第六部 第四章 第五話 切り札の激突


 サザンシスとの最終決着の為エルグランと対峙したライは、遂にその腰の刀を抜く。


 華月神鳴流は一対多数にも対応した技がある……。

 では何故、今まで刀を抜かなかったのか──今回の場合は少々戦況を考える必要があったのだ。


 実力者多数が相手の際、罷り間違って斬撃が逸れることもある。転移を使う者が居た場合、放った斬撃が無人の位置に逸れても相手が運悪くそこに転移しないとも限らないのだ。


 乱戦による被害の拡大を避ける為の剣術の不使用……こんな状況でもライは不殺を貫いていた……。



「行きます!」

「来い」


 刀を構えたライは更に背に展開する【聖霊刀】をも操り多段斬撃にて攻める。刺突、袈裟斬り、水平斬りと、小太刀と【聖霊刀】は怒濤の如くエルグランに向かうがそれらは全て弾かれた。


(……あれを受けて掠り傷すらないのか。いや……これはもしかして……)


 エルグランの【隠形纏装】は確かに強力……しかし、ライの力ならばその壁を破れぬとは思えない。

 一対一になった時点から黒身套は最大にしている。エルグランはその攻撃を受け止めたのだ。本来ならある程度のダメージが通らなければ二人の間には大きな実力差があることになる。


 しかしライは、エルグランドの闘気からはそこまでの差を感じていない。実力を増したライはエルグランの実力を既に把握したつもりだった。


 但し、幾つか判断し兼ねる部分があるのも事実……。


 一つは存在特性。エルグランは戦いに於いてライを大きく超える数百年の経験を持ち、加えて博識。

 ライの波動吼を【存在特性の余波】と告げたことからも、存在特性を識る者だということに他ならない。


 そしてもう一つ──何か判らないが、ライは妙な違和感を感じていた。



 それは以前に感じたことのある感覚──エノフラハ地下で身を以て感じたあの強力な気配……。


「まさか………神衣……ですか?」


 ライは思わず問い質していた。確証はない。が、不思議と確信があった。


「神衣を知っている……か。それに勘が良い。しかし、残念ながらこれは【神衣】ではない。劣化の擬物まがいものよ」

「まがいもの……?」

「そうだ。完成型の神衣というのは戦いの技量どうこうの次元を越える。【神衣】は神格化……対抗出来るのは【神衣使い】か本物の【神格持ち】のみ」

「………」

「しかし、擬物でも使い道はある。この様にな!」


 【擬似神衣】を操るエルグランはその手をライに向ける。そして放たれる闘気──それは微かに見える半透明の黒身套の様だ。


 咄嗟に【聖霊刀】を盾として構え防御したライであったが、攻撃を受けた途端に異変が発生。

 【聖霊刀】の内二本が制御を離れライを襲い始めたのだ。


「なっ!」

「フハハハハ!自らの力に襲われる気分はどうだ?」

「くっ……一体、何が!?」


 ライの意思に逆らうのは二本のみ。それはエルグランの闘気を防いだもの……ライは即座に理解した。


「存在特性!」

「そうだ。我が存在特性は【簒奪】……相手の力を奪うものだ。本来は体感した力を奪うものだが、纏装と組み合わせれば文字通り相手からそのまま奪うことが出来る。そして【擬似神衣】は不完全とはいえ通常の纏装よりも上位の闘気……さぁ、どうする小僧?」

「………」


 こうなると通常の方法では攻撃が通らない。存在特性に対抗出来るのは存在特性……しかし、ライは己の存在特性を知覚してすらいない。


 いや……対抗出来る手はある。それはまさにライの旅に意味があったことを物語っていた。


 ライは刀を納め再び力を【波動吼】へと変更。もし波動が存在特性由来ならばエルグランは力を奪うことは出来ず、かつ相手の【擬似神衣】を弱めることも可能な筈。

 纏装に比べれば身体能力強化は劣るが、己が高めた肉体を信じての選択だった。


 そして思惑通り、エルグランの【簒奪】は防ぐことが可能となった。しかし同時に、【波動吼】は決定打に欠ける力……ライは長期戦へと突入することを覚悟せねばならなかった。



 無論──そこにはエルグランの知らぬ決定的な技が存在することを忘れてはならない……。




 しばし激しい打ち合いを繰り返す二人。波動吼を用いても【擬似神衣】は完全には防ぐに至らず、その特殊な効果こそ受けないが打撃は次々にライを襲った。


 対するライは圧され気味ではあるものの【聖霊刀】を上手く利用した状態の拮抗に持ち込んでいる。

 奪われた二つの刃を砕き再び十二の刃を展開したライは、波動吼を込めた【聖霊刀】を操りエルグランの動きを狭め効率良く打撃を与え続けた。


 そんな中でライの打撃に変化が生まれる。

 【波動吼・鐘波】を応用した力を拳に展開し圧縮。放たれた拳の【鐘波】は、より凝縮された波動吼……拳の振りも利用したそれは、後に【鐘波・撞拳どうけん】と名付けられる技だった。


 相手を殴った瞬間炸裂する鐘波の乱打【鐘波・撞拳】を受けたエルグランは、驚愕の色を見せた。


(この場にて更に進化するか……フハハハハ!やはり此奴がそうか!)


 これにより戦いは完全な拮抗に移るかに思われたが、エルグランにはまだ奥の手が隠されていた。

 そして遂に最後の技を発動──。


 己の擬似神衣を全て乗せた圧縮闘気【偽神の光弩こうど】……大気を伝わる何かを割るような音にライは急ぎ距離を置いた。


「これを破れば貴様の勝ちだ!さあ!価値ある生か無駄死にか……見せてみよ、小僧!!」


 エルグランの両手から放たれた光はまるでオーロラの様に光が多彩に変化して行く。

 それは、気付いた時には撃ち抜かれている筈の神速の矢……しかし、ライは再び無意識に身体が動いていた。


 納めていた刀に手を掛け神速の居合抜き。その刃は現在のライ最大の切り札【天網斬り】。



 結果──エルグランの放った光の矢はライに両断され、結界壁に二つの穴を穿ち破壊する。


「………ハァ……ハァ。まだやりますか?」


 結界壁が消滅するのを確認しつつ再び納刀したライは、肩で息をする程の疲弊。

 対して、エルグランは完全に脱力し膝を突いている。


 最後はまさに全力……全てを出し切ったエルグランの疲弊はライを上回っていた。


「ブハァッ!ハァハァ……フゥ~。……まさかここまで出し切ることになるとは……フハハ……ハ~ハッハッハ!」


 無防備にドカッ!と腰を下ろしたエルグランは豪快に笑う。その顔は暗殺者の長というには余りに爽やかな笑顔だった。


「我々の負けよ……なぁ、者共?」


 【闇星之眼】たる元老達は笑顔で頷いた。やはり暗殺者とは程遠い笑顔だった。

 これを確認したライは全ての力を解除。封印術は解け元老達は解放される。


 そしてライは、最後に回復魔法 《無限華・極大》を発動しつつ大地に大の字に倒れ天を仰いだ。



 暗殺一族サザンシス───『血の受け皿』と呼ばれる地での戦いは、こうしてライの望み通り犠牲なく終了。話し合いへと移行する。





「これで貴様は権利を得た。さぁ……望みを言うが良い。そして我等に新たな掟を与えよ」



 回復後、長の館に移動した一同は【掟の間】に集まっていた。


 元老達は再び蜂蜜パイにリンゴジュースを堪能していたが、ライは敢えて突っ込まない……。


「いや……望みは最初から言ってた様にランカの派遣ですよ?」

「勿論それは応じる。だが、その対価はこの甘味だ」


 モシャモシャと頬張るエルグラン。先程までの威圧感は何処に行ったのか……。


「そ、そもそも何で戦ったんでしたっけ?」

「ん?それはな……!お、おい、コルノーグ!それは我の物だ!」

「食い物は早い者勝ちと貴様が言ったのだろう、エルグラン」

「なっ!こ、こここ今回は別だろう!」

「ならば先にそう言え……既に腹の中だ」

「貴様……よくも!」

「殺るか?」


 見るに見兼ねたライは残りの蜂蜜パイを全てサザンシスに差し出した。


 本来は挨拶回り用にとティムに頼んでいたお土産……今朝方受け取ったその中から余分に用意していた分を放出したのだが、やはり足りなかったらしい。


「そ、それで、結局戦いの目的は何だったんですか?」

「む、はむはっへ?」

「くっ……話が進みゃしねぇ!」


 見兼ねたキルリアが代理を申し出るとエルグランがサムズアップで応える。


「ライよ……我等には一つ言い伝えがあったのだ」

「言い伝え?」

「ああ。サザンシスが変革すべき時には勇者が現れる、といったものだ。どうやら存在特性の【未来視】に由る預言らしいがな……三百年前、そして今、そのどちらも勇者が現れた」

「あ~……。それで……」


 エルグランがライの出現に妙な期待をしていたのは理解していた。その理由が未来視となれば、いよいよ合点が行く。


「そもそも、仕事の依頼だとしてもこの隠された地に対話に赴くなど有り得ない話……だから尚更確信があった。そしてそれは、我等に大きな利を与える存在と言われている」

「……。そんな存在なのにあんな戦いをしないといけないんですか……メンドウクサイ」

「ハッハッハ……そう言ってくれるな。あれは見極めの為に必要な行為なのだ。過去に一度、どうやって探り当てたのか『血の受け皿』に魔王が現れてな。その時に少し揉めたらしい」

「……そ、その魔王は?」

「勿論……土の肥料だと伝わっている」

「うへぇ……」


 魔王に同情したのは相手がサザンシスだからだろう。

 今やこうして愉快な仲間達に見えるサザンシスも、やはり最強の暗殺集団……ライはそれをまざまざと理解させられた。


 それにしてもツイていない魔王も居たものだ……とライは半目で笑うしかない。


「変革や掟というのは?」

「それはお前が今まで見て聞いて思ったことを言ってくれれば良い。その言葉はこれからのサザンシスの指針となる」

「………。そう言えばまだ聞いてませんでしたけど、依頼失敗の一割って……」

「我等も人……と、長が言っていただろう?我等は暗殺者だが殺さないと定めている相手がいる」

「それはどんな……」

「子供は殺さないのが決まりだ……だから妊婦も殺さない。我等は子供への暗殺依頼が来た場合、受けないか失敗を装い逃がす。子供は未来に繋がるのでな」


 意外なサザンシスの決まりにライは少し安堵した。普通の暗殺者は子供でも躊躇わず殺す……魔人となってもそんな暗殺者より遥かに矜持があることに感心もしている。

 しかし、如何せん暗殺者。やはりその在り方には疑問もある。


「土産の甘味が依頼の承諾、大地の肥沃化が里の秘密を知った対価……じゃあ、先刻さっきまでの戦いはサザンシス側の都合ですよね?」

「そうだ。だから対価としとてお前は里に掟を設けることが出来る。利益をお前に差し出すことも、お前の為に死を厭わず戦うことも、何なりとな……」

「………。無いです」

「…………無い、とは?」

「そのままですよ。望むことは確かにあります。でも、それは掟にしたくありません」

「………」


 キルリアは少し困った様子を見せた。それでは里の未来への変革が為らない。


 そこに丁度食事を終えたエルグランが意図の確認に入る。


「小僧……何でも良い。お前が何を考えているか口にしろ。我等は意図の探り合いは好きではない」

「え~っと……じゃあ、俺が勝手に思ってることでも?」

「構わん。我々はそこからでも答えを探さねばならぬ」

「分かりました」


 そうしてズイッ!とエルグランの前に歩み出たライは、自らの手を差し出した……。


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