第六部 第三章 第二十話 蜜精の森の盗賊


 ティムの機転により気落ちから復活を遂げたライは、温かい飲み物を用意し会話を続ける。


「ところでティム……用件は例の話か?」


 ライはティムの来訪理由が『傭兵街』に関する話であることは予測が付いている。一応の確認を行ったのは、ティムが時折予想外の話を持ってくることがあるからだ。


「忘れるとこだった。例の傭兵団……正確には傭兵団の団長夫妻、見付かったぜ?」

「おお……」

「アウレルさんの言った通りアステの片田舎に居たのを見掛けたそうだ」

「へぇ……」


 見付からなかった場合は《千里眼》で見付け出すつもりだったが、今回は必要なくなった様だ。


「それで、俺の部下が交渉に向かったから夕方までに報告が来る手筈になっている」

「部下か……本当に偉くなりやがって」

「それを言うならお前の成長振りだろ……才能無いとか抜かしてた癖に」

「俺のは禁術みたいなモンだよ。技術に関しては素晴らしい指導者に当たったけどな」


 ライの躍進はやはり運の部分が大きいと当人は考えている。


 バーユと出会わなければマリアンヌまで辿り着くことはなく、纏装の修得は出来なかった筈だ。ベリドに敗れねば魔石採掘場に囚われることも無く魔人化は起こり得なかったと認識している。



 しかし、ティムはそれこそがライの強さと理解していた。

 誰かの為に行動を繰り返すライだからこそ運を力に変え超常に辿り着いたのだろう、と……。


「取り敢えず今日は報告待ちだから……まぁ、付き合えよ」

「お前なぁ……俺、休暇中だぜ?」

「知らん。動けるものは畜生でも使え……ってのがウチの家訓だ」

「酷ぇな……」

「ハッハッハ。ウソウソ……暇潰しするだけだから安心しろよ」


 要するにティムは、久々に親友とゆっくり話をしたいのだ。


 そんな二人はマリアンヌ手製の朝食を堪能した後、居城を出た。

 先ずはライのものとなった『蜜精の森』の散策を行う。二人で森を歩くのも三年振りになる。



「まさか、この森がライのものになるとはな……」

「昔から俺達はチョイチョイ来てただろ?どうせなら貰っちゃえば森も荒らされないかと思ってさ……」

「そうだな。その方が良かったかもしれないな」


 近頃では資源目当てで森を荒らす者も増えているという。ライの領域ならば、それを行う者には相応の罰が与えることも可能になる。

 それに、精霊が放たれ魔力が増え始めた森にならば密精と呼ばれた蜜蜂達も帰って来るかもしれない。


 ライが精霊達をこの地に住まわせたのは、そういった願いも含まれていた。



「そういや、あの盗賊……何処行ったんだ?」


 三年前に森の薬草を商売にしようとしたライ達……それを妨害した盗賊は、考えてみれば森に来て以来一度も見ていない。


「ティム、何か知らないか?」

「いや……お前が旅に出てから此処には近付かなかったからなぁ」

「う~ん……どうせだから捜してみるか」


 額の【チャクラ】を見開き盗賊の居場所を探るライ……ティムは【チャクラ】に一瞬怯んだが、そこはライの友人だけあり直ぐに慣れた。


「どうだ?」

「う~ん……何か最近調子悪いんだよ、コレ」

「……?」

「いや……視えたは視えたけど、石像だった……。森の洞窟あるじゃん?あの壁に埋もれた姿が……」

「と、取り敢えず行ってみようぜ……?何か分かるかもしれないし」

「そうだな……」


 見付からなければそれはそれで構わない盗賊……同時に、二人は千里眼により視えたという石像が気になっていた。



 そうして森の洞窟に辿り着いたライとティム。そこはかつて『物知り爺さん』と呼ばれた変わった老人が暮らしていた洞窟なのだと聞いている。


「物知り爺さんの住まいか……盗賊も此処に住んでたのかねぇ、ティムさんや」

「雨風凌ぐとなると此処くらいしか無かったんだろ。でも不思議だよな、ライ……ストラト近郊じゃ盗っ人騒ぎなんて無かったのに、奴はどうやって暮らしてたんだろうな?」

「他の街で貯め込んでいたのか、余程細々とやってたのか……俺達みたいなのを襲って来てたんだから大盗賊ってことはないよな?」

「違いない」


 ライとティムは当時の話に花を咲かせつつ洞窟を少し進む。妙に小綺麗な洞窟の中、まだ外の明かりが差し込む位置で二人はそれを見付けた……。


「……これか?」

「ああ……なぁ、ティム。盗賊の顔って憶えてるか?」

「いや……つか、いつも覆面で目しか出てなかったよな?この石像も覆面だし」

「あ~……確かに。じゃあ分からないよな」


 その石像が盗賊を型取ったものかは分からないが、取り敢えず何かのヒントにはなるだろう……そう判断したライは【チャクラ】の能力 《残留思念解読》を使用し石像に触れた。


 直後……ライは石像から手を離しティムの襟首を掴むと、一足飛びで距離を取る。ティムは何事か判断に迷っている顔をライに向けた。


「ど、どうした……?」

「……それ、盗賊本人だ」

「は……?せ、石化してんの?マジで?一体何でそんなことに……」


 石化能力のある魔物は確かに存在はする。しかしそれは、シウトでも一部の地区にしか存在しない。

 少なくともストラト近郊では目撃されたことはないのだ。


 しかし、【残留思念】を読み取ったライは石化の原因も把握している。


「コイツ、アムルを追い払おうとして返り討ちに遭ったみたいだな……」

「…………。そ、そりゃあツイてなかったな。でも、そうなると割と最近石化したのか?」

「二、三ヶ月前みたいだよ……運が良いのか悪いのか……」

「……?」


 ライの読み取った記録では、盗賊はアムルテリアを殺すつもりはなく追い払おうとしただけだという。だからこそアムルテリアも『石化』で留めたのだと。


 幸い放置してもあと一年程すれば解放されるらしい。その間洞窟で雨風からの風化を凌げるのも幸いと言えるだろう。

 しかし、根本的にはこの地に居たことが不幸ということになる。


 ライの存在特性【幸運】は無意識による発動だが、基本はある程度親しみを持った相手にしか発動しない。盗賊は邪魔者という認識だった為、当然対象外だった。


「じゃあ、コイツは一年はこのままか……」

「それがさ?簡単な力なんで俺でも解けるみたいだぜ?」

「………ライ。お前、悪い顔してるぞ?」

「フッフッフ……。なぁ、ティムさんや……俺達の商売を邪魔したお仕置き、したくないか?」

「……成る程、そういうことか。ククククク……面白い」


 悪い顔していらっしゃるお二人。積年の恨み……のつもりはないが、多少なりは意趣があるのも事実。

 ティムはライの提案に乗ることにした。






「うっ……。こ、ここは……」


 太鼓らしき音で目を覚ました時、盗賊は逆さ吊りだった……。


 盗賊は冷静に思考を巡らし自分に何があったのかを現状確認に努める。


(周囲は森……場所は恐らく『密精の森』のままで間違いないか……)


 そして盗賊の眼下には……予想外の出来事が起こっていた。



 そこには蛮族風の姿をした男がざっと二十人──妙に大きな楕円形の仮面、裸の上半身、腰蓑、木製の槍を手に、男達は炎を取り囲む様に円陣を組んで踊っている。

 円陣の外では太鼓を一心不乱に叩く者と刃物を研ぐ者の姿が数名確認出来た。


(おかしい……。密精の森……で間違いない筈だが……)


 盗賊の能力……というより個人の能力で森の地形は把握している。盗賊には現在居る場所にも当たりが付いていた。


 何がおかしいと言えば『密精の森』には蛮族など居ない筈なのである。


 そこで盗賊は、自分が何故意識を失いどれ程時間が経過しているのかを考えた。


(俺は確か……狼の魔物に──あの魔物、魔獣だったか……。だが、それなら何故生きている?あれからどれだけ時が過ぎた……)


 吊り下げられた現状では情報が圧倒的に足りない。そこで盗賊は脱出を試みるが、手足を縛る蔓は鋼のように堅かった。


(くっ……!こ、こんな筈は……!)


 自分の技能に自信があった盗賊は焦った。何故束縛が解けぬのだと……。


 そんな混乱の最中──蛮族達が何やら語り始める。


「ギ!アレ、マルヤキ!」

「マルヤキ!ドコ、マルヤキ?」

「………チ○コ!」

「チン○!」

「○ンコ~!」


 盗賊は恐怖に震えた。奴等はヤバイ……と。

 並の男ならば今の会話を聞いただけで錯乱しそうだが、盗賊は冷静だった。


(な、何とか脱出をしなければ……)


 更にその時、事態は一変。円陣の中央にある炎から精霊らしき存在が現れる。

 それはポッチャリとした緑色の肉体にターバンを巻いた男……。


「マジンサマ!」

「マジンサマ!ティームサマ!」

「マ・ジ・ン!」

「マ・ジ・ン!」


 歓喜する蛮族達……やがて彼らは盗賊を指差し騒ぎ始める。


「マジンサマ!イケニエ!」

「マルヤキ!イケニエ!」

「チン○!マルヤキ!」


 クルリと振り返った『魔神ティーム』は炎の中からニョキニョキと首だけを伸ばし、盗賊の目の前で視線を合わせた。


「我が名は魔神ティーム……。ニンゲンよ……我が問いに答えられれば命は助けよう。しかし、答えられぬ場合は貴様を食らう」


 感じる異様な力……選択肢はない。盗賊は覚悟を決め頷いた。


「では質問だ……シウト国北東にある領地、デルテン。そこに存在する『聖獣の森』は複数の聖獣が住まうという聖域だ。そこで森を維持する大賢人エグニウス……その者の正確な名前」


 盗賊は一瞬喜びの色を見せた。大賢人エグニウスはペトランズ大陸でも高名な人物……フルネームは『エグニウス・アルバ・リーゼバルト』だと知っていたのだ。


 だが……盗賊は魔神ティームの次の言葉に衝撃を受けることとなる。


「……は、さておき、『セトの街』唯一の食堂『ガッツリ亭』の親父の名は何だ?」

「……!」


 ガッツリ亭の店主フーチーさん(四十五歳)。店のオススメは肉料理全般……趣味は編み物というナイスガイだ!


「……わ、分からない」

「奇遇だな……我も知らん」

「…………」

「…………」

「……第二問!」


 魔神ティームは何食わぬ顔で問題を続けた。


「この大陸で一番のナイスガイは誰?」

「………。つ、『剣の勇者』、アービン・ベルザー?」

「………?誰?」

「もしかして知らないのか?」

「ちょっ……ちょっと待ってて……」


 魔神ティームは目を閉じると小声で誰かと相談を始めた。しかし、その声は盗賊に丸聞こえだった……。


『なぁ?アービンって誰だ?』

『ん?確か一年半位前に現れた勇者だ。貴族の後継ぎ、二枚目、そして実力者……マリアンヌさんの指導を受けた後、頭角を表してきた奴だな』

『……ナイスガイ……なのか?』

『ああ。女からの人気は凄いぞ?』

『キィィィィ~ッ!俺よりモテる男共に呪いあれぇ~っ!』

『……お、落ち着けよ、ライ』


 そこで魔神ティームはクワッと目を開き厳かに告げる。


「我はそんな男は認めない……故にこの質問は無しだ」

「おい……」

「フッフッフ……やるじゃない?」


 ニコッと笑う魔神ティーム。しかしその目は笑っていない。


「仕方あるまい……これで最後の質問だ。シウト女王クローディアの愛犬の名を答えよ」

「……………」

「どうした?知らんならば貴様を食らうが?」

「くっ……!」

「ハッハッハ!正解は『犬など飼っていない』だ!残念だったな!」

「き、汚いぞ!それは正解とは言わん!」

「まぁ百歩譲って『レグルス』でも正解にしてやったがな……」


 勿論レグルスは飼い犬ではない……。


「フハハハハ!どのみち不正解だ。どれ……頂きま~す!」


 風船のように頭を巨大化させた魔神ティーム……バクリと一飲みにされた盗賊はそのまま意識を失った……。



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