闇星変革の章

第六部 第四章 第一話 サザンシス


 ペトランズ大陸北にあるアヴィニーズ国。


 その北部の険しい山に囲まれた小さな盆地──かつてそこは人の踏み入らぬ痩せた土地だった。



 その地に初めて暮らし始めたのは奴隷達。魔法王国時代の奴隷の中でも最も虐げられた者達である彼らが、やがて自由を求め逃げ出し辿り着いたのがその場所──『血の受け皿』である……。



 彼らは魔法王国により人としての扱いを受けることなく魔導実験の被験者にされ、その身を魔人に変えられていた。だからこそ逃げ出す力を得たのは皮肉と言えるだろう。

 そうして一族として纏まった魔人達は自らを『サザンシス反逆の血』と名乗り魔法王国への復讐を誓う。


 しかし、立ち向かうには強大な魔法王国クレミラ……『サザンシス』はそれから復讐を成し得る技術を研鑽し始めた。



 やがて魔法王国は【天の裁き】の影響を受け分裂を始め滅亡。復讐に時を費やしたサザンシスは目的を失った。


 だが……サザンシスの先祖は自分達の力の優位性に気付いてしまった……。

 復讐の為に高めた力は人を遥かに凌駕する。一国を支配することすら可能だったのだ。


 それを妨げたのは神聖国家エクレトル。脅威として認識されたサザンシスは幾度もエクレトルと刃を交えた……。


 そういった過程の末、サザンシスはより確実に力を増す為に隠密に特化した行動を取るようになる。認識されない者としての研鑽を永きに渡り続けた為、完全なる暗殺者一族として存在の意義を求め続けることになる。




「ふぅ……どうやら上手く転移出来たみたいだな」


 『血の受け皿』と呼ばれる地……サザンシスの里に転移を果たしたライとランカ。転移は成功。身体に違和感や異変は無い。


「転移魔法か……だがな、ライ?」

「ん……?何?」

「何も里のど真ん中に現れなくても良いだろう?」


 転移先はサザンシスの里、中央……突如現れた余所者に気付いたサザンシス達は、既に周囲を取り囲んでいる。

 

 ランカが居なければ即座に襲撃を受けていたのは間違いない。


 しかし……ライは相変わらず平然としている。


「う~ん……俺の転移じゃまだ連続使用は無理か。魔法発動に時間も掛かるし……メトラ師匠に頼んだ方が効率良いな」

「おい……話を聞け」

「聞いてるよ。大体外に転移しても里に入れば同じ状態になるっしょ?なら、派手に登場した方が警戒されて早く長に連絡が行く……違う?」

「……。お前は馬鹿なのか頭が回るのか良く分からない奴だな……」

「いやぁ……それ程でも」

(……やっぱり馬鹿なのか?)


 殺気に囲まれた中で平然と会話を続けている二人……そんな中、代表者らしき若い男が姿を現す。

 褐色の肌に黒い身軽な衣装……左右の腕には大量の腕輪を装着し、顔は覆面。露出している顔の一部や腕には赤い刺青らしき紋様が見えている。


「キルリア兄上……」


 ランカは男を見ると、そう言葉を漏らした。三年振りの兄妹再会……の割に感動の雰囲気は無い。


「ランカよ……よくオメオメと姿を見せられたものだ。死ぬ覚悟は出来たのだろうな?それにその余所者……里に引き入れた罪は重い。楽には死ねんぞ?」

「……やはり話など聞かぬか。ライ……もう良い。逃げるぞ」

「逃がすと思うか?我らがサザンシスであると忘れた訳でもあるまい?」


 ピリピリとした空気──それを読まない男ライが自らの懐に手を入れると、サザンシス達は一斉に身構えた。


「動くな!」

「ん?警戒しなくても良いですよ?お土産をね……よっと。あ、お近づきの印です~」


 ライが懐から出す素振りで腕輪型【空間収納庫】から取り出したのは『ストラト銘菓・蜂蜜パイ』──職人の手による焼き立て状態で保存された一品だ。

 同時にパイの香ばしい香りが周囲に広がる。


「貴様……我らを嘗めているな?」


 怒りを見せるキルリア……しかし、その視線はチラチラと蜂蜜パイに注がれている。心なしか覆面の口許までも濡れている気がした。

 当然、奴はそれを見逃さない。


「俺は依頼者です。長にお目通りを……」

「貴様の様な余所者を長に会わせる訳にはいかんな」

「あ……。そういえばアレもあったな……」


 再び懐から取り出したのは果汁百パーセントのリンゴジュース……キルリアの熱い視線はジュースの入った瓶に注がれていた。


(思った通りだ……コイツら、甘い物に飢えてやがる)


 周囲のサザンシス達はパイの香りに幾分動揺をしている様だが、流石にそれを悟らせない。

 しかし、ライは実力者……サザンシス達の反応を確かに察知しているのだ。


「えぇい!貴様!死にたいか!?」


 ドサッ……。更に菓子折の箱が取り出された。


「くっ……は、話を……」


 ドサッ……ドサドサッ!カチャッカチャ!


 積み重なる菓子折と並ぶジュースの瓶……キルリアとサザンシス達からは響動めきが起こり始める。


「ハ、ハァ……ハァ~…ハァ~ッ……貴様は!な、何て恐ろしい……」

「どうぞ皆さんでお召し上がり下さい」

「う、うおぉぉ~っ!?」


 サザンシス達は一斉に襲い掛かった…………菓子折に……。


 それを確認したライはランカに振り返りながらサムズアップ!ランカの目は……白眼だった。


 暗殺者一族サザンシス───彼らは甘い物に弱かったのだ……。


 彼らもまた魔人……酒に酔うには程度差があるが、酒宴を楽しむのは難しい筈。

 暗殺者としての行動から常に身を律し、里も痩せた土地。加えて暗殺を主流にしている為、料理は簡単なものが多い。


 一族として矜持からか仲間を差し置いて外で甘い物を食べることも無く、里に運び入れられる数も物量に限りがある。


 サザンシスは……ちょっぴり可哀想な一族だった……。


「……くっ!我々は貴様を認めた訳ではない!認めた訳ではないからな!?」


 魔人化しているので毒も殆ど効かないサザンシス達は、毒の罠の可能性など気にせず甘い菓子に酔いしれていた。


「……あ、兄上。せめて口の回りを拭いた方が……」

「むっ……!と、ともかく、だ!我々は……」

「これと同じ物を里全員に提供しましょう」

「付いて来るが良い」

「あ、兄上……?」


 あれ?暗殺者一族ってこんなに緩かったっけ?とランカは衝撃を受けている。

 一方のキルリアは口をモゴモゴさせていた……。



 そうして案内されたサザンシスの里は、少しディルナーチの文化に似たものだった。

 勿論、必要最低限の技術で建築された建物は凝った造りではない。その拘りの無さが寧ろ暗殺者一族の在り方を感じさせた。


 やがてキルリアにいざなわれた先は、サザンシスの長の住まい──つまり、ランカの実家に辿り着く。


「さぁ……長達は此処だ。だが、気を抜かぬことだ。我らサザンシスは……」

「これを……」


 ぐっとキルリアの手を握るライ……キルリアの手の中には飴の包み紙が……。


「フッ……。やるな?」

「フッフッフッ。あなたも……」

「だが気を付けるが良い、友よ……長達は一筋縄では行かぬ」

「了解ッス!」


 一気に友にまで昇格したライだったが、やはりランカは違和感を拭えない。


(緩い……サザンシスの掟はこんなに緩かったのか?じゃあ、俺が逃げても誰も気にしなかったんじゃ……)


 隠れていた逃亡の日々に段々と疑問が湧いてきたランカ。

 そこでランカは、サザンシスの深淵である【闇星之眼やみぼしのめ】と呼ばれる元老達に真意を問い質すことを決意する……。




 長の館内・【掟の間】──厳かに開かれる扉の中は昼間にも拘わらず暗い。


 扉を開けた途端、中から纏わり付くような殺気が溢れ出し流石のライも反応を示す。

 夜目が利くライには僅かな光源でも闇に潜む化け物染みた元老達の姿が把握出来るのだ。


「よもや、ここまで踏み入ろうとはな……その強さに敬意を表し、少しだけ話をしてやろう」


 中央に座す長らしき男がパチリと指を鳴らしたその時、部屋の中の蝋燭が一斉に灯る。


 部屋には五人の屈強な存在……そしてその手元には蜂蜜パイとリンゴジュース──。

 元老【闇眼之星】は、お土産を堪能している最中である……。


「お前達もか!」


 思わず叫ぶランカ……元老達は一瞬ビクッ!と反応したが、直ぐに威厳ある態度を持ち直す。


「貴様には発言を許して居らんぞ、ランカ」


 呼吸が出来ない程の圧を受けたランカは、身動みじろぎ一つ出来ない。サザンシス最強の五人で構築される元老【闇星之眼】──その実力を今更ながら思い知らされるランカ……。


 だが、ランカに掛かるその圧はフワリと軽くなった。ランカの眼前にはいつの間にか白髪の背中が立っていたのだ。


「まぁまぁ……折角あなた方の娘が戻ったんですから、その位にしませんか?」

「……ほう。我らの気に当てられぬか。だが、小僧……我等はこの地に踏み込んだ者を見逃す訳にはいかぬ。我々は甘味などに誘惑されぬわ!」


 蜂蜜パイをペロリと平らげた【闇星之眼】の面々はリンゴジュースを飲み干すとバン!と卓を叩く。ハッキリ言って説得力は感じない……。


「今後、甘味を手に入れ易いよう手配しますが……」

「フン。話くらいは聞いてやろう」

「どうも~」


 その後は予定通りランカを依頼として雇うといういう話を提示したが、当然意図を疑られる。【闇星之眼】はライの思惑などお見通し、といったところだ。


「ちゃんとお金は払うので……」

「金の問題ではない。良いか?我等『サザンシス』は他への情報を遮断している。この里を知られることも踏み入られることも禁忌である」

「う~ん……でもなぁ」

「我等は正体不明の暗殺者でなければならぬ。技術も思想も趣向さえもな。当然、小僧……お前もここから帰す訳には行かん」

「…………」


 現状を変える為にしばし沈黙し思考するライは、ティムの言葉を思い出していた。


「……何故、依頼達成が九割なんですか?」

「……何?」

「そこまで徹底していながら『完全なる死の遂行者』じゃないのには理由がある筈です。じゃあ、何故一割は殺さないんですか?」

「………」


 【闇星之眼】達はニヤリと笑う。どうやらライの指摘は狙いを突けたらしい。


 そもそも、彼等が本気ならば里に現れた時点で警告無く攻撃が可能なのである。

 一応ながらの対話を行ったのは、サザンシス側にも何らかの意図があると考えるべきなのだ。


 それこそが交渉の可能性を示唆していたのではないか……そして【闇星之眼】の答えは確かにそれを仄めかす。


「我等は暗殺者──しかし、真なる化物ではない。心ある『人』なのだ。我等の祖先は魔法王国クレミラにより動物以下の扱いを受けたという……ならばこそ我等は、そんな化物だった魔法王国の王族と同じになってはならぬという矜持がある」

「つまり、依頼未達成の一割にはそれだけの価値があった……と」

「そうだ」

「じゃあ、俺はどうですか?」

「フッフッフ……どうかな?それはお前次第だろう?」


 取り敢えず現状、菓子折により対話まで漕ぎ着けている。ライが提示出来る取引材料はまだあるが、それがサザンシスにとって利にならなければ交渉は成り立たない。


 最低でもランカを殺させないだけの交渉……勝利の条件はライの元への派遣を認めさせることだ。


 相手は暗殺一族サザンシス──ライは名すら知ったばかりのランカの為に、改めて折衝を開始した……。

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