第五部 第四章 第十四話 ゲンマの繋ぐ未来
盗賊『はぐれ雲』の罪を不問とさせたゲンマは、今回美景領を訪れた本題とも言える交渉へと移る。
「さて……ここから先は内密の話もある。聞く気がないなら話は終わりにする。だが、イワシゲ殿にとっても有益になる可能性は高いぜ?」
「内密……では、人払いが必要か?」
「先に言うが、俺はカリン様に付いている。と言っても直接会った訳じゃなく流れでそうなったんだがな……。話はそれに絡むことだ。後はイワシゲ殿の判断に任せる」
「……わかった。皆を下がらせよう。但し、アザミは実質の跡継ぎだ。残らせて貰うが構わんか?」
「任せると言った以上、好きにして良い」
家臣達を退室させ部屋にはゲンマ、イワシゲ、アザミ……そしてアサガオが残る。
「お願いです。私も……」
「聞き分けなさい、アサガオ」
「でも……」
ゲンマに懇願の視線を向けるアサガオ。しかし、ゲンマは首を振っている。
「少し複雑な話だ。だから待っていてくれ」
「ゲンマ様……」
「そうだ。悪いが昼メシを作ってくれるか?アサガオ……姫のメシは美味いからな」
「はい。わかりました」
嬉しそうな笑顔を浮かべたアサガオは、ゲンマに従い部屋を出る。イワシゲはその様子に興味を持った。
「随分懐いたな……」
「姫のことか?半分はアンタ達がアサガオに取っている行動のせいだ」
「どういうことだ……?」
「それは三つ目の話になる。先ずは二つ目から片付けようぜ」
二つ目の交渉……それは国王をカリンにする為の確認。
元々カリン派という美景領……ゲンマはその本心を探るつもりだった。
「イワシゲ殿がカリン派に付く理由を知りたい」
「何のことは無い。義父が……つまり先代がカリン様がお気に入りだった。だから、その意向を尊重しただけの話よ」
「……つまりそれは、カリン様を認めていないんだな?」
「まぁな。実質私は様子見のつもりだった。だが……例の白昼夢を見てからカゲノリ様に与する気は無くなった」
ライの魔法でホタルの最期を見たイワシゲは、只の幻覚として済ませる人間ではない。近頃のカゲノリは横暴が過ぎるという噂があるのだ。
「……あれは本当のことか、ゲンマ?」
「まず間違いないだろうな。先刻の神具を造ったのは異人の勇者だ。アイツならあの程度のことは容易い」
「………。お前はわざわざ私との交渉として話を持ち出したのだ。聞かせて貰おう」
「アンタならそう来ると思ったぜ」
それからゲンマの語ったのは雁尾に集った者達の話……。
カリンの命により味方を求めるサブロウ。不思議な縁で行動を始めた領主関係者のイオリとヒナギク。
そして、久遠国嫡男クロウマルと隠密トビを引き連れた勇者ライ。その目的が両国の和解を目指していることまで詳らかに伝えた。
「俄には信じられんが……お前がこんな手間を掛けて嘘を付く理由もない、か」
「ああ。そこで交渉の話になる。もしカリン様に同意するなら協力しないか?」
「…………」
「何か不満か?」
渋い顔で悩むイワシゲ。その様子にアザミは首を傾げている。
「父上……?」
「………気に入らん」
「何がですか?」
「異国の者が絡むことが、だ。神羅の事情に久遠が絡んで結果が出るのは良いこととは言えぬ」
イワシゲの反応は至極当然だろう。異国の、しかも王族が首を突っ込むことは大問題でもある。
交渉下手なゲンマは開示事情の良し悪しを判断せず正直に伝えた。それは誠意のつもりだったが、イワシゲからすれば危機感が増したことになる。
「クロウマルやトビは王位争いには加担していないぞ?」
「それを信じる程私は其奴らを知らぬ」
「カリン様が王位を継げば新たな商売に繋がるぜ?」
「それは国内で足りる。他国はまた別の話だ」
「……参ったな。余計な話をしちまったか?」
頭をボリボリと掻きながら姿勢を崩したゲンマは己の迂闊を後悔した。
だが……そこに助け船を出したのはアザミだった。
「父上……私はゲンマ殿の提案に乗るべきと考えております」
「理由は何だ?」
「父も常々言っていたではありませんか……神羅国はこのままでは不味いと」
「……だが、久遠国の介入を認めては……」
「ゲンマ殿を信じるならば行動を始めたのは神羅の民。それに、異国の勇者は既に我が国の危機を救った。ならば信じても良いのでは?」
「…………。いや……やはり認められんな。しかし、カゲノリ様に加担はせぬ。私が出来るのはそこまでだな」
事実上の中立を貫くと告げたイワシゲ。交渉失敗……やはりこの手のことは苦手と自覚したゲンマは笑うしかない。
「ハッハッ……まあ良い。領主の判断は尊重されて然るべきだろう。説得出来ない俺が悪い」
「ゲンマよ……もし私がその情報をカゲノリ様に渡すとしたらどうする?」
「アンタはそんな奴じゃないと思うがね?」
「もしもの話だ。カゲノリ様が破格の条件を出した場合は分からんぞ?」
「いいや……長い目で見てもそりゃあ無いだろ。ホタル殿の最期を見てカゲノリ様に加担する様な領主なら、どのみち美景領に未来は無い。アンタはそこまで愚かじゃ無いさ」
ホタルの最期の光景は神羅全土の大人が見ていることはスイレンから聞いている。現段階ではカゲノリ派でも相当判断を迷う筈だ。
一歩間違えば領民からすら見離され兼ねない。イワシゲがそんな愚を犯す訳が無い。
「フッ……ともかく私は中立になる。今後一切はどちらにも与しない。良いな?」
「仕方無ぇか……ま、敵じゃないだけマシか。じゃあ最後の交渉だな」
今度は珍しく少し躊躇った素振りを見せたゲンマは、意を決して口を開く。
「……アサガオ姫の件だ。これは頼みに近いか?」
「まさか、嫁に寄越せと言うんじゃあるまいな?」
「おい……」
「冗談だ。が、あの子の様子では満更では無いと思うぞ?」
「………。とにかく、頼みとして聞いてくれ」
ゲンマの頼みはアサガオの自由に関する話だ。
「あの子にもう少し時間をやって欲しい」
「?……ああ、見合いの話か。まだ若いと言うんじゃあるまいな?」
「領主の血縁の婚姻が早いことくらいは知っている。が、アサガオの場合は少し事情が違う」
「何……?」
「アンタは父親だろ?気付かんのか?」
アサガオは自分に自信がない。それは領主の娘として自分が無力感を感じているからであるが、その原因の一端はイワシゲにあるとゲンマは告げる。
「娘が追い詰められていたことに気付かなかったか?」
「追い詰められていた?何を馬鹿な……」
「それとも、近すぎて分からなかったか?あの子は自分が嫌いになりかけていた。アンタ、アサガオ姫とゆっくり話をしたのは何時だ?」
「………」
「俺が助けた時、アサガオは目を腫らしていたんだぜ?あれは盗賊に襲われたからじゃない。他領地での現実に打ちのめされたからだ」
「………何が言いたいのか分からんな」
イワシゲの言葉に舌打ちしたゲンマは、片膝を突きグイとイワシゲに近寄った。
「アンタ……本当に分からないのか?」
「だから何がだ……?」
「ハァ~……アサガオはな?アンタらを家族として見れなくなり始まっている」
「な、何だと?」
「確かに保護者としては認識している。親であることも理解しているから邪魔にならないよう、期待にこたえようと足掻いている。だが、そこに家族愛を感じていないんだよ」
厳しく育てようとした為にアサガオの長所を見落とした……ゲンマはそのことに憤っていた。
「アサガオが辛うじて笑えるのは街を自由に行動出来るからだろう。だが、それは他の者との違いを余計に浮き彫りにしている」
「何を馬鹿な……私はアサガオの為に……」
「じゃあ聞くが、アサガオはアンタ達の前で本心から笑うか?」
「それは……」
イワシゲやアザミの前でもアサガオは笑顔を浮かべはする。だが、それは何時も何処か困ったような笑顔だった。
「領主の子育てってのが大変なのは分かる。だが、アサガオを見てれば分かるぜ?アンタ達がアサガオと接するのは義務感からだってな?」
「それは多忙故だ」
「違うだろ?短くても繋がりは生まれるんだ。雁尾領主は十歳やそこらだが、あれ程父を尊敬し愛している者はいない。だが、アサガオは違う」
アサガオは恐らく家族愛を感じていない。イワシゲ達の想いがどうあれ、互いにそれを通わせていないとゲンマは言う。
「お前、血縁は……?」
「いない。全員死んだ」
「そんな独り身のお前に家族の何が分かると言うのだ?」
「悪いが俺の家族は里全員だ。だからこそ分かる……アサガオを救わなくちゃならないとな」
睨み合うゲンマとイワシゲ。アザミはそれを諌めゲンマに問う。
「あなたはアサガオを……その……愛しているのですか?」
「は?何だ、いきなり……」
「まだ子供のあの子を恋愛対象にしているのかと聞いています」
ゲンマは一瞬絶句したが盛大に笑った。
「ハハハハハ!何を言い出すと思えば……」
「笑いごとではありません!」
「いや、悪い……あの子は好きだが愛だ恋だじゃねぇよ。大体、俺は恋愛なんて分からん」
「では何故、そこまで……」
「アサガオを気に掛けるのか、か?先刻も言ったが、俺は里全員が家族だ。だから子供達の気持ちには聡いつもりだ。それで気になった」
それは純粋な慈愛と呼ぶべきもの……その点ゲンマは誰より深いかも知れない。そう……ライよりも……。
「……それで結局、お前はどうしろと言うのだ?」
「簡単な話だ。純粋にアサガオに寄り添ってやれよ。話を聞いて、我が儘を聞いて、自分の話もしてやれ。それだけで良い」
「……しかし、時間が」
「一日の内の僅かな時間で良いんだよ。但し、アサガオだけを見てやらないと話にならん。アンタ、そっちのアザミ姫だけに時間を割いているだろ?」
「それは……」
「まぁ、跡継ぎなら仕方無いだろう。だがアサガオもちゃんと見ろ。たったそれだけの話だ」
「…………」
それは交渉ですらない説教とも言える言葉。だが、その忠告はイワシゲやアザミには深く刻まれた。
「アサガオのメシ、食ってみれば分かる。あれは多分、アンタ達に食わせる為に腕を磨いたんだぜ?」
「……わかった。確かに私はアサガオをかまってやれなかった。思い知らされた気分だ」
「そうか……あと、アンタ達がまた家族として笑えるまでアサガオの見合いは控えてやれよ?あの子は賢い。本当に必要と考えたら自分で決める筈だ」
「わかった……約束しよう」
「良し……これで交渉は終了だ。それじゃ俺は宿に戻る」
颯爽と立ち上がったゲンマは首をコキコキと鳴らした。
「やっぱり堅苦しいのは性に合わんな」
「全く……とんでもないヤツだな、お前は」
「俺よりライの方が遥かにトンでもないさ。アイツはもっと無茶苦茶だ」
「フッ……一度会ってみたい気もするがな。それよりゲンマ、アサガオの料理は良いのか?」
「何……一声掛けていくさ。最後の約束、忘れるなよ?」
「ああ……」
ドカドカと無作法に天守を去るゲンマ。だが、イワシゲは何処か満足気だ。
「スミベ・ゲンマか……惜しいな。領主ならばアサガオをくれてやっても良かったが」
「あの歳の差ですよ?」
「ん?ああ……ゲンマは魔人だそうだ。数年待てば釣り合いは取れるだろう。が、やはり身分を考えればそうは行かぬか」
「……この先どうなるかは誰も分かりませんよ、父上。カリン様が王位に付けば久遠との友好も生まれる。ゲンマ殿が功績を上げれば地位も変わるでしょう」
「フッ……その時はアサガオの好きにさせるとするか」
美景領主をカリン派に引き込むことは出来なかったが、ゲンマ個人との繋がりは生まれた。この縁が意味を成すのは、まだずっと先のこと──。
そんなゲンマは待機していた家臣に問い掛けアサガオの元に向かう。
案内された厨房では、アサガオが慌ただしく料理をしている。ゲンマに気付いたらしく、手を止め近付いてきた。
「ゲンマ様……申し訳ありません。まだ、お料理は……」
「スマン……それなんだがな。俺は戻らにゃならなくなった」
「!……そんな……」
「悪い。埋め合わせはいつか必ずする。それより料理はイワシゲ殿達と食ってくれ」
その言葉に表情を曇らせるアサガオ。
「ですが……父上は……」
「アサガオの料理の話をしたら是非食いたいとさ。それと、見合いの話はしばらく取り止めだそうだ」
「ほ、本当ですか?」
「ああ……今後はお前との時間を作るとも言っていた。親子なんだ……遠慮せず話したいことを話せ」
「もしかして………ゲンマ様は私の為に……?」
「さて、どうだかな……」
アサガオの為にイワシゲに掛け合ったことは直ぐに察しが付いたのだろう。そして、盗賊の話が解決したことは別れを意味することも……。
不安げな表情のアサガオ……ゲンマはその頭を撫でた。
「心配すんな。美景領と雁尾領は隣だ。それに俺は飛べる……知っているだろう?」
「はい……」
「それと……これをやる」
それはスイレンから預かった通信魔導具の指輪。
「困った時はその指輪でスイレンって人に連絡が付く。俺を呼びたいときはそう伝えろ」
「……その方はゲンマ様の恋人ですか?」
「ハッハッハ。違う違う、只の知り合いだ。俺に惚れる奇特なヤツは居ない」
「そんなことはありません!」
「そ、そうか?まあ、縁があるかはまた別の話だしな……」
アサガオの勢いにゲンマは一瞬たじろぐ。だが、直ぐに柔らかな笑顔を浮かべ再びアサガオの頭を撫でた。
「そんな訳でお別れだ、アサガオ。元気でな」
「はい……またお会い出来る日を……」
「おう!また会おう」
これより後、アサガオは強くなろうと努力を始める。それもゲンマの隣に居たいという願いの為に……。
ゲンマはユキヒラを含む奥都の元家臣達を引き連れ純辺沼原に帰還。しばらくはユキヒラ達の為に駆け回ることになるだろう。
だが、これも神羅国の未来に繋がること……ゲンマがそれに気付くのもまだ先の話──。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます