第五部 第五章 第四話 久遠国への帰還


 メトラペトラの転移で久遠国に戻ったライが真っ先に向かったのは、華月神鳴流試練の地──。



 同行させたラゴウをトキサダに引き合わせるのが目的……ではあるが、本心ではトウカの修行の程も気になっていたのだ。


 しかし、トウカとリクウは既に修行を終えたらしく姿が無い。となれば、恐らくカヅキ道場か鳳舞城……王都・桜花天に戻れば会える筈である。


「只今戻りました、トキサダさん」


 試練の間の中、金色のカブト虫と向かい合い技の研鑽していたトキサダ。ライの呼び掛けに気付き刃を納めた。


『戻ったか、ライ。話は蟲皇殿から聞いていたが……また無理をしていた様だな』



 トキサダは新たな仮面を被っている。しかし、表情は分からずとも心配している様子が手に取るように分かる。


 蟲皇はライの視界を共有しその様子を把握しているのだが、その無謀さ故に思わずトキサダに経緯を伝えてしまっていた様だ。


『しかし……まさか、あの翼神蛇まで救うとはな。相当無理をしたと聞いているが、身体は大丈夫か?』

「アハハ……何とか無事です。案外丈夫なんですよ、俺……」

『……ならば良いが、あまり無理をするな。心配する者もいることを忘れてはならんぞ?』

「はい……スミマセン」


 ライの肩に手を置いたトキサダは二、三度優しく叩いた後、ラゴウに視線を向ける。


『貴公が黒龍ラゴウだな』

「ああ……そうだ」


 そこでライの水平チョップがラゴウの胸元に炸裂……。


「グハッ!」

「ラゴウ……これからお世話になるお師匠様には敬語だよ、ケ・イ・ゴ!」

「そ、そうだったな……。お、お世話になる……なります」


 満足げに頷くライ。対して少し戸惑っているラゴウの様子を見たトキサダは、思わず吹き出した。


『ハッハッハ。何……堅苦しくなる必要はない。龍が無理に人に合わせる必要も無いだろう』

「いや……いえ……。やはり師になる者には礼儀を弁えねば……。慣れるまでは違和感があるかも知れぬ……知れませぬが、宜しくお頼み申す」

『そうか……わかった。では、黒龍ラゴウを我が弟子として迎える』

「哈っ!」


 この師弟関係はラゴウにもトキサダにも良い結果を齎す、とライは考えている。


 トキサダは良き師であることは疑いようが無く、ラゴウを正しく導くのは間違いない。

 そしてラゴウは龍……人より霊格が上である上位龍ならば、蟲皇と共に『神薙ぎ』の研鑽を捗らせることが出来る筈だ。


 何より、弟子を育てる喜びと師から教えを学ぶ喜び……両名には特に必要なものの様に思えた。


『それで……これからどうする、ライよ?』

「過程は少し変わりましたが、予定通りにやるつもりです。だから、お別れに……」

『そうか……』

「今からやるのは、たとえフリでも国を乱す行為ですからね……。俺はしばらくディルナーチを離れないと……」

『……わかった。だが、また必ず会いに来ると約束してくれるか?』

「勿論です、トキサダ師匠」


 ニカリと笑ったライは、頭を深く下げた。


 ディルナーチ大陸での二人目の師、トキサダ。いつか再会する時は成長を見て貰いたい……ライは心からそう思った。



 そして最後に一つ……謝罪をせねばならないと思っていたこと。


「トキサダさん……俺は一つ、決まりを破ってしまいました」

『黄泉人の件も蟲皇殿から聞いている。【波動】の使用は火鳳と人を分離する為に行ったのだろう?』

「はい……。でも、失敗してしまって……俺は救えませんでした」

『……恐らくだが、黄泉人になった直後なら上手く分離出来たのだろう。光の粒子になったということは、肉体は殆ど朽ちていた可能性が高い』

「それでも俺は……」


 落ち込むライの様子に溜め息を吐いたトキサダは、少し強めにライの腹部を叩く。


「うっ!ト、トキサダさん……?」

『過ぎたことは取り戻せん。ならば……どうする?』

「……同じことが起こった時に救える様にしたいです」

『分かっているならば良い。前を向け、ライ。お前はその方が似合っている』

「はい……」


 メトラペトラは、トキサダの言葉に同意しつつライの頭をタシタシと叩く。


「トキサダの言う通りじゃな。まぁ、既に救う力は手に入れたがの?お主は気にしている様じゃが、人が黄泉人や魔獣を救えた前例は無いんじゃぞ?胸を張るが良い」

「火鳳の『浄化の炎』は……?」

「火鳳が契約したのはホタルとお主だけ……。そして、そもそも火鳳も自ら不浄を捜し出して浄化している訳ではないからのぉ」

「そうなんですか……?」

「気付かんかったかぇ?火鳳単体では力が弱いのじゃよ。弱い魔獣なら浄化出来るじゃろうが、強い魔獣では浄化しきれんのじゃ」


 黄泉人化は力が増幅する。つまり、本来の火鳳は中位聖獣程度。



 しかし、聖獣に戻った現在も黄泉人化により膨らんだ力は減少せず火鳳に宿ることとなった。

 そこにライとの契約で更なる力の増加が起こり、現在の火鳳は最上位聖獣。当然、『浄化の炎』の効果も桁違いになっている。


 カゲノリを難無く浄化出来たのもその影響だとメトラペトラは指摘した。


「しかも、お主と契約したことにより属性が固定化されたからのぅ……。魔獣転化の恐れも無くなり自らの魂を浄化する必要も無い。今後は力を成長させ続けるじゃろう」


 つまり、今後黄泉人が現れても浄化は可能……それは前代未聞の奇跡に近い。

 同時に、火鳳は翼神蛇アグナの様な『神獣級』にまで至る可能性を示している。


『フッフッフ……ならば尚更、前を向かんとな?』

「トキサダさん……」

『だが、力に呑まれてはならんぞ?貴公は稀有な力を有する。それはつまり、貴公が間違えて力を振るえばより多くが傷付くということだ。努々忘れるな』

「はい。わかってます」


 そんな会話を聞いていたラゴウ。自分は間違った……それを自覚しているラゴウには二人の会話が羨ましく感じた。



 その心中を悟ってか、トキサダはラゴウに告げる。


「貴公もだ、ラゴウよ。大切なのは繰り返さぬこと……前を向け。我はその標になる程度には道理を教えてやれる」

「……はい」

「きっと貴公なら大丈夫だ。目に魂が宿っているからな」

「はい……ありがとうございます」


 それは本当にスルリと心から出た言葉……ラゴウ自身が驚いている程だ。


 そんな様子を穏やかな視線で見守るライ。やはりラゴウを連れて来たのは間違いではなかったと確信した。



「……名残惜しいんですが、俺は行きます。お世話になりました」

「うむ……貴公の策、上手く行けば良いな」

「はい……。ラゴウ、ディルナーチを頼むぜ?」

「……ああ。その為にも此処で強くなってみせよう。お前には借りも出来た……いつか返すぞ」

「なぁに……気にすんな」



 ライが突き出した拳に自らの拳を当てるラゴウ。今後の成長に期待出来る一人でもある。


「カブト先輩……は、契約してますし挨拶は不要ですね。あ……こっちでの甘味はスミレさんに頼んでおきますから、安心して下さい。あと、ペトランズの甘味が欲しい時は自由に出て来て良いですよ?」

(良かろう。こちらは任せよ)


 返事に合わせ輝きを放つカブト虫……ちょっと眩しかった……。



「では、また……必ず」


 そう言い残したライは、メトラペトラの《心移鏡》の中へと姿を消した。



『フッフッフ……まったく。不思議な男だ』

「はい……」

『さぁ。我々も負けては居られぬ。早速修行だ』

「わかりました、師匠!」



 後にディルナーチ大陸十二傑と呼ばれ民に語られる強者の中に、ラゴウという名が上がる。

 だがそれは、もう少し先の話──。




 次にライが向かったのは、王都・桜花天──。


 カヅキ道場の中庭に転移したライ達は、スミレの姿を見付ける。


「ライさん!戻ったのね?」

「はい。あの……トウカとリクウ師範は?」

「もう『首賭け』の地に向かったわよ?」

「え……?だって……」

「どうしても移動に時間が掛かるのよ……各領主はもっと早く行動していたみたいだけど……」

「そ、そうか……。そうですよね……」


 自分があまりに難無く移動出来るので失念していた移動時間……。


 事前に聞いていた『首賭け』の地は、ライ達が神羅国に向かう際最初に渡った国境の非干渉地帯……。確かに領地の位置によっては数日を要するかもしれない。



「ワシらは普段、移動時間なんて気にしとらんからのぉ……」

「しまった~……盲点だった~……」

「で、どうするんじゃ?こうなると、ドウゲンも領主達も国境に向かったじゃろう。挨拶回りは少なくて助かるが……」

「そ、そうですね。そういえば……スミレさんは行かないんですか?」

「民の多くがそれを見に行くけど、行けない人も居るのよ。そういう人達の為に私は医者として残るの」

「流石はスミレさん。……。あのですね?俺……」

「ペトランズに帰るのね?」

「!……どうして……」

「リクウとトウカちゃんから聞いたのよ。首賭けの結果がどうでも、ライさんはそのまま帰るだろうって……」


 トウカもリクウもライの決意を半ば理解はしていたのだろう。首賭けを止めることが叶わなかった時点で、ライの行動は想像が付いた様だ。


「……スミレさん。お世話になりました」

「私こそお世話になりました。リクウ……そしてトウカちゃんの件、ありがとうございました。ライさんが居なくなると寂しくなるわね……」

「いつかまた来ますから……また美味い料理お願い出来ますか?」

「ええ。その時は更に腕を振るうわよ?」

「ハハハ。楽しみにしています。それじゃ……」



 飛翔を始めたライは何度も振り返り手を振っていた……。



「もうすぐライさんが行くわよ……。頑張ってね、トウカちゃん」


 トウカの願いを知るスミレは、ライの背を見送りそう呟いた……。




 ライやメトラペトラにとって、国境までは然したる距離ではない。故に転移ではなく飛翔で移動することになった。

 そんな飛翔の最中、ライは《千里眼》を発動。久遠国で縁ある者全員の所在を掴む。


 それからそれぞれの元へと挨拶に向かう筈だったのだが……目の前に現れたスイレンにより予定が変わることに。



「スイレンちゃん……」

「迎えに来ました。ラカン様がお呼びです」

「わかった。メトラ師匠……」

「うむ」


 メトラペトラの《心移鏡》は、結界を越え御神楽の地に至る力……。御神楽の転移門まで移動する必要は無い。

 鏡に飛び込めばそこは御神楽最上層の社前。


 ライ、メトラペトラ、スイレンは、扉を開き中へと踏み込んだ。



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