第五部 第四章 第十五話 盗っ人勇者とニャイ棒


 ゲンマが美景領にて『ちょっとした漢気』を見せていた頃……超常とまで言われた勇者ライは───盗みを働こうとしていた。



 怒り任せで敵を殲滅しようとする感情は、カズマサの意識内で修行を手伝ったことにより初心を思い出し平静へと戻る。


 そこで方針転換したライは、カゲノリの拠点を狙い資金や財を片っ端から盗むこと選択。間接的なやり方でカゲノリの弱体化を狙うことにした。


 出来れば神羅の民自らに解決して欲しい……それは、そんな願いからの判断だった。



「………ふぅ。行った様じゃな」


 カゲノリの拠点の一つで警備兵に発見されかけた二人は、現在無人の座敷に隠れている最中である。


「危なかったですね……しかし、昨日も今日も何で気付かれたんでしょ?」

「フッフッフ……知りたいかぇ?」

「えっ?分かるんですか?」

「勿論じゃ。それはのぅ……見付かりそうになった時、お主が馬の嘶きを真似たからじゃよ?昨日はカッコウじゃったしの?」

「馬やカッコウなんて何処にでもいるでしょ?」

「ハッハッハ。屋敷の『中』には居らんのぅ……特に押し入れの中にはの?」

「成る程~。そっか~!アハハハ」

「そうじゃよ?ハッハッハ」

「アハハハハ~」


 そこでメトラペトラ突然のマジパンチ!ライは“ ごふぇっ! ”と声を上げて吹っ飛んだ。


 倒れたまま頬を押さえているライは、信じられないと言った顔でメトラペトラに視線を向けている。


「よぉし、歯を食いしばれ!」

「い、いや……メトラ師匠。せめて殴る前に言って下さいよ」

「悪い悪い……避けられたくなくてのぅ?」

「くっ……さ、流石は師匠。えげつねぇぜ……」


 完全にいつもの痴れ者……ライはどうやら調子を取り戻した様だ。


「大体何じゃ、この手間は!いつもの様に幻覚で眠らせれば良かろうが!」

「んもぅ~……分かってないなぁ、おニャンコちゃんは。背中で泣いてる男の美学ですよ」

「知らんわ!わざわざ警戒の目を避けて移動の手間を掛ける意味が分からん!」

「おっと……無駄話はこれ位にしておこうか。行くぜ、泥棒猫?」

「ど、泥棒猫……?」


 メトラペトラは『泥棒猫』の称号を手に入れた!


 隠形スキル《忍び足》……は猫なので最初から保有していた!



(まぁ、良いわ。落ち込んでいるよりずっとマシじゃからの)


 必要の無いことも落ち着く為の行動……そう考えればメトラペトラも納得することが出来る。



 だが、メトラペトラは失念していた。奴が只の痴れ者ではないことを……。



 ライが先ず始めたのは屋敷の見取り図作成。一部屋づつ回り、間取りを確認。それを図面にしたため隠し部屋の位置を探る。


「ふむ……隠し部屋はこの辺りが怪しいな」

「のぅ、ライよ」

「何だ、相棒?」

「………。チャクラの《千里眼》使えば早……」

「お~っと!そこまでだ!口には気を付けなきゃあな?誰が聞いてるか分からんぜ?」

「…………」


 止まらない痴れ者は、更に無駄な行動を続ける。


 目星を付けた部屋を念入りに調べ、見付からなければ再び目星を付ける。全て《千里眼》を使えば数秒で終わる作業だ。


「のぅ、ライよ?」

「何だ、ニャイ棒?」

「ニャ……ニャイ棒?ま、まあ良い。それより隠し部屋じゃが……」

「流石はニャイ棒……見付けたのか?」

「いや……そもそも、そんなものあるのかぇ?」

「男なら隠し部屋や秘密基地を求めるもの……必ずある!」

「……じゃが、外の蔵の方が厳重じゃったろ?普通、アッチに置くと思うがの」

「な、なん……だと?」


 屋敷は明らかに手薄。金目の物も無い。


 寧ろ屋敷は蔵の警備に当たる者の為に用意してあることが窺えた。


「くっ……!俺様としたことが……!」

「………。じゃあ、さっさと終わらせて次に行くぞよ?」

「へへっ……急ぎ働きは失敗の元だぜ、ニャイ棒?」

「……ま、まだやるのかぇ?」

「あたぼうよ!」


 親指で鼻を擦った盗人勇者。やる気満々である。


「はぁ……仕方無いのぅ。で、どうするんじゃ?」

「勿論、見張りの目を盗んでお宝を頂くのよ」

「……ま、好きにせい」


 屋敷の屋根に移動したライとメトラペトラは蔵の様子を窺う。

 かなり大きな石蔵の周囲には総勢八人程の警備兵が配置され、更にそこを巡回する兵が二人。


 加えて近くには屋敷とは別の兵舎があり、そこには二十名程の兵が常駐している。かなり厳重な警備だ。


「……仕方無い。ニャイ棒、囮を頼むぜ?」

「お主……少し調子に乗り過ぎじゃないかぇ?」

「そんなこと言わないでくれよぉ~、もう少し付き合ってよぉ~」

「くっ!何とまぁ面倒臭い……」


 渋々承諾するメトラペトラ。ライの作戦を聞いて白目になりつつも諦めて蔵の入り口を目指す。


「ん?猫か……?」


 蔵の入り口の警備二人は、庭に迷い込んだ猫とでも思ったのだろう。


 だが警備兵は、メトラペトラが作戦を決行したことで度肝を抜かれることになる……。


「は、はぁ~い!お兄さん、アタイと遊ばない?」


 メトラペトラは突如二本足で立ち上り、猫の骨格を無視した『人であったならセクシーだっただろうポーズ』を取った……。


「……………」

「……………」

「ば、化け!」


 言葉の途中で兵士二人はアッサリと意識を刈り取られ崩れ落ちる……。

 兵士達がメトラペトラに意識を向けた隙にライが背後に回り気絶させたのである。


「ナイスだぜ、ニャイ棒!」

「くっ……こ、こんな恥辱、初めてじゃ!」

「さぁて、お次は……」

「うぉぉい!聞けぃ!」

「しぃ~っ!ホラ、警備に気付かれますよ!」

「くっ……!納得行かんぞよ……」


 こんな手間も吸収魔法で屋根か地面に穴を明ければ済む話……メトラペトラは段々イラついて来た。


「先ずはこいつらの偽装からだな……」


 気絶した警備兵の瞼に墨で目を書き、壁に寄り掛からせたライ。更に纏装を糸状にし兵士に括り付け屋根の上に移動。蔵を巡回する兵に備える。


 間近で見れば明らかな違和感を感じる脱力警備兵───巡回している兵は当然ながらそれに気が付いた。


「おい……どうした?」


 呼び掛けに対し、蔵入り口の警備兵はダラリとした姿で力無く手を振っている。正に操り人形といった様子だ。


「おい……どうし……」


 良く良く見れば目は墨で書かれている。足もハの字で力無い。異常事態……そう気付いたと同時に巡回兵は気を失った。


「三人目の出来上り~」

「………」


 もう一人の巡回兵も同様に捕縛、気絶。次は入り口から程近い兵を手招きで誘き寄せ捕縛。遂に蔵の兵は全員捕縛されるに至る。


「フッフッフ……見たか、我が秘術を」

「成る程……木乃伊取りが木乃伊になるとはこのことかぇ……」

「さっ。この隙に入り口の鍵を……」


 ライは盗賊気取りで錠前に金属棒を差し込んだ。しかし金属棒はパキリと音を立て鍵穴を塞いでしまう。


「…………」

「…………」

「………むん!」


 結局、錠前を力で握り潰したライの行動にメトラペトラは溜め息を吐くばかりだ。


「結局、力任せじゃな……今までの無駄は何じゃったのかの……」

「そんなことより、いよいよお宝と対面だぜぃ?」

「…………」


 蔵の中には……何もなかった。同時にメトラペトラはガクリと崩れ落ちた。


「……のぅ、ライよ?ちょいと周囲一帯消し飛ばして良いかの?」

「ちょっ……ちょっと落ち着いて下さい、メトラ師匠!」


 流石に悪ノリし過ぎたと気付いたライは、メトラペトラのお怒りを察し慌てて《千里眼》を使用。


「むむ!やはり、この下に隠し部屋があります」

「隠し部屋?まさか本当にあるとはの……お主と同じ阿呆の仕業かぇ?」

「ち、違いますよ、多分。只の擬装だと思います」

「ま、どうでも良いわ。早う終わらせるぞよ?」

「了解、ニャイ棒!」


 隠し階段を下りた先には、上階と打って変わって莫大な財宝の山……加えて大量の武具一式が所狭しと並んでいる。


「思ったより凄いお宝だった件……」

「金品もそうじゃが、武具も相当な値打ちものじゃな。魔導具まであるぞよ?」

「コレ……ペトランズ製の魔導具ですよね?」

「かなり古いのぅ……魔法王国時代のものかの?」


 魔導具の造りは直刀や金属鎧などに魔石を組み合わせたもの。明らかにディルナーチ大陸で作製された物ではない。


「これだけ貯め込んでたってことは、何か画策してやがったな?」

「もしかすると、争いに敗けた場合の王位簒奪を目論んでいた可能性はある。が、運が悪かったのぅ?」

「ヘッヘッへ……やるかい、ニャイ棒?」

「その為に来たんじゃからのぅ?」


 メトラペトラは『鈴型宝物庫』を発動。お宝は鈴の内部にある無尽蔵の空間へと吸い込まれて行く。

 隠し蔵はほんの僅かの間に何もない綺麗な空間になった……。


「取り敢えずここは終了ですね」

「というより、ここに全部集まっとったんじゃなかろうかの?」

「師匠もやっぱりそう思います?何か量が多かったですよね」

「まぁ、それなら面倒も無くて助かるわぇ。もう先刻の様な真似はやる気は無いからのぅ?」

「………。お兄さん?アタイと遊ばな~い?」

「シャーッ!!」

「ぶぶぶぼべばぐばらぁっ!?」


 メトラペトラ、怒りのマジパンチ乱打!ライは隠し部屋の壁に激突……めり込んだままピクピクと痙攣している。


「び、びどい……」

「少々甘やかしたのがイカンかったかのぅ。師匠をからかう様な輩には躾が必要じゃからな」

「そんな……!この世界で俺ほどメトラ師匠を愛している男は居ませんよ?断言しても良い!」

「ほ、本当かのぅ?」

「勿論!この目を見れば判るでしょ?」


 まるで少女漫画の恋愛シーンの如く目に大量の星を浮かべるライ……。しばらく見つめ合ったメトラペトラは、とうとう気恥ずかしさに負けて目を逸らした。


「し、仕方無いのぅ……」


 何やらモジモジしているおニャンコ大聖霊ちゃん……彼女はツンデレなニャンコなのである。


「そ、それより、次はどうするんじゃ?」

「取り敢えず教えて貰ったアジトは全て回ってみましょう。あと、アジトがある領地は皆カゲノリ派です。領主の意思を確認して、悪党なら領民に悪事を見せようかと思ってます」

「また手間じゃな……まぁ、自浄する機会を与えるのも一興か」



 その夜……ライはカゲノリ派各領地の城に忍び込み眠る領主の記憶を覗く。領主は皆が皆カゲノリに心酔している訳ではなかった。


 そこでライは、数日を掛け領主毎の対応を始めた。



 

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