第五部 第四章 第三十五話 寿慶山の宴①


 神羅国の騒動の中で重要な役割を果たした人物達。彼等を集めたライは、メトラペトラの転移魔法 《心移鏡》により王都・葵之園へと帰還した。



 そこには迎えに行く予定だったイオリ……そして縁者のミツナガを始めそれぞれの関係者が集い、宴の準備を行っていた。


 だが……カゲノリがロクエモンから借り受けた別邸は大勢の滞在を考慮した造りではない為に少々手狭──。

 そこで、コウガの提案によりカグヤの居る寿慶山・魂寧殿を借りることになった。


 今回の騒動は龍にとっても無関係ではない。ならば人と龍の話し合いの場としても纏めてしまおうという発想だったが、カグヤが歓迎の意を示したのである。



 メトラペトラの《心移鏡》を潜り渡った寿慶山・魂寧殿───現在、龍達も集めたその大広間にて一同が介している状態である。


 先ず最初に行われたのはカゲノリの謝罪。


 操られていたとはいえ、カゲノリ自身には王族としての責任がある。筋を通す為にどうしても謝罪をせねばならぬと聞かなかったのだ。


 カグヤの呼び掛けで集まっていた龍達はカゲノリの責任は問わないということで意見が統一された。

 代わり……と言うわけではないが、人間側もラゴウを罪に問わないということで了承を得るに至る。


 実はこの結果は、立役者であるライが頼み込んだことが大きい。


 ライとしては、もうこれ以上理不尽な理由で神羅国が乱れることを避けたかった。だからカゲノリ、ラゴウの罪は一時的に水に流し今後を見守ってやって欲しいと申し出たのである。


 勿論それはライ自身が望んだことではあるが、カリンやカグヤとしては大きな恩義となるだろう。


 そうしてようやく、王位争いの終結と今後の交流や役割についての話し合いへと移る。

 しかし……その場の誰もがそれを堅苦しい話にするつもりはなく、実質の『宴』になったのは言うまでもない。



「プハァ~!一仕事終えた後の酒は格別じゃな!ホレ!皆もジャンジャン呑むが良い!」


 既に出来上がっているメトラペトラ。酒はカグヤが用意したものだけでは足りぬ為、メトラペトラ自身が保有していた酒を気前良く振る舞っている。


 今回、メトラペトラは随分と動いてくれたのでライは目一杯労った。


「しかし、まさか龍と人の宴になるとはな……」


 黒龍ラゴウの呟きに、銀龍コウガと緑龍クウヤがその背を叩く。


「お前暗いぞ?黒龍で黒いからか?精神まで暗いから捻じ曲がったんじゃないのか?んん?」

「ぐっ……ク、クウヤ、貴様……酔ってるな?」

「そうだぞ、ラゴウ?俺はお兄ちゃんとして悲しいぞ?お前、俺より才能高い癖に………馬鹿者めが!」

「コ、コウガまでも………。な、何か変な酒が混じっているんじゃないか……?」


 御名答。二人が口にしたのはメトラペトラの用意した銘酒『みなごろし』……龍すらも泥酔させる最高品種の特撰酒だ。


 その様子を見ていたライは嬉しそうに笑った。


「楽しそうですね」

「そうだな……ラゴウが罪に飲まれぬように励ましているんだろうが、内心は仲間の無事が嬉しいのだろうな」


 赤銅龍ユウザンは盃の酒を見詰め揺らしながら微笑んでいる。


「それも全てライ殿のお陰よ。感謝するぞ?」

「……いえ。俺は偶々たまたまそこに居て手を貸しただけですよ。行動したのも結局、俺の我が儘を通しただけですし……」

「だが、それが大きい。我等龍と人の関係を取り持ったこの意味……必ずディルナーチに良き結果を齎す筈だ」

「そうだと良いなぁとは思ってます……」


 他の龍も皆、実に楽しそうにしている。ペトランズの『竜』よりも人に距離の近い『龍』……しかし、これ程人間と愉しげにしている姿はとても貴重な光景ではないだろうかとライも感じている。



 そんな中──ふと視線を逸らせば、二人の男が何やら取っ組み合いをしていた……。



「フッフッフ……。やはり貴様も力で語るクチか……」

「ハッハッハ。全く……強者ってのは案外何処にでも居やがるな。俺は嬉しいぜ……」


 それは純辺沼原の長ゲンマと八十錫領主シシン……。睨み合っている姿が何となく獅子と虎を印象付ける光景だ……。


「……。な、何やってんですか、ゲンマさん……?」

「ん?おお、ライか……。いやな?この男、中々の覇気を向けて来たんで……」

「いつもの悪い癖が疼いた、と……」

「……ま、簡単に言えばそうだな」


 ニタリと笑うゲンマ。対して、割り込まれて不満げなのはシシンだ。


「貴様は我々の邪魔をするつもりか?」

「いや~……そんなつもりは無いんですけどね~……。あ、俺はライって言います」

「シシンだ。それで……お前はどうするつもりだ?」

「別にどうもしませんよ。どうせ二人とも拳で語るんでしょ?」

「フッ……分かっているな」


 ゲンマ同様ニタリと笑うシシン。子供が見たら泣くこと請け合いの不敵な笑みだ……。


「でも、この場所は迷惑が掛かりますから外でやりましょうね。裏に広場がありますから……」

「良かろう……。何なら貴様とも殺り合うか?」

「い、いや……殺っちゃ駄目ですよ~?ともかく行きましょうか」


 ゲンマとシシンを連れ社裏の広場へと向かうライ。だが……何故か皆が付いて来る。


「………な、何で?」


 ライの疑問に答えたのは、何とサブロウである。 


「いや……。折角なので腕試しに参加しようと思ってな……」

「……サブロウさん、もしかして酔ってます?」

「ハッハッハ……酔ってませんよ?」

「くっ……酒臭い!」


 いつも余裕ある大人のサブロウがすっかり酔っている姿は、ライにも珍しく見えた。


「そうだ!どうせなら希望者で勝ち抜き戦をしよう!それで最後に勝ち残った者はライ殿と手合わせを………」

「ちょっと、ちょっと!サ、サブロウさん、悪酔いしてませんか?」

「してない、してない。ホラ、俺って酒に酔わない人間じゃないですか~?」

「いや、知りませんて……。というか、魔人なのに皆結構酔ってますよね……」


 そこへフラフラと飛翔して来たメトラペトラが、ライの頭に着地し自慢げに語る。


「フッフッフ……魔人や龍さえも酔わせる、流石は銘酒『みなごろし』じゃな。お主も呑んどるか、ライよ?」

「……もしかして、酔えないの俺だけ?」

「……そうか……お主の魔人化は特殊じゃからの。耐毒が強いんじゃな?残念じゃ……実に残念じゃのぅ~……。じゃが、その分ワシがたんと呑んでやるから安心せい!」

「…………」


 今更の話だが、魔石の様な純度の高い魔力を取り込み続け魔人化したライは通常の自然魔人化よりも強力な能力を獲得している。

 その後の半精霊化にて更に強化されている耐毒性能は、以前のように大量に呑めば酔うといった面も消えてしまっていた。


 宴で酔えない男ライ……ある意味とても損をしている男である。



「さ~て。では、参加者は名乗りを上げられよ。クジ引きの後、勝ち抜き戦ということで……立ち会いはライ殿に任せるとしようか」


 すっかりやる気満々のサブロウ。見た目老人の為にカリンは少し不安な様子だ……。


「……わかりました。但し、場所柄物が壊れると迷惑になるんで全員能力は封じます」

「つまり身体能力だけの勝負か……唆るな」

「いやいや……コウガさんまで参加するんですか?」

「ハッハッハ!当たり前だろう?なぁ、ラゴウ?クウヤ?」

「アハハ……。こりゃあ偉いこっちゃ……」


 神羅国の中でも実力者中の実力者による力比べ。ある意味王位争いより恐ろしい事態である。

 但し……それはこんな楽しげな宴で無ければの話だ。


 その後、参加希望者を改めて確認。一同は魂寧殿の裏庭にて手合わせへ……。


 時刻は夜──。ライは小さな《具現太陽》を配置し裏庭に舞台を用意する。

 観戦者達は樹木で作り出された椅子に腰を下ろし、試合が始まるのを待っていた。



 そんな中で厳正な抽選を行ない、決まった勝抜戦の組み合わせ。一回戦の対戦と結果だけを記して行くと……。



・シシン 対 クウヤ──泥試合の末、クウヤの辛勝


・クロウマル 対 コウガ──泥試合の末、コウガの辛勝


・ゲンマ 対 カゲノリ(強制参加)──泥試合の末、ゲンマの辛勝


・サブロウ 対 カズマサ(強制参加)──サブロウの圧勝


・ミツナガ 対 ラゴウ(強制参加)──ラゴウの圧勝


・ドウエツ──一回戦目、不戦勝



 トビは大事を取って不参加。イオリとユウザンも拳で語る者ではないので不参加となっている。


 イオリに同行したミツナガは場の勢いで参加したが、化け物揃いのこの場に於いて散々な目に遭ったと言えるだろう。


 敗者の治療はライにより行われ、その後何事もなく観戦に回っていた。


「カズマサ殿……もう少し気合いを見せないと駄目ですよ?」

「いや、ヒナギク殿……俺は何の武術も学んで無いから、流石に無理だよ」

「……では、宜しければ後で剣術指南致しますけど?」

「ほ、本当に?ありがとう、ヒナギク殿!」


 ヒナギクの手を取るカズマサ。ヒナギクの顔が少し赤いのは酒のせいか……それとも……。


「おい、小僧……。我が最愛のヒナギクの手解きを本当に受けられると思うなよ?」

「父上に断りを入れる必要は無いと思いますが?私達は雁尾の家臣なのですから……」

「ぐぬぬぬぬ……」


 敗者は大人しくしていること……既に敗北したシシンは一応ながらルールを守っている様だ。


「何か凄いことになってるわね、カグヤ様?」

「まぁ、男とはこんなものよ……。だが、良かったのぅ、アサヒ。コウガは勝ったぞ?」

「わ、私は、コウガ様がお強いことは理解していますから……」


 ニマニマとしているカグヤの視線に堪えられなくなったアサヒは、顔を覆っている。


 オキサトは目の前で繰り広げられる強者の戦いぶりに瞳を輝かせていた……。


「くっ……!負けてしまった。やはり私はまだまだ弱い」

「いえ……お見事でした、クロウマル殿」

「カリン殿にそう言って頂けるなら誉れだな。だが、やはり悔しいものだ……」

「きっと、その気持ちがあればあなたは強くなれる……そう思います」

「そうだな……ありがとう、カリン殿」


 クロウマルとカリン……次期国王の二人は、随分と仲が良くなった様だ。カゲノリはそんな光景を納得したように見つめている。


「……トビ殿も参加したかったですか?」


 申し訳無さそうなミト。しかし、トビは苦笑いで返す。


「我等は本来目立つ立場ではない。それに……相手がアレでは、たとえ全力でも付き合いきれないだろう」

「そう……ですね」

「ミト殿……俺はこの腕を誇りに思っている。ミト殿の命を守り、更にはディルナーチの隠密の未来を切り拓いたのだ。だから、負い目を感じてくれるな」

「……はい」


 すっかり穏やかな顔になったミト。支え合う二人に、シレンは隠密の未来を見た気がした。


(それにしても……カゲノリ様を強制参加させたライ君も凄いけど、遠慮せず殴るゲンマ殿はもっと凄いよね……)


 何故そこを誰も突っ込まないのか……不思議でならないイオリ。だがカゲノリ本人は、寧ろ若干気が楽になった様に見える。


 カゲノリは現在、融合聖獣とも言える状態。肉体のみの勝負とはいえ、それと対等に殴り合うゲンマは十分化け物と言えるだろう。



 そして手合わせは二回戦目へと移る。


 再びクジ引きによる抽選。対戦結果は───。



・サブロウ 対 クウヤ──サブロウの圧勝


・コウガ 対 ドウエツ──コウガの圧勝


・ゲンマ 対 ラゴウ──泥試合の末、ゲンマの辛勝




「くっ……!まさか龍たる我等が人に負けるとは……」


 悔しそうなクウヤだが、ラゴウはどこか納得している様子。


「研鑽不足だ、クウヤ……。龍の力に胡座をかいていては人に追い抜かれる……身を以て理解させられたな」

「………ならば、我等も研鑽をするしかあるまいな」

「ああ。人と龍……そこに上下などないのだと俺は理解した。ならば人の工夫から学ぶを恥じることもあるまい」

「……そうだな」


 これから後のことだが、二体の龍……いや───コウガを含む三体の龍は、人の元で修行を行うことを選択するのは余談である。


「ドウエツ……見事だったぞ」

「オキサト様……面目次第も御座いません」

「……。お前は少し肩の力を抜いた方が良いと思うぞ?これは宴であって何かに影響するものではない。私はお前が負い目を感じ続けているのが辛い。お前は悪くない……誰に聞かれてもそう答えてやる。だから……」

「はっ!勿体無き御言葉……」


 涙を浮かべるドウエツ。そして、その肩を叩くオキサト……。

 オキサトはまだ若いのに、凄い器の大きさを見せ付けていると一同は思った……。


 宴はまだまだ序の口……。これはライにとって、ディルナーチ大陸最後の宴である。


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