第五部 第五章 第二話 神羅王


 寿慶山にて目標や役割を見付けた者達は、自らの在るべき地へと去って行った。


 一方、神羅王との謁見に挑む者達はメトラペトラの転移で王都・葵之園へ──。


 辿り着いたのはカゲノリの拠点となっていたロクエモンの別邸。そこで改めて今後の行動を説明することになった……。


「あ、その前に………カゲノリさんの財宝、返さないと……」


 『盗っ人勇者』が奪い取った財宝は今後の神羅国の役に立たせるのが筋──そう判断したライは、全て返却することにした。


「いや……貰ってくれても構わんぞ。あれは不正に集めたものだ」

「実は一部使っちゃったんですよ……皆の神具とかに。でも、後は国の為に使って下さい」

「……では、カリンに渡してくれ。俺にはもう不要だ」

「……そうですか。じゃあ、カリンさん。カゲノリさんから託された品々、有効に使って下さい」

「わかりました。ありがとう、カゲ兄様……」


 いつの間にか昔の呼び方に戻ったらカリン。カゲノリは穏やかな目でそっとカリンの頭を撫でる……。


 その手は獣の手だが、カリンは確かに温もりを感じた。



「取り敢えずロクエモンに連絡して財は預かって貰おう。それより……今後はどうする、カリン?」

「このまま父の元に向かいます。勿論、カゲ兄様も一緒に」

「………。俺が向かえば騒ぎになるぞ?」


 聖獣人とでも形容すべきカゲノリを連れて街中を歩けば、まず間違いなく騒ぎになるだろう。


 そこでライは、腕輪を一つ作製し幻覚魔法を《付加》……カゲノリに手渡した。


「幻術で姿を変えるだけですけどね……。身体を元に戻す方法はまだ……」

「いや……助かる。俺も父上と話したいとは思っていたからな……」

「良かった。で、他に問題はありますか?」


 カリンは少し思考を巡らせている。


「クロウマル殿は連れということで同行出来ますが、ライ殿は……その……」

「ああ。異人だからですか?……大丈夫ですよ。久遠王からの書状がありますから」

「そんなものが……。ライ殿は、何故初めから父……神羅王に会わなかったんですか?」

「神羅国を知らない状態で神羅王を説得出来るとは思えなかったからです。だから最初に純辺沼原に立ち寄って民の様子を見ようとしたら……」

「すっかり騒ぎに巻き込まれて首を突っ込んだんじゃ。それからもずっと騒動続きじゃったのぅ……」


 掛かった日数は予定の範疇ではあるが、その内容たるや久遠国の比では無い多忙さだった……。流石はトラブル勇者である。


 が……その僅かな日数で神羅が浄化されたのは、やはりライの【幸運】の力が大きいと言える。


「自覚は無いんですが、【幸運】がそんなに優秀なら神羅王も『首賭け』止めてくれないですかね?」

「さてのぅ……。トキサダから聞いた話では、お主の【幸運】は飽くまで事態への干渉で良き流れに乗せるもの……精神を導くものではないからのぅ」

「う~ん……残念。ま、ともかく語らないと始まりませんからね」


 ライの意見に賛同したのはクロウマルだ。


「俺も正直な気持ちをぶつけるとする。ライも思うままにやれば良いさ」

「そうですね……」

「では、行こうか。カリン殿……」

「わかりました。行きましょう」



 遂に神羅王との対面───。


 ライにとって長い様で短いディルナーチ滞在の『表』の仕上げと言うべきもの。少しばかり緊張はあるが、これはディルナーチにとって必要なことなのだ……。



 神羅国王城・天狼城──白く猛々しい造りの城へ、一同は足を踏み入れた。



 サブロウとクズハは立場上『付き人』なので、王との謁見は控え別室にて待機。同様に、トビとミトも謁見を控えることになった……。



 シレンは報告も兼ねて先に天守に向かった。


 天守の間に向かうのは、ライとメトラペトラ、クロウマル、カリン、カゲノリとイオリという顔触れになる。



 そうして謁見となった神羅王。天守に座していたのは五十手前の白髪混じりの男だ。


「俺が神羅王、ミナヅキ・ケンシンだ。良く来たな、敵国の王子……それと異国の化け物共」

「父上!客人に向かってそれは……」

「黙れ」


 ケンシンは一睨みでカリンの言葉を遮った……。


 久遠王ドウゲンと違い、強烈な威圧感を放っているケンシン。これが王の風格……クロウマルは息を飲んだ。


「で?王位は決まったのか?」

「王はカリンに決まりました、父上」

「……カゲノリ。貴様は腑抜けて降りたのか?」

「いえ……俺はもう王位を継ぐ資格を失った。見てくれ」


 腕輪の幻覚を解除したカゲノリ。その姿を見た控えの兵は、刀に手を掛ける。


 しかし、ケンシンはそれを手で制する。



「ハッハッハ。随分格好良くなったな、カゲノリ」

「愚かにも力に釣られ人外になった……だから俺には王位は継げぬ」

「それでカリンか……王の重責が貴様に務まるのか、カリン?」

「私には……為すべきことがある。だから継いでみせます」

「ならばカゲノリを殺せ」

「!?」


 天守にザワリとした空気が流れる……。


「其奴は落伍者……蹴落として然るべきだろう?」

「……私はそんな流れを止める為に王になるのです。クロウマル殿、そして龍とも既に約束しました」

「……やれやれ。そんな夢物語を語る王など要らん。神羅の王に必要なのは強者……貴様は相応しくない」

「………」


 そこに割って入ったのはクロウマルだった……。


「カリン殿にはその強者を従わせる器がある。それでは不服か、神羅王?」

「ほう……久遠の小倅の分際で口を挟むか?」

「ああ。悪いが挟ませて貰う。強者ならば良いのだろう?今の神羅王の力とカリン殿の配下……間違いなくカリン殿が勝る。それで何が悪い?」

「そんな言葉では足りんな。もっと俺を楽しませてみろ」

「……ならば、俺が神羅国を貰う。カリン殿を嫁に貰い、久遠を俺が、この国をカリン殿が仕切る」



 この言葉でカリンは真っ赤になった。流石の神羅王ケンシンも目を丸くしていたが、遂に盛大に笑い出した……。


「アーッハッハ!面白いぞ、小僧!」

「何が面白い?俺は本気だぞ?」

「フッフ……ハハハ。分かった分かった……俺の敗けだ。これだけ笑わせる馬鹿者……ドウゲンは大した息子を持ったな」

「父を……ご存知か?」

「ああ……だが、その話の前に先ずは『けじめ』からだ。カリン……王は辛いぞ?」


 カリンは、まだ赤い顔で真剣に答える。


「平気です。私には力を貸してくれる者達がいますから」

「そうか……。さて、では王位はカリンに決まりだ……それで良いか?異国の勇者よ?」


 あまりにあっさり容認したケンシンは、何故かライに同意を求める。



「それを決めるのはあなたですよ。俺の目的は別です」

「首賭けの廃止か……。フッフッフ……」



 姿勢を崩したケンシンは、しばしの沈黙の後に兵を全員下がらせた。



「やれやれ……何とか間に合ったか。これで俺も肩の荷が下りる」

「父上……一体どういう……」

「何……実はな、そこの勇者は一度俺の所に来たのだ」

「えっ……?」



 そうしてケンシンが語り始めたのは、皆が知らないライの行動。そして、ケンシンの過去と覚悟の物語だった……。



「最初現れたのは夜中だったな。この男……勇者ライは、いきなりこの部屋に乗り込んで来やがった」



 ゆっくりと語り始めた神羅王ケンシン。


 ライとケンシンの邂逅は、一方的に天狼城に乗り込んだことから始まる。



「最初に聞かされたのはキリノスケとホタルの死……そしてその真相だった。勿論、俺は訝しがったがな……」


 突然、国王の元に乗り込んだ異国人。疑うのは当然と言える。


「しかし、勇者の持つ書状で話が変わった。久遠王ドウゲンからの書状……捺された玉璽は間違いなく本物だったからな。それで話を聞くことになった」

「では、父上はキリ兄様のことを………」

「ああ。王都に運ばれる前に知っていた」


 少し寂しそうに笑うケンシン……実の息子の死は、やはり心を抉られる気分の筈だ。

 それを感じ取ったカリンは、初めて父の本当の顔を見た気がした。


「それでケンシン王……ライとはどんな話を?」



 キリノスケ達の知らぬライの行動……だが、ケンシンの答えは素っ気ないものだった。



「コイツは何処からか鏡を取り出してこう言いやがった……とな」

「鏡……?」

「ほれ……そこにあるだろう?まさかポンと神具を渡すアホウがいるとは思わなかったがな……」

「………」


 鏡は小型の三面鏡……それぞれの鏡に《付加》したのは千里眼。

 勿論ながら自然魔力を蓄積し効率良く発動するという代物である。


「それからは全て見させて貰った訳だが……クックック、この国も随分と大きく動いたものだ」

「だからこそ私などが王位を継げるのです、父上」

「もう一度言うぞ、カリン。王は……」

「厳しく辛いことは理解しています。ですが、私は孤独では無いのです」


 カリンの目には強い光が宿っている。それを理解したケンシン……思わず笑いが漏れ出した。


「ハッハッハ!今更余計な世話か……。ならばカリンよ……後はお前に全て任せる。カゲノリ、手伝ってやれ」

「父上……」

「これで俺の仕事は首賭けだけになった。肩の荷が下りて清々するぜ」


 崩していた姿勢を更に崩し寝転がるケンシン。その態度の横柄さにクロウマルは苦笑いをしている。


 しかし、まだ話は終わっていない。


「……父上。『首賭け』は中止に……いえ、廃止に出来ないのですか?」

「あぁ?生温いこと言ってんじゃねぇぞ、カリン。首賭けはもう互いの国の憂さ晴らし……人身御供だ。簡単に止めるなんて出来る訳が無ぇだろ?」

「ですが、友好にまで漕ぎ着けたのです。最早争う必要は……」

「うるせぇな。首賭けが終わるまで俺が王だ……文句があるなら今俺を殺せ」

「そんな……そんなことは出来ません」

「……なら黙ってろ」


 そんな態度のケンシンに疑問を呈したのはカゲノリだった。


「父上……何故頑なに首賭けに踏み切る。先程『何とか間に合った』と言ったな?あれはどういうことだ?」

「……ちっ!我が息子ながら聡い奴だな」

「どうも気になっていたのだ。父上の性格を考えれば、書状や玉璽の印を見ただけで納得するとは思えなかった。ここからは俺の推測だが、父上は久遠王と友……違うか?」

「………やれやれ。仕方無い、話してやるか」



 ケンシンがドウゲンの書状を信じライを排除しようとしなかった理由……。それは、ディルナーチにまつわる大きな流れの始まりとも言えるものだった……。



「……俺もお前とキリノスケの様に久遠国に忍び込んだことがある。あれは二十年以上前になるか……」

「父上もだと?一体どうやって……いや、その前に何故俺達が久遠国に渡ったことを知っている?」

「馬鹿か、お前は?当時の隠密頭はサブロウだぞ?」

「……成る程」


 当時ケンシンの最側近であったサブロウは天狼城勤め……城内の行動はほぼ全て把握していたと言って良い。


 ケンシンはサブロウから報告を受けたが、敢えて見聞を広げさせる為に放置したという。


 それは、自らが久遠国に渡り治安の良さを理解していたからであることまでは語らないケンシン。


「話を戻す。俺も神羅の限界を感じていたからな……力が必要なのは判るが、疑心暗鬼が常になる国は論外だ 。だからこそ久遠国の治安を見に行きたかった」


 久遠国に渡る様な行動派のケンシンは、国の秘宝神具を盗み出すことに躊躇いなどない。

 そうして手に入れた飛翔神具で単身久遠国に向かう度胸も、並の者とは一線を画しているといえるだろう。


 その後、ケンシンは各地を転々とし久遠国王都・桜花天まで辿り着く。



 王都を見れば情勢を知り多くの知識が手に入る。どうせなら剣術の一つでも盗んでやれと足を運んだのは、当時まだ開いたばかりのカヅキ道場だった。

 まだ若い身で多くの武勇を上げたリクウという男。王都に道場を構え、王の指南役に迄なったという。


 『華月神鳴流』……王家の流派剣術に興味を惹かれ覗いたそこには、たった四人の若者が居た……。



「初めは場所を間違ったかと思ったぜ……。何せ二十歳前後の若い連中が四人……しかも二人は女だ。実質剣士は二人しか居なかったんだからな」


 リクウは当時十九歳。既に妻を娶っていたが、若すぎてどうも道場主には見えない。

 更にドウゲンは二十歳を越えていたが、剣術の使い手というには線が細い印象だった。


 しかし……リクウはその才覚を惜しげもなく晒す。


「俺に気付いたリクウに招き入れられ、いきなり手合わせすることになってな……思わず本気で戦っちまった」

「………結果は?」

「聞くな。あれは剣の化け物のクチとだけ言っておく……」



 つまり、敗北。それどころか、神羅王家剣術まで見抜かれてしまったという。


「良く生きて戻れたな……父上」

「リクウは王家の地位なんぞに興味は無いと言ってな。それに剣を合わせた俺の性格が気に入ったらしくて、しばらく道場で厄介になった。年下の癖に俺に剣術指南までしやがったんだぜ?」


 若かりし頃のリクウはかなり破天荒だったというが、まさかそこまでだったとは思わなかったクロウマル。今更だが自分の師の度量に感心半分、呆れ半分といった表情だ。


「更に驚かされたのは、道場に居たのが久遠国嫡男ドウゲンだったことだ。あの野郎、しれっとした顔で俺の滞在を容認しやがった」

「……我が父はそういったところがあるのは確かだ。それにしても……まさか父と知己だったとは」

「アイツとは好敵手ということになるな。剣の腕はほぼ互角……リクウの奴、それを狙って俺を引き込んだ可能性は高いが……」

「では、ケンシン王も華月神鳴流を?」

「俺は齧った程度だな。研鑽のコツは教えて貰った。それに天網斬り……感覚だけは教えて貰ったが、出来上がったのは別の技になった」


 それが神羅国にある技、『斬道刃ざんどうじん』。万物両断である天網斬りとは別の技法に派生した、純粋な剣技のみでの両断特化技。


 万物とまではいかないか、金属や岩くらいは簡単に両断する。大きな違いは斬撃が飛翔するということだ。


「……それ、誰か使えます?」


 そこで身を乗り出したのはライだった。


 思わぬところで剣の技法が手に入る……これは何としても修得したい。



「それ程の力が有りながらまだ足りんか……。ならば、後でカゲノリにでも学べ」


 カゲノリはライに視線を向け頷いている。了承を得られたことに安堵したライは、ケンシンに話の続きを促した。


 そしてケンシンの口から語られたのは、二人の王の誓いだった……。

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