第五部 第四章 第三十六話 寿慶山の宴②


 寿慶山での宴。男達が始めた手合わせは三回戦へと移る……筈だったが人数が奇数。


 どうするかと迷っていると、メトラペトラがとんでもないことをやらかした。


「フッフッフ……足りぬなら、呼べば良かろう、強者つわものを?」


 そうして《心移鏡》で強制召喚されたのは、豪独楽領主ジゲンである。



 丁度入浴中だったジゲンは、全裸で召喚された……。


「ん?……ここは?」


 スッポンポンでも動じないジゲン。女達は顔を隠して顔を背けている。


「良う来たのぅ、ジゲン」

「おお!これは大聖霊殿!御無沙汰しておりましたなぁ。ということは……おお、やはりライ殿も一緒か……!」

「……取り敢えず服を出してやるから着るが良い」

「ん?おお……流石に女子の前か……。入浴中だった故、許されよ」


 手早く服を着たジゲンは再び周囲を確認している。


「どうやら社の様だが……ここは何処なのだ、大聖霊殿?」

「ここは神羅国の寿慶山だ、ジゲン」

「ほう……神羅国とは……。……。ク、クロウマル様?」


 クロウマルの姿にようやく驚きを見せたジゲン。そこで改めて神羅国という言葉に戸惑いを見せた……。


「ク、クロウマル様が何故、神羅国に……?」

「まぁ色々とあってな……事情は後から話す。それより今は、お前の喜ぶ状況だぞ?」

「喜ぶ状況とは一体……」

「強者との手合わせだ。但し、肉体のみの勝負だがな……」


 これを聞いたジゲンはニタリと笑う。


 そう……彼もそっち側の人間なのだ。


「ガッハッハッハ……事情は分かりませぬが、神羅の強者との手合わせが出来るのですな?……それは唆りますな」

「良し。では、ジゲン。存分に楽しんでこい」


 久遠国の勇者と言うべき男ジゲン、参戦。実質、久遠国最強と言えるジゲンの参加は益々激しい殴り合いになることを意味している。


「……という訳で、儂も混ぜて貰えるか?」

「望むところだ。久遠と神羅の諍いは消える……恨みも遠慮も不要だ。見せて貰うぜ、久遠の強者を」

「ガッハッハ!うむ!儂が望むのは、まさにそういった手合わせだ!」


 流石は『言葉より拳で語る派』のゲンマとジゲン。既にすっかり打ち解けている。



 ともかく、これで対戦者四人が揃った。クジ引きの結果は……。



・サブロウ 対 コウガ


・ゲンマ  対 ジゲン


 ……の組み合わせに決定。早速勝負が開始される。


 そして結果は──。


「決勝はサブロウとジゲンか……中々面白そうじゃのぅ」

「神羅の元隠密頭と久遠の領主の勝負とは……凄いことになったのぅ」


 メトラペトラとカグヤは酒をチビリチビリと飲みながら語る。


「だが、諍いになることはもう無いのだ。ライ殿のお陰よな」

「そうじゃな……。まぁ、どちらが勝つにせよ良い余興じゃろう」


 ライに回復させて貰ったコウガとゲンマ。二人とも敗者ではあるがスッキリとした顔をしていた。


「まさか、人があれ程強いとは……」

「サブロウ殿は魔人だが、魔王と言っても問題ないだろうな。しかも、あれでまだ本気じゃない」

「……ハッハッハ。上には上が居るものだな」

「全くだ。あのジゲンって奴も大した強さだぜ……。だが……」



 そして始まる決勝……。


 互いに固い握手を交わしたサブロウとジゲン。



「ジゲン殿。これで勝てばライ殿と勝負が出来るぞ?」

「何と……!それは良い。あれからどれ程腕を上げたか見られるのだな?」

「フッフッフ……しかし、勝つのは私だ」

「良かろう。見せて貰おうか……神羅の強者を!」



 久遠最強と神羅最強の決勝は実に激しい戦いとなった……。しかし、ジゲンは途中からある事実に気付いたらしい。


 サブロウは手加減していたのだ。


「むぅ……これは参ったな。まさか、これ程とは……儂の敗けだ」

「ふむ……潔し。恐らく貴殿ももう一段隠しているのだろう?だが、素の力での勝負には使えぬ訳か……それがあれば割と面白い勝負になっただろうな」

「そこまで見抜くとは……ガッハッハ!世界は広いな、サブロウ殿よ?」

「うむ……本当に、な」


 ジゲンには存在特性【鬼人化】がある。【黒身套】と合わせればかなり良い勝負になるのだろうが、これは飽くまで宴。互いを知るにはこれで充分だったのだ。



「これで改めて戦えるな、ライ殿」

「参ったな……サブロウさん、本気で来るんでしょ?」

「無論……。私も本気で戦いたかったのだよ、ライ殿」

「わかりました。じゃあ、満足行くまでお付き合いします」

「感謝する」



 最終決戦──ライ 対 サブロウ。



 ライは念入りに自らの力を封印する。更にメトラペトラに結界の展開を依頼。


 肉弾戦とはいえ、既にライの力は周囲に被害を及ぼすのは確実なのだ。



 対してサブロウは、上着を脱ぐと首や肩を回し念入りに解している。

 だがその行為は準備運動ではない。これから起きることに場の全員が度肝を抜かれることになる……。


「ライ殿には全力で行かねば届くまい?」


 そう告げたサブロウ──その身体がゴキゴキと音を立てながら変形して行く。


 そうして現れたのは、銀髪の超美青年……。それこそがサブロウの本当の姿である。


「この姿になるのも久方振りだな……」


 年の頃は二十代前半……一見して美女と見紛うばかりの美貌を持つサブロウは、ライとほぼ同じ体格をしている。


「……嘘だぁ………」

「ハッハッハ……!私のいつもの外見は本当の年齢に合わせてあるのだ。魔人は歳を食わぬからな……」

「……俺はてっきり目立つからかと……」

「ん?ああ……確かにこの髪は目立つな。これは先祖返りのせいらしい」


 天然魔人の中でも強力な先祖返り……トウカがそうであるように、サブロウも生まれながらの強者だった。


「……。いや……サブロウさん。髪黒くても目立ちますよ?」

「そうなのか?」

「女性が見たら忘れませんよ、こんな色男……」

「………。そ、そうか……?自覚は無いのだが……」


 困った顔をしているサブロウの色気に、カグヤに仕える龍までもが目を奪われている……。


「何か殴り辛い……」

「それは……流石に困る。遠慮せずにやってくれねば……」

「……勿論、そのつもりではありますけどね」

「それでこそだ……」


 嬉しそうに笑うサブロウ。ライはこれに応えぬ訳には行かない。


「では、改めて……我が名はコウガ・サブロウ!尋常に勝負を所望する!」

「俺の名はライ・フェンリーヴ!受けて立つ!」



 互いの拳を合せ距離を置いた二人。



 ここに最強とも言える存在同士による『互いの感謝を込めた殴り合い』という矛盾が始まった……。



「私が挑戦者ということになる……。私から行こう」

「どうぞ」

「では……!」


 一瞬消えたかと思う程の速さでライに飛び込んだサブロウ。ライは慌てる様子もなくそれを迎え撃つ。



 最初は小手調べ。ライはサブロウが放つ拳に自らの拳を重ねる。


 ゴッ!と鈍い音が響き渡った後、周囲には衝撃が伝わった。



「むむ……!これは確かに結界が必要じゃな」


 メトラペトラは肉弾戦とタカを括っていたが、ライとサブロウが既に纏装使い同士の戦いに匹敵する力であることにようやく気が付いた様だ。


「生身だけでこれか……全く、どれだけの力を隠していやがったんだ」


 ゲンマは戦いの様子を嫉妬と羨望の混じった目で見つめていた。


「ジゲンは一度ライと戦ったのか?」

「はい、クロウマル様。ただ、その時は制限無しでの手合わせでしたが……あの頃より更に強くなっている様ですな」



 魔力、能力共に成長したライ……だがジゲンは、それだけではないことも感じ取っている。


 流派としてジゲンは同門……ライのその研鑽ぶりも感じ取っている様だ。



 そんなライとサブロウの戦いは互いに決定打が無いまま……。

 無論、小手調べの範疇であるが故ではあるが、その格闘技術は目を見張るものがあった。


「……あれが人の研鑽の賜物か。確かに馬鹿には出来んな、コウガよ」

「ああ……。お前はどう思う、ラゴウ?」

「俺はライとの戦いで既に理解している。元々人の研鑽はより強き存在と対峙する為の技術……我々は龍であるが故にそれを軽んじた。だが……」

「そうだな……決めたぞ、ラゴウ。コウガ。俺は人から技術を学ぶ」


 緑龍クウヤは気位を捨てる覚悟を持った。より強く……龍である仲間を守るにはそれが必要だと悟った様だ。


 その言葉を横で聞いたジゲンは、ニカリと笑う。


「お主……嫌でなければ儂の元で修行せんか?少し我流が加わってはいるが、元はライ殿の流派と同じものだ。寧ろ龍の身体能力ならば我が流派の方が修得に向いていると思うが……?」

「ほ、本当か?ならば是非……いや、お願い申す」

「ガッハッハ!そう畏まらんでも良い!儂は指導はしても良き師とは限らんからな。だが、修行は厳しいぞ?」

「望むところ……是非に」



 ジゲンの門下にクウヤが加わった。これでジゲンも更に渇きが癒される筈だ。



「そっちの二人もどうだ?」


 ジゲンの誘いにラゴウは首を振る。


「誘いは有り難いが、俺はライが勧めてくれた者を頼ることにする」


 続いてコウガもラゴウ同様に断りを入れた。


「俺は自分に合った剣を自ら捜そうと思う。お気遣いを無下にして申し訳無い」

「……それも良かろう。龍が三者三様の流派を学ぶことは、後の龍の為になるやもしれんからな」


 後に龍の剣術流派を生めば、また人は研鑽でそれを超えようとする。それが長き研鑽の果てに何を生むか……ジゲンは少しばかり楽しみになった。



 その光景を見ていたイオリは、ユウザンに問い掛ける。


「あなたは良いんですか?」

「ん?ああ……実は私も剣を学んではいるのだ。だが、あまり合わなくてな……どちらかと言えば方術の方が好みで研鑽したのだよ」

「では、魔法を学びませんか?ライ君がその為の知識を用意してくれていますし……」

「おお……それは有り難い。私は常々魔法を学びたいとは思っていたのだ。特に回復魔法は多くを救える……この大陸にはそれが足りないと考えていた」

「私はコウヅキ・イオリと申します」

「赤銅龍のユウザンだ。宜しく頼む、イオリ殿」



 そんな光景を見ていたゲンマはまたも楽しそうに笑う。


「こりゃあ、うかうかしてられねぇな」


 バシリと背を叩いたゲンマに、苦笑いで返すカズマサ。


「そうですね……俺も修行しないと。ヒナギク殿、宜しくお願いします」

「分かりました。ビシビシ行きますので御覚悟を」

「で、出来れば優しくして貰えれば……」

「それでは皆さんに置いて行かれてしまいますよ?」

「うっ……!わ、わかりました……」


 今この場に居る者達は皆、縁で繋がれている。そんな光景にカゲノリは不思議な気分だった……。


「キリノスケ……約束は俺が果たす迄もなかったな」

「カゲ兄様……。その……キリ兄様との約束というのは……?」

「ん?ああ……実は俺とキリノスケは、一度久遠国に行ったことがあるのだ。どうしても隣国を知りたくて、キリノスケの精霊の力を使ってな」

「そんなことが……」

「その時、神羅の現状と比べて久遠国の穏やかさを目の当たりにした。だから……いつか神羅を変え友好を結べる様にしたい、二人でして見せようとな……」

「……………」


 カゲノリはそれ以来、常に気を張って生きてきた。気を抜けば暗殺される可能性に加え、力無き者には従わぬ土地柄……故にカゲノリは狡猾に生きねばならなかった。

 そしてそれは、キリノスケやカリンを守る為でもあった。


 その焦りに力をチラつかせて取り入ったのがイプシーだった……。



「……貴公も必死故に急ぎ過ぎたのだな」

「クロウマル……殿もか?」

「クロウマルで良い。私も焦る余り失策で忠臣を失った……だが、ライのお陰で目が覚めた」

「……そうか。だが、俺と貴公では罪の重さが違う」

「何……そうは変わらんさ。貴公は両国の友好を目指していただけ志が高い。操られていたことを考えれば私よりずっと罪は軽いやもしれん」

「クロウマル……」


 だが、クロウマルは不敵な笑みを浮かべる。


「しかし、そんなことを悔やんでいる暇はない。私はまだやることもある。たとえどんな姿でもな、カゲノリ殿?」

「……カゲノリで良い」

「では、カゲノリ……互いに王家の長男として苦労も失態もはあっただろうが、これから取り戻せば良い。違うか?」

「……フッ。諦めが悪いな」

「今更恥もないからな」



 両国王の子の縁が結ばれたこの時、キリノスケが居ればどれ程良かっただろうかとカリンは思う。

 そして同時に、いつの間にかこれ程にも縁が増えていたことに驚きを隠せない。


「久遠、神羅、王族、領主、領民、隠密……。身分に関係無く……いいえ、それどころか種族を超え、人、龍、魔人……それに大聖霊様に精霊まで……」

「聖獣もだ、カリン殿……。純辺沼原には聖獣が、それにミト殿も聖獣と共にある」

「……そうでしたか。クロウマル殿、久遠国もこの様に?」

「そうだな……久遠国も随分変わったのは確かだ。勿論、良い意味でな……」

「それも全てあの方……ライ殿のお陰なのですね」

「当人は手助けしただけだと照れるがな……。無論、皆の奮闘努力が無ければ成し得ないものだっただろう。だが、そこには必ずライが絡んでいたと言って良い」


 ディルナーチでのライの旅は、当人の意図を別としてその役割を大きく果たした。

 そこには悲劇や悲しみも含まれているが、それでも最良に近い形に向かっている。


 そして最後に残る役目……。


 ライ・フェンリーヴは、間も無くそれを果たしディルナーチ大陸から去る。

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