第五部 第五章 第三話 王達の誓い

 神羅王ケンシンは若かりし頃に想いを馳せる。


 そして語られたのは異国である筈の久遠国……そこで体験しケンシンの意志を決定付けた過去の思い出だった───。


「俺がリクウの道場に居たのはひと月程……だが、それだけ同じ釜の飯を食えば情が湧く。リクウとドウゲンは……まぁ、何だ……」

「友人になった訳ですね……。あの~……一つ疑問なんですが?」

「何だ?」

「ケンシンさん、ひと月も姿を消して騒ぎにならなかったんですか?」


 ライの疑問はもっともだ。嫡男が姿を消したのであればもっと神羅国で騒ぎになりそうなものである。


 そんな問いにケンシンは笑って答えた。


「ハッハッハ!俺はうつけ者扱いされていたからな……城を度々脱け出して神羅中を見て回っていた。だからこそ久遠国に向かう気になったのだがな……まあ俺はそういう男だから、ひと月程度では騒ぎにならんさ」

「うわぁ……豪快だぁ……」


 確かにケンシンはかなり豪快な男の様だ。


「ともかく、だ。俺はドウゲンやリクウと縁が生まれた。特にドウゲンは好敵手であり同じ嫡男の立場……互いの考えを時にはぶつけ合い、語り合った。そこで誓ったのだ……俺達の代で神羅と久遠の諍いを解消し両国を結ぼうと。幸いその為の道筋をドウゲンの妻……ルリ殿が教えてくれたからな」

「ルリさんの未来視………」

「そうだ。半信半疑だったが、そのお陰で俺は王位争いを生き残り今に至る。もっとも、ルリ殿の未来視は強力で意思の介入の有無など関係無かった様だが……」


 ライに向き直ったケンシンは改めてその姿を凝視している。


「初めは分からなかったが……ルリ殿の言っていた『異国の勇者』、つまりお前が鍵だった。ドウゲンの書状でようやく思い出した」

「……俺の役目は初めから両国を繋げることだった訳ですか?」

「ルリ殿の見立てでは、な……。ルリ殿はドウゲンに『赤髪の混じった勇者』、俺には『白髪の勇者』と言っていたが、まさか同一人物とは思わなかったぞ?」

「……………」 


 やはりドウゲンの妻ルリは多くを見通していた。であるならば、ライの今後の行動も見通しているのだろうか……そんな疑問をライ自身も感じている様だ。



「父上……まだ答えて貰っていないぞ?何故首賭けを止めぬ」

「……それが俺とドウゲンの約束だ。首賭けは俺達の代で最後にする」


 ケンシンの言葉には王としての重みがある。恐らくドウゲンとケンシンは互いに約束を交わし、それを果たそうとしていたのだろう……。


「次の首賭け……そこで俺とドウゲンは宣言する。両国の争いはこれで終わりとし、最後の首賭けになると……。穏やかな時代となった今ならば王の大々的な宣言さえあれば止まるからな。幸い一番の懸念である隠密達は、久遠の隠密頭が纏め上げた。これで事は成る」

「……父上」

「そんな顔をするな、カリン。俺とドウゲンは両国の礎になりたいのだ。その為に今まで国の中から互いの国への恨みつらみを取り除いて来た。まぁ、俺はドウゲンと違って少々力づくだったがな」


 それでも残っていた不安要素は、ルリの言葉通りに現れた勇者……ライが殆ど取り除いてくれた。



 ライは魂寧殿を出た後、各地の領主を巡りカリンに与するよう導いた。

 それはカゲノリがイプシーに操られ、領主を脅迫することがあったからこその流れ……その流れさえもまるで誂えた様に感じる。


「しかし……それならば首賭け前に宣言し廃止を告げれば良いだろう?」

「カゲノリよ……それじゃ駄目なんだよ。大体四十年程の周期の『首賭け』は、その間に溜まった人間の念を祓う儀式の意味もある。急に中止というのは人の鬱憤が散らん。だから宣言した直後に戦わねばならんのだ」

「その方が深く人の心に焼き付くから……そうではないのか、ケンシン王?」

「お前も賢しいな、クロウマル。アイツに良く似ている」


 最後に王族の血を流す虚しさを焼き付けねば、再度首賭けのような事が起き兼ねない………。長く国があるということは、そういった思想を持つ者が生まれる可能性も含むのだ。


 ペトランズ大陸の大国・シウトの先代王ケルビアムがそうなってしまった様に、賢王が何代も続くなど稀なのである。


 だからこそ──ケンシンとドウゲンは本気で戦い民の記憶に焼き付ける必要がある……。



「ケンシン王よ……。最後はどうなる?」

「最後?ああ……首賭けの勝敗か?」

「ああ。母が今の流れを知っていたなら、その最後をも見ていた筈だ」

「さてな……ルリ殿はそれを俺に伝えることは無かった。だから知らん」

「……そうか」


 どちらが勝つにせよ、両国の王の子達は悲しむことになる。クロウマルにはそれが辛い。


 そして当然、ライも納得はしない。


 既に多くの血が流れている。不要な犠牲でしかない。



「……ドウゲンさんがどうしても折れなかった意味が分かりました。でも……」

「お前はそう言うだろうと書状にも書いてあったがな……正直に言えば、俺達にお前を止める力はない。だが、今の話を聞いたならば首賭けを行う意味を理解した筈だ」

「………狡いですよ、二人とも」

「そうでなければ王など務まらん。だが、これで犠牲は最後だ……この大陸の為見逃せ」

「約束は……出来ませんよ」


 スッと立ち上がったライは、メトラペトラを胸に抱えさっさと天守の間を出て行ってしまった。


「……やれやれ。書状にもあったが、本当に犠牲を嫌うヤツだな」

「だが、だからこそ私達は……久遠国は救われた」


 クロウマルの言葉には頷いたカゲノリは、その言葉に続く。


「神羅国も同じだ。だから俺はライの行動を尊重し加担する。構わないな、父上?」

「……好きにしろ。先刻言ったように止める術はない。それに後はカリンに任せた筈だ」

「私は……」


 迷うカリン。王たる父の決意を優先するか、情を優先するか……早くも『王の重責』に晒されている。


 そんなカリンの肩に触れたクロウマルは、屈託の無い笑顔で告げる。


「迷う必要は無い。俺は自分の心の告げるままに行動する。それが出来るのも王の器……そうだろう?」

「そう……ですね」

「ライに頼りきりというのも無責任だからな。俺は今から久遠国に戻り出来ることをやる。カリン殿はカリン殿の出来ることを……」

「ありがとうございます、クロウマル殿……」


 そこでカリンは先程のクロウマルの啖呵を思い出した赤面した。


「ん?どうした、カリン殿?」

「いえ……何でもありません」

「ならば良い。何かあっては事だからな。ともかく私は久遠に戻る。上手く行くにせよ行かぬにせよ、次に会うのは首賭けの日となる筈だ」


 そうしてクロウマルは、姿勢を正しケンシンに深く頭を下げた。


「先程は勢いで無礼な態度を取りました。どうかお許し下さい、神羅王」

「ハッ!今更だな。あんまり頭が固いと今後苦労するぞ?」

「これが私なのですよ。だが、これでも丸くなった方と自覚しています」

「わかった、わかった……気にしてねぇからとっとと行け。お前に何が出来るか見せてみろ」

「わかりました。では、失礼致します。カリン殿、それに皆もまた会おう」


 クロウマルは瞳に決意を宿し颯爽と天守を去っていった……。



「さて……じゃあ、お前らも話は終わりだろう?解散だ、解散」


 横たわったまま手で払う仕草を行ったケンシン。それは、これ以上説得しても無駄といった意思表示の態度だった……。


 それを悟ったカリン、カゲノリ、イオリは、ケンシンに改めて平服した後天守を後にする。


 残されたのはケンシンとシレン。互いに腹の内を理解している相手……。


「さて、シレン。これが最後の命だ。俺が死んだ後は好きにしろ」

「死ぬなど……ご冗談を」

「ハッハッハ……まあ、死ぬ気はないがな。こればかりは分からん」

「ケンシン様……」

「……実のところ少し気が抜けちまったのは確かだ。神羅と久遠はアイツらの力で既に結び付きつつあった。俺の行動に意味があったのかは分からんが……」

「それはケンシン様の努力があればこその結果です。それだけは断言しても良い」

「……悪いな、シレン」



 ムクリと身体を起こしたケンシンはキセルを取り出した。シレンが素早く火を付けると、実に美味そうに一服……。


 そしてケンシンは、突然何かを思い出した様に笑い始めた。


「如何なされました?」

「ん?いやな……?クロウマルがカリンを嫁に貰うと言った時の顔がな……」

「ああ……確かに真っ赤でしたね」

「満更でもないのかもしれんな……なら、ディルナーチの統合も夢ではないか?」

「流石に断言は出来ませぬな……。ですが、きっとディルナーチの未来は明るい筈」

「そうだな……残すは『首賭け』……。どう転ぶか………」



 少し楽しそうなケンシン。顔には出さぬが王は命懸け……隠密頭のシレンの胸中には複雑さが残った……。





 下階の待合い室にて事情を聞いたトビはクロウマルと久遠へ帰国。ミトはトビに付き添い久遠に同行した……。



 サブロウとクズハは、カリンと合流の後カゲノリの提案で一度ロクエモンの屋敷に移動。これにライとメトラペトラ、イオリも同行する。


「私はこれから諸侯の説得に向かいます。父上を説得するにはそれしかありませんから……」

「……じゃあ少し手助けします。サブロウさん、この辺に小舟ってありますか?」

「船で神具を造るのか?いつもの様に具足でも良いと思うが……」

「カリンさんは次期神羅王ですからね……ちょいと目立った方が箔が付くでしょ?クズハちゃんも同行するのが楽になるし、空飛ぶ船に乗る姫様なんて印象抜群だから……」


 トウカも似たような目に遭ったことは当然知らないカリン。


「わかった。では、私は船を調達してくるとしよう。クズハはカリン様と一度城で着替えて来なさい。長旅だったからな……」

「はい、サブロウ様。カリン様、参りましょう」

「そうですね。あの……カゲ兄様は……?」


 心配そうに見つめるカリンにカゲノリは肩を竦めた。


「安心しろ。勝手に消えたりはしない。それに勇者ライに剣技も教授せねばならないだろう?」

「はい。では……」


 安心したカリンはクズハと手を繋ぎ城へと向かう。


 サブロウも素早く行動を開始。小舟と言ってもボロでは困る。その辺りは理解しているだろうから、恐らくそれなりに立派なものを持って来るに違いない。



「そういえば、イオリさんの相談て何でしょう……?」


 残ったのはイオリとカゲノリ。イオリはライに相談があると告げていたことを思い出したのだ。


「気付いてるかも知れないけど、これのことでね……」

「これは……ソガ・ヒョウゴの……」

「うん。私はヒョウゴからこれを託された。精霊銃と言うらしい。相談はこれについてなんだ」


 ソガ・ヒョウゴから託された銃。そして方術用の神具の杖。これらの扱いを相談したかったらしい。


「……少しお借りしても?」

「うん」


 受け取った精霊銃の残留思念を読み取り仕組みを調べたライ。その発想は圧縮魔法と同じことにライとメトラペトラは感心頻りだった……。


「やはり人の知恵は侮れんのぅ……」

「そうですね……これを基礎にした武器とか作れそうですし。それで、イオリさんはコレをどうしたいんですか?」

「私は方術師だからね……それにヒョウゴのやり方では精霊達の負担が多い様に思ったんだ。だから組み合わせられないかなって……」

「精霊達と方術を、ですか?」

「うん。出来そうかい?」


 そこで名乗り出たのはメトラペトラだった。


「フッフッフ、これは面白そうじゃな……。どれ、そっちはワシが協力してやろう。銃の形も少し弄った方が良いと思うが、どうじゃ?」

「はい。より洗練した方がソガ・ヒョウゴも喜ぶでしょう」

「良し。では、ライが修行の間はこの精霊銃の工夫を考えるとしよう。ライにはその都度 《物質変換》で形の調整をさせる。良いな?」

「了解です……。でも、二日位で完成させて下さい。『首賭け』前日には久遠国に一度戻りたいので……」


 首賭け後、のんびり別れを告げている暇はない。前日にはディルナーチを発つ準備を済ませねばならないのだ……。


「ライ君はどうするのか決めているんだね……」

「予定と少し違ってしまいましたからね……。かなり小細工と根回しが必要になったので……」

「そうか……済まない、ライ君。私は大した手助けも出来ないのに世話になってばかり……」


 イオリの言葉に首を振るライは、嬉しそうに笑う。


「これは俺が選んだこと。いつか必ず戻りますから、ディルナーチを頼みます」

「うん。君に恥じない国……いや、大陸にして見せる」

「そうと決まれば時間はありませんよ?首賭けまで本当にあと僅か……それまでに心残りが無いようにしないと……」

「そうだね……その通りだ」



 ライはカゲノリから技の伝授。メトラペトラはイオリの新兵器開発。どちらも今後の為に必要なことである。



 そして───。



 首賭けの前日。ライとメトラペトラは久遠国へと帰還。


 首賭け当日はディルナーチ大陸との別れの日でもある。

 ライは久遠国……そしてディルナーチ大陸に別れを告げる為の行動を開始した──。


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