第六部 第四章 第二話 太陽を作った男


 世界最強の暗殺者一族、サザンシス──。


 その一族の宿命から逃れたいというランカの為、ライはサザンシスの元老【闇星之眼やみぼしのめ】との交渉を開始する。



「……甘味の仕入れ簡易化」

「それでは弱すぎる。その気になれば甘味の仕入れなど容易だからな」

「………じゃあ、コレはどうですか?」


 ライは腕輪型【空間収納庫】から予備の【収納庫】を取り出し、【闇星之眼】へと放り投げる。


「それがあれば多くの甘味や食料を長く保存出来ます」

「神具か……これは良い物だな。が……里の秘密と比べれば、やはりちと軽い」

「う~ん……では、料理の方法は?甘味をこの地で作れれば……」

「それにはこの土地……『血の受け皿』は痩せ過ぎている」

「……それなら土地を肥沃化させるのはどうですか?」

「………出来るのか?」

「多分……」


 今度は【闇星之眼】達が相談を始める。


 長らく痩せた土地に住まうサザンシス達にとって土地の肥沃化は願ってもないこと。上手く行けば食材調達という手間が大きく省ける。


 とはいえ、『血の受け皿』はノルグー領セト程度の広さがある。これを肥沃化させるには相当な労力を要するだろう。


「もし本当にこの地での農耕収穫が可能になるならば、条件付きで貴様の提案を飲んでやる。だが、これは特例……それを忘れるな」

「分かりました。じゃあ早速……」

「待て。ランカはこの場に残れ……キルリア」

「はっ!」


 音もなく現れたキルリアは元老達に素早く跪く。


「その男を見届けよ。逃亡を図るようなら始末しろ」

「哈っ!」

「さぁ、貴様の覚悟……見せて貰うぞ、小僧?」



 里の外に出れば痩せた褐色の大地が広がっている。それ以外は岩ばかりで、植物は痩せた雑草が斑に見える程度。

 そもそも水場が見当たらない。これでは植物が育たないのも無理はない。


 山に遮られ日照時間の少ない『血の受け皿』は土地が痩せていることも加え収穫は芋類のみ。残りは近隣の山々を駆け調達するという。


 問題は肥沃化だけでなく日照と水……ライはそれを即座に理解した。



 しかし、今のライにはそれは些事である。


 唱鯨海南にある列島を一纏まりの島に変え、トシューラ南の竜の住まう地を活性化させた男……最早『ロウドに優しい緑化勇者』と言っても過言では無いだろう。


 そしてライは、早速土地環境の改善に乗り出した。


「聖獣の召喚をしても?」

「聖獣……そんなことも可能なのか?」

「まぁ色々ありまして……かなりデカイんですけど、警戒しないで下さいね?」


 聖獣紋章を発動し現れたのは翼神蛇アグナ。


 神の分け身……大地の化身ともいえる聖獣は、それだけでサザンシスを圧倒した。


『どうした、ライ?』

「アグナ。この辺りの土地が痩せてるのを何とかしたい。力を貸してくれるか?」

『その程度は容易いが……』

「それと、あの集落の周辺に甘い実がなる植物を頼むよ。あ……それともう一つ……」


 アグナと打ち合わせを行ったライは次々に要望を伝えた。

 やがてライが準備を整えたのを確認したアグナは、その概念力を発動。『血の受け皿』の大地が一瞬波打った後、一斉に緑が芽吹いた。


 サザンシスの集落の周辺は緑の樹々に囲まれ様々な実を付ける。


『これで良いか?』

「助かったよ、アグナ。悪かったね、手間掛けさせて」

『ハハハ……以前も言ったが、私は戦いよりこういった役割の方が嬉しい』

「そういって貰えると助かるよ……それと、近々また呼び出して手伝って貰うと思う。悪いけどその時は頼むよ」

『分かった。また会おう』


 契約紋章を通りアグナは去っていった。


 その様子を見守っていたキルリア。ようやくライの異常に気付いたらしい。


「……底が見えぬと思ったが、想像以上だな。お前、名は?」

「ライ。ライ・フェンリーヴです」

「ライよ。これで『血の受け皿』は肥沃な土地になったのか?」

「はい。少なくとも土地の栄養が足りないということはありませんよ。でも、ここは四方を山が囲んでいるのでどうしても日照が足りません。今は秋に差し掛かっているので尚更ですね。あと、水源も足りない。だから──」


 太陽と水源を用意する……そんなライの言葉にキルリアは自分の耳を疑った。


 ライが用意したのは両手で抱える大きさの純魔石。それはアグナの能力 《疑似太陽》と《飛翔》を付加したものだった。


 ライは【魔石太陽】とでも呼ぶべきそれを空に掲げると、飛翔して上空に留まった。


「………」

「あれは太陽の代わりで動きを真似ます。飽くまで補助的なものですけど、これで野菜も果物も十分な光を受けられる。農耕の注意点は後で専門家から聞いて書き出しておきますね。それと……」


 《千里眼》を発動したライは、『血の受け皿』地中深くの水源を見付け出し二体の精霊を召喚。

 呼び出したのは地の精霊コンゴウと水の精霊ミヅキ。針ネズミとクラゲの姿を模した精霊達は、瞬く間に湖を生み出した。


 水源に関してアグナを頼らなかったのは、自然そのものである精霊達が整えることで世界に馴染み易くする為。

 無論、アグナでも意識をすれば可能なのだが……要は精霊達を時折頼らないと勿体無いという意図も含まれている。


「フッ……成る程。未来視は正しかった訳か……」

「何の話ですか……?」

「いや……こちらの話だ」

「これで交渉は成立ですよね?」


 キルリアはライの問いには答えない。そこには幾許かの申し訳無さが見て取れる。


「キルリアさん?」

「長達は責任ある立場だ。里を守る為なら狡猾にもなるだろう。気を付けろ」

「………。そういうことですか。忠告ありがとうございます」

「礼を言うにはまだ早い。戻って確かめねばな」



 サザンシスの里に戻ったライは集落の中央に台座を構築した。これは【魔石太陽】の台座であるとキルリアに伝えると、再び長の館へと向かう。


「どうだ、キルリア?」

「はい。作物が出来上がるのを待つまでもないでしょう。確かに『血の受け皿』は緑の地となりました。集落の周囲には桃やリンゴまであります」

「そうか……。小僧……貴様の義は見せて貰った。今後サザンシスの事を他言しない旨の呪言を受け二度と踏み入らぬならば不問とする」

「………まだですよ。ランカの件がまだです」

「それは諦めよ。アレは『サザンシス』だ……人としては暮らせぬ」

「それじゃ約束が違う」

「約束は“ 条件付きで ”と言った筈だ。ランカの件は含まぬ」

「………俺はランカの件が最優先なんですよ。それが叶わないならこの来訪自体に意味がない」

「もう一度言うぞ?諦めよ。貴様はここに来るべきではなかったのだ」


 【闇星之眼】の言葉が終わると同時にライの姿が半精霊体に変化した。その身体から溢れる魔力は大地を揺るがし建物を揺らす。


「……騙したな?」

「騙しては居らん。貴様が都合の良いように考えただけであろう?」

「ではもう一度……ランカの処遇を考え直して下さい」

「貴様にとっては繋がりの薄い者だろう?昨日今日事情を知った貴様が何故そこまで必死になる?」

「……約束したんですよ。ランカに“ 俺を頼れ ”って」

「それだけか?そんな約束の言葉など吹けば飛ぶだろうに……」

「俺はランカとの約束を反故にする気はない」

「ほう……ではどうする?その力で我々を根絶やしにするか?」

「…………」


 【闇星之眼】の言葉を聞き溜め息を吐いたライは半精霊化を解除。その場で土下座を始めた。


「お願いです。ランカの解放を……」

「……解せぬな。それ程の力を持つならば力で押し通せるだろう?」

「それじゃあなた方の先祖を虐げた奴等と同じでしょう?それこそゴメンですよ」

「我々は暗殺者……人を殺め糧とする羅刹の類いだ。そんな我等にそこまで筋道を通す義理もなかろう」

「暗殺者でも人だとあなた方が言ったんでしょう?現に今こうして会話をして交渉出来ている。あなた方の在り方を理由に俺の信念を変える気はない」

「………愚かな奴だ」

「理解してます」


 飽くまで人として筋道を通そうとするライと、サザンシスとしての掟を通そうという【闇星之眼】──交渉は平行線を辿るように思われたその時、キルリアが割って入った。


「発言しても宜しいでしょうか?」

「何だ、キルリア?」

「もうお戯れは不要では?」

「………何が言いたい」

「元老達よ……あなた方は最初に土産を口にした時点でライからの依頼を受けた筈です。そして我々は取引に厳格。ライの話を確認したのは依頼の確認……違いますか?」

「フ……ハッハッハ。中々賢しくなったではないか、キルリアよ」


 顔を上げたライは意味が分からなかった。そんなライに手を伸ばし引き起こしたキルリアは、改めて説明を始める。


「元老達は最初にお前からの土産を【報酬】として受け取った。内容を聞かずに受け取ったということは最初の依頼は無条件で認めたということ……」

「えっ……?それじゃランカは……」

「依頼通りお前の元に派遣となった。試されたのだ、お前は」

「………ハァ~」


 ライはガクリと肩を落した。幾ら見抜く眼を持っていても相手は長らく暗殺者として暮らしてきた老獪な者達……全てを見抜くことなど不可能である。


「だが、会話の後半は本気だった筈だ。里の秘密は守られねばならない。他言無用は絶対だ。呪言を受けるか?」

「それは構いませんけど、今後不便じゃないですか?ランカの行動だけじゃなく、甘味の調達とか農業支援とか……」

「……だそうですが、どう致しますか?」


 【闇星之眼】は再び不敵な笑みを浮かべた。


 今度は試すではなく挑発と取るべきもの……少なくともライにはそう感じた。


「小僧……貴様がペラペラと喋るとは我々も思わん。だが、これも掟なのだ。しかし、掟というのは中の枠組みのものだ。外部の者には多少の譲歩が必要だろう?」

「じゃあ……」

「そう急くな。今から行うのはその掟を変革する行為だ。掟は時代と共に変わらねばならない。同時に切っ掛けも必要だ。そこで貴様には、その切っ掛けになって貰わねばならん。それこそが本当の……」


 【闇星之眼】は音も無く席を立つ。そこには先程よりも遥かに重い圧を感じる。


「サザンシス最高実力者たる我等五人【闇星之眼】と戦って貰うぞ?」

「!!!」


 この言葉を聞いて驚いたのはキルリアだ。


 サザンシス最強の五人──【闇星之眼】と戦うということは、死の宣告に等しい。既に話は纏まり戯れをしているという考えを打ち砕かれた形である。


「元老達よ!それは余りに……」

「キルリアよ。決めるのは貴様ではないぞ?」

「しかし!」

「黙れ」


 長の一言でキルリアは言葉を失った。逆らうことすら許されない圧倒的な覇気……最早戯れでは済まないことをキルリアは察した。


 そんなキルリアの肩を叩き笑顔を浮かべるライ。やはり怯んだ気配は無い。


「……受ければどうなります?」

「貴様が勝てば貴様の言い分全てを飲もう。だが貴様が負ければ当然、死……。そしてランカも死ぬ」

「成る程……分かり易い」


 優先すべきはランカの処遇……相手の実力は未知数。同時に複数人相手をするのはライと言えど生中なことではない。


 しかし──勇者は迷わない。


「受けましょう」



 暗殺者一族サザンシス──その頂点に立つ五人の元老達との戦いは『休息』という言葉が虚しく響くほど苛烈なものとなる……。


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