第六部 第四章 第四話 暗殺者の纏装

 小国アヴィニーズの奥地にて始まった【闇星之目】との戦い──その能力は各者各様。ライと言えど対抗することが容易な相手ではない。


 纏装による技の応酬、魔法による属性対応駆け引き、特殊武器の虚を突く攻撃……そして能力の特異性を生かした戦いに、純粋な暗殺術……。


 特に厄介だったのはコルノーグとクーパ。


 コルノーグは【音】の存在特性を使い、クーパは【魅了】【幻覚】の魔法の使い手……非常に厄介な相手だった……。


 かと言って他の者の相手が容易だった訳ではない。【闇星之眼】……いや、恐らくサザンシスを名乗る者達が使えるだろう厄介な技がある。



 【隠形纏装】とでも呼ぶべきそれは、視覚以外の感覚全てから逃れるという恐るべき技である。

 目の前に居るのに感知出来ないという奇妙な感覚。まるで虚像──一瞬でも視界から外れると再び捉えるには目で確認する以外の手はない。


 勿論、元老達はそれを攻撃に利用してくる。故に虚実で惑わす【幻覚魔法】や、視覚への集中を乱し遠距離から攻撃する【音】が加わると非常に厄介だった。


 そんな中で更に不利なのは、その纏装が黒身套と同等の威力を持つこと。恐らくは黒身套の亜種──感知出来ない纏装で覆われた武器は迫っても目で捉えねば分からないのである。


 見えない、しかもライと同等の力による攻撃。そして洗練された技──今のライがここまで追い込まれることはメトラペトラですら予想出来なかっただろう。


 攻撃を躱し往なし、それでも受ける傷を最小限に抑える……そんなライが活路を見出だすまでの間、分身達は消滅寸前まで削られてしまった。



 しかし……ライとて日々進歩している。堪え凌ぐ間に《思考加速》で組み立て反撃の期を窺っていた。



 先ず行ったのは精霊体化……純粋な魔力体に変化した姿には幾つか特長がある。


 一つは物理攻撃を無効化すること。純粋な魔力攻撃以外は受け付けないその状態は自らも物理反撃は出来ない。

 代わりに魔力体である故か魔法攻撃の威力が上がる。チャクラの能力 《魔法増幅》を併用すれば元老達の守りを打ち破るに十分な威力を確保出来るだろう。


 二つ目は魔力体の特殊性。あらゆる形に変化することが出来る。重量が無いので速さも転移並なのだが、研鑽不足で実体と魔力体への切り替えが僅かに遅い。

 しかし、虚を付けば効果的な機動力を発揮することが出来る筈だ。


 そして三つ目……精霊体は魔力体なので常時周囲から魔力を取り込むことが出来る。更に体力……つまり生命力も魔力に振り分けられる為、最大魔力量が跳ね上がる。現状打開を組み立てる時間稼ぎには持って来いと言えた。



 もっとも、これは魔力の精度が限界に近いライだからこその利。サザンシス達の魔力は並ではないが、それを跳ね除けるだけの力に高められていたからこその時間稼ぎだ。



 こうしてしばし相手を翻弄する間にライは反撃の手段を考える。既に大まかな方向性は決めている。

 問題は元老達を殺さぬこと……そこはかなり賭けの部分があった。


「精霊体とはな。『格』は我等よりも上、か……だが、攻撃をせねば勝敗は付かぬぞ?我等に魔力切れを期待するだけ無駄だ」

『分かってますよ。でも道筋は出来た……ここからは一気に行きます。皆さん、邪神を相手にするつもりで堪えて下さい』

「フッ……言いおるわ。ならば見せてみよ。サザンシスを越える者の姿を!」


 エルグランの言葉を受け、ライは一気に決着へと動き出す。


 最初の攻撃はモートとクーパへの最大出力魔法攻撃。今のライの最大戦力と言える《吸収》を用い二人の魔力を根刮ぎ奪うことにした。

 元老モート、元老クーパの二人と対峙している分身体達は、突如その姿を《魔力吸収》の黒球に変化させ元老二人に襲い掛かる。


 初めは《転移》の連続で躱していたモートとクーパだが、纏わり付く様に追尾した黒球が掠めると一気に魔力を削られ動きが鈍る。やがて二人は完全に捉えられ魔力枯渇の頭痛に見舞われた。

 ライはそれを見逃さず黒球の魔力を使い封印術を発動。モートとクーパは黒球の中で動きを止めた。


「ほう……二人仕留めたか」

『いやいや……殺してませんて』

「だが、あの魔法はそう何度も使えまい?精霊体を維持出来ない程の魔力使用……死ぬぞ?」


 エルグランの指摘通りライは半精霊体に戻っていた……。


 精霊体は魔力そのもの。限界まで魔力を使えば存在が薄れてしまう。下手をすればそのまま消える可能性も無いとは言えない。

 それは改めて今後の注意点としてライに刻まれた。


「魔力はどうとでもなりますけど……」

「我等がその隙を与える訳が無かろう」

「それも踏まえてですよ。作戦は組上がっています。後はあなた方がそれを越えるか否かの博打ですね……」

「……フハハハハ!やはり面白いな、小僧よ。ここまで我等を昂らせたのはバベル以来二人目よな」


 暗殺者は戦いを楽しむことはない。暗殺は手段であり存在理由をそのものであるからだ。


 だが、この場に於いての戦いにはサザンシスの在り方を変革するという意味も含まれている。

 暗殺ではなく一族の未来が左右される戦い───否が応にも昂ることになるのは当然と言えた。



 一方、ライとしては楽しんでいる場合などではない。


 途中からエルグラン達がライを試していることには気付いていた。恐らく全開で戦えば納得する成果を見せられるだろう。

 但し、それだと如何様いかような犠牲が発生するか判らないのだ。


 上手く死人が出なかった場合でも手足を消失させる可能性もある。サザンシス達が【創生魔法】を使えない場合フェルミナに頼ることになるが、そうするとまた外部侵入者で騒ぎとなる……という手間が掛かる。


 結局、出来る限り全力を出しつつ被害を最小限に。その上で【闇星之眼】に認められなければならないという、非常に面倒な構図となっていた。


 ライは今、それを含めた上での策……その一つを発動した。


「ぬ……空気が……」


 エルグランは身体の違和感を警戒し距離を取る。


 今までライが使っていない類いの力【波動吼】……それを瞬時に察知したエルグランは流石と言える。

 だが、それこそがライの狙いだった。


 エルグランが距離を置いたことで余裕が生まれたライは、残りの分身体を引き戻し自らに吸収。補充された魔力で一度自らに回復魔法を使用し態勢を立て直す。



 対決の構図は一対三になるが、今使用しているのは【波動吼】───どのみち分身体は波動を使えない。

 この場を打開するには波動こそが最適と考えたのだ。


「………また存在特性か?」

「いえ……これは【波動吼】と言います」

「……。それは存在特性の類いだ。正確には存在特性から漏れ出る『余波』とでも呼ぶべきものだろう。そんなものまで力に変え扱うとは……」

「存在特性の余波……波動が……」


 波動の正体は師のトキサダですら良く理解していなかった。それを瞬時に見抜いたエルグランはやはり存在特性の使い手なのだろう。


「知らなかったか……ふむ、その技はお前が編み出したのか?」

「いいえ……俺の師の一人から伝授されました。その人からは存在特性について色々学びました」

「……ハッハッハ。まさかここまで楽しませてくれるとはな。魔力、生命力、肉体、魔法知識、そして存在特性を利用した技の数々……至るべくして至らねばその領域には到達しない」

「俺の存在特性は【幸運】だそうですからそのお陰でしょう」

「さて……本当にそれだけか?」

「……?」


 エルグランはライという存在に何らかの意味を感じている。


 そしてライ本人はその意味を知らない。世界を巡ったことも、死に掛けながらも生き残った意味も、多くの出会いがある理由も……。



「無駄話は終わりだ。ここからは手早く行く」

「……わかりました」


 波動の出力を最大に保ち身構えるライ。その眼前に対峙するはエルグラン、バイナス、コルノーグ……。


 先ず打って出たのはコルノーグ。【隠形纏装】を用いた飛翔斬撃を使用し時間差攻撃に移るコルノーグは、更に別角度から【音】を操り衝撃波を放つ。

 それに続くバイナスは布先の鉄輪を操り遠距離からライの拘束を狙っていた。


 しかし、それら全ては滑る様に逸れ力を失う。【音】すらもその勢いを霧散された。

 ライの周囲は衝撃波で地面を抉られているが、波動の範囲内は無事な大地が残されている。この事実にバイナスは感嘆の唸り声を上げた。


 ならばとコルノーグはその身の全力を用いライに突進を仕掛けた。

 近寄るにつれ反発を増す《波動吼・無傘天理》により勢いを失うコルノーグ……しかしそこは脅威存在級。爪先を大地に食い込ませ膂力と纏装の力でグイグイと迫る。


 ライはそこでコルノーグの突進力を逆に利用する為に【波動吼】を解除。

 勢い余ったコルノーグが前のめりに踏み出したの確認し、ライは肘で鳩尾に一撃……更にコルノーグの片腕を掴み肩に乗せるような態勢から宙に浮かせ、落下に合わせて肩での打撃を与える。


 華月神鳴流体術 《浮雲崩し》──コルノーグは結界壁まで飛ばされ激突した……。


 この一瞬……ライはバイナスを見失っていた。


 転移魔法により背後から現れたバイナスは【隠形纏装】により音もなくライの背に攻め掛かる。


 それに反応出来たのは完全な無意識……殺気や魔力の類いが無いバイナスの鉄輪を、ライはその背に展開している【聖霊刃】を交錯させ防いだ。

 それはこれまでに戦闘を重ねた経験則による直感的反応だった。


 瞬時にバイナスを認識したライは【聖霊刃】の円陣を解き操る。バイナスの鉄輪に刃を通し引き寄せ、打撃を与えようとしたが転移で回避された。

 しかし、バイナスは触れていた刃ごと《転移》している。ライの操る【聖霊刃】はそのままバイナスの肩を貫き、結界壁で起き上がろうとしていたコルノーグへと叩き付けた。


 同時に十二の【聖霊刃】は全てバイナスとコルノーグを取り囲むように大地に突き刺さり、更に鎖を【創造】し刃同士を繋いだ結界へと変化する。


(良し。あと一人……)


 そう考えたのも束の間……エルグランは直ぐ背後から蹴りを放ってきた。


 新たに【聖霊刃】を展開しそれを防いだが、強力な蹴りの威力までは受け止めきれずライは再び結界壁に激突……。


「グッ……!」


 更にエルグランは休む間もない怒濤の攻めを行う。


「どうした!その程度か、小僧!?」

「くっ……!」


 嵐の様な打突を凌ぎ隙を窺うライ。そこでエルグランは大地の土を蹴り上げライの視界を奪う。

 再び姿を消したエルグラン。暗殺者の真骨頂たる虚を突く動きを用い手刀から放たれる見えぬ斬撃がライを次々に襲う。


 散々切り刻まれたライは再び精霊体へ変化……。そして上空に移動すると雷撃系の魔法を放った。


 《縛網光糸ばくもうこうし》──糸状の雷で形成した網がゆっくりと広がって行く。その間に再び半精霊体に姿を戻したライはエルグランが網に掛かるのを待った。


 が……それより先にエルグランが動く。ライより更に上空に転移し眼下のライへと迫ったのだ。


 しかしそれも予測の範疇。探知追尾雷魔法である 《縛網光糸》は、光速でエルグランに伸び電撃を浴びせる。

 強固な纏装を展開するエルグランにダメージは無い……だが、位置を把握するにはそれで十分だった。


 迎撃したライはここで初めて腰の刀に手を掛けた。居合抜き……と見せつつの柄頭での一撃。更にライはエルグランを峰打ちで下方へと叩き伏せた。


 落下し派手に叩き付けられたエルグランだが殆ど影響はないらしく、首を鳴らしライを見上げている。


 ライは小細工を捨て大地に降り立った……。



 遂に一対一……だが、戦いは更に激しさを増すのだ。



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