第五部 第四章 第十八話 精霊銃使い


 虎渓・西寺塔の領境。ライより連絡を受けたイオリはソガ・ヒョウゴの襲撃に対し警戒を強める。


 支援として送られた精霊達は最上位……精霊使いたるヒョウゴに対し後れをとることは無いだろう。



 一方のソガ・ヒョウゴは困惑していた。


 待ち伏せしていたイオリが現れず、しかも警戒用の精霊も消滅した。こんな事態は今まで無かったことである。


 だが……同時にその口許は笑みを浮かべていた……。


(面白い……獲物は狡猾であるほど倒し甲斐がある。しかも偵察用の精霊を把握し倒す程ならば、かなりの手練れとみた)


 手製の銃を肩に担ぎ移動を始めるヒョウゴ。五十前後の容姿に、毛皮を縫い合わせて作った袖無しの服、そして獲物の牙の首飾り。色黒で白髪・白い不精髭が特徴的な男だ。


 そんなヒョウゴは、イオリがわざと残した精霊の力で標的の姿を捉えていた。


(フッフッフ……これは罠だな。狩人相手に罠を張るとは面白い。コウヅキ・イオリと言ったか?王家の血筋は伊達ではないか……)


 ヒョウゴは新たにモグラ型をした地の精霊複数を呼び出し、地中に潜らせる。目標は自分が狙撃出来る倍の位置。イオリ達の背後を取り行動を制限する為だ。


 更にもう一体……赤い翼のコウモリ精霊を呼び出した。

 コウモリはヒョウゴの背に取り付き飛翔。恐らく感知されるであろう高さを越え、更に上へと移動する。


「先ずは挨拶だ。俺を楽しませてくれよ?」


 ヒョウゴは炎そのものの姿をした下級精霊を召喚。それを圧縮し銃に装填。


 ヒョウゴの銃は正確には竜鱗製の長筒型。所謂、『種子島型』というものである。


 ロウド世界には火薬は存在しない。正確に言えば材料は存在するが、火薬を調合せずとも魔力に満ちた世界である故に魔石で事足りるのである。


 だがヒョウゴは、火種から弾丸に至るまで全て精霊から生み出し利用する。火種は火の精霊の力の爆発。射出には風の精霊で軌道を調整し、弾丸は下級精霊を宿したものを撃ち出し用途によってその都度変更する。


 今回行ったのは上位精霊の力で下位精霊を圧縮し、それを撃ち出すもの。上位精霊の意思が宿る為、狙った相手を追尾する仕様だ。


「行け!『砕花さいか』!」


 引鉄を引いたヒョウゴ。と、砲身から赤く光る弾丸が高速で打ち出された。


 上空からの狙撃は三発。ヒョウゴが己の勘と経験則でイオリ達が居るであろうと当たりを付けた森は、瞬く間に火の海になった。


「……外したか。やるな」


 ヒョウゴは再び地上に降下。獲物を狙う為に森の中へと姿を消した……。



 精霊弾頭の直撃を受けた筈のイオリ達……だが、その周囲の炎は精霊・グレンが防ぎ吸収した為、無事である。


「助かった……ありがとう」

『この程度造作もない……必要ならば奴等ごと焼き尽くすか?』

「この森は結構稀少な薬草があってね……出来ればそれは避けたい」

『……ならば仕方あるまい。では、守りに徹するとしよう』


 グレンは再び姿を消した。


「ゴホッ……大丈夫か、イオリ?」

「精霊のお陰で何とかね……しかし、あれはまるで魔法だな。精霊が居なければかなり危なかった」

「先刻の攻撃は紙の符を使う方術使いのお前とは相性が悪いな。互いに遠距離を得意とするから尚更だ」

「そうだな……折角の罠も焼かれてしまったし、予想以上に厄介な相手だ」


 それもヒョウゴの狙い。誘い込む筈の罠は全て焼き尽くされてしまった。


 常に自然の中で狩人として生存競争を行うヒョウゴ……対して経験と知識で行動するイオリは、それだけでも戦いの相性が悪い。


「さて……じゃあ、やり方を変えようか。ヒョウゴは再び森に隠れた。恐らく私達の背後には精霊が罠を張っている筈。となると、前に進むしかない」

「狙い撃ちされる危険性が高い訳だな。どうする?」

「どうもしないよ。真っ直ぐ進む」

「それじゃ只の無謀だ」

「大丈夫。ここからは神具に頼るから」


 左籠手に付加された纏装分身を使用したイオリは、もう一人の自分を生み出した。


「……もう何処から驚けば良いかわからないな」

「使った私も驚いているけどね……凄いな、これは」

「これで仕掛けるのか?」

「いや、これは囮だよ。ソガ・ヒョウゴとの戦いは騙し合いだ。如何に相手より優位な立場から行動するか……この一言に尽きる戦いなんだ。だから……」


 ミツナガに耳打ちしたイオリはニヤリと笑った。


「ハッハッハ!やはりお前は変わらないよ、イオリ」

「本質はそうそう変わらないんだよ。でも、良い手だろ?」

「そうだな。それが一番お前らしい」


 相談を終えた二人はヒョウゴ同様、森の中に姿を消した。




 その頃ヒョウゴは、樹上から銃を構えて微動だにしていない。どんな道を通っても必ず見える位置……つまり虎渓領側にある森の出口付近で獲物であるイオリ達をただ待ち構えているのである。


 周囲には再び監視用の下級精霊を配置。更に、地には精霊による罠も配置している。


(意趣返しって訳でもないが、これも狩人のやり方だ。恨むなよ?)


 ただ獲物を狩る為に……ヒョウゴの執念は凄まじく、やり方に卑怯という思考はない。生きるのは知恵ある者……それも自然の摂理なのだ。


 と……ヒョウゴが待ち構えるそんな中、監視精霊がイオリの姿を捉えた。


「……一人……連れは逃げたか?いや、これも罠……イオリという男、方術師と聞いたが他にも力があると見るべきだろう」


 精霊弾『砕花』を防いだ術が符を主流にする方術師にあるとは思えないが、話に聞く限りイオリという男はかなりの曲者……監視精霊を喰った精霊が居ることを認識したヒョウゴは、相手も精霊使いとの仮説も立てている。


「だが、それでも俺の『精霊銃』は防げまい」


 再び気配を殺し待ち構えるヒョウゴ。イオリは無警戒にヒョウゴの視界に入った。


 ヒョウゴは新たな精霊弾『刺岩しがん』を発動。大地の下級精霊を弾頭にしたそれを真下の大地に射出。その際、音を反響する精霊を使い発射位置の偽装も忘れない。

 撃ち出された精霊弾頭は地を移動しイオリの足元から飛び出す。イオリは反応する間も無く眉間を撃ち抜かれその場に倒れた。


(さぁ……狙撃位置は判るまい?罠ならどう出る?)


 しかし、イオリは倒れ伏したままだ。


 ヒョウゴはその後、一刻程動かず様子を見るが反応はない。流石に死を確信したが、念には念……精霊を使い確認を行ったが、呼吸も体温も無い。


(……死んだか。買い被りだったか……それとも潔く諦めたか)


 地に下りたヒョウゴは精霊を全て回収。イオリの傍に立ち自らの目でその姿を確認。が、ここで得も言われぬ違和感に襲われる。


 咄嗟に身を翻したヒョウゴだったが、時既に遅し──。イオリ……のが消失すると同時に中から銀の針ネズミ精霊が出現。大地を大きく揺らした。

 針ネズミは更に銀の針を射出。地震で体勢を崩したヒョウゴの左肩を深く射抜いた。


「ぐっ……!こんな技まで持っていたか!」


 赤い羽根のコウモリ精霊を再度召喚。即座に安全な上空へと回避した。


 視線を落としイオリ達の姿を探るが既に何処にも見当たらない。


「クソッ……一体何処へ……」


 肩に深々と刺さった銀の針を握り引き抜こうとしたヒョウゴは、そこで初めて方術符に気が付いた。符は針により肩口に縫い付けられていたのだ。


 一瞬、方術を警戒したが何も起こらない。イオリ程の相手なら既に何かを仕掛けていてもおかしくない。

 意を決して針を引き抜き紙に目を通したヒョウゴ……そこには達筆な文章でこう書かれていた。


『ソガ・ヒョウゴ殿。当方は役目がある故に先を急ぐことにする。どうしてもと言うのであれば一度声を掛けられよ。その上でならば相手をする所存だ──コウヅキ・イオリ』


 あまりのことにヒョウゴは盛大に笑った。視線を虎渓側に向ければ遥か先の空を二つの影が飛翔しているのが辛うじて見える。

 自らの銃を構えて狙いを澄ますが、既に射程距離の外……いや、届かせる手段はあるが完全に気が削がれた。


「ハッハッハ……!全く……俺の射程を躱すとは……。それに、この方術符……その気になれば俺に一撃与えられただろうにな……」


 イオリの手紙を懐に入れたヒョウゴは再び盛大に笑う。

 これ程あっさりと獲物に逃げられたのは何時以来か……それがまた愉しくて仕方がない狩人ソガ・ヒョウゴ。


(良かろう。お前達がカゲノリに対峙するならば、再び相見あいまみえることになる。その時まで勝負は預けておこう……コウヅキ・イオリよ)


 ソガ・ヒョウゴはイオリを標的と定めた。再度の対峙はこの後直ぐに訪れる……そんな確信と共に、ヒョウゴはカゲノリの元へと帰還した。




 一方のイオリとミツナガ。飛翔を止め地上に降りると、ペタリと大地に腰を下ろす。


 二人は神具の具足を片方づつ身に付け、ヒョウゴに見付からぬよう遥か上空を飛翔……分身がヒョウゴの意識を引き付けている間に見晴らしの良い場所に逃げればヒョウゴも迂闊には追ってこれない。要は逃げに徹したのだ。



「いや……助かったね、ミツナガ」

「全くだ……俺はもう歳だな。結局何もしていないのにどっと疲れた」

「ハハハ……相手が相手だから仕方無いさ……。それに、私はお前が居たから自分の周囲を気にせずに済んだ。間違いなく助けて貰った」

「……だが、また相手をせねばならんのだろう?」

「それまでに策を考えるさ。折角魔法も使える様になるかもしれないからね」



 少しばかり楽しそうなイオリにミツナガは苦笑いしている。


「やはりどこか変わったな、お前は……。何かやり甲斐みたいなものがある様に見える」

「ああ……言われてみればそうかもしれない。もう私は逃げない……その覚悟のお陰かもね」

「そうか……」


 イオリはライとの縁により己の役割を自覚した。

 それはカリンを王にすること……それこそが亡き恋人ユキネの様な悲劇を消し去る術でもあるのだ。


「では役目を果たしに行くか、イオリ」

「ああ……行こう。頼りにしてるよ、ミツナガ」


 虎渓領主に逢うまでの間、イオリ達を追う者はもう居ない。


 目指すは虎渓領城下・沢城──イオリにとって永き時を経た帰郷である。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る