第五部 第五章 第五話 御神楽の役割


 浮遊する【御神楽】の地、最上層──。


 社の中で待っていたのは、ラカン、ハヤテ、そして……。


「ホオズキちゃん……元気だった?」

「はい。ホオズキは元気ですよ」


 ホオズキは腹に何かを抱えている。袋のような物に包まれ肩から掛けているそれは、ヤシュロの卵。ライにはそれを直ぐに察することが出来た。


「ありがとう、ホオズキちゃん。卵を守ってくれて……」

「ホオズキ、今はこの子のお母さんですから」

「うん……きっとヤシュロも安心だな」


 ホオズキの頭を撫で感謝の意を示したライは、ラカンの前に移動した。


「お久しぶりです、ラカンさん」

「ああ……。それでも六ヶ月程度か?だが、お前は随分と成長した様だな」

「まあ、色々ありましたからね」


 互いに笑い合うライとラカン。ここまでは挨拶である。


「……で、本題は何じゃ?ワシは勿体付けるのは嫌いじゃぞ?」

「そうだったな。ならば結論からだ……ライよ。見事だった」

「え……?」

「お前は人と魔人、どちらかに肩入れすることなく最後まで双方を尊重した。俺が最初に言った魔人と人の在り方を感じさせるものだったぞ」


 すっかり忘れていたが、魔人と人との壁という話は確かにあった。


「……そう言えばそんな話でしたね。でも、ラカンさんには悪いけど俺にはどうでも良かった話です」

「ほう?」

「人だろうが魔人だろうが悪いヤツは悪いし、善人は善人だ。生活の中での壁なんて魔人でも龍でも些細なものでしかありませんよ」

「……それは超越したお前だから言えることだ。違うか?」


 確かにライであれば人、魔人、龍のいずれとも壁を感じることは無いだろう。何せ害することが出来る者など一握り。

 つまりラカンは格による余裕と考えている。


 しかし、メトラペトラがそれを否定する。


「お主も頭が堅いのぉ……。ライの行動を見ていたなら分かるじゃろうに……」

「………」

「此奴は相手に合わせているのではない。自分に素直であるだけの痴れ者よ……お主は考え過ぎて却って人と魔人の関係を不安にさせている。ワシはそう感じたがの?」

「……そうか?いや……確かにそうかもしれんな」


 思うところは確かにあるのだろう。ラカンは複雑な顔をしている。


 そんなラカンにライは自らの意見を伝えた。


「少なくとも俺の知る人達は、魔人か人かに壁を感じては居ませんでした。それは神羅国での旅で、よりハッキリと分かりました」

「……………」

「でも、多分御神楽の理念は間違っていないとも感じています」

「それは……矛盾ではないのか?」

「違います。え~っと……そう!多分一纏めで括るから悪いんだと思うんです。魔人と言っても様々なことは分かりました」


 力の調整の利かぬ者。外見が僅かに変化する者。魔力の影響を危惧し自らを封じる者……。そういった者達の支えは確かに必要なことだ。


「トウカでさえ鬼人化を恐れていたんです。そんな風に人と暮らす自信がない者が力を抑える術を持たないなら、御神楽で保護することは悪いことじゃない。それに魔人にも悪党は居る。そんな連中に睨みを利かせるにも御神楽は必要だと思いますし……」

「それは……結局どういうことだ?」

「そうですね……。え~っと……御神楽はディルナーチ第三の勢力として魔人の救いになれば良いんじゃないかなぁと」

「救い……」

「結局、人と魔人の関係を崩すのは当人ではなく力。それを調整してやれば良いんです」


 力の調整が利かぬならその術を、力を悪用するならその更正を、魔人を恐れる人がいるなら共存の橋渡しを……。そうすることこそが魔人と人の未来に繋がるだろうとライは続けた。


「時間は掛かるでしょう。対応出来る人数にも限界はある。でも、今なら……久遠国と神羅国が結び付く今ならば、両国と連携して成し遂げられませんか?」

「………フッフッ……ハッハッハ!そうか……そうだな……」



 気軽に言ってくれる……とラカンは感じていたが、思い返せばライはそれをディルナーチ大陸で為していたのだ。


 まるで手本でも見せるように行動し、しかも久遠・神羅の和平という御膳立てまで行っている。最早ラカンにはそれを否定することは出来なかった……。



「フッ……試すつもりが教えられたか」

「いや……俺は別にそんなつもりではないですよ?そうだと良いなぁ~、程度のもので……」

「だからこそ良いのだろう。確かに俺は頭が堅かった様だな……」


 姿勢を崩したラカンは、少し残念そうに微笑む。


「やはりお前に去られるのは痛いな……」

「御神楽ならいつでも会えるんじゃないですか?」

「まぁ、確かにな……」

「じゃあ、いつでも声を掛けて下さい。俺が必要ならいつでも協力しますから……」

「そうだな……そうしよう」


 立ち上がったラカンは、ライに近付き握手を求める。当然笑顔で応えるライ。御神楽にとっても新たな未来の在り方……ラカンはそれを目指そうと決めた様だ。


「最後に、お前がやろうとしていることだが……」

「《未来視》で見ました?」

「いや……これは昔ルリから聞いた。お前が為そうとしていることと、その結末。聞きたいか?」

「いえ……聞いてもやることは変わりませんから」

「そうか。だが、協力は必要だろう?」

「はい……是非に」


 ルリの見通した未来がどこまでかは知らない。だが、ライは考えを変える気はない。


「それと……一つ謝らねばならぬことがある」

「何ですか?」

「お前に伝えねばならぬことがあるのだ。俺はそれを知りながらディルナーチの為に隠していた。恨んでくれて良い」


 言い回しに違和感を感じたライ。そんなラカンを問い詰めたのは、メトラペトラだった。


「一体何の話をしているのじゃ、ラカンよ?」

「……実はな。ペトランズ大陸が混乱の中にある」

「何じゃと……?」

「俺も気付いたのは少し前だ。調べてみたが、どうやら魔獣が大量に発生したらしくてな……」


 現在、ペトランズ大陸中に魔獣が広がり大きな騒動となっているのだという。

 各国も連携して対応しているが、如何せん魔獣の数が多い為に少しづつ状況が悪くなり始めているらしい。


「王都や主要な街は無事だが、地方に影響が出始めている。魔獣自体はそれ程強力ではない様だが、派遣出来る者も少ないのだろう。何より魔獣の数が厄介だ」

「そ……そんな大事なことを隠しておったのか!」

「済まん……」

「この……よくもぬけぬけと……」


 憤るメトラペトラ。しかし、ライはメトラペトラを抱き締めそれを遮った。


「おい!幾らお主がお人好しでも、ここで怒らねば……」

「ラカンさんは俺が修行に集中出来るようにしてくれたんです。そうでしょう?」

「……確かにそういう気持ちはあった。が、やはりディルナーチ大陸にはお前の行動が必要だった」

「……大丈夫です。ペトランズにはフェルミナやエイル、マリー先生……それに、マーナやオルスト、フィアーのアニキも居ますから」

「ライ……」


 それでも僅かに手が震えているライに、メトラペトラは転移による帰還を提案した。


 しかし……。


「今帰れば首賭けに間に合わなくなる可能性もあります。だから……」

「では、放置するのかぇ?お主らしくないぞよ?」

「今から少しペトランズを支援します。ラカンさん。御神楽の上空は昇っても転移しませんよね?」

「ああ。上空だけはそのまま空に繋がっている」

「わかりました……とにかく行ってきます。その後でお願いが……」

「首賭けの件なら全面的に協力を約束する。安心しろ」

「はい」


 社を出たライはメトラペトラと上空へ……二人は大陸の形が分かる程空気の薄い上空で停止した。


 まず発動したのは《千里眼》。故郷の家族、友人知人全ての無事を確認し、安堵で胸を撫で下ろす。


「全員無事でした」

「そうかぇ……良かったのぅ。ワシもラカンをぶちのめさずに済んだわ」

「……ありがとう、メトラ師匠。でもラカンさんも辛かった筈ですから」

「……お人好しめが」


 実際、誰かが死んでいたらライ自身もラカンを責めない自信は無かった。

 平気な顔をしていたが、内心はかなり焦っていた……そのことはメトラペトラだからこそ理解している。


「で、魔獣は?」

「確かに大陸中に……。でも、おかしいんです。魔獣の形が全て同じなんて有り得るんですか?」

「何じゃと?ちぃと見せてみぃ?」


 メトラペトラに記憶を見せると、唸るように呟く。


「これは……アバドンじゃな」

「アバドン?」

「うむ。一体ではなく群体の魔獣……と言われておるが、実は分身するんじゃよ」

「俺みたいにですか?」

「いや……正確には増殖というべきじゃな……。栄養を得るほど増える昆虫型魔獣。因みに此奴は聖獣転化は出来んぞよ?」

「何故ですか?魔獣なら属性を変えれば……」

「アレに属性はない。いや……あるにはあるが、簡単に言えばアレは失敗作じゃ。神が魔獣や聖獣を創る際に生み出した試作品……魂も意思も持たず本能で動く」


 亜種魔獣アバドン──ただ物を喰らい魔力に変換し増える。能力は低いが増殖が早く、一度増えると対応に苦労する存在。



「何でそんなものがペトランズに……」

「封印していた筈の儀式魔導具を誰かが掘り起こしたのじゃな。しかし、何と厄介なヤツを……」

「アレ……魂も意思も無いんですよね?」

「うむ。じゃが、どうするつもりじゃ?」

「取り敢えず見える範疇全部潰します」



 アバドンの位置を捕捉したライは、身体を半精霊化させ右手を天に掲げた。


 展開されたのは夥しい数の植物の種。翼神蛇アグナの力を利用し発生させた種を、更に氷で包む。


 出来上がったのは無数の氷柱 《螺旋氷槍》──ライは、それを地上に向け一気に射出した。



 自動追尾を加えたそれらは、全てアバドンに命中。同時に、中の種がアバドンの魔力を吸い絶命させ花を咲かせた。



「……ふぅ。これでしばらくは大丈夫でしょう。只、本体は地下に居るみたいです。分身を先行させて特に脆弱な地方を守りに行かせるつもりですが、本体は戻って潰さないとダメですね。………。もし、あれの召喚を人がやったなら黒幕も見付けないと……」

「………今日ほどお主の成長に驚いたことは無いぞよ?」

「師匠のお陰ですよ。それより、ラカンさんと打ち合わせを……」

「そうじゃな……。報告してやればラカンも少し気が軽くなるじゃろうしの」



 首賭けは明日……何とか全ての準備を済ませねばならない。


 その後……ラカンとの打ち合わせを終えたライは、国境付近に張られた久遠国の陣営に向かう。




 そこには、久遠国で絆を繋いだ多くの友人達が待っていた……。



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