第五部 第四章 第三十七話 寿慶山の宴③
ライとサブロウの手合わせは笑顔で続いている。
本当に蟠りもない手合わせは、ライの果たそうとする困難とは無縁にすら思えた。
しかし、その時は確実に迫っている……。
「……ライは『首賭け』を止めるつもりらしい。我々は元々そのつもりで来たのだ」
真剣な表情に戻ったクロウマル。カリンもその意味を理解している。
「はい。それは存じております。明日、父上と謁見できる様に手配を致しますので……」
「助かるよ、カリン殿……この手合わせが終わった後、その話し合いになるだろう。皆にも協力して貰えれば、きっと『首賭け』は廃止できる……」
同族による長年の諍いも、ようやく解消される目処が付く。それはディルナーチ大陸の新しい時代の始まり……。
「トビ殿……本当にお伝えしなくて宜しいのですか?」
そんなクロウマルの会話を聞いていたミト。事情はトビから聞き及んでいる。当然、ライのやろうとしていることも……。
クロウマルやカリンはライの計画を知らないのだ。
「良いのだ。クロウマル様達は今まで本当に努力して来たのだ。自らが冷酷の謗りを受けることも厭わず、ただ国の為にな……それはカリン殿やカゲノリ殿も同様かと思う」
「なればこそ、その場になってから知るのでは傷付くのでは……?」
「クロウマル様は変わられた。心を重んじ、他人の痛みを理解するまでにかつての心を取り戻した。だからこそなのだ……あの方はあまりにライへの恩義が深すぎる。きっとクロウマル様は、ライが汚名を受けようとすることが我慢ならないだろう」
久遠国への貢献も、王家への友愛も、今こうしている縁さえもライが居てこそ……だからクロウマルは、必ずライを止めようとする。トビはミトにそう告げた。
「しかし……」
「それに俺はライに口止めされているのだ。全て終わった後で話してくれさえすれば良いとな……」
「…………ライ殿は何故そこまで」
結局のところライは、剣術を学んだ以外の恩恵を受けていない。滞在許可は修行の一貫で、報奨という報奨も願いという願いも“ 誰かの為のもの ”ばかりなのだ。
「きっと本当に性分なのだろうな。だから俺もミト殿も、クロウマル様や各領主も、龍も領民も関係無いのだろう。本当は俺も………」
このままディルナーチに残って欲しい……という願いは口に出来なかったトビ。
「ともかく、俺は最後までアイツに賭けようと決めた。それがアイツの願いならば、俺は最後まで従う」
「……わかりました。私も微力ながらお力になりたいと思います」
「微力など……頼りにしている、ミト殿」
「はい……」
それぞれが思いを巡らす中でも手合わせは続いている。それは実に愉しげに、そして激しい想いの火花と表現するのが相応しい光景だった……。
サブロウは、神羅を導き繋いで貰った感謝を……。ライは、こうして知り合えた友情への感謝を込めて拳を振るう。
不器用な男達には寧ろそれこそが相応しいとも言えた……。
「流石は神羅国、元隠密頭……伝説の隠密サブロウさんですね」
「ハッハッハ。ライ殿こそ伝説の勇者と言っても過言ではない強さだぞ?」
異常進化と言って良いライの肉体成長は、天然魔人として生まれ至高纏装【黒身套】を数十年纏い続けたサブロウとほぼ互角。それだけでもサブロウからすれば驚愕の事態。
しかも数十年の研鑽を経ているサブロウの流派『天神圓明流』と渡り合っているライ。『華月神鳴流』の練度にも目を見張るものがあった。
だが、ライ自身は心の底からまだまだだと言った表情で答えた。
「俺なんてまだ未熟ですよ……救えた筈の命だってある筈なんです。俺はまだ全然弱い」
「………それだけの力を持ち合わせていながら……難儀だな、ライ殿は。だが、この場の者は皆がライ殿に感謝している筈だ。残念なのは民がそれを知らぬこと……」
「良いんです、それで……。神羅国の不浄は神羅の有志によって浄化された。久遠の民と神羅の民、そして龍が力を合わせてディルナーチの未来を切り拓いた。それこそが重要なんですよ」
「………いつか、ディルナーチの民とペトランズの民もそうなれるだろうか?」
「はい。いつになるかは分かりませんが、きっとそんな日が来る。俺はそう信じてますよ」
サブロウは穏やかな顔で笑う。未来を信じるライの気持ちは、きっと他の者も心のどこかに持ち合わせている筈だ。
ならば、ライの言う通りそんな未来を信じても良い……サブロウは心からそう思った。
「さて……我々だけが楽しんでいては悪いからな。そろそろお開きにしようか、ライ殿?」
「そうですね。特にゲンマさんやジゲンさんは内心ウズウズしてそうですし」
「ハッハッハ。これは後でゲンマ殿に何か謝罪せねばな……」
「じゃあ、手合わせしてやって下さい。ゲンマさんにはそれが一番の楽しみでしょう」
「ハッハッハ!違いない!」
満面の笑顔で距離を置いたライとサブロウ。いよいよ最後の一撃……皆が見守る中、最後に繰り出したのは二人とも只の正拳。
この手合わせに勝敗は必要ない。これは神羅の争いの終結を祝う宴なのである。
そして……手始めの一手目と同様に互いの拳が重なり合い、衝撃が広がった。
手合わせはこれにて終了……。二人は互いに構えを解き、メトラペトラに合図を送る。
「どうやら終わった様じゃな。良い余興となったじゃろ?」
「そうだのぅ。それより、あのサブロウという男……」
「何じゃ?何かあるのか、カグヤよ?」
「いや……ウチの若い龍が骨抜きにされている様でな……」
カグヤに促され視線を向けた先では、若い巫女達がキャアキャアと黄色い声を上げていた……。
「………。ま、まあ、後で紹介してやれば良いんじゃないのかのぅ?それにしても、肉体でライと互角とは……流石はディルナーチ最強の男サブロウじゃな」
「ディルナーチ最強……どうりで……」
「まあ、あの男は清濁併せ呑む様じゃからの。今後のディルナーチの柱となるじゃろう。連携を取っておけば龍にも悪い話ではないしのぅ?」
今後、久遠・神羅の両国が危機に陥る事態はかなり減るだろう。だが、やはり危機への備えは必要なのだ。
その際、柱となるのは間違いなくサブロウ。立場的にも誰と連携しても問題ないサブロウなら、龍との連携も可能な筈だ。
「その辺の話も含め話し合いが必要だの。さぁさ!今度こそ本当の宴!今宵は存分に楽しみなされ!」
カグヤの合図で再び酒宴に切り替わり、今度は和やかな雰囲気の中での談笑が始まった。
ゲンマはジゲンと酒を酌み交わし、コウガとアサヒはカズマサとヒナギクと何やら愉しげに語らっていた。
ラゴウはカゲノリと神妙な話をしている様だが、クウヤとユウザンはイオリやミツナガと妙に楽しそうに語らっていた。
サブロウに至っては、若い巫女達に囲まれ戸惑っている姿が印象的だった……。
そんな宴も二刻程が過ぎた頃──クロウマル、カリン、そしてカグヤが上座に揃ったことで、今後の話し合いへと移行する。
「先ずは私から……。私は久遠国嫡男サクラヅキ・クロウマル。今この場にて提案するのは友好だ。私は久遠国代表として神羅国との長年の諍いを終結し友好を結ぶと約束する。同様に龍とも友好を結びたい」
続いて声を上げたのはカリン。カゲノリに視線を向け頷くと、深呼吸を一つ吐いた。
「私は次期神羅王、ミナヅキ・カリン。私は久遠国嫡男クロウマルの申し出を受ける。神羅の王位に就いた暁には、改めて条約を締結をすると約束する。これにディルナーチの龍も加わって頂きたい」
最後に声を上げたカグヤは大人の姿に変化し厳かに告げる。
「我、龍の長カグヤはここに両国の申し出を喜んで受ける旨を宣言する。これにより龍は人を軽んじず、隣人として支え合うことを命ずる。もっとも、命じねば従わぬ様な薄情者は龍の中にはおるまいの?」
集った龍達は豪快に笑った。
「今この場に集う者、皆縁ある者なり。これより先、共に支え合う存在ではあり対立する者に非ず。
一斉に上がる同意の声。ディルナーチは今、完全に纏まったのだ。
「では、この縁の最大の立役者、ライ殿から一言……」
カグヤがそう宣ったにも拘わらず、ライの返事はない。良く良く探せば部屋の隅で踞り寝息を立てている。
「………。なんとまぁ……立役者殿は眠っていらしたわ」
「ハッハッハ!流石は勇者、剛胆なことだ!」
再び笑い声で満たされる魂寧殿。ライに近寄ったメトラペトラは、その傍らにペタリと座った。
「良う寝ておるわ……無理もないのぅ」
結局ライは、神羅国に来て以来本格的な休息を取ってはいなかった。
ホタルの魂を救った後、ライは失うことの怖さからか定期的に仲間の様子を確認していた。
イプシーの正体が明らかになってからは、常にベリドの出現に神経を尖らせていたのだ……。
本当の意味で気を抜いて眠れるのは今日が初めて……それを知るのはメトラペトラのみである。
「……では、ライ殿も休まれていることだしの。皆、堅苦しいのはここまでにして呑むなり寝るなり好きに為されよ。この寿慶山には温泉も湧いている故、楽しんで行かれい」
こうして宴は朝まで続いた……。
翌朝早く目を覚ましたライは、寿慶山から更に上空へと飛翔。ディルナーチ大陸全体を見渡した……。
「何じゃ、こんなところで……」
「師匠……随分早いですね。いつもならグデングデンなのに……」
「昨日カグヤから酔い醒ましを貰っていたからのぅ……ジゲンのモノより余程効くわぇ」
「ハ……ハハ……」
「で……どうしたんじゃ、こんなところで?」
「………。名残りを惜しんでいた、って言ったら笑いますか?」
「………笑わんわ。ワシも名残り惜しいのは同じじゃからの」
「酒が?友達が?」
「確かに酒は惜しいが、ワシはボッチじゃないぞよ?」
「本当に……?」
「くっ……ワシはボッチじゃない!」
クスクスと笑うライに盛大な溜め息を漏らすメトラペトラ……。
ライの複雑な心境は理解しているつもりだ。
「何なら、この地に残っても良いと思うがの?」
「そうは行きませんよ。ペトランズ側には家族が居ますからね……約束もありますし……」
「フフン。フェルミナにエイル、それにマリアンヌか……あ~あ~……帰ったらハーレム一直線じゃな」
「いっ!そ!そそ、そんなつもりはないですよ?」
「じゃが、答えは出ておらんのじゃろ?」
「いや……。まあ、それは……」
フェルミナの気持ちは分からないが、誰かに渡して良いのかと聞かれるとハッキリと嫌だという感情が自分の中にある。
エイルも同様で、あんなにハッキリと気持ちをぶつけられたのは初めてのこと。それにエイルは何があっても傍に居ると宣言してくれたのだ。そこに愛しい気持ちが無いといえば嘘になる。
マリアンヌはライの為に存在すると言って聞かず、傍に居ることを拒んでも恐らく離れないだろう。加えて自分への献身の中には愛情も含まれていることは、鈍いライでも何となく感じ取っていた……。
「……改めて考えると、俺って最低ですね………」
「ん?ハーレムがそんなにイカンのかぇ?」
「いや……だって……」
「ハァ……仕方無いヤツじゃのぅ。当人達の幸せは当人達が決めるんじゃ。当人達が嫌なら勝手に離れるじゃろ。お主と居たいというなら受け止めるのも甲斐性じゃぞ?」
「そ、そういうものなんですか……?」
「まあ好きなだけ悩め。幸いなことに全員みっちり時間はある。慌てることはあるまいよ」
「…………」
「それよりも、じゃ……問題は『首賭け』じゃ。神羅王との謁見で情勢がどう動くか……」
今日、クロウマルは神羅王との謁見に挑む。ライはこれに同行するつもりだ。
「……多分、首賭けは止まらない」
「じゃが……会うんじゃろ?」
「はい。言葉を交わさないと何も始まりませんから……」
「では、行くぞよ?そろそろクロウマルも起きるじゃろうて」
「はい……」
遂に神羅王との謁見───。
ライのディルナーチ最後の役割は、思うよりも複雑な事実が絡んでいたと知ることになる……。
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