第五部 第四章 第十三話 イワシゲとの交渉
盗賊『はぐれ雲』達を征したゲンマ。
盗賊を名乗るしかなかった元・奥都武士達の苦悩を知ったゲンマは、その気持ちを推し測った上で事態収束へと動き出す。
それはライと関わったことでゲンマの中に生まれた『縁を繋いだ者への配慮』──ゲンマは人間としても成長を始めた。
「……どうするつもりですか?」
上空から降りてきたスイレンはゲンマの横に並び表情を窺う。
「……知ってて聞いてるか?」
「いいえ。この先は本当に知りません」
「なら、良い」
しばし後……目覚めた盗賊達は、地に膝を着きゲンマの沙汰を待っている。
「良し。じゃあ、全員純辺沼原に向かうぞ。お前らは今から俺の街の民だ」
「!……そ、それはどういう……」
「言葉の通りだ。俺の街で全員を受け入れる。これで食うには困らないだろ?」
「しかし、我々は罪人……」
「勿論、罪滅ぼしはして貰う。ウチの街は今、壊滅状態だからな。家を建てるにも男手が要る。畑仕事も手伝って貰うぞ?」
突然の話にユキヒラ達は動揺を隠せない。だがゲンマは構わずに続けた。
「元々、純辺沼原って街は流れ着いた者達の街だ。先祖の中にはお前らみたいな奴等も居ただろう。ただ覚悟しろよ?ウチの連中は身内には気安いぞ?」
「それは有り難いが……し、しかし何故……」
「さてなぁ。知り合いがあんまり他人に甘いから感染ったのかもな。ともかく、お前らに拒否権は無い」
相談を始めた盗賊達。だが、ミツヨが皆に提案する。
「我々は引き返せなくなる寸前だったのだ。ここはゲンマ殿の言葉に甘えよう」
「そうだぜ?ああ……言い忘れていたが、幾人かは仕官先を用意してやれるぞ?」
「ほ、本当か!?」
「ああ。お前らはツイてなかったな……久瀬峰に行けば……いや、これも縁の流れなのか。今、雁尾の領主は家臣を欲しているぞ?」
魔刀騒動が解決したのはつい先日。今、ここで縁が出来たからこそ雁尾の家臣になる機会が出来たとも言えるのだ。
「まぁ、全員は無理だろうけどな。上手く行けば半数は何とかなる」
「ほ、本当に……念願が叶うのか……」
「但し……悪いことはすんなよ?雁尾はあと一歩で奧都領の二の舞だったんだからな」
だからこそ奥都の者達は良き家臣として働き過ちなどは起こさない──ゲンマにはその確信がある。その点はオキサトとドウエツが上手くやる筈だ。
「とにかく、一度純辺沼原に行け。道程は……スイレン殿、頼めるか?」
「分かりました。恐らく私はその為に此処にいるよう命じられたのでしょう」
「じゃあ、任せたぜ。俺は美景領主に事情を説明してから戻る。それが筋だからな……」
そんな中、ユキヒラは何やら迷いの色を見せている。意を決したユキヒラは、ゲンマに頭を下げ懇願を始めた。
「捕まった仲間達を救わねばならない。私を頭として突き出しては貰えまいか?」
その必死さに仲間達も喜びの色を消し懇願を始めた。
「そうだ。仲間を無視して幸せにはなれぬ。我等全てを突き出して貰えれば、仲間の罪も軽くなるやもしれん」
「ゲンマ殿!どうか我等を……」
だがゲンマは、呆れたように溜め息を吐き盗賊達に告げる。
「……お前ら、聞いてなかったのか?お前らは俺の里に来る。つまり今の頭領は俺だ。これは命令……俺の言うことを聞くと約束しただろ?」
「ゲンマ殿……」
「良いから任せておけ。先ずは里に行って待ってろ。飯食って寝て、起きた時には解決してる」
「ならば、せめて私だけでも同行を……」
元・頭としての責任。ユキヒラはこれだけは譲らなかった。
「わかった。じゃあ、ユキヒラだけ付いて来てくれ。後は……スイレン殿、頼んだぞ?」
「わかりました」
「それじゃ行くか」
「承知!」
盗賊……いや、元盗賊達はスイレンに連れられ御神楽経由で純辺沼原へと向かう。
一方のゲンマはユキヒラと共に美景領主の元へと向かうのだが、目的は盗賊達の解放だけではない。
この後、ゲンマと美景領主の問答により複数の物事の方向性が決まるのだ。
深鳴の街に戻ったゲンマとユキヒラ。
美景領主との対面の場では身支度を整えねば無礼に当たる──そう判断したゲンマは、宿に戻り預けていた金銭を受け取るとユキヒラを引き連れ呉服屋へと向かった。
「取り敢えず服を用意しようぜ。好きなの選んで良いから俺にも見繕ってくれ。流石にこのままじゃマズイからな」
「し、しかし、その様な出費をさせてしまっては……」
「どうせ降って湧いた金だ。ある意味お前らがいたから手に入ったモンだから気にすんな。今後、お前らが仕官する時はまた稼がにゃならんがな」
「ゲンマ殿……」
「但し予算内で頼む。宿代と明日のメシ代くらいは残してくれ」
「心得た」
少し涙ぐんでいるユキヒラは、出来合いの袴を二人分選び始めた。
しばし後……選び終えた袴を手に宿に戻ると、入り口付近にアサガオが待っていた。どうやら何度も足を運んでいたらしい。
「もしかして、ずっと待ってたのか?」
「いえ……その……」
顔を赤らめるアサガオ。ユキヒラはその様子に首を傾げている。
「ゲンマ殿………この子は?」
「あ~……っと……この際か。全部話しちまおう。ちょっと中で待っててくれ」
二人を宿で待たせたゲンマは、遠い物陰に隠れるアサガオ護衛役の隠密を手招きする。
始め惚けていた隠密だが、ゲンマがあまりしつこく手招きをしていた為やがて根負けして近付いて来る。
隠密は薬問屋の格好をした小柄の男。狐顔で若く見えるが、実年齢は分からない。
「……お、お呼びですか?」
「ああ。アンタ、アサガオの御付きだよな?」
「……バレてましたか」
「まぁな。ちょっと話があるんで同席して聞いて欲しいんだが、大丈夫か?」
「私で良いんですか?」
「ああ。その後で話を御領主に伝えてくれ」
「……わかりました」
隠密を加えた四人はゲンマの借りた部屋に移動。改めて事情を説明した。
「あなたが美景の姫とは……この度は仲間が大変失礼なことを働き申し訳御座いませんでした」
平伏し畳に額を付けたユキヒラ。アサガオは急ぎその手を取り頭を上げさせる。
「ユキヒラ様が謝る必要はありません。それに、皆様の苦悩、苦境、今のお話で理解しております」
「し、しかし我等は取り返しが付かないことを致しました」
アサガオは首を振る。そしてゲンマに視線を送りニコリと笑った。
「確かに怖い目に遭ったのは事実です。ですが、そのお陰で出逢いもありました。私にはその方が価値が大きいのです」
「……ありがとうございます、姫様」
涙ぐむユキヒラの背をバシリと叩いたゲンマは何故か誇らし気だ。
「どうだ?出来た姫様だろ?」
「はい……」
「まだ若いが器量も良いしな」
この言葉に赤面したアサガオは、照れ隠しに慌てて話を続けた。
「お父上には私から取り計らいたいのですが、その……少し頑固でして……」
アサガオの言葉に隠密は苦笑いをしている。どうやら心当たりがあるらしい。
「その点は明日、俺が説明するさ。ユキヒラと二人で城に説明に行くと伝えておいてくれ。捕らえられた連中も何とかしないとならないからな」
「わかりました。……その……先程も言いましたが、お父上は少し頑固なのです」
「ま、大丈夫だろう。何とかする」
根拠なき自信。最悪、男は拳を交わせば分かる……そんな無茶苦茶なことを考えていることは、当然この場の誰も知らない……。
「悪かったな、アサガオ。こんな話になっちまって」
「いえ……ゲンマ様の優しさを知ることが出来ましたから……」
「そうか?そう言われると……照れるな」
「ウフフ」
アサガオの楽しそうな笑顔を見たゲンマは、純粋にそれを守りたいと思った。
無論、それは恋愛感情ではない。どちらかと言えば保護者の心情に近いものだ。
(やれやれ……俺は駆け引きってのは苦手なんだがなぁ……)
相手は領主の中でも切れ者と名高い美景領主イワシゲ。武力は無いが一筋縄では行かない相手だと理解はしている。
明日の対面は波乱含み──そう思うとゲンマは何故か口許が弛んだ。
その後、アサガオと隠密を城へ帰し明日に備えることにした二人。宿代節約の為ユキヒラとゲンマは同室にして貰い、明日の対面の為に身嗜みを整える。
翌日──イワシゲとの対談が叶い、いよいよ美景の天守へ。
そこには領主イワシゲ、その長女アザミ、アサガオ、そして数人の家臣が待っていた。
イワシゲは五十前の恰幅の良い男。表情は穏やかだが、それが却って威圧を感じさせる。
アサガオの姉アザミは、アサガオに似ているが少し鋭い目をしている。それは領主の娘としての立場からのものかも知れない、とゲンマは推し量る。
「ほう……身綺麗だな。聞いていた話とは随分違う」
イワシゲが身綺麗と言ったゲンマは、確かにさっぱりとしていた。白の着物に明るい灰色の袴。ユキヒラも同様の色で柄違いの服装だ。
そして服装だけではない。ゲンマは髭を全て剃り落とし、髪を油で纏めているのだ。
身綺麗にすればかなり凛々しいゲンマの姿に、アサガオは見蕩れていた……。
「お目通り叶いまして誠に感謝致します、イワシゲ様。俺……私は雁尾の純辺沼原の長スミベ・ゲンマと申します」
「堅苦しい挨拶は良い。言葉も普段通りで構わん……一応、我が娘の恩人だからな」
“ 一応 ”と前振りしたのは、盗賊の頭と登城したことで一味による狂言の可能性を疑っているぞ?という含みだろう。
そんな状況であるならば畏まった方が怪しまれる。ゲンマは姿勢を胡座に変え、自分を飾るのを止めた。
「では、お言葉に甘えるとするか……今日此処に来たのは盗賊達を解放して欲しいからだ、イワシゲ殿」
「事情はアサガオと隠密から聞いた。が、一つ聞こう。何故お前は其奴らを信じた?」
「俺は手合わせをすれば相手を理解出来る……と言ったら信じるか?」
「ほぅ……それは面白い。だが……それが本当だとして、お前が其奴らを救うのは話が別だろう?何故救ってやる気になった?」
「同情……いや、共感だな。遥か昔の俺の先祖は、ペトランズのどこかの王国家臣だったそうだ。それがディルナーチに流れ着いたと聞いている。この地での異人は肩身が狭い……血が薄れてディルナーチの民と見分けが付かなくなるまでは食うにも苦労したって話だからな」
当時の領主に魔導具を売り払い魔法の知識を生活に用いたゲンマの先祖は、それでも相当に苦労したと聞かされている。それをユキヒラ達に重ねたのは事実だ。
「それに今は信用出来る奴が欲しい。俺はコイツらを信用出来ると見た。理由はそれで良いだろ?」
「……まぁ良い。お前の言い分は理解した……だが、罪は罪。私がそれをただ許す訳にはイカンな」
「まぁ、そうだろうな。そこで取引を考えて来た」
「取引……?」
ここでイワシゲの目がキラリと光る。元商人の血筋には魅惑的な言葉だった様だ。
「俺はコイツらの赦免以外にあと二つ用があって来た。それを一つづつ提示して見合った対価を出せたら交渉成立……てのはどうだ?」
「面白い……私を相手に取引を持ち掛けるか……」
「アンタは一筋縄では行かないと聞いているからな。それに商人の血が騒ぐかもしれんし」
「ハッハッハ!良いだろう!乗ってやろうではないか」
ゲンマに応じたイワシゲは佇まいを崩した。これからは“ 交渉 ”という勝負でもある。イワシゲはそれを楽しむことにした様だ。
「では先ずは……盗賊の話だ。対価は何だ?」
「アサガオを救った報奨……では足りんか?」
「それにはお前が盗賊と結託していない証拠が必要だな」
「おいおい……姫を救った時点で俺の素性くらいは調べてるだろ?無駄な駆け引きはやめようぜ?」
ゲンマのこの言葉でイワシゲは盛大に笑った。惑う様子すら見せないゲンマにその度量を見たといったところだろう。
「ハッハッハ!悪いな……少し試した。だが、アサガオを救ったことは盗賊の無罪放免とは釣り合わん」
「イワシゲ殿にとってアサガオ姫の価値はそんなに低いのか?」
「勿論、アサガオは大事。だからアサガオに関して起こったことは全て赦免してやろう。だが、それでは足りん」
「足りない……?」
「そうだ。盗賊の捕縛は既に周知されている。つまり解放するには、恥を被るに足る対価が欲しい」
誤認による捕縛として釈放するならば、領主としてはその恥を受けねばならない。イワシゲはそれに見合うだけの対価を寄越せと言っているのだ。
「……品物なら出せないことはない。が、あまり出したくないな」
「それは私が納得する品物か?」
「……。仕方無ぇか」
ゲンマは左腕を捲り籠手を外すとイワシゲへと手渡す。
「これは……?」
「知り合いから造って貰った神具だ。付加してあるのは属性変化と回復魔法。稀少品だろ?」
「そうか……これが家臣達が言っていた回復の力か」
これに慌てたのはユキヒラだ。自分達の為に宝具まで投げ出そうと言うゲンマを諌めようとしている。
「ゲンマ殿!それはいけない!」
「構わんさ。もう一つ残っている」
「しかし!」
「ユキヒラ。これは俺とイワシゲ殿の交渉。俺の意思だ……止めるな」
そんなゲンマの心意気に感心しているイワシゲ。対してアサガオは父のやり方に不満を隠せない。
「父上……。それはあまりに無体な……」
「アサガオ。父のやることに口を挟んではいけません」
「しかし姉上……」
「良いから黙っていなさい」
そんな姉妹の会話を脇目に、イワシゲはゲンマとの取引を承諾。神具はイワシゲの所有となった。
「良かろう。この宝具を以て盗賊騒ぎは一切の不問とする」
「流石は切れ者のイワシゲ殿だ……一つ目の取引成立だな。ユキヒラ。急いで仲間を牢から出して貰え。それと、まだ金は残っていたな?取り敢えず全員に飯と風呂を……」
「その代金は私が持とう。この宝具では対価が釣り合わぬ」
「それは有り難い。じゃあユキヒラ、頼んだぜ?」
「ゲンマ殿……この御恩、生涯忘れぬ」
「それは良いから宿で待ってろ。俺はまだ交渉の続きがあるからな」
ユキヒラはイワシゲの家臣ハルアキラに引き連れられ、仲間の元へと去っていった。
ゲンマとイワシゲの交渉は始まったばかりである。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます