第五部 第三章 第七話 刻限来たる
雁尾領主の居城『雲海城』───その門前に押し寄せた民の数は、雁尾が領地となって以来前代未聞と言える規模に膨れ上がっていた。
普段、無力に思える民……しかし、流石にその数に圧倒された雁尾兵は力に訴えることも出来ず幾分の狼狽が窺える。
そんな光景を雲海城の上階から眺める男は、忌々しげに舌打ちをしていた。
「ちっ……下賎の者共め。何が龍神だ……大方、カリンに媚びる者にでも扇動されたのだろう」
男は三十手前に見える優男。一見して女性を惹き付ける端整な顔立ちだか、その切れ長の目は鋭く冷たい。
男の名はシブカワ・ドウエツ。領主ではなく領主代行の地位に在る者だ。
「ドウエツ様……間も無く決闘を申し込まれた時刻ですが、如何なさいますか?」
「……こうも民が多いと立ち合わねばならぬだろう。だが、民を城内に入れる必要は無い。いつもの様に兵を用意しておけ」
「承知しました」
側近に命を下したドウエツ。自らは天守へ向かい領主との謁見を行う。
「オキサト様。ドウエツに御座います」
「入れ」
「はっ!失礼致します!」
襖を開け中へと進んだ先には、雁尾領主オキサトが座していた。
しかし、その容姿は領主と呼ぶには余りに幼い齢十にも満たぬ子供である。
領民が知る雁尾領主は、三十半ばの容姿をした精悍な男。だが、天守の間にその姿は見当たらない。
「オキサト様。領民が決闘を挑んで参りました。ここはいつもの如く私めが代理で立合いをしても宜しいですか?」
「また決闘か……領民は何故それ程決闘をしたがるのだ?」
「民は贅沢なのですよ。一度甘やかせば更なる譲歩を求める。我々が護ってやっていることも忘れて、税を軽くしろ、暮らしを助けろ、などと当然の様に喚き立てるのです」
「しかし父上は、民が決闘に踏み切るのは命懸けなのだと言っていた。そうならぬ様に心を砕くのを忘れるな、といつも言っていたのに……」
「先代のツネサト様は、その領民に討たれたことをお忘れですか?」
「それは……」
悲しみの表情を浮かべるオキサト……それに合わせ哀しみの演技を始めたドウエツは、内心ほくそ笑みながらオキサトに近付きその手を握る。
「私は先代よりオキサト様のことを託されました。故に、この身を賭してオキサト様をお守り致します。私にお任せ願えますか?」
「……ドウエツ。わかった、任せる」
「はっ!汚らわしい決闘はオキサト様に似合いませぬ故、ここでお待ち下さい。では……」
天守を離れたドウエツは再び自らの部屋へと戻り決闘の準備を始める。一際長い太刀を手にしたその顔は妖しく歪んでいた……。
「クックック。またお前に血を吸わせてやれるぞ、名刀・灰貉よ……この先もずっと可愛がってやる」
刀に頬擦りをするドウエツ。雁尾の家臣でその異様な正体に気付く者はいない。
しかし……人々はやがて、決闘の果てにドウエツの異常な所業を知ることになるのだ。
一方……いよいよ決闘の刻限が間も無くと迫る頃、ライはようやく城門前に姿を現した──。
「お待たせしました~」
クロウマル達が待つのは城門前。三人は雁尾兵が用意したらしき長椅子に腰を下ろしている。
例の如くトラブル勇者のライが無事戻ったことに、クロウマルは少し安堵の様子を見せた。
「結構時間が掛かった様だが……説得が難航したのか?」
「いや、色々と事情が重なって……」
「?」
「まぁ、その辺は決闘の後に詳しく説明します。それより、凄い人の数ですね……集めた俺が言うのもなんですけど」
城門前には多くの民が集い決闘が始まるのを待っていた。その数は城門取り囲み通りを塞ぐ程である。
彼等は龍神(を騙ったライ)の言葉を信じ、地方から遠路遙々足を運んだ者達だ。
「う~む……
「アハハ……龍神として触れ回りましたから、さながらゲンマさんは龍神の使いですね」
「責任重大だな、そりゃあ。で……そちらさん達のどちらが領主候補だ?」
ライと同行したのは白い作務衣を来た細目の男と眉の長い老人。二人とも見た目では貧弱そうに見える。
だが、ゲンマはどちらの人物に対しても鋭い視線を向けていた。
「二人ともかなりの腕だな……そして、その隠し方も巧い」
「警戒しなくても大丈夫ですよ。お二人とも信用出来ますから」
天蓋で表情は判らないがあっけらかんと告げるライ。サブロウとイオリ、そして自らの旅の仲間であるクロウマル達を互いに紹介し挨拶を済ませる。
この“ 普段通りの態度 ”に、クロウマルとスイレンは同調し溜め息を吐いた。
「ライ……貴公は人を信用し過ぎるのではないか?」
「そうですよ。ラカン様も呆れてましたよ?」
二人の問いに天蓋が左右に揺れる。
「信用するにはちゃんと理由がありますから大丈夫ですよ」
「理由とは?」
「勘?」
「……………」
この言葉に吹き出したのはゲンマとサブロウだった。
「ハッハッハ!勘と来たか!」
「いやいや……ゲンマさんも人のこと言えないですって」
「まぁな。確かに俺のも勘と言えば勘だな」
勘……と言えば簡単だが、ただ思い付きで判断している訳ではない。
例えばゲンマの場合、手合わせの中に於いて必然である闘争心から邪さが宿るかを見抜いているのだ。
そしてサブロウは更に洗練されたもので、隠密として多くの者を監視・対峙した中で培われた経験則。
対してライの『勘』は、ノルグーのカジノ・魔物格闘場で見せた“ 見抜く目 ”に由来するものである。
それらは正確には勘ではなく洞察力の類……しかし、説明をするには余りに曖昧な言葉になる為『勘』という発言になったのだ。
ゲンマ、サブロウが笑ったのは心当たりがあるからであり、この場に同様の感性を持つ隠密トビが居れば注釈を付け加えて居ただろうことは想像に難くない。
「ともかく大丈夫ですよ。本当に危険な相手ならそもそも連れてきませんし」
「……まぁ、貴公がそう言うならば」
クロウマルは自らも疑われて然るべき立場だった以上、ライの見る目を信じることにした。
「それで……雁尾領主側は決闘に関して何か言ってきましたか?」
「いや、まだだ。間も無く刻限……そろそろ動きがあるだろう」
その時……クロウマルの言葉に合わせる様に城門が音を立て開き始める。
開かれた城門には多くの雁尾兵、そして幾人かの重臣が正装で立ち並んでいる。一応の作法に則ってはいる様だが、実質は体裁を取り繕っただけのものだろう。
「これより領主と領民の決闘『道理競べ』を行う!この門を通れるのは決闘者とその同伴者のみ」
兵が読み上げたこの言葉に、城門前に集った領民達から不満の声が上がる。
「そんな!それじゃあ龍神様のお言葉が……」
「何が龍神様だ!決闘は雁尾領主の威信を賭けたもの……見世物では無いわ!」
「知ってるぞ!そんなことを言って今まで領主に挑んだ者は嬲り殺しにされたことを!違うと言うなら俺達領民にも確認させろ!」
「そうだ!そうだ!」
「この……言わせておけば……」
兵が刀に手を掛けたその時、領民を警護し久瀬峰に足を運んだ若い兵が割って入る。
「失礼ながら、私達も龍神の御業を確認してこざいます!どうか、代表の者だけでも……」
「貴様……雁尾兵でありながら領主様の意向に逆らうか!赦さん!この場で斬ってくれるわ!」
「……そうかよ!なら兵なんざこの場で辞めてやる!俺は平民上がりの兵……今の雁尾にはウンザリしてたんだ!領民を蔑ろにする領主に兵士長……人でなしにも程がある!」
「……言い残すことはそれだけか?」
素早く刃を抜いた重臣の一人が若い兵に斬り掛かろうとした瞬間、動きが鈍くなり門の中まで押し戻されて行く。
「ぬおぉっ!な、何だこれはぁぁぁっ!」
その光景を見た領民達は一斉に声を上げた。
それは各々の街で見た光景──領民が危機に陥った際に起こったものだったのだ。
「やはり龍神様は此処に居られるのだ!」
「くっ……怪しげな術を……こうなったら片っ端から……」
危うく一触即発。だが、ここでゲンマが動く。
「おいおい……領主付きの人間が領民を傷付けない様にする為に決闘を申し込んだのに、それを無視するのか?そっちがその気ならこの場で暴れても構わないってことだよな?」
「……ぐっ!仕方無い。だが、中に入れるのは決闘者とその同伴者のみだ。これは譲らん」
「………だとよ?どうする?」
首だけをライ達に向けたゲンマ。が、その視線はライに向けられている。
ゲンマの確認に対しライはあっさりと領主側の意見を飲んだ。
「仕方無いですね。領民達は俺が説得して門を通らないよう伝えて来ます」
「良いのか?」
「大丈夫、大丈夫……フッフッフヒッ!……大丈夫ですよぉ?」
「……………」
明らかに怪しいライの態度。天蓋の中はさぞかし悪い顔だろうと、スイレンは首を振っていた……。
不満気な領民達の元に向かったライは、一人の少年を見付け何やら語り掛けている。僅かに天蓋を持ち上げ少年にだけ顔を晒していたが、やがて領民達はその少年に説得され大人しくなった。
「……何を言って来たんだ?」
「安心して待て、って言って来ました」
「それだけか?」
「はい」
「……何か企んでるな?」
天蓋の中から掠れた口笛が聴こえる……。
「……まぁ良い。それより……ずっと気になっていたんだが、トビはどうした?」
クロウマルの相棒とも言うべきトビの姿が無い。当然、気にならない訳がない。
「ちょっと用向きを頼んだんで、それも決闘が終わったら話しますね?さて……それじゃあ行きますか、っとその前に……」
門前に並んだ領主付きの家臣達。その前に歩を進めたライは改めて宣言を行う。
「もしアンタら雁尾兵が決闘の邪魔をする場合、俺は即事に排除するけど構わないか?」
「ふん!見くびるな!我々がそんな真似をすると……」
「思ってるから訊いている。良いな?もし決闘を邪魔したり領民を傷付けた際は……」
スッと指を伸ばし天を指すと、俄に雷雲が発生し始めた。
「我が怒りを身を以て知ることになるだろう」
ライはほんの少し力を解放し威圧を掛けたつもりだったが、雁尾家臣の動揺は一目で判る程だった……。
無理もない。この国では明らかに大柄の、いや……既にペトランズ大陸でも屈強で大柄であろうライはそれだけでも威圧を感じさせる。
普段はそうさせない為に力を抑えてはいるが、今は力の片鱗で更に威圧を掛けたのだ。領主の横暴を諌めぬ様な性根の輩には、相当に息苦しかっただろう。
これにより、兵達の警戒対象はゲンマではなくライへと移る。勿論それが狙いだが、それで雁尾家臣が大人しくなれば苦労は無いとも理解していた。
「……と、ともかく中へ!決闘の場へ案内する!」
雁尾家臣の案内の元、ゲンマを先頭に城内を進む。サブロウは時折、片眉を上げて肩を竦めつつ溜め息を吐いていた……。
「嘆かわしいことよな……雁尾が此処まで腐敗しておるとは……」
「まぁ、命令を受ける立場ならある程度は仕方無いですよ。後はどこまで毒されているかかと……」
「うぅむ……引退してしばらくになるが、姫様が嘆く訳だ」
ライとサブロウは本当に小声で話している。それは周囲に聴こえない程の呟きだ。
そんな会話に加わったのはイオリである。
「実は噂があるんだ……私は、先ずそれを確かめるべきかと思う」
「噂?何ですか、それ?」
「実は領主は御亡くなりになったという話さ。民には知らされていない……ただ、領主代々の墓に密かに埋葬されたのを見たという者がいる」
「埋葬された……しかし決闘は領主が行うのでは?」
「彼はゲンマ君と言ったかな?彼が領民の代表である様に領主側も代理を立てることは出来る。確かにそれでも通常は領主が相手をするけどね」
領民相手に魔導具持ちの領主が負けるなど十中八九無い。わざわざ代理を立てる意味もないのである。
それに一応、公式な定まりある決闘。民の意思を汲む意味を考えれば当人が相手をして然るべきなのだ。
「そんな訳で、代理が立てば領主は死んでいると見て間違いないだろうね。となると……幼い嫡男が現領主ということになる」
「しかし、面倒で任せる可能性もあるんじゃないですか?」
「いや……それはあるまい」
サブロウはライの疑問を否定した。
「雁尾の領主は武人気質だった筈。命懸けの領民相手にそれは無かろう」
「そう……そもそもおかしいとは思っていたんだよ。雁尾領主は優れた人物と言われていた。武人にして良識ある人物がそこまで変わるとは思えない」
事実……久瀬峰があまり栄えて見えないのは、交通要所ではないことに加え税の軽さによる公共整備が追い付かないことが主な理由なのだとイオリは語る。
見た目はともかく、久瀬峰は実は蓄えがあるのだという話だ。
「雁尾の体制が変わったのはいつ頃からですか?」
「さて……。私がこの街に流れ着いたのが二年程……その頃には既に今の状況に近かった様だから、それより前じゃないかな」
「それだと少なくとも二年前には領主が代わっていたことになりますね……誰も気付かなかったんでしょうか?」
「当初は『領主は病を患っている』という話が出ていてね。代行を行っていた者の名は確か……ドウエツと言ったかな」
「う~ん……」
二年以上前から雁尾の異変は始まっていた……。ともなれば、今回の件にカゲノリの関与があったのか判断が難しくなった。
「どうした、ライ殿?」
「いや……今回の騒動は王位争いと関係無いのかなぁって……。サブロウさん、何か分かりませんか?」
「ふぅむ……隠密から引退していたから私も事情を知らんのだよ」
「そうですか……。よし……じゃあ、その話は一旦保留ということで」
カゲノリの関与があろうが無かろうが、ゲンマやイオリ……そしてカリンの為にも今の雁尾をそのままにする訳には行かない。それに、領主を倒せば少なからず事情も分かるだろう。
それから間も無く……一同は決闘の舞台に到着を果たした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます