成長するから寧ろご褒美じゃろう。無論、契約対象が増えればご褒美も減ることになるがの」

「それだと、封印を解除したら大量に魔力食われませんか?」

「いや、そこは調整じゃな。封印中のみ供給が増え解除したら元に戻す。大聖霊紋章を経由するのは本来の契約と別枠にするからじゃよ」

「成る程……それなら困りませんね」


 つまり、封印を解除したら問題なく全開で力が使えるということらしい。


「それと能力の封印じゃが……」

「能力は別に良いと思うんですけど……」

「普段使わぬ能力は勿体無いじゃろ?じゃから聖獣や精霊に権利を貸しておくんじゃ」

「それってもしかして、俺がアグナから借りた《具現太陽》とか《植物創生》みたいな感じ?」

「解りやすく言えばそうじゃな。こちらも必要なら直ぐ全力使用出来る。大きな違いは、やがてその能力は奴らに刻まれることじゃな。聖獣や精霊が強化されればお主も楽になるじゃろ?」

「確かに……でも、それを使う事態が来ないことを祈りますよ」

「まぁの……じゃがお主、厄介に首突っ込むのは目に見えておるしのぅ?」

「エヘヘ……それ程でも」

「誉めとらんわ、たわけ!」


 能力に関しては、貸与した対象の数だけ効果が低下するらしい。封印というよりは分割貸与に近い様だ。

 貸与の際、聖獣や精霊から確認が入るとのこと。一度に一つの能力貸与の制限ではあるが、一度聖獣・精霊に能力が刻まれれば新たに別の能力貸与に変更されることになるそうだ。


「魔力解放したい場合は、大聖霊紋章を思い浮かべ『還魔』、能力使用は『集把』と唱えよ。再封印は『封限身』、分かったかぇ?」

「み、右腕の封印は……?」

「無い」

「くっそぉぉぉ~う!」


 右腕の封印に拘る漢……その願いは虚しくも砕け散った。



 その後、メトラペトラの指示に従い自らに封印を施したライは力の具合を確認する。


「……何かあんまり変わらない気がする」

「まぁ、普段は全力ではないからのぅ」

「あ……魔力吸収が弱い」

「聖獣も精霊も、まず魔力吸収が欲しかった様じゃからの。必要としなかったのは火鳳とアグナじゃろ?」

「そうですね」

「今後は聖獣や精霊を扱き使ってやれ」

「フッフッフ……聖獣・精霊使いの勇者、見参!」


 案外ノリノリで決めポーズを選んでいるライにメトラペトラは呆れていた……しかし、精霊使いという言葉でふとした懸念を思い出す。


「そういえば、精霊使いソガ・ヒョウゴとやらはどうした?」

「ちょっと待って下さいね~……」


 戦闘向けではないチャクラは封印の外にある。《千里眼》も問題無く使用可能だ。


「これは……」

「どうした?」

「虎渓と西寺塔の付近にソガ・ヒョウゴが……」

「そこに向かったのはイオリと言ったか……どうするんじゃ?」

「……大丈夫だとは思いますが連絡しておきましょう。それと、少し試したいことがあります」




 そして舞台は、虎渓領と西寺塔領境の森に差し掛かるイオリの視点へと移る──。




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