第六部 第四章 第三話 闇星之眼
「それで……どういった戦いにします?」
サザンシス最強の五人【
しかし……たとえ相手が暗殺者だとしても殺すつもりは始めからない。
ランカの気持ちを考えればライとしても当然の選択。同時に、サザンシス達と言葉を交わしたライの正直な気持ちだった。
故にルールの確認……その内容によっては、この戦いが楽にもなるし苦しくもなる。条件次第では上手く折り合いを付けた敗北も考えねばならない。
「ルールはない。敢えて言うならば相手を屈服させることだ。それと、戦いの場は『血の受け皿』内とする。外に出ると天使共が
「アハハ……ハハハ~……」
エクレトルの役割を充分理解しているライの立場としては、最早笑うしかなかった……。
魔人の集団たるサザンシスの存在はエクレトルにも知られているのだろうが、『血の受け皿』に施された結界以外にも何等かの隠形術の類で居場所を掴ませないようにしていると思われる。
徹底した情報遮断もその為のもの……かどうかは分からないが……。
それに『サザンシス』は世界をどうこうする意思がある訳ではなく、受けた暗殺依頼を熟すだけ──。
もしかするとエクレトルは、脅威存在そのものというより予備軍として見ているのかもしれない。
「あまり全力を出すと神聖国に気付かれませんか?」
「その心配は要らん。我等は祖先が魔法王国から奪った知識も持ち合わせている。神格魔法による空間隠蔽など容易いことだ。幾ら暴れても被害を気にする必要もない」
「神格魔法まで使えるんですね……流石」
「我等はこの世界にある殆どの戦闘技術や技能を修得していると言って良い。貴様も本気でやらねば命を落とすと知れ」
「……肝に銘じます」
【闇星之眼】はハッタリで言っている訳ではない。彼等なりの忠告であることはライも改めて理解している。
その理由はヒシヒシと伝わる圧力……神格魔法、纏装、恐らく存在特性も扱う可能性がある。
そして……暗殺に長けた一族である以上、何かしらの切り札を持つ可能性も高い。エクレトルから捕捉されないその行動能力も油断出来ない。
ライがそんなことを考えていると、サザンシス一族の男が報告に現れた。
「準備、整いまして御座います」
「うむ。小僧……後悔せぬな?」
「後悔も何も選択肢無いじゃないですか……」
「フッフッ。そうなる可能性を分かっていて首を突っ込んだのだろう?」
「うっ……否定はしませんけどね?」
「では、やるか……」
集落の外の平原には六人のサザンシスが広く囲むように等間隔で立っている。そして、ライと【闇星之眼】達がその中央に移動すると同時に結界を発動……六角柱の結界壁が張られた。
まず始まったのは名乗り……暗殺者とは無縁そうな行為だが、これはサザンシス内で決め事をする際の決まりなのだという。
【闇星之眼】は皆、二十半ば程の容姿をしている。それは魔人化が早かった証。サザンシスの一族には老体は居ないのだ。
「【闇星之眼】──我が名はバイナス!」
「同じく……モート!」
「コルノーグ!」
「クーパ!」
「そしてサザンシスの長、エルグランだ。小僧……貴様も名乗りを上げよ」
エルグランの言葉を受けライも名乗りを上げることに……。
しかし……シウト国女王クローディアからの“ 国に仕えて欲しい ”との誘いを断った今、『シウトの勇者』という名乗りが正しいのかライは疑問に感じていた……。
そこで一つ、新たな名乗りを上げることにした。
「ライ・フェンリーヴ……大聖霊の勇者です」
ライの名乗りはシウト国に類が及ばぬよう考えていたもの……。
しかし、その名乗りは【闇星之眼】達を唸らせるだけの意味があった様だ。
「成る程……大聖霊契約者か。どうりで底が見えぬ訳よ」
「大聖霊を知ってるんですね?……そっか……魔法王国時代からの知識を継いでいるなら別に不思議じゃないですね」
「それだけではない。我々は大聖霊契約者を一人知っている。あれからもう三百年になるか……お前と同じ【勇者】を名乗っていたのも奇しき縁よな」
「!……まさか、バベルが……?」
「知って居たか……」
「一応、俺の先祖らしいです」
「ほう……その割にあまり似ておらんな」
エルグランの話では、突如バベルが『血の受け皿』に来訪した理由は仕事の依頼だったという。
当時──夢傀樹の捜索に時間を割かれたバベルは、サザンシスの里を探り当て仕事の依頼に現れたのだそうだ。
依頼内容は魔王退治。対応しきれなかった二体の魔王級を暗殺として依頼したらしい。
「我等には幾分簡単な仕事だったがな……」
「……バベルは掟の対象にならなかったんですか?」
「我等はアレに敗れたのだ。【神衣】といったか?あれは未だ我等すら掌握しきれぬ力よ。もっとも、奴も当時は未完成ではあったがな……。だが、小僧……今こうして対峙し話しているのは奴のお陰と知れ」
「え……?」
「奴はサザンシス全てを屈服させた上で掟を定めたのだ。我等が貴様の依頼を飲みつつもこうして対峙するのは、掟があるからこそよ」
「…………」
バベルはサザンシスを圧倒した後、勝者からの条件として掟を定めた。バベルが加えた掟はただ一つ……。
【サザンシスに踏み込んだ者が依頼者の場合、その実力を試し新たな変革とするか判断すること】
つまり敵対侵入で無い場合、サザンシスの力を越えていたならば意思を確認せねばならないといったものだった。
「変な言い回しですね……」
「フッフッフ……そうだな。おかしな男だったのは確かだ」
「分かっていて従っているんですね……」
「それが掟だからな」
そもそもサザンシスを越える力があるならば掟が通じない相手だということになる。加えて勝利者への意思確認が変革になる……という部分が不可解だ。
何故そんな言い回しをしたのか……ライも流石にその意図を図り兼ねた。
しかし……サザンシスは笑う。それもまた掟なのだと。
「解せぬなら忘れることだ。貴様が今考えるべきは生き残ること。良いな?」
「分かりました」
誰も同行させなかったのは正解だったとライは改めて思う。
こういうことがあるからどうしても一人でやろうとしてしまう……そんなことを改めて自覚もしつつも、いよいよ戦いに備えることとなった。
「準備は良いか?」
「はい。何時でも……」
「では、キルリアよ。合図は貴様が行え」
「哈っ!」
ライは【闇星之眼】から距離を置き自然体。刀は抜くつもりはない。
対して【闇星之眼】はそれまで羽織っていた黒の詰め襟衣装を投げ捨て上半身薄着となり身構えた。
「では、このナイフが地に刺さったのを合図としましょう。双方、お見逃しの無いよう……」
キルリアはナイフを高く放り投げた。相当高く放ったらしくなかなか落下してこないナイフは、やがて日の光を反射しながら大地に突き刺さる。
その刹那──飛び出したのはエルグランだった。
黒身套を纏い、ライすら反応が遅れる速度で接近……拳の回転と移動速度を加えた攻撃は、ライの極薄黒身套を難なく打ち破りその左頬に衝撃を与える。
更に間髪入れず腹部にも拳が深く突き刺さり、エルグランは勢い良く腕を振り抜いた。
やはり常人では見えぬ程の速さで結界壁に飛ばされたライは、
「グボォハァッ!」
本来なら追撃されて然るべきだがエルグランはそれを行わない。この行動はライを本気で戦わせる為の挨拶代り……エルグランは明らかに手を抜いている。
「小僧……我々を愚弄するな。本気で来ねば死ぬぞ?」
「ぐっ……ガハッ!ゴホッ!」
「今の一撃……我の存在特性が【必殺】だった場合、貴様は既にこの世にはいない。戦いに於いてはそうした油断こそ死に繋がると知れ」
「グッ……ゴホッ……た、確かに……」
華月神鳴流の修行の際、散々師であるリクウから叩き込まれていた心構え……【残心】。
確かに油断はあった……。穏便に済ませることが望みだったライは、何処かで己の超常を過信していた。
しかし……それでもライの反応を上回ることは難しい筈。これはサザンシス【闇星之眼】がライの想像よりも高みに在ることを意味している。
「では仕切り直しだ。行くぞ!」
その言葉を聞いたライは即時、半精霊体へと変化する。
先程の一撃で理解したことだが、エルグラン……いや、恐らく【闇星之眼】は全員最上位魔王級。それを五人同時に相手せねばならないのである。出し惜しみをしている場合ではない。
(くっ……!こりゃ手加減なんて言ってる場合じゃないぞ?本当に死ぬ!)
激痛に堪えながら口元の血を拭い立ち上がったライは、黒身套を全力展開。分身を四体生み出し【闇星之眼】と対峙した。
「中々面白い技を使う。それは存在特性か?」
「いえ……。これは纏装ですが……」
「となると存在特性を利用した纏装か……自覚はないだろうが、存在特性の気配がある」
「……初めて知りました」
「そうか。ならばこの戦いで様々なものを学べ。サザンシスを越えるということの意味をその身に刻むが良い」
五人の【闇星之眼】は散開しライを取り囲んだ。
元老バイナスは中肉中背の引き締まった男。身体中に包帯のように布を巻き付けており、その先端の金属製の輪を自在に操り分身の一体の腕に掛け移動を始める。
元老モートはやや小柄の男。その手には何も持っていないが【高速言語】を用い鋼の壁を【創造】し分身の分断を図る。
対照的に大柄の元老コルノーグは二本の幅広い曲刀を手にしている。その突進を止める為、ライは分身の一体を使い迎撃せねばならなかった。
元老クーパは【闇星之眼】の紅一点。自らの周囲に掌大の輪のような円刃を浮遊させている。ライに向かい指で“ 追ってこい ”と挑発していた為、意図を察し分身体と移動。
そしてエルグラン……元老にして長たる存在はほぼライと同じ背格好。しかし、長を担うだけありサザンシス最強であることは間違いないだろう。
「何で戦力を分断したんですか?」
「変わらんからだ」
「変わらない?何がですか?」
「効率が、だ。確かに我等は里の者との連携は可能だ。しかし、貴様が分身を使い熟し乱戦になるのであれば一人で戦っても多数で戦っても変わらん。ならば分断しても変わるまいよ」
「そんなものなんですか?」
「少数対多数の場合は連携も生きるだろうがな。同数の同等実力者ならば連携の熟練度が高い者が有利。その意味では全員を同一思考で操る貴様の方が有利とも言える」
その利を潰した、とエルグランは堂々と宣言した。
実のところライは少し混乱している。エルグラン達のやっていることは徹底した暗殺とは掛け離れているのだ。
手の内を明かし説明まで加えての手合わせ……それは必殺の意図があるからなのか、それとも戯れか……。
ともかく、状況は有利に立っている訳ではない。最初にエルグランが言ったように、相手が相手なら初めの一撃で死んでいたのである。改めて気を引き締める必要があった。
この戦闘でライは多くを学ぶ。それらがまた糧となりライを高みへと誘う。
ライはその運命の意味に気付かない……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます