第六部 第三章 第二十一話 宿命からの逃亡


 蜜精の森の中───。


 盗賊は、何処からか聞こえる男達の争いの声で意識を引き戻された……。


 ゆっくりと目を開いた盗賊の前では、白髪の男と商人らしき男による醜い争いが繰り広げられていた。


「コノヤロウ!何だ、魔神ティームって!俺を勝手に魔神にすんな!」

「何だと!お前の失ったお前らしさを折角体現してやったのに……寧ろ感謝しやがれ、コノヤロウ!」


 互いをコノヤロウと罵りながら頬を掴んでの我慢比べ……何故か超常のライと一介の商人ティムが互角という不思議……。


「……おい。何をやっている」


 目を覚ました盗賊の呼び掛けで我慢比べは中断……。痛み分けとなった二人は縛られたままの盗賊に向かいニマニマと笑い掛ける。


「おやおやぁ?ようやく目を覚ましたな……随分久しぶりじゃないか、盗賊さんよ?」

「……。誰だ、お前達は?」

「俺達が薬草を取りに来る度に襲ってきたじゃないか……忘れたとは言わせねぇぜ?」

「………?」


 盗賊はライ達の顔をしばらく凝視。が、結局分からなかったらしい……。


「俺が追い払ってたのは赤髪の少年と少し太った少年だが……」

「憶えてるじゃねぇか!」

「…………」


 盗賊はようやく理解した。先程の魔神ティーム……あれはあのポッチャリ少年であったことを……。


「二人とも別人にしか見えん……分かる訳が無いだろう」

「ハッハッハ!黙らっしゃい!」

「くっ……理不尽な。それで、これはどういうことだ?」

「なぁに……意趣返しって奴だよ。あの時は歯が立たなかったからな。ちょっとした仕返しだ」


 それにしては手の込んだ仕掛け……余程の魔導具を使ったのだろうと盗賊は呆れている。どうやら、まだライの力には気付いていない様だ。


「……じゃあ、もう良いだろう。離せ」

「おいおい……そりゃあ冷たいんじゃないの?折角、石化治したのに……」


 そう……自分は石化していた筈。盗賊はそれを思い出した。


 そうなると確かに救われたということになる。しかしそれは、わざわざ意趣返しの為に行うことなのかという疑問が湧く……。


「………まさか仕返しの為に俺を救ったのか?」

「そだよ?これで互いの遺恨はチャラね」

「…………」

「まぁ、俺は話をしたいってのもあったけどね?」

「話……?」

「ああ。あれから三年か……色々あって俺はソコソコ強くなった。で、分かったんだけど……何であの時、俺達を見逃してたの?」


 ライの言葉にティムは首を傾げる。逃げ切れていたと考えていたあの頃……しかし、どうやら事情が違う様だ。


「ティム……コイツは魔人だ」

「マ、マジかよ……」

「魔人が俺達みたいな弱かった奴を見逃がすなんてわざととしか考えられないんだ。だから確認したかったのさ」


 改めて盗賊に視線を向けたライ。魔法による蔓の拘束を解かれた盗賊は、溜め息を吐き近くの岩に腰を下ろした。


「……まず、お前達は勘違いしている。俺は盗賊じゃない」

「盗賊じゃない?全身黒づくめの姿……見た目まんま盗賊だろ?」

「これは偽装だ」

「じゃあ、アンタは……」

「俺は暗殺者だ……いや、元暗殺者だな。名前をランカ・サザンシスという」

「ん……?ランカ?女の名前じゃないのか、それ……」

「………俺は女だ」


 これにはライだけでなくティムも驚いた。


 まさか女とは思えぬ容姿……しかし、それは暗殺者技能の一つで姿を変えていたらしい。

 確かに、ディルナーチ大陸のサブロウに比べればその変化の具合は少ないと言えなくもない。


「女で暗殺者……それが何でこんな森に……?」

「………。逃げてきたんだ。暗殺者の一族という宿命からな……」

「………良ければ聞かせて欲しいんだけど?」

「………。良いだろう。石化から救われた借りもある。それに、俺は誰かに話を聞いて貰いたかったのかもしれない」


 そうして元・暗殺者ランカが語り始めたのは『密精の森』に至るまでの経緯。





 『サザンシス』は北の小国の一つ『アヴィニーズ』の片田舎で代々暗殺を生業としている一族である。


 幼き頃から魔石の粉を飲み続け一族全員が魔人──その存在はアヴィニーズ王族すら知らない秘事。


 『暗殺一族サザンシス』は裏の世界での名を【死の風】と言い、莫大な報酬と引き換えに暗殺達成率九割という恐ろしい結果を出していた。


「し、しし【死の風】だって?ウ、ウソだろ、おい……!」

「知ってるのか、ティム?」

「あ、ああ。世界中で暗殺を行う最強暗殺者集団……ま、まさかアンタが……」


 商人組合では【死の風】に狙われたら救う手だては無い、とまで言われる程の手練とのこと。

 確かにそんな相手から逃げられる訳が無いとティムも理解したらしい。


「アンタは一族から逃げたって言ったよな?」

「ああ。俺は一族を抜けた。一族を抜けた者は秘密保持の為に命を狙われる。だから、お前達を巻き込まぬよう遠ざける為に追い払っていた」

「…………成る程」


 今のライは『見抜く目』の精度が格段に上がっている。ランカの言葉にウソはない様だ。


「この森に来て以来、一族から襲われたことは?」

「いや……だが、やがては見付かることだろう」

「何で逃げたんだ?」

「それは……」


 サザンシスは一族すら容赦なく殺害する。幼き頃から徹底して暗殺を叩き込まれ兄弟ですら訓練で殺してしまうことすらある……そんな異常な一族だという。


 族長の娘であるランカは、より厳しい訓練の中で大事な友人を失った。それから一族の在り方に疑問を抱き任務中に逃亡したとランカは語る。


 ランカは暗殺者一族にしては優し過ぎたのだろう……。


「……事情は分かった。でも、追われ続けるのは大変じゃないか?」

「俺には変装技術がある。この森以外ではそうやって暮らしている」

「それで盗賊騒動が起きなかったのか……。でも、自分を殺すのは息苦しいだろ……」


 しばし悩んだライは突飛なことを言い出した。いつもの悪い癖……メトラペトラなら確実にそう言うだろう。


「良し。それじゃあ俺がランカを雇うわ」

「………は?」

「暗殺者なら雇っても問題ないだろ?期間は……今から五十年以内に俺を殺せたら任務終了。出来なかったら契約は延期……どうだ?」

「……お前は馬鹿か?」


 困惑したランカはティムに確認の視線を向けたが、ティムは既に白眼で半笑いである。


「今までは俺に捕まっていたって言えば良い。任務としてならもう追われないだろ?」

「そ、それはそうだが……」

「勿論、俺を殺そうとしなくて良いよ。これは嘘の契約だ」

「………いや、無理だ。依頼には監視者が付く。それを……」

「大丈夫、俺に考えがあるから。ティム、居城でちょいと待っててくれないか?直ぐに戻るから」

「へっ……?あ、ああ……。分かった……」



 異常な話をトントン拍子に進める男に、ランカは困惑するばかりだ。そして、戸惑いながらもあっさり受け入れるティムに対してもかなり呆れている。


「じゃ、行こうぜ?」

「ど、何処へ行くつもりだ?」

「サザンシスの長に会いにだよ。アンタを雇うと言いに行く」

「ば、馬鹿だろ、お前!死ぬぞ?」

「大丈夫、大丈夫。俺、強いから……多分」

「くっ……ならば倒してで止める!」

「優しいね、ランカ。でも、俺を頼ってくれて良いんだ……アンタにもそんな相手が居ても良いとは思わないか?」


 ライは半精霊体の力を解放。浅褐色の肌に氷と炎の翼……更に、その外側には十二本の柄の無い長刃が円陣状に浮いている。


 アムルテリアとの契約により形が変化した半精霊化の姿──ライは更なる成長を果たしていた。



 その姿を見たランカは、言葉を失いしばし身動き出来ずにいた……。

 眼前の男からは、殺意は無くとも魔獣が口を開けている様な圧力を感じているのだ。


 そんなランカの反応を確認し、ライは再び元の姿に戻り笑顔を浮かべる。


「行こうぜ?」

「………」

「付いて来なくても一人で行っちゃうよ?」

「……仕方無い」


 ランカはとうとう根負けした……。


 本当は己の事情に他者を巻き込むのが嫌で堪らないランカ。本来なら無理矢理にでも追い払う場面である。

 しかし、孤独と不安は暗殺者といえど持ち合わせている。ランカは優しさを持っていた故に尚更心細さが疼いたのだろう。


 そして……そんなランカの心には、先程のライの言葉は深く刺さるに充分魅力的だった……。



【でも俺を頼ってくれて良いんだ……アンタにもそんな相手が居ても良いとは思わないか?】



 暗殺者であるランカにそんな言葉を投げ掛ける存在など、今まで皆無だった……。大概の存在はランカよりも弱く、そして信用出来る要素もない……。


 かつて弱かった筈の少年は目の前にて今や尋常ならざる力を有している。

 だが……それが直接信用に繋がる訳ではない。先程の話は只の気まぐれで言っているかもしれないし、いざとなれば全く別の行動を取るかもしれないのだ。


 しかし──。


 ランカが気になったのはライの瞳……。


 不思議と人を信じさせる眼がやけに印象深かったのだ。


 経験の蓄積による直感……ランカもまた、ライとは別種の『見抜く目』の持ち主なのである。



 だからこそ………賭けてみたくなった。事情を聞いただけで頼れと言った男の言葉を、新たな自分の生き方の為に……。



「ランカは飛翔出来るのか?」

「出来る。が……飛翔で向かうにはサザンシスの里は遠いぞ?」

「そう?俺、ここからならディルナーチ大陸まで半刻位で着くんだけど……」

「そ、その速度は俺には無理だ……」

「そっか……じゃあ、チョイと試してみるか」


 ライはチャクラの《千里眼》を用いサザンシスの里を確認。しかし……。


「………。あ、あれ?サザンシスの里ってのが見えないんだけど……」

「!……そ、それはまさか、【チャクラ】か?そんなものまで……」

「うん、まぁ……それは追々説明するよ。それより……」

「サザンシスの里は事象神具で結界が張られている。転移自体は出来なくもないが、外部から認識することは不可能だ」

「むむむ……と、なると手段は……」


 ランカの記憶を直接読み座標を特定すること……なのだが、ランカは男の外見をしている。


 お気付きの方も居るだろうが、ここで改めて……。


 ライは【記憶】に関する力を行使する際、女性には額を当てている。

 対して男性には頭に手を乗せ済ませている。


 実はこの行為、ライが無意識で行っているもの。何故なら野郎の額に自らの額を当てるなど怖気が走る行為……要は無意識でもムッツリなのである。


「……。ランカ?」

「何だ?」

「いや……額を……いや、やっぱり良いや」


 一応許可を貰い、ランカの記憶からサザンシスの地理と光景をで読み取る。

 続いてライは魔法陣を展開。使用するのは《転移魔法》───。


 戦闘用の短距離連続転移は未だ成功しないが、時間を使い編み上げる遠距離転移ならば何とか成功するのではないか……そんな気がした。


 当然ぶっつけ本番。意識拡大も利用し転移先に座標を固定、更に転移先の環境情報、星の自転も計算しライは遂に《転移》を発動した……。


「ティム。サザンシスの件は一切他言無用だぜ……?それと、ランカから聞いたことは忘れろ。じゃないとお前も危ない」

「……分かった。気を付けてな、ライ」

「おう。ちょっち行ってくるぜ!」


 ティムが見守る中、ライとランカは転移の光を残し『サザンシスの里』へと姿を消した。


「転移魔法まで……。ハハハ、全くお前って奴は……」


 しかし、転移した先で待つのもまた一波乱──。


 勇者ライに本当の休息が訪れる日が来るのか……それは誰にも分からない。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る