天涯比隣の章
第五部 第五章 第一話 それぞれの地へ
寿慶山の宴が終わりを迎えた翌朝──魂寧殿に集った者達はそれぞれの役割に戻る。
龍達はそれぞれの住み処へ……。そんな中、突然呼び出されたジゲンはクウヤと共にライに歩み寄った。
「儂は豪独楽に帰るとしよう。と言っても桜花天に蜻蛉返りになるだろうがな……」
「『首賭け』についてドウゲンさんから召集があったんですね。スミマセン……そんな時に無理矢理呼び出して……」
ジゲンはライの背を叩き豪快に笑う。
「ガッハッハ!気にする必要は無いぞ?お陰で強者と手合わせ出来た上に、有望そうな弟子も見付けたからな!……これも縁の内だろう?」
「そう……ですね」
クウヤはこのまま豪独楽に向かい内弟子になるとのことだ。
「……お前には謝らねばな」
「え?何がですか?」
「色々とだ……やけに絡んだり、人を見下したり……」
そんな言葉を遮り握手を求めるライに、クウヤは驚きの表情を見せた。
「そんな話はコレで終わりですよ。あの時、ディルナーチが助かったのは龍達のお陰なんですから……感謝こそすれ根に持つことはないですよ」
「……お前は何というか……大きいな」
「俺なんて全然……心の器で言うならジゲンさんの方がずっと大きい。きっと学ぶこと多いですよ?」
「……そうだな」
固い握手を交わしたクウヤは照れ臭そうに笑っている。
「メトラ師匠に転移をお願いしますか?」
「いや……ジゲン殿は俺が乗せて行く。安心しろ」
「わかりました。お願いします」
「では、また会おう。勇者ライよ」
「はい。お二人とも、また」
中庭で龍に変化したクウヤ。その背に乗ったジゲンは手を振りながら空の彼方へと去っていった……。
続いて別れを告げに来たのはゲンマ、オキサト、ドウエツ……雁尾領の者達だ。
「俺は純辺沼原に戻る。街に帰ってやることも連中に伝えることもあるからな」
「私も帰るよ、ライ殿……あまり長く城を空ける訳には行かない。本当はもう少し話をしたいけど……」
残念そうなオキサトだが、ライは拳を突き出しニヤリと笑う。
「友達は離れていても友達だ、オキサト君。首賭けの時に会えるかわからないけど、それ以外でもいつか必ず会いに行くから」
「……うん。私は立派な領主になる。父上を超えてみせるよ」
「その意気だ。ドウエツさん、俺が言うのも何ですが、オキサト君をお願いしますね」
「うむ……任せよ」
ドウエツは深々と頭を下げた。ライには感謝をしても足りない……そんな顔だった。
「あ……ゲンマさん、ちょっと……」
「ん?何だ?」
「籠手の片方を美景領主に渡したって言ってたでしょ?代わりにコレを……」
取り出したのは金属籠手。ゲンマが持つ籠手とデザインは同じだが、色が少し違う。
「これは前のと違って戦闘用……説明書も付いてます。何かあった時は使ってください」
「……こりゃあ、ありがたい。大事に使わせて貰うぜ」
「皆さん、『首賭け』には集まるんですか?」
「領主関係者は皆集まることになってる。俺はオキサト様に頼んで同行するつもりだ……」
「じゃあまた、その時に……『首賭け』中止になった時は会いに行きますよ」
「ハッハッハ。その方が良いな。……ライ。お前と会えて良かったぜ」
少しはにかんだライは嬉しそうに笑った。
「俺もゲンマさんと会えて良かった。特にクロウマルさんに良い影響を与えて貰った……」
「ハハハ!なぁに……男ってのは考え過ぎると逆に馬鹿になるんだよ。俺はそれを
「ハハハハ……そうかも知れませんね」
「じゃ、またな」
「はい。また会いましょう……メトラ師匠、お願いします」
「良かろう」
それまでライの頭上で大人しくしていたメトラペトラ。首賭けに際してのライの行動を知る身としては、別れを邪魔するような真似を避けたのだ。
ライの頼みで出現した二つの 《心移鏡》……どちらに飛び込んでもそれぞれの目指す地に移動するらしい。
ゲンマ、そしてオキサトとドウエツは最後にもう一度振り返り手を振った後、鏡に飛び込んだ。
「……他に帰る人はいませんか?」
「ライ君……悪いけどミツナガを虎渓に送って貰えるかい?」
申し出たのはイオリ。しかし、本人は残り虎渓領への報告はミツナガに頼む様だ。
「メトラ師匠。虎渓領って行ったことあります?」
「領主の城から離れた森ならの……それで良いかぇ?」
「感謝致します、大聖霊様」
「でも、イオリさんは帰らなくて良いんですか?」
「実は相談があるんだ。それに、私は最後まで見届けたい」
「わかりました。じゃあ、その前にミツナガさんにコレを……」
取り出したのは剣、籠手、具足の神具一式……。今朝方ゲンマの籠手と併せ急いで作製したものだ。
「機能は皆さんのものと同じです。一応説明書もありますので……」
「かたじけない。……貴公には感謝している、ライ殿。貴公の存在があったから私はイオリと再び友情を結ぶことが出来た」
ミツナガは深々と頭を下げる。ライは困った様に笑い僅かに首を振った。
「イオリさんはきっと自力で立ち直りましたよ。友情を再び結ぶことが出来たのは、ミツナガさんがイオリさんを信じて待っていたからです。俺は何もしてません」
「……本当に貴公は偉ぶらんのだな。少しは誇って良いものを」
「アハハ……まぁ、結局俺は自己満足で動いているだけですから。それを誇るのは何か違う気がするんです。それに、皆が満足なら過程はどうでも良いかな~なんて……」
「ハッハッハ!大した男だ。出来ればもう少しゆっくり話をしたかった」
「それは次の機会に」
「そうだな。約束してくれるか?」
「はい」
ミツナガは握手を求め、再会の約束は交わされた。
続いてミツナガは視線をイオリに向け頷く。
「説明は頼んだよ、ミツナガ」
「わかっている。次は『首賭け』……上手く止められれば良いが」
「うん。そうしたら祭り……だろ?」
「そうだな。では、またなイオリ」
ミツナガは 《心移鏡》に飛び込み虎渓領へと帰って行った。
「ライ君。私は少しカリン様と話してくるよ」
「わかりました。じゃあ次は……」
ライが向けた視線の先……そこには刀を抜いたヒナギクとシシンの姿が……。
「……な、何でこんなことになってんの?」
呆けて見守っているカズマサに声を掛けると、半笑いで答える。
「いや……何か、これが親子の交流らしくて……」
「……へ、へぇ~……。ウチとは大分違うなぁ……」
「ウチも違うよ……」
親子の交流と言われれば妨げる訳にも行かないので、二人はそのまま放置することにした。
それにしても、余所様の敷地……しかも龍の住まいで剣を振るうとは図太……もとい、大した胆力である。
「まあ良いや。カズマサさんには今後の修行方法を伝えておこうと思って」
ライが伝えたのは、ゲンマ同様の極薄纏装展開。覇王纏衣を重ね【黒身套】に至る過程を自らが実践しながら説明した。
「これは纏装の技術の話。魔法に関してはイオリさんから学べる筈だよ」
「わかった……ありがとう、ライ。俺はライのお陰で随分と道が拓けたよ」
「……切っ掛けは偶然だけど、始まりは間違いなくカズマサさんの行動から始まってる。だから、今の状況はカズマサさん自身の力だよ」
「それでも……感謝している」
カズマサは手を差し出しライもそれに応える。勇者としてのこれからが楽しみな男カズマサ……。きっとサブロウと並びディルナーチ大陸の柱となるだろう。
「さて……ヒナギクさんにも挨拶するつもりだったんだけど……」
様子を見る限り手合わせが終わる気配はない。
その様子に呆れたメトラペトラは、溜め息を吐き提案した。
「面倒じゃからこのまま八十錫領に送ってしまえば良かろう?」
「………。どうする、カズマサさん?」
チラリとヒナギク達を確認したカズマサは、苦笑いで了承した。
「うん……まぁ、事情は後で俺が説明するよ。送って貰えるか?」
「だそうです、師匠?」
「わかった。ではの、カズマサよ」
「また会おう、カズマサさん」
「ああ……約束だ」
カズマサ……そしてヒナギクとシシン達は出現した鏡に飲み込まれ姿を消した……。
「これで移動が必要な人はいなくなったかな……」
龍であるラゴウとコウガ、アサヒ、ユウザンに向き直り改めて挨拶を交わす。
「ラゴウはどうする?」
「お前の申し出を受けることにした。修行が必要だと昨日の手合わせで思い知らされたからな……」
「分かった。じゃあ、後で連れに来るよ。それまではカグヤさんと良く話し合ってくれ」
「ああ……」
ラゴウの変わりように嬉しそうなカグヤ。コウガとアサヒも仲間の良き変化に嬉しさを隠せない様だ。
「ライ殿。俺はアサヒを連れて少し旅に出る」
「……旅、ですか?」
「ああ。ラゴウ同様に昨日の手合わせで思うところがあってな……自分の目で判断して相応しい流派を探す」
「成る程……それは良いですね。良かったですね、アサヒさん?」
「ええ……これもライ殿が話を聞いてくれたからです。ありがとう、ライ殿……」
アサヒの手はコウガの手をしっかりと握り締めている。どうやら想いは届いた様だ。
「それでは私達は行く。いつかまた会おう」
「はい。その時は手合わせして下さいね」
「ハハハ。その時は寧ろこちらから頼む」
コウガとアサヒは龍化せずに飛翔しつつ去っていった……。
「あとは……カグヤさん。色々世話になりました」
いつもの幼女に戻っているカグヤは、少し寂しげに微笑んでいる。
「ライ殿への恩義、決して忘れぬ。また遊びに来てくりゃれ」
「はい。今度はもっとゆっくりしたいですね~……あ、そうだ。お礼も兼ねた物なんですが……」
ライが懐から取り出したのは花を配あしらった髪飾りと、耳飾り。どちらも神具であるが、かなりデザインが凝っている。
「おお!こんな綺麗な物を……」
「一応神具ですけど、カグヤさんに似合いそうな物にしました。髪飾りは防御全般と魔力の増幅、耳飾りは回復特化です。カグヤさん、いつも誰かに力を使っているみたいですから……」
「……ありがとう、ライ殿。大事にする」
うっとりとしているカグヤ。メトラペトラはニマニマと笑いながらカグヤの言葉に続いた。
「カグヤはライが居なくなると寂しくなるから、出来るだけ会いに来て欲しいそうじゃぞ?」
「こ、こら、ニャンコ!そんなことを言ったらライ殿に迷惑が……」
照れるカグヤ……。千年以上生きながらも初な龍の長に、メトラペトラはやはりニマニマ……。
そんなカグヤの気持ちに気付いているのかいないのか……ライは平然と応えた。
「わかりました。今の俺なら半日くらいで来れると思いますし……あ、なんならラジックさんの魔導具で繋げば……」
「おお!それは名案じゃな。戻ったら早速ラジックから奪い取るとしよう」
「奪い取るって師匠……泥棒ネコですね~……」
「フッフッフ。何せ盗っ人勇者のニャイ棒じゃからの?」
まるで越後屋と悪代官の様に企んでいるライとメトラペトラ……カグヤは思わず吹き出した。
「ハハハハ!うむ。ではその時が来るのを楽しみに待っているぞよ?」
「うむ。安心して待つが良い、ドラゴンババア」
「頼んだぞよ、ニャンコババア」
やはり仲が良いメトラペトラとカグヤ。
メトラペトラも内心寂しいのではないかとライは心配になったが、そもそもメトラペトラは転移術の使い手……あまり距離は関係無いことに気付く。
「それじゃ、多分また直ぐ戻りますから」
「うむ。行ってらっしゃい、ライ殿……」
「はい。行ってきます」
そうして振り替えれば、中庭には既にカリンやクロウマル達が待っていた。
「お待たせしました」
ネコを頭に乗せた勇者……皆その姿を笑顔で迎える。
「全くお前は、よくよく面倒見の良い男だな……」
「いやいや、クロウマルさん。巻き込んでる以上はその位しないと……」
「巻き込んでる……か。そう思ってるのはお前だけだろうな」
全員がウンウンと首肯いていることに、ライは困った顔をした。
「え?な、何か間違ってます?」
「さて……行こうか。頼めるか、大聖霊殿?」
「良かろう。行くぞよ?」
「えっ?ちょっと!俺、間違ってま……」
ライの質問を遮るように頭上に発生した巨大な鏡。そのまま一同に覆い被さり、人間達は姿を消した……。
「……賑やかなことだな」
「そうだのぅ……だが、いい気分だろう、ラゴウよ?」
「フッ……確かに悪くは無いな」
静まり返った寿慶山……。
後に久遠・神羅・龍による宴と話し合いは、寿慶山の社からその名を冠し『魂寧の誓い』と呼ばれることとなる……。
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