第六部 第四章 第六話 変革のかたち
【闇星之眼】との戦いを終えたライは、『変革への切っ掛け』を求めるサザンシスに対し自らの手を差し伸べて応える。
「何だ……?」
「握手です」
「それが望みか?」
「はい」
しばし反応に迷ったエルグランは、その手に応えた。
互いの手の温もり、ゴツゴツとした手触りから相手のそれまでの研鑽の程が判る。
だが……エルグランはやはりライの意図を図り兼ねている様だ。
「……どういうことだ?」
「………。俺はね?あなた方の生き方に指図出来る程偉くないんですよ。そして、あなた方程長くも生きていない若僧だ。それに、俺が思うことはあっても押し付けるのは流儀じゃないんです」
「…………」
「でも……同時に俺は、あなた方を知って友になりたいとも感じている」
この言葉に【闇星之眼】達は唸っている……。
人を殺すを生業とする暗殺者。侮蔑こそされど友を望む者など前例が無い。
「友……だと?」
「はい。俺はあなた方一族の在り方を否定は出来ない。サザンシスは善悪の区別無く暗殺を受けていたんでしょう?なら、少なからず悪も闇に葬った筈だ。もしかすると、そのお陰で多くの命を救ったのかもしれない」
「……。だが、その逆も有り得る」
「そう……ですね。でも、それは世界が歪んでいることの証でもあるんです。全てがサザンシスの罪じゃない。一番の悪は依頼する者……そいつらがいなければサザンシスは暗殺者以外の道もあった筈なんだ」
「暗殺者以外の道──か」
死神の血統とも言うべきサザンシスにそんな道があったのかエルグランには判らない。
しかし、一つ言えることがある。
「我等は暗殺者として誇りを持っている。それはこの先も変わらぬだろう」
「それは暗殺仕事に誇りを持っている訳じゃなくて、『生き抜く為に暗殺者になった先祖への敬い』と『研鑽・修練を続け高めた技能への誇り』じゃないですか?」
「………。確かにそうかもしれん。だが、人殺しには違いあるまい」
「人は俺も殺している。勿論望んで行った訳じゃないけど、後悔はしていませんよ。そうしないと失うものがあったから」
「…………」
「だから俺は、サザンシスに人を殺すなとは言えない。血に汚れた分際でそんな偽善は言えないんだ……だから」
一呼吸置いたライは静かに語り掛ける。
それはエルグランや【闇星之眼】への言葉であると同時に、サザンシス全体への願いでもある。
「サザンシスは自分達で考えて、話し合って欲しい。誰かに答えを委ねるんじゃなく、サザンシスの今後は一族皆の気持ちを聞いて話し合って最善を選んで欲しい」
「それがお前の願いか?」
「願い……というか希望ですね。こうして考える場があるなら一族はもっと強く繋がれる筈です。その結果、サザンシスがどんな答えを出したとしても俺は尊重します」
たとえサザンシスが変わらず暗殺者を続けるとしても、その意味を考えることこそサザンシスの未来に繋がるだろう。
世界に平穏が訪れ楽園になる……というのは幻想で、暗殺者のいない世界など有り得ない話であることはライ自身も理解はしている。
それでも……サザンシス達がただ歴史の継承で命を奪う一族であり続けるのは悲しかった。
では、どうすれば良いのか……当然それはライにも分からない。
その時、メトラペトラ──そして夢の中での誰かの声がライの頭に過った。
【全てを救うことは出来ない】
ならばこそ、互いに信じて支え合う必要性がある……ライは改めてそう理解した。
「それを踏まえた上で俺はサザンシスの力になりたい。足りないと思うことがあるなら遠慮せず言って下さい。衣食住、趣味趣向、技術向上、技の研鑽でも良い」
「それが……友として、か……」
「はい」
「…………直ぐには答えは出せぬな。我等は暗殺者の歴史が長過ぎた」
「急ぐ必要は無いですよ。ゆっくり行きましょう。亀の歩みの様に遅くても、一歩づつ前へ……それでサザンシスは未来に繋げる。俺はそう思います」
「フッフッ……ハッハッハッハッハ!」
元老達は盛大に笑う。新たな掟が決まると思っていたが、肩すかしのようでありつつも難題が突き付けられたのだ。
しかし、それもまた悪くないと考える元老達……これも確かに変革の期には違いない。
「我等は変われんかもしれん。が、【友】を得たか……。それで本当に構わんのだな?」
「はい」
「そうか……ではサザンシスの友、ライ・フェンリーヴよ。早速手助けを願えるか?」
「勿論です」
【闇星之眼】達は肥沃になった大地での農業方法や料理などの知識を要望。ライはそれを伝える旨の約束を交わした。
更に通信魔導具によるライとの連絡網を構築し不自由の無いよう配慮した。
勿論サザンシスの存在は他言無用を約束し呪言……つまり呪縛魔法を受け入れると伝えたが、変革の手始めに友となる者を信じるとエルグランは呪縛を行わなかった。
「貴様が放ったあの最後の技……あれは恐るべき技だな」
「はい。万物両断……神すらも斬る技──の予定らしいですよ。未完成ですけどね」
「あれで未完成か……末恐ろしい。だが、得心がいったな。不完全な【神衣】とはいえ切り裂いたのだ。やはりお前は……」
「……?」
「いや。何でもない」
【擬似神衣】を扱うエルグランに対抗するには相応の力が必要だ。そこに【波動吼】と【天網斬り】を扱うライが現れたのは偶然にしては出来過ぎている。
ライとの出会いに何者かの意図を感じているエルグランではあるが、結果としてサザンシスに必要な変化を生んだのだ。ライを疑念で煩わせる必要は無いだろう。
「預言は果たされた。今後、貴様だけは自由に出入りを許す。加えて貴様にはまだ借りも残されている……困った際には遠慮せず頼るが良い」
「借り?」
「先程の甘味だ。新しく追加した分は借りとしておく」
「ハハハ。分かりました……ところで、ランカの姿が見えないんですけど」
「俺は此処だ」
スッと物陰から現れたランカ。その手には大きな袋を持っている。派遣の為の旅支度といったところだろう。
「……まさか本当に長を納得させるとは思わなかった」
「思ってたよりかなり大変だったけどね……正直甘く見てた。凄い一族だよ、サザンシスは」
「………そうか」
「さて……じゃあ、帰るかな。それじゃ皆さん、また」
長の館の外に出たライは転移魔法を発動。元老達【闇星之眼】、キルリア、そして戦いを見届けたサザンシス達に手を振り、ライとランカは光の中に消えた……。
「宜しかったのですか、父上?」
「何だ、キルリア?」
「ランカの件ですよ。娘を男の
「ハッハッハ!奴程の存在ならくれてやっても良いのだがな……まぁ、ランカにその気があるかは分からんが」
「さて……どうなるでしょうね」
サザンシス達がその素性を知る外部の者を殺さぬのは二人目──そしてバベル以来三百年振りこと。当然ながら一族の正式な派遣を行うのは初の試みである。
当然、『ランカ・サザンシス』は今後ライと一部の存在に対して以外素性を隠しての行動となる。
しかし、エルグランからすれば嫁に送り出したのと同義。そんな娘の今後を少し期待しながら、家族……そして一族はそれを見送った……。
転移により帰還したライは居城の扉をゆっくりと開く。
突然出掛けたまま帰って来なかったライの帰還──心配していた同居人達は、一斉に駆け寄った。
「ライさん!」
「ん……?どったの、フェルミナ?」
「いえ……。ライさんが盗賊と出掛けたきり帰って来なかったので……」
「あ~……思ったより時間掛かっちゃったしな。ごめん、心配掛けた」
フェルミナの頭を優しく撫でるライ……するとトウカやマーナも前に出る。
結局トウカやマーナ、そしてホオズキに、何故かマリアンヌの頭まで撫でることになったライ。皆は一応の落ち着きを見せた。
「よっ!遅かったな?」
「悪い、ティム。遅くなった」
「まぁお前のことだからな……予想はしてたよ。で、上手く行ったのか?」
「勿論。それでティム……悪いんだけど色々用立てて貰いたい物がある」
「分かった。俺もお前に頼みが出来た。代金はそれで手を打つぜ?」
「流石親友、話が早くて助かるよ」
ガシッと手を組んだライとティム。頼れる友人というのは有り難いものだ。
「ところでライ……その男が盗賊なの?」
ライが珍しく男を連れてきた、とシルヴィーネルは認識している。ティムはライの忠言を守りサザンシスのことは黙っていたのだろう。
「え~っと……男、じゃないんだ。ランカは女の子だよ。で、今日から同居人に加わる。事情はまぁ……今は聞かないでやってくれないか?」
「えっ?お、女?……本当に?」
「だってさ、ランカ。出来ればで良いから此処に居る時は本当の姿に戻ってくれないか?皆、信用出来るから安心して良い。俺が保証するから」
「……わ、分かった」
「あと『俺』っていうのも禁止ね?」
「……仕方無い」
ランカは自らに掛けていた肉体変化の技法を解除しみるみる姿を変える。頭に巻いた布は解かれ、黒装束はダブダブと余っている。
最終的に現れたのは長い銀の髪の美少女──やや吊目がちの深い紫の瞳。身長や体格はフェルミナと大体同じで小柄の部類。
そして何より……。
「ランカ……ランカ・サ……サーシス。宜しく」
その声がとても可愛らしかった……。
そんなランカの姿に一番驚いていたのはライ自身……。驚愕の表情で固まっていたが、やがて己の顔を拳で鼻血が出るまで殴り我に返る……。
「と、ともかく、新たな同居人が増えた訳だけど……ゴメン、後は皆に任せた。俺、ちょっと寝る」
「は……?お、おい……どうしたよ、ライ?」
「ティム……問題なければ泊まってけ。起きたら色々打ち合わせだ……。マリー……ランカの生活の準備、手伝ってやってくれる……?」
「分かりました」
「じゃ……悪いけど……おやすみ~」
フラフラと転移陣に歩を進め部屋に戻ったライは、そのままグッスリと眠りに就いた……。
サザンシス──【闇星之眼】を相手取り、『血の受け皿』の日照と土壌の改善、そして慣れぬ新たな力【聖霊刀】の使用と初の転移魔法使用。疲労は限界間際だった……。
「……また美少女を連れてきたわね」
呆れるエレナにアリシアも苦笑いしている。
「ま、まぁ、今回はライさんも知らなかったみたいですし……」
「もしかして、この先も増えるんじゃ……」
「さ、さぁ……」
新たな同居人、ランカを加えたライの居城。同居人はこの先も増えるのだが、それはちょっとだけ先の話。
そして……疲労から回復したライが目覚めたのは、それから明後日のこととなる──。
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